新装版 海と毒薬 (講談社文庫)

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  • 講談社 (2011年4月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784062769259

作品紹介・あらすじ

生きたままの人間を解剖する――戦争末期、九州大学附属病院で実際に起こった米軍捕虜に対する残虐行為に参加したのは、医学部助手の小心な青年だった。彼に人間としての良心はなかったのか? 神を持たない日本人にとっての<罪の意識><倫理>とはなにかを根源的に問いかける不朽の長編。


我々日本人はもう一度問い直さなければならないのではないだろうか。
「神を持たない日本人」とはなんであるか、ということを。――夏川草介<解説より>

生きたままの人間を解剖する――戦争末期、九州大学附属病院で実際に起こった米軍捕虜に対する残虐行為に参加したのは、医学部助手の小心な青年だった。彼に人間としての良心はなかったのか? 神を持たない日本人にとっての<罪の意識><倫理>とはなにかを根源的に問いかける不朽の長編。解説:夏川草介

みんなの感想まとめ

戦争末期の九州大学附属病院での実際の事件を背景に、倫理や罪の意識について深く問いかける作品です。登場人物たちの心情が中心に描かれ、彼らの卑屈さや平らな心、精神の崩壊がリアルに表現されています。特に、生...

感想・レビュー・書評

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  • 読後、あぁなんかすごい小説を読んでしまった…と感嘆の声が漏れた。話の構成もとてもよく、深い海に引きずり込まれる感覚で読んだ。
    戦争末期、空襲でたくさん人が死んでゆく日常の、その時代を生きぬいた日本人にしかわからない殺伐とした空気。だが、この小説の問いらしきものには現代人の私も深く考えさせられる。

    「世間や社会の罰に対する恐れはある。だが、自分の良心に対する恐れに苦しめられたことはあったのか?」

    「ぼくらの中には、世間や社会の罰をしか知らぬ不気味な心がひそんでいるのではなかろうか?」

    「この人達も結局、俺と同じやな。やがて罰せられる日が来ても、彼等の恐怖は世間や社会の罰にたいしてだけだ。自分の良心にたいしてではないのだ」

    いや、私は自分の良心だって痛むに決まっている!と胸を張って言えるのは、心擦り切れることなく、平和な日常を送れているからなのだろうか。
    勝呂と戸田は一見対照的に見えるが、大きなものに流されるままにゆく2人は同じなのだろう。それが日本人の心の弱さなのだと訴えかけられているような小説でした。
    私もその環境にいれば、同調圧力に屈してしまうんではないだろうか?それとも日本人と対照的に描かれたドイツ人妻ヒルダのように、世間や社会ではなく、神が見ているのだと、自分の中の神(良心)を指針に行動できるのだろうか。


    「医者かて聖人やないぜ。出世もしたい。教授にもなりたいんや。新しい方法を実験するのに猿や犬ばかり使っておられんよ。そういう世界をお前、もう少しハッキリ眺めてみいや」

    「患者を殺すなんて厳粛なことやないよ。医者の世界は昔からそんなものや。それで進歩したんやろ。それに今は街でもごろごろ空襲で死んでいくから誰ももう人が死ぬぐらい驚かんのや。おばはんなぞ、空襲でなくなるより、病院で殺された方が意味があるやないか」「どんな意味があるとや」「当然の話しや。空襲で死んでも、おはばんはせいぜい那珂川に骨を投げ込まれるだけやろ。だがオペで殺されるなら、ほんまに医学の先柱や。おばはんもやがては沢山の両肺空洞患者を救う路を拓くと思えばもって瞑すべしやないか。」「本当にお前は強いなぁ」「阿保臭。こんな時代にほかの生き方があるかい」

    • あささん
      ほん3さん、こんばんは〜!
      実はあとがきを読んで実際の事件を元にしてたことを知りました。どうも、お先でした(*´ω`*)ゞなかなか重い内容で...
      ほん3さん、こんばんは〜!
      実はあとがきを読んで実際の事件を元にしてたことを知りました。どうも、お先でした(*´ω`*)ゞなかなか重い内容でしたが、私は世界観に没入してしまいました。ほん3さんの感想も読みたいです♪
      2022/08/27
  • やっぱり名作はすごい。
    印象的だったのは、戸田の語る【良心】について。

    「俺が怖しいのはこれではない。自分の殺した人間の一部分を見ても、ほとんどなにも感ぜず、なにも苦しまないこの不気味な心なのだ。」

    普通はこんな非倫理的なことをしたら自分の心が痛むはずだ、という思いをもって捕虜の手術(解剖)に臨んだのに、実際何も感じなかった。
    反対に、子どものころに、誰に見せるためでもなく「善いこと」をしたけれど、良心の悦びや満足感は全く湧いてこなかったというエピソード。

    良心の呵責とは、他人の目や社会から罰を受けることへの恐怖だけなのか。良心とは、自分だけで完結するものではないのか。ちょっと、というかかなりドキッとした。

    解剖したおかげで新たな治療法がわかるのならば、たしかにそれは「殺した」のではなく「生かした」になるのかもしれない。けれど・・・と思っていたところに、戸田の台詞。

    「俺もお前もこんな時代のこんな医学部にいたから捕虜を解剖しただけや。俺たちを罰する連中かて同じ立場におかれたら、どうなったかわからんぜ。世間の罰など、まずまず、そんなもんや」

    これはきつい。
    こうなると結局何もしたって良心は傷まないし、何をしても許されることになっちゃう。でもたしかに、時代と立場のせいにもできる。

    明確な信仰(良心?)をもっていないと、人間はどうなってしまうのか。同調圧力に負けてしまうのではないか。ということがテーマのひとつになっているそう。
    同調圧力という名の毒が体にまわって、そのまままわりに流されてどんどん波にのまれていく。そして暗い海の底へ。

    体の中でドロドロした暗いものがぐるぐるしているような感覚になった。
    (・・・そういえば知念さんの作品には、血管を水銀が流れているような、という表現がよくでてくる気がする。)
    (最近知念作品読みすぎです!)



    「こいつは患者じゃない」

  • 初版1957年の作品。太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が日本の九州大学病院で臨床実験の被験者として使用された事件を題材とした罪悪感を問う小説である。

    この作品の中で
    「平凡な倖せを楽しめばいい。何もないこと、何も起らないこと。平凡であることが人間にとって一番、幸福なのだ。平凡が一番幸福なのだ。」
    という部分で、平凡であることが本当に幸せなのかと考えてしまう。もっと条件が良い方向へと目指すのが人という存在である。この言葉は足るを知るという言葉に通じていて、昔の一億総中流社会というのを思い出す。欲を抑えてということだろうか。
    現状格差が広がったというのは平凡では人は満足しない証拠。平凡が経済的なことだけを示す訳ではないが、それでもやはり平凡では面白くないと思ってしまう。

    印象に残った表現として
    「死体が眼を大きく開いているのは手術中、苦しんだ証拠である。」
    手術で苦しんで死ぬというのは永遠に苦しんでいくようで恐ろしく思った。

    人体実験の罪の意識は医者によって差があることが描かれているが、根が深い問題だと思った。罪悪感を持つのは取越し苦労であることが多い。日本人は他者の視線を強く意識して畏れる文化だと思うが、やはり取越し苦労を背負うことはない。

  • 決して読み易い文体ではないけど、のめり込むように一気に読んでしまった。

    戦時下、頻発する空襲で多くの人が犠牲となり、死に対する感覚が麻痺してくる。そんな中行われた、米軍捕虜の生体解剖実験。罪に支配される者、罪を感じたい者、恐れながらもしらを切る者…其々の罪との向き合い方が丁寧に描かれる。
    ストーリーは史実とは異なるフィクションだけど、実際に起こった事件を知り、考えなければいけないことは伝わってきた。
    また、人体実験だけでなく、一般的に行われる手術に対する構えも、戦争に侵されていて怖い。お医者さんがあのように考え始めてしまったら、世界が崩壊するのでは…

    私は数十年前にこの事件が起こった場所をよく通る。
    闇の中白く光る海が、F市の灯りが、みえた。

  • 太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。
    重いテーマなのでなかなか手に取りにくかったが、文章自体は読みやすく、あっという間に読めた。
    戦後の人の視点から始まり勝呂(すぐろ)医師の視点、加害者達の視点から感情を描写する。自分の事情や感情に囚われながら殺人に加担していくところに恐怖を覚えたけど、勝呂の気持ちだけでなく、一見冷酷に見える戸田や上田の気持ちも分かる気がする。表面的な正義感では語れない、極限状態におかれた人間の心理は実際には戸田に近いかもしれないとも思う。呵責や罪悪感を感じないようにすることで精神的重圧から耐えれたのだろうし。それだけ人から理性、倫理観を奪って心を変えてしまうのが「戦争」なんだろうな。
    それでも戦後も医師として生きることを選んだ勝呂の心情はどんなものだったのだろう。




  • ・小説として面白い。文が上手い。惹きこまれる。長すぎずに、短く読めるのが良い
    ・解説者によると「日本人の良心はどこにあるのか」というのが遠藤周作の根源的テーマらしい。確かに、そのようなテーマを感じさせつつ、堅苦しすぎないストーリーがよかった。普通の人間が、どのような過程でおぞましい行為に手を染めるのかが理解できる。
     ・相当強い倫理観や信条でもない限り、人は組織のルールや価値観に沿って動く。所属する組織の価値観やテーマが邪悪であれば、誰でも法を犯す可能性がある

  • ラストは突然終わる感じ。

    戦時中の大きな流れや心が破滅に向かう抗えない状態をタイトルの海に例えた感じなのかな。

    アメリカ捕虜を人体実験に参加した勝呂は
    現在もその罪の狭間で揺れている状態。
    けど、本人も今またやれと言われたらアレをやってしまうだろうと。

    人体実験といえばナチスドイツのイメージだったから
    日本人のこれは信じられなかった。
    まさか生きたまま…あんなことこんなこと…

    本当に罪と断絶できるのかなー。
    もうその時の環境に置かれないと、誰も何も答えは出せないよ。


    その場にいたら、私もねー…
    なんで参加したの?断れなかったの?
    っていうのは今だから感じれる正常な感情。

    続編の『悲しみの歌』も読もうかな。




    • yhyby940さん
      ひる子さん、ご返信ありがとうございます。ウインドリバー、観ます。楽しみにしています。余韻がズッシリくる作品は好きなので。
      ひる子さん、ご返信ありがとうございます。ウインドリバー、観ます。楽しみにしています。余韻がズッシリくる作品は好きなので。
      2022/10/11
    • ひる子さん
      アメリカの闇でアメリカンヒストリーXもオススメです。古い作品なのでもうご覧になられてるかなと思いますがー^_^
      個人的にとても好きな作品です...
      アメリカの闇でアメリカンヒストリーXもオススメです。古い作品なのでもうご覧になられてるかなと思いますがー^_^
      個人的にとても好きな作品です。
      2022/10/11
    • yhyby940さん
      ありがとうございます。観てないです。観てみます。楽しみが増えました
      ありがとうございます。観てないです。観てみます。楽しみが増えました
      2022/10/11
  • 確固たる信仰心が希薄な日本人の価値観、正義感はなんなんだろう?どこにあるのだろう?と考えさせられ、恐怖を覚えた。
    キリスト教に対する信仰心を持つ作者独自の問いが込められた作品だった。

  • 太平洋戦争中の、捕虜の生体解剖というテーマ設定に惹かれて手に取りました。戦争の残酷な面を明らかにする作品かと思っていたのですが、それよりも「人間の良心」の在り方について語られる作品でした。

    解説の夏川草介氏も書いていましたが、「キリスト教という生活規範」がない日本において、確固たる良心/善悪の判断基準がない日本人のモラルのあり様を問う作品です。

    例えば、生体解剖に誘われた外科医勝呂(すぐろ)が、それに参加するべきか、断るべきか懊悩する場面では、悩みつつも彼は結果的に参加してしまうのですが、ここでは「参加してしまった」ことが問題なのではなく、「明確な決断もつかないまま、なんとなく」参加したことが致命的なのである。

    一方で、何となく「難解だ」という印象がある点については、「生体解剖という『絶対的な悪』に対してすら、明確な判断基準を持ちえない日本人」という構図があって初めて成立する作品であることが原因と解説では分析されています。「戦争中に捕らえた兵隊を生体解剖する」という行為がどれほどの悪であるのかが分からなくなっている(=戦争による様々な「死」のなかに埋没している)と指摘されています。

    医療小説や戦争小説としてまとめて紹介してよい本かどうか迷う作品ですが、倫理問題(良心の在り方)を考える作品としては、解説部分も含めて読んで欲しいと思います。

  • 誰しもが環境や境遇によって、避けられない運命に出会ってしまうことがある。
    決断までの期間が短いほど周りの力に流されてしまうことが多いような気がする

    勝呂は本能ではどうしたらいいのか迷う中でも、人道的にやってはいけないことだし、参加した先に自分の人生が壊れてしまうような予感を持っていた。

    勝呂は時が経っても、その時のことを後悔しつつ、でもどんな選択が正しかったのか悩み続けているように感じた

  • 不気味な感じがした。論理的に言えば、本当に多くの人が死んでいる中で、解剖して死なせるのはたいして変わらないのかもしれない。が、手術室の中にいる人がみな、なにか違和感を感じながら解剖をすすめる様子が気味悪かった。罪の意識をそれぞれ感じながらも、それを表に出す人もいれば、罪の意識がないと考えることで意識する人もいる。暗い海のようだった。
    大学時代の先生に、科学はもっと進化させていくべきだが、倫理が伴っていないと破滅に向かう。だから文系の学問は排除されてはいけないんだとこの作品の話題になったのを思い出した。

  • 「雲の祭日」
       立原道造

    羊の雲の過ぎるとき
    蒸氣の雲が飛ぶ毎に
    空よ おまえの散らすのは
    白い しイろい絮(わた)の列

    帆の雲とオルガンの雲 椅子の雲
    きえぎえに浮いてゐるのは刷毛の雲
    空の雲……雲の空よ 青空よ
    ひねもすしイろい波の群

    ささへもなしに 薔薇紅色に
    ふと蒼ざめて死ぬ雲よ 黄昏よ
    空の向うの國ばかり……

    また或るときは蒸氣の虹にてらされて
    眞白の鳩は暈(かさ)となる
    雲ははるばる 日もすがら

  • 本棚にあった新潮文庫版を数十年ぶりに再読した。
    日本軍による米軍捕虜の生体解剖事件を題材にした小説。空襲を受ける日常の中で生活する人々の虚無、抗うことのできない異常な状況の中で残虐な行為に関わる人々の心の中が描かれる。戦後、「仕方がなかったこと」と自らを信じ込ませて、表向きは平凡な暮しを続ける人々がいる。
    昔の小説ではあるが残念なことに古くはなっていない。小説と同じことが起き、同じ目に遭う人がたくさんいる世界が今も続いている。

    #NOWAR #海と毒薬 #遠藤周作 #新潮文庫 #再読 #読書 #読書記録 #読書記録2022

  • 日本人とは何かを考えさせられる。戸田が人間失格の主人公に似ていると思った。戦争末期の米軍捕虜解剖事件ー。目の前にその光景が映し出される。これは日本人が読んだ方が、いや、読まなければいけない作品だと思う。

  •  自分が同じ立場だったらどういう行動をしていたのだろうと考えると、たぶん同じことをしていたのだろう。
     世の為人の為に生きるということを心掛けながら生きれる環境に感謝したいと思いました

  • 50年前に書かれた戦争中の話なのに、古いと全く感じない。生体解剖こそなくても、登場人物は現代に生きる私たちの暗い部分と重なる。
    人間の良心とは何か。目の前で起きている事から逃げることがいかに難しいことか、考えさせられる。

    913.6

  • 神を持たない(無宗教)ことが恐ろしいと初めて感じさせられた

    この本の中では神を持つ者は悪行を行うと罰が下ると信じ、善行をするように努めている
    神を持つ者は善悪の指針を自分で持たず、神に持たせることによりどんな時でも善と思う行動を取れる

    逆に神を持たない者は善悪を自分の指針で決めるため、悪行であっても他者にばれなければ問題ないと考え、道から外れることがありえるのだ

    自分のこれまでの価値観がひっくり返るくらい発見のあった一冊だった

  • 実際に日本で戦時中に行われた米兵の生体解剖を題材にしたフィクションです。
    遠藤周作の作品は初めて読みましたが、思っていたよりも読みやすく、登場人物の行為に多少、醜悪さを感じながらも、興味深く読み進めることが出来ました。人間の良心とは本当に存在するのかを問いかけられたようで、気持ちは複雑で読了感はさほど良くはなかったですが。

  • 「ドクターM  ポイズン」を読んだ後、急に読みたくなる。
    多分、高校生くらいの時に一度読んでいると思うのだけれど、その時の記憶は無い。
    1986年の映画は観ていない。

    1945年、米軍捕虜に対して九州にある医大で実際に行われた生体実験が題材。

    戦後に、新しい土地に引っ越してきたサラリーマンの語りで始まる。
    彼は結核を患っており、「気胸」の治療を行う必要があった。
    近所に一軒だけある「勝呂(すぐろ)」という医院。
    無口で風変わりな医師は、気胸の腕前は確か。
    しかし、ひょんなことから彼が、太平洋戦争末期の、捕虜への生体実験に関わっていたと知る。

    この物語は、事実をもとにしたフィクションなので、実際に事件に関わった人たちの心情がどうだったかは分からない。
    医療モノではあるが、神を持たない日本人の倫理観、人間の本質を描くことが最重要だったと思われる。

    捕虜の扱いに対する倫理。
    医療倫理。
    人としての良心。
    ・・・のなかった人々の過ち。

    戦時中、次々と空襲で人の命が失われ、病院であろうとその他の場所であろうと、人は毎日死んでいく、という時代の特殊性があった。
    空襲で多くの日本人の命を奪ったアメリカ兵で、銃殺が決まっていたのだから解剖しても構わないのでは無いかという(へ)理屈。
    アメリカ軍捕虜に対する実験によって、結核の手術の基準ができ、患者を救う指針ができるという、大義名分。

    しかし、解剖の執刀教授はその前に医療ミスによる死亡事故を起こしており、医局長の選挙に向けての自身の点数稼ぎのため、軍に媚を売るための捕虜の解剖であった。

    教授の傘下にあった医学生(当時)の勝呂は、助手を務めないかと誘われる。
    ここで彼は、その「実験」の是非をよく考えずに、長いものに巻かれるように参加してしまったのである。

    この作品では、その後の裁判の模様などは描かれない。
    代わりに、裁かれる人々の、来し方や事件に至るまでの心情が手記のような形で描かれる。

    解説では、「神を持たない日本人」の、「良心のありか」について書かれているとある。
    この「神」は、人の行いを厳しく見張る、規律を持った神である。
    日本人にも神はいるが、ほぼ、自分達に都合のいい「ご利益」をもたらしてくれるものであり、お布施さえしておけば人間の行動に何ら口出しして来るものではないという認識だ。

    勝呂医院に通うサラリーマンは、当時の裁判の記録などを調べる。
    気胸に通うことに恐怖を覚えるが、勝呂医師の腕は良い。
    私が一番驚いたのは、事件の後様々な経験を経て、流れ着いた街で医院を開いている勝呂二郎の言葉である。
    捕虜の生体解剖という事件に対して、後悔をしていることは想像に難くない。
    取り返しのつかないことをしてしまったという思いも事実だろう。
    しかし、勝呂は
    「仕方がないからねえ・・・これからも同じような境遇に置かれたら僕はやはり、アレをやってしまうかもしれない・・・アレをねえ・・・」
    と言うのだ。
    どんな経験をしても、人間の本質というものは、こうも変わらないものなのかと思った。
    生体解剖の場面で、勝呂は怖気付き、何も手伝わずに後ろで見ていただけだった。
    参加を断ることもできたのに、ズルズルと付き合った挙句「自分の人生をメチャにしてしまった」と言った。
    自分のしたことへの罪の意識よりも、まず自分の人生の心配が重要なのである。
    一見、勝呂とは正反対のタイプに見える同僚の戸田の、「やがて罰せられる日が来ても、恐怖は世間や社会の罰に対してだけで、自分の良心に対してではないのだ」という考えと何ら変わることはない。
    しかも、戸田のような自覚もない。

    現代の小説やドラマではこういう場合、己の立場が悪くなろうとも、倫理に照らして間違っているものとは断固として戦う、というのが主人公だろう。
    しかし、遠藤氏の作品には、そういう英雄はあまり出てこない。
    人間は、正義を貫き通せない弱い存在として描かれることも多い。

    他の作家の小説には、人間的な弱さを、むしろ愛おしいものとして見つめている場合もある。
    この小説もそうなのだろうか?
    いや、「仕方ない」と言わせつつも、それを肯定はしていない。
    転んでしまう弱い人間に対しての、やや厳しい目(やや・・・である)、そして微かな嫌悪感も感じられる。
    宗教を持つ、遠藤氏ならではの見方かもしれない。
    だからと言って厳しく批判することもできないのは、自分もそうであろう、という自覚があるからにしての、同族嫌悪なのかもしれない。
    読者としての立ち位置も同じである。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    ちなみに、同じ事件を題材とした作品の原作で、
    『しかたなかったと言うてはいかんのです』
    というドラマが去年放送された。
    事件の後、死刑を宣告された主人公の妻が、減刑を求めて奔走する姿が描かれる。

  • 医学部に合格したとき、高校の倫理の先生に読みなさいと言われた本

    戦時下に行われた米軍兵への生体解剖という「人体実験」の実話をもとにした作品

    この話の本質は「罰を恐れながら罪を恐れない日本人の習性」にある

    罰を恐れるのは世間体を気にするから
    罪を恐れないのは"(戦時下で)理由があれば人を殺してもいい"という環境で幼少期を過ごしたから
    その環境こそが毒薬だったんだと思う

    今の日本では、毒薬が道徳に形を変え、それが日本人に罪の意識をもたせることに寄与してるんだと思うけど
    それでもまだ罰への恐れの方が大きい気がするのはなんでだろう?

    そう思うと宗教は罪の意識をもたせる上では1番有用な気がする
    この本の中で外国人との対比が書かれていたのもそれを示唆してるのかなと思った

    毒薬とは何だったのか
    (以下Wikipediaより引用)
    遠藤が九州大学病院の建物に見舞い客を装って潜り込んだ際、屋上で手すりにもたれて雨にけぶる町と海とを見つめ、「海と毒薬」という題がうかんだという。 評論家の山本健吉は、「運命とは黒い海であり、自分を破片のように押し流すもの。そして人間の意志や良心を麻痺させてしまうような状況を毒薬と名づけたのだろう」としている。

    ✏この人たちも結局、俺と同じやな。やがて罰せられる日が来ても、彼らの恐怖は世間や社会の罰に対してだけだ。自分の良心にたいしてだけではないのだ。

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著者プロフィール

1923年東京に生まれる。母・郁は音楽家。12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶應義塾大学仏文科卒。50~53年戦後最初のフランスへの留学生となる。55年「白い人」で芥川賞を、58年『海と毒薬』で毎日出版文化賞を、66年『沈黙』で谷崎潤一郎賞受賞。『沈黙』は、海外翻訳も多数。79年『キリストの誕生』で読売文学賞を、80年『侍』で野間文芸賞を受賞。著書多数。


「2016年 『『沈黙』をめぐる短篇集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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