- Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062766517
作品紹介・あらすじ
帝政ロシア崩壊直後の、ウクライナ地方、ミハイロフカ。成り上がり地主の小倅、ヴァシリ・ペトローヴィチは、人を殺して故郷を蹴り出て、同じような流れ者たちと悪の限りを尽くしながら狂奔する。発表されるやいなや嵐のような賞賛を巻き起こしたピカレスクロマンの傑作。第29回吉川英治文学新人賞受賞。
感想・レビュー・書評
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ピカレスクの語源は悪漢小説。
この小説の主人公、自由奔放に生きる地主の息子ヴァシリも見事な悪漢です。
とにかく密度が濃いです。時代設定も二十世紀初頭ロシアという知る人ぞ知る非常にマニアックな選択。
裕福な地主の次男として生を受けたヴァシリは、成り上がりの父を継ぐことを夢見て農業を学ぶも生来女好きな放蕩癖あり、下宿先の叔父の家の女中や故郷の娘とたびたび関係を持っていた。
しかしそんなヴァシリの運命はロシアに迫り来る戦火に煽られ風雲急を告げる。
強盗・強姦なんでもあり。
人倫を踏み外す行為全般に一切ためらいない主人公の破滅的生き様は凄い。
殺人や悪事に手を染めても一切心を痛めず自分を貫き生きるさまはいっそ清清しい。
良心の所在が人間を定義する必須条件ならヴァシリの生き様はけだものさながら自由で獰猛で野蛮。
常識に束縛されず倫理に唾し欲望に正直に生きるヴァシリはやがて脱走兵のイタリア人少年・ウルリヒと出会い意気投合する。
このウルリヒがすっごいいいキャラしてるんですよ!
ニヒルでいながらユーモアセンスに冴えて、飢えと寒さに苛まれたみじめな逆境でも軽口を忘れない。これにフェディコというびびりの少年をくわえ、やがて三人で盗んだ馬車を駆り、略奪と殺戮とどんちゃん騒ぎをくりひろげつつロシアを縦横無尽に奔走する帰るあてなき旅が始まる。
そんなヴァシリたちのやりたい放題の暴走ぶりを「おいおいそのうち因果応報天罰がくだるぞ…」と眉をひそめ読んでいくと案の定後半で…ラストは言わぬが華ですがああ無情なかんじです。天罰というか人誅のほうでしたが。ヴァシリは自業自得だけどなあ…ウルリヒ…。
文章の密度もかなり濃い。
主人公が初めて人を射殺するシーンは比喩の秀逸さに感動しました。
嗚呼美しい、官能的…ため息。
佐藤賢一さんの「傭兵ピエール」や森博嗣さんの「スカイクロラ」なんかが好きな方にもおすすめです。 -
1917年の帝政ロシア崩壊直後のウクライナで、成り上がり地主の次男としてきちんと教育を受けて育ったヴァシリ・ペトローヴィチは、内紛のどさくさの中でどんどん堕落してゆく。当時のウクライナの情勢は複雑すぎてなんともかんとも。とにかくカオスなので、略奪や殺戮、強姦が横行し、主人公はゴロツキ仲間と一緒に数々の悪行に手を染めてゆく。
彼の仲間はドイツ人脱走兵で飛行機狂いのウルリヒと、小心者だけど要領だけは良いフェディコ。はっきり年齢は書かれていないが全員未成年。彼らはもちろん好き好んで悪党になったわけではなく、そうしなければ生きていけないからそうしているだけでもある反面、本当にまともな人間はどんな状況でもそんなことは出来ないともいえるので、彼らはむしろ、その混沌とした世界でこそ生きる力を発揮できるタイプだったのかもしれない。
終盤で、人間の形を失っていくことについてヴァシリが考える部分が本書のテーマだろうと思う。半人半獣のミノタウロスのように、彼らは人間とけだものの境界を生きている。友情や恋愛のようなものもうっすらありつつ、しかしそれを美談にしないところが佐藤亜紀は容赦ない。とくにウルリヒの最期の場面。あれで完全にヴァシリは人間の形を保てなくなったのだろう。悪党はもちろん滅びる。生きるために生きること、人間を人間たらしめているものは何なのか、考えさせられる。 -
陰惨すぎて逆に華やかなような気がする所が好きだった。もう一度買い直して読みたいです。
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なんだかわからないうちに読み切った。
面白いかそうでないかもわからない、圧倒的な読後感。
アゴタ・クリストフの悪童日記をおもいだした。 -
第一次世界大戦のあった帝政ロシア崩壊直後のウクライナ地方が舞台。
成金青年が殺人や強盗等の悪事を尽くしながら狂奔する物語。
どうやらこういった悪者物語はピカレスクロマンとのこと。
1人称で物語が進み、坊っちゃんだった青年が徐々に変貌していきます。
主人公の青年は殺人・強盗・強姦等をどんどん行います。
まさに弱肉強食の地獄で必死に生きようとします。
っというよりもみんな悪事をするのが当たり前の状況です。
物語はかなり堅い文章ですが、読みごたえを求める方にお勧めの作品です。 -
舞台はロシア革命後の混乱極まるウクライナの片田舎、主人公は地主の小倅で、教養はあるものの故郷を出奔して悪逆の限りを尽くす転落劇である。
読み終えて呆然としてしまう。
この世界は一体なんなのだろうか。このリアリティは何か。この酷い状況はなんだ。(戦争の悲惨さなんて生易しいものではなく、ロシアの大地の広大さと人間の身勝手さに目の前が暗くなる)こんなに胸の悪くなる内容なのに、読み終えて、こんなにも爽快なのはなんでだ。
どちらを向いても盗みと強姦と人殺し、殺しても殺されてもお互い様というような「のらくろども」の一人である主人公の、時折垣間見える人間らしさが妙に切ない。
彼は語り手である。だから「粋がってる」「強がってる」「悪ぶってる」だけで根はいいコなんじゃないかと思えてしまうのは、ちらりと描かれる女性たちの彼への眼差しのせいかもしれない。
待て、これは小説だ。そうだとしたら、なんという二重三重構造なのか! 著者の技量と冷静さに感服というか、もうひれ伏すしかない。 -
ロシア革命を背景とした、不良少年の転落話。
と云ってしまうと身も蓋も無いのですが、
文章が大変巧みで、それだけで最後まで引っ張られて
しまったと言っても良いです。
殆ど改行しない、行間を読めとか云う下らない装飾も無し。
ギッチリ詰まった日本語がとても美味しゅうございました。
ストーリーはタイトルのミノタウロス通りとして、
それでも中盤のシチェルパートフとの遣り取りは
心臓にギュッと来るものがありました…
ラストはあっさりした物という印象ですが、
その湿った世界観と云うか、臭いから抜け出すのに
暫く時間がかかりそうです。