- Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062769297
作品紹介・あらすじ
29歳、社会人8年目、年収163万円。
こんな生き方、働き方もある。
読むと心が軽くなる、“脱力系”お仕事小説。
29歳、工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ一六三万円で、一年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが――。ユーモラスで抑制された文章が胸に迫り、働くことを肯定したくなる芥川賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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お仕事小説の津村さんだからこういう話こそ本流なのだろうけれど、今まで読んできた話とはトーンが違った。表題作は笑えるエピソードや明るい兆しの見える結末もあって良かったが『十二月の窓辺』は現実の苦々しい部分を思い起こさせる辛い読書に。
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第140回芥川賞受賞作
なんだろう、題名はポトスだし、表紙は爽やかだし。
苦しい中でも淡々とし、安定しているような主人公の日常で、(「今が一番の働き盛り」の入れ墨を入れたいなと思っている時点で、安定ではないのか。)こういう描写が連綿と続く本なのかなと、油断していた。
「ポトスライムの舟」と「十二月の窓辺」という短編二話からなる不思議な構成。
主人公は違うけれども、同一とも感じられる。
人がしんどい毎日を生きるのに、空想上でも逃避する世界が必要だ。
ここまでやったら、こうするぞーっていう。
やる、やらないは別でも目標があるのは、毎日を頑張る糧になる。
この本は、なんとはなしの日常(二話目はなんとはなしではないな)なんだけど、ちょっとしたことで、毎日がつながる。つながっていく。
やはり寄る辺ない日常を生き抜く、働く人への応援歌なのかな。
ユーモラスさもあって、最後解説を読むと分かる、あるカラクリによって、不思議な視点から読んでいたことに気づく。
二話目の読後感がこれまたすごくて。
しばらくたゆたってしまった。
津村記久子さんは、はじめて読んだけれど、
他の作品も読んでみたい。
主人公の最後の思いに、結局やっぱりそこが大事になるんだなと思った。
ネタバレがっつりありの、感想・考察を書きたくなってしまい、再読記録に書いてしまった。まだ読んでいない方は先ずは、何の前情報もなく読むのをおすすめします。
再読記録を書いたら、この表紙の意味、爽やかさもなんだかわかった気がした。いい本だった。
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芥川賞受賞作である本作は、仕事の意義について考えさせられる作品でした。自分がやりやすくて、悩まずに仕事ができる環境というのは、中々見つけられないです。本作は、職場で悩む人にエールを送る作品だと思います。逃げないことですね。
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29歳工場勤務のナガセは、ある日職場に貼ってあったポスターで世界一周旅行と自分の工場勤務での年収がほぼ同じ163万円だと知る。それからナガセは貯金を始めるが……。
裏表紙の内容紹介には、「働くことを肯定したくなる」との文がありましたが、希望もあるとはいえ辛さと苦しみの方が印象深いです。表題作の『ポトスライムの舟』はまだ主人公周囲の人間関係などが良いのですが、もう一作の『十二月の窓辺』は職場環境・パワハラといった問題が強烈なリアリティで書き込まれており、本を読んでいて息苦しくなったり手が震えたりしたのは久々でした。最後に一歩踏み出したとはいえ、読後も恐怖が残りました。
何かに追い立てられるような、引き留められるような、窒息しそうな、どこにも行けないような、それでもどこかへ行ってしまいたいような。
ずっとうっすら感じていた社会人としての「理解したくない自分」をしっかりと感じてしまうような、久々に痛みを伴うような読書体験でした。
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「働くこと」をテーマとした女性が主人公の芥川賞受賞作はこんなのも。
→『コンビニ人間』(文春文庫)/村田沙耶香 -
これも何かの因果なのかもしれない。
つい最近、9年近く勤めていた会社を退職した私が次に読もうとしていたのが、ある意味、お仕事小説に当たる、この作品だったとは。
このご時世に何か申し訳ないとか、我ながら、いい度胸してるなとは思わない。ただ、働いている間、違和感が絶えず私の心中に付き纏っており、なぜ?と思いながら仕事を続けることに、いい加減、うんざりして、心の中で叫び続けていたから。その上、周りの人達は、特に何の不満も無い様子を見ると、私は少しおかしいのか、なんて思ってしまう。
それでも可能な限り、私の望むところを追い求めたいだけなのだが、つい弱音を吐きそうな、寂しさや不安を抱いているのも正直なところ。でも、諦めたくない。そんな心境の時に読んだ、この作品。
二つの中篇が収録されていて、解説に書いてある通り、「十二月の窓辺」から「ポトスライムの舟」の順番で読むと、人生において、自分自身を形成していく感じが、より分かりやすい。
両作品に共通しているのは、最初、自分のことだけで頭がいっぱいになっているのが、次第に、他の人達の気持ちを考えて、思いやる心が無意識に目覚めていること。「ナガセ」にしても、「ツガワ」にしても、結構辛い思いをしているのだが、それでも、なお、そうしたい気持ちが、自然と良い方向へと導いているような気がしました。
また、津村さん独特のユーモラスな文体がまた、直接的にこうなんだと訴える感じではなく、ああ、こういう感じなのかなと、じわじわ来る感覚が、より真実性を持たせてくれる気もしました。
私の中では、「十二月の窓辺」の中の
「ここではないどこかは、当然こことは違い、そこには千差万別の痛みや、そのほかのことがある。」
「世界は狭く画一的なわけではないと思った。」
という、これらの言葉に励まされました。
私もここではないどこかを目指す。 -
芥川賞受賞作『ポストライムの舟』と『十二月の窓辺』の2編を収録。
両方とも仕事に悩み、もがき苦しむアラサーの女性が主人公である。
『ポストライムの舟』は、上司のパワハラで会社を退職し工場のラインで働くナガセという女性の話。
働いている母と実家で二人暮らしとはいえ、給料は手取13万3千円。すき間を埋めるように平日は工場勤務後友人のカフェでバイトし、休日は商工会議所でパソコンの講師をする毎日。
パワハラでダメージを負った彼女は、自分が仕事を続けていける、という自信を失ってしまっている。かといって、結婚に逃げるというしたたかさも持ち合わせておらず、その不器用な生き方にいとおしさすら感じる。
ある日工場に貼ってあったポスターを見て、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じであることにがく然とした彼女は、カフェと商工会議所のバイトの収入だけで生活し、工場の給料を世界旅行代一六三万円として貯金していくことを決意する。
この行為は一見極端にも思えるが、彼女が新たな第一歩を踏み出すためには必要なことだったのだろうと思う。
『十二月の窓辺』は、『ポストライムの舟』の前日譚のような話。主人公のツガワは職場の人間関係になじめず、上司からパワハラを受け続ける毎日。読んでいて閉塞感に息がつまりそうになる。
窓から見える別のオフィスを眺めながら、もしあそこに勤めていたら、と考えたことは私にもある。しかしそれは今現在よりよくなる保証はなく、かといって今の場所しか居場所がないわけでもない。
「氷河期世代」と呼ばれる彼女たちの救いのない日常と、その中で生まれる少しの光をリアルに描いた作品。ラストで見られる彼女たちのささやかな前進を応援したい。 -
帯の「社会人必読!」の言葉に操られるように購入。
「圧倒的な共感」という言葉の通り、ナガセのつぶやきもツガワの絶望もびっくりするくらい生々しい。
分かりたくないけど分かるなぁと思う。
私なんてぼけっと仕事して、ほぼ定時に退社して、たまに先輩と飲んで笑っていられるんだから恵まれているはずだろうと思った。
でも、その場にいるその人にしか分からない苦しさとか、むなしさとかがあるんだよなぁ‥。
表面的な話だけ聞いて、あの人の方が苦しいとか楽だとか言えるわけじゃない。
私が無理だと思ったら、他の誰がなんと言おうと無理なんだってこと。
ジャッジ出来るのはその場にいる唯一人だけだってことをすごく思い知らされた。
「ポトスライムの舟」も「十二月の窓辺」も読後感は悪くない。
どちらの物語も現実を現実以上に良くも描いていないし、悪くも描いていない。
そんな中で疲弊しながらも前を向いて歩いている主人公の2人に励まされる。
特に「十二月の窓辺」のツガワが一歩踏み出せた姿にほっとする。
誰とも違う私の苦しさを必要以上に大きくする必要がないことを悟る。
やっぱりこれは「社会人必読!」かもしれない。 -
独特の文章や淡々とした雰囲気が少々取っ付きにくく感じるところがあり、物語も日常の描写が多かったので読むには少し集中力が必要でした。
「わたし」が設定されないのが新鮮で、誰にも感情移入しなくてもいいし、「自分」をこんな冷静に捉えられるというのは自由度があるように感じました。読み慣れたら気楽に読めるかも。
ポトスライムの舟の終わり方が良いです。自分にもどこかに旅に行ける可能性があるのだと感じられました。