授乳 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 2299
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062766418

作品紹介・あらすじ

受験を控えた私の元にやってきた家庭教師の「先生」。授業は週に2回。火曜に数学、金曜に英語。私を苛立たせる母と思春期の女の子を逆上させる要素を少しだけ持つ父。その家の中で私と先生は何かを共有し、この部屋だけの特別な空気を閉じ込めたはずだった。「-ねえ、ゲームしようよ」。表題作他2編。

感想・レビュー・書評

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  • ふと読みたくなるクレイジー沙耶香
    コンビニ人間 地球星人のような
    変態(褒め言葉)を期待したが今一つ
    まぁデビュー作で3短編だからね‥
    皆様のレビューと評価が物語ってます

    まぁぶっ飛んだ特異な感性が強烈で、理解が難しく
    純文学でなくホラーに感じる節がある 
    徒然とどこか冷たい文書で表現できてしまう 流石!
    そこに惹かれる憧れる

  • ここ数年、未読作家を減らそうと意識して読んでいた中でとても気になる作家さんの一人が、村田沙耶香さんです。
    “心和む”の対角の様な、偏重的な登場人物を威圧感ある文章で書き上げてくる魅力があります。
    三作品の短編集です。それぞれ主人公の女性達が、独自の世界観を持ち、そこに自身の社会を作り上げています。その世界観は、他者に理解を乞うものではありません。ただ、そうあるのでしょう。
    切れ味鋭かった頃の村上龍氏、世界観に引きずり込まれた安部公房氏等に近い読後感があります。
    「御伽の部屋」で、“道徳の授業で5をとる小器用さとそれに感動する才能のなさが両方備わっている”と女性が自分を表現している部分がありましたが、村田さんの作品が、まさにそういう種類の感情を恐ることなく書かれていくのだろうと思います。

    • Manideさん
      おびのりさん

      こんにちは。
      村田沙耶香さんは、千葉県の印西市というところの出身なんですが、私も10数年前よりそこに住んでおり、私の子どもが...
      おびのりさん

      こんにちは。
      村田沙耶香さんは、千葉県の印西市というところの出身なんですが、私も10数年前よりそこに住んでおり、私の子どもが同じ中学校を卒業していることもあり、村田さんの名前を聞くと、勝手に誇らしく感じています。
      中学校では全然そんなことをアピールしていないので、本を読まない人は全く知らない情報ですが、、、

      私自身は村田さんの世界観に入りこめていないんですが、いつかわかるようになれたらいいなと思っています ^_^

      おびのりさん、いろいろ大変だったようで、どうぞ、お身体大切にしてください( _ _ )
      2022/07/27
    • おびのりさん
      Manideさん

      こんばんは。
      ありがとうございます。
      長い期間、不自由な時間を過ごしてきた為か、自由に動けることに慣れず、少し動きすぎて...
      Manideさん

      こんばんは。
      ありがとうございます。
      長い期間、不自由な時間を過ごしてきた為か、自由に動けることに慣れず、少し動きすぎてしまう様で、ちょっと自重しています。

      村田さんは、「コンビニ人間」を読んで、衝撃的でした。日常の近接した狂気の世界観は、今、書ける方は他に居ないのではと思いました。修飾語をあまり使わず、こつこつと言葉を重ねて表現するので、文章に圧力があるのかなと思っています。これから、発刊順に読むつもりです。

      今日も暑かったですよね。
      涼しく読書をお楽しみくださいませ♪
      2022/07/27
    • Manideさん
      おびのりさん

      返信ありがとうございます。
      発刊順に読むのは面白そうですね。
      私も読んでみたいと思います。
      おびのりさん

      返信ありがとうございます。
      発刊順に読むのは面白そうですね。
      私も読んでみたいと思います。
      2022/07/27
  • 村田沙耶香の小説は芥川賞受賞作の『コンビニ人間』から入ったのだが、そのコンビニで働く36歳で恋愛経験がない主人公の古倉恵子の人間性に度肝を抜かれ、続いて読んだセックスが無くなり、子供が人工授精で産まれる世界を描いた『消滅世界』の世界観に嫌悪感を突き抜けた先に見える無力感に打ちのめされた。

    もうこの2冊で村田沙耶香の虜になってしまった。
    ここまで彼女の描く世界の魅力に取り憑かれてしまったからには村田沙耶香の処女作に取り組まない訳にはいかない。

    本書『授乳』は、群像新人文学賞優秀作を受賞した村田沙耶香のデビュー作である。
    女子中学生と大学院生の男性家庭教師との倒錯した関係を描いた表題の『授乳』の他、ぬいぐるみを恋人として過ごす主人公の女性と同じくぬいぐるみを愛する小学生の女の子との関係を描いた『コイビト』、大学生の女性が自分の想像する理想の大学生に出会い、その男性を自分の望むままに支配していく過程を描く『御伽の部屋』の計3作品が収録されている。

    『処女作にはその作家のすべてがある』とよく言われるが、恥ずかしながら僕の未熟な村田沙耶香小説の読書歴に照らし合わせても、この言葉は「至言」であると思う。

    平成28年10月2日付の文春オンラインの瀧井朝世氏のコーナー『作家と90分』内での村田沙耶香へのインタビューで
      瀧井 ― 「授乳」のなかには、家族や母親というテーマ、少女の性への目覚め、自分なりの価値観で世界を築こうとする主人公などと、その後も村田さんのなかで大事なテーマになるものが詰まっていますよね。
      村田 ― 確かに短篇なのに、私の書きたいテーマが、あそこにギュッと詰まっている気が今でもしています。

    と本人も話していることなので、当たらずとも遠からずといったところであろうか。

    処女作の『授乳』、そして『コイビト』『御伽の部屋』の3作品の中には間違いなく『コンビニ人間』の主人公・古倉恵子も『消滅世界』の主人公・坂口雨音の姿も見つけることができる。もちろん彼女達がこの3作品に直接登場している訳ではない。その精神性がこの3作品の主人公達と共通しているのだ。

    村田沙耶香の描く女性は、いずれもその『性』や『肉体』について我々の読者が普通に思い描く価値観とはかけ離れた考えを持っている。彼女たちは、上手く言葉で言い表せないが、自分の『肉体』を大切にしていないというか、もっと言うならば嫌悪感すら抱いている、とすら言えるのだ。
    彼女達の一番重要なものは、自分の心や精神そのものであって、その『肉体』については、心や精神を縛る手枷足枷であり、むしろ心や精神を閉じ込めている監獄であると言ってもいいかもしれない。
    村田沙耶香が描く性描写を読むと「愛し合う男女が愛を確かめ合う行為」だとはとても感じられない、むしろ昆虫や爬虫類の交尾を見せつけられているような「できればご遠慮させていただきたいと思います」と丁重にお断りしたくなるような居心地の悪い気持ちにさせられるのも、その理由の一つだろう。

    そしてもう一つ。村田沙耶香は、自らの描くキャラクターの持つ女性にとっての「母」「妻」「娘」や、男性にとっての「父」「夫」「息子」といった性別上の役割を通常の価値観からは想像できないような方法で完全に崩壊させているというところだ。
    本書の表題作である『授乳』では、主人公である女子中学生は自分の母親が父親の下着を分けて洗濯することに対して嫌悪感を抱き、あえて自分の下着と父親の下着を結びつけて洗濯カゴに投げ入れる。『消滅世界』においても主人公の坂口雨音とその母親との関係を描写するラストは激烈なイメージを読者に与える。

    であるなら読者は村田沙耶香の描く『違和感しかない世界』に対して嫌悪感を抱かないのか?

    少なくとも僕にとっては、この質問に対する答えは、完全に『否』としか言えない。
    なぜなら、もうこの倒錯した既存の価値観のぶっ壊される経験はやみつきになるからだ。
    トリップ感があると言っても良いかもしれない。

    この倒錯した価値観を独特の美しい文書で強制的に追体験させられる。
    この体験は極めて特殊であり、他の小説家からは得られない唯一無二の読書体験だ。

    村田沙耶香の描くこの狂った世界を、読者にごく普通に当たり前のように感じさせるこの筆力の凄まじさ。
    これが村田沙耶香を「クレイジー沙耶香」と呼ばせる所以の一つなのだろう。

    この世界に取り込まれてしまいたい。
    ずっと村田沙耶香の小説を読んでいたい。

    ただ、そうすると、もう二度と「こちらの世界」には戻って来られなくなるので、その投与量については厳密にチェックしておく必要があることは言うまでもない。
    ここまでくればもう立派な『「クレイジー沙耶香」にクレイジー(首ったけ)な読者』の完成だ。

    僕はまだ彼女の小説を3冊しか読んでいない。
    つまり、これからまだまだ「クレイジー沙耶香」を愉しめるということだ。
    狂喜している僕の顔には、他人から見れば、歪んだ笑みしか浮かんでいないのだろう。

  • 表題作を中心とした、3つの物語。
    淡々として低温の、けれど溢れ出す熱いものを抱えた女の子たちの、物語。
    放出することを許されない環境で育つ彼女たち。3つの物語すべて、親が娘である彼女たちに、向き合っていなかった。彼女たちの中にある溢れだしていいものは、封印され、ある種歪んだ形で放出される。
    彼女たちは、気づく。健全なものに触れた時、まだ彼女たちが到達していないどこかにいる人間に遭遇した時、彼女たちが抱える未放出の、溢れ出すものを受け止めてもらえた時、歪みに気づく。

    物語を読み進めながら思ったこと。なんだか彼女たちの自慰行為を目撃してしまったような、そんな感じだ。
    時折共感できる、彼女たちの心の叫び。それらがちくりと刺さるのは、自分にも歪みがあるからで。
    彼女たちは極端な例かもしれないけれど、わたし自身もその歪みと向き合っていて、きっとみんな、多少の歪みを抱えながら、時には放出させながら、生きてるんだと思う。

    解説がよかったです。

  • 村田沙耶香初挑戦!となれば、処女作からでしょうと思い軽い気持ちで手に取ってみました。王様のブ◯ンチでおすすめ書籍紹介している著者がおしとやかな印象だったので、作品とのギャップに驚きました。これは確かに純文学のジャンルですね。

    三作品ともモノトーンで無機質な世界観、内外の世界感の齟齬に苦しむ主人公という点で共通してる。自分の女性的な性に苦しみ嫌悪し、個々人のユートピアを目指し現実世界との齟齬に貶められる姿が、ある面で狂気、ある面では憧れを抱かせてくれる。

    個人的には『コイビト』の主人公の、幼少時代のエピソードが胸に響いた。『他の大抵の人には目に見えるらしいルールというものを、暗記してそれに従うようにしている』という感覚が、自分にも、特に若い頃に痛烈に感じていたものと重なる。

    生々しさ、グロテスク表現がちょっと近寄りがたいけど、素敵な作品、作家との出会いになったのは間違いない。

  • 村田沙耶香さんのデビュー作です。どこか普通じゃない世界観、誰にも真似できない生々しい人間の身体の表現、グロテスクさも含まれているが、そこが逆に村田さんの個性に色濃くいい方向に表現されている。デビュー作にして、衝撃作。

  • 振り切っている。精神性と身体性の不整合、ギャップ、らしさの拒絶...。綿矢りささんを初めて読んだときとは、また別の衝撃を受けるデビュー作でした。独特の言い回しに痺れまくる。
    はい、私は直接説明を受けることしか思いつかない凡人です...。想像力ありません。

  • 2005年作品(今の世相を捉えているのかな)
    ①「授乳」②「コイビト」③「御伽(おとぎ)の部屋」
    ①主人公女子中学生ー28歳独身男性(ペットのよう)
     主人公がペットを飼いならす感じの話で、男を飼いならしたい願望がある今の時代の話と思った。草食系男子には性的行為に興味がなくても命令には逆らえない感が出ている。
    ②女子が好きな人形をまるで生きているように扱うところに恐怖を感じた。(女子小学生と大人女性)
    ③作者の根底にある恋愛・性的関係なしの関係を描いた話

    私も愛について考えさせられる。今は擬人化(ペット)の犬や猫への愛が巷では多い気がする。
    いつも、動物病院を通る度、時代は変わったなと感じる。
    平成も終わり、令和なんだな。


     

  •  正直、主人公に共感できない部分が多かった。自分だけの世界を作り上げること。いわゆるキチガイじみた行動に嫌悪するわけではないのだが、同性に対する嫌悪感や、自分の世界を固守しようとする感覚は無くて、もしかしたら男女の違いなのかな?とすら思った。性別による考え方の違いみたいなものは、考え方として好きではないはずなのだけれど。『コンビニ人間』からはじまりこれで同著者の小説は4作目となるが、こう考えるのは初めて。

    <表題>
     主体性の欠片もない無機質な家庭教師におっぱいを吸わせちゃう話。何でも言いなりになってくれる男を利用して自分の世界を構築してゆく様は、さながら人形遊び。
    だが、そうして頑張って作り上げた虚構も、親の介入で呆気なく崩れ去る。そんなものをどうして守りたがるのか、作りたがるのか。それを自分のなかに作りたいと思ったことが無いからなのか、主人公の心境が理解できないまま終わってしまったのが悔やまれる。

    <コイビト>
     ペットボトル飲料のオマケに付いてたハムスターのぬいぐるみを彼氏に持つ女子大生の話(!)。
     表題作に「自分だけの世界の脆さ」が描かれているとするならば、ここでは「自分だけの世界の外にいることの脆さ」が描かれているように感じた。ぬいぐるみを彼氏に持つという行為の異常性が、同じくぬいぐるみと愛し合う小学生「美佐子」によって晒される。「あたしは、ホシオと一緒に自分の内側の世界のとりのこされてしまったことを、どこかで後悔しつづけてるのかもしれない。」(p.105)と、語り手は自分の異常性に気付き、外の世界に汚されにいこうとする。
     でも、年月を経て強固に作られた虚構の世界は、そう簡単には崩れない(表題と異なる点かと思う)。それを色濃く感じさせるラストが怖かった。

    <御伽の部屋>
     大学生の男女が性的生臭さの無いごっこ遊びに耽るんだけど、ほころびが出てやばいことになる話。

     表題と「コイビト」に続き、ここで感じるのは「自分だけの世界に籠ることの脆さ」。
     ここまでの3篇はまるで主人公の悪化の軌跡を見ているよう。「授乳」では、幼い主人公が一所懸命に自分の世界を作ろうとして失敗する。続く「コイビト」では、作り上げた自分の世界に縛られて身動きが取れなくなってゆく。そして「御伽の部屋」では、自分の世界の構成員を求めてヤバい方向へ舵を切る。
     教養小説やジュブナイルでは主人公がたいてい良い方向に成長してゆくのだが、この短篇集は、(あくまで社会的にという限定付きで)どんどん悪い方向へ突き進んでゆく。この流れに『コンビニ人間』の萌芽が見える。コンビニ人間が軟着陸とするならば、この短篇集は墜落。デビュー作だからか、荒々しさがすごい。

  • 幼児体験や家庭環境ゆえに、特殊な世界の味方をするようになった語り手が、しかし単独では自立できず、(奇蹟的に)共犯者を見つけて、擦り合わせ、しかしすべてを分かり合えるはずもなく、ズレに絶望する……。
    絶望の挙句、離反・離脱・幻滅して現実に戻るのなら、まだわかるし、あービターなエンドですねー少女ってそんなもんっすよねーと片付けられるが、語り手は相手を捨てて、さらにその向こう側へ跳躍するのだ!あ
    跳躍度合いの強さ……「御伽の部屋」>「授乳」>「コイビト」。
    これ、特殊な性癖とかだけでなく、すべての対人関係に敷衍できる。
    「コンビニ人間」を、サイコパスじゃんと揶揄しながらも他人事ではない読者は多くいるだろう。

    女性読者なら、もっと直接に理解できるのかもしれない。
    しかし男性にとっては、自らの内側に息づく少女への憧憬を、語り手に重ね合わせるという作業が必要になる、と今まで思っていた。
    が、実は村田沙耶香作品には大抵、「一筋縄ではいかない男性」がいて、彼らが私のような読者の受け皿というかジャンプ台になっている、と今回ようやく気付いた。
    「授乳」の先生。「御伽の部屋」の正男お姉ちゃん。
    「私」ないし「あたし」との関係における彼らのステレオタイプに、反抗しつつも捨てきれずにいるうちに、読み手も語り手に同化する階段を上がらされている、というか。
    もちろん男女二元論で考える必要はまったくなくて、世界はーふたりのためにーあるのー、という書き方は決してしていない、ということ。
    主要人物の誰がしかが何がしかの小説内役割を担っている。

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著者プロフィール

村田沙耶香(むらた・さやか)
1979年千葉県生れ。玉川大学文学部卒業。2003年『授乳』で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年「コンビニ人間」で芥川賞を受賞。その他の作品に『殺人出産』、『消滅世界』、『地球星人』、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』などがある。

「2021年 『変半身(かわりみ)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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