ポトスライムの舟 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 256
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062769297

作品紹介・あらすじ

29歳、工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ一六三万円で、一年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが-。ユーモラスで抑制された文章が胸に迫り、働くことを肯定したくなる芥川賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 帯の「社会人必読!」の言葉に操られるように購入。

    「圧倒的な共感」という言葉の通り、ナガセのつぶやきもツガワの絶望もびっくりするくらい生々しい。
    分かりたくないけど分かるなぁと思う。
    私なんてぼけっと仕事して、ほぼ定時に退社して、たまに先輩と飲んで笑っていられるんだから恵まれているはずだろうと思った。
    でも、その場にいるその人にしか分からない苦しさとか、むなしさとかがあるんだよなぁ‥。
    表面的な話だけ聞いて、あの人の方が苦しいとか楽だとか言えるわけじゃない。
    私が無理だと思ったら、他の誰がなんと言おうと無理なんだってこと。
    ジャッジ出来るのはその場にいる唯一人だけだってことをすごく思い知らされた。

    「ポトスライムの舟」も「十二月の窓辺」も読後感は悪くない。
    どちらの物語も現実を現実以上に良くも描いていないし、悪くも描いていない。
    そんな中で疲弊しながらも前を向いて歩いている主人公の2人に励まされる。
    特に「十二月の窓辺」のツガワが一歩踏み出せた姿にほっとする。
    誰とも違う私の苦しさを必要以上に大きくする必要がないことを悟る。

    やっぱりこれは「社会人必読!」かもしれない。

  • 冒頭───
    三時の休憩時間の終わりが間もないことを告げる予鈴が鳴ったが、長瀬由紀子はパイプ椅子の背もたれに手を掛け、背後の掲示板を見上げたままだった。いつのまにか、A3サイズのポスターが二枚並んで貼られていたのだった。共用のテーブルに飾ってある、百均のコップに刺した観葉植物のポトスライムの水を替えた後、そのことに気がついた。二枚のポスターは、どんな几帳面な人が貼ったのか、角と角とがぴったりくっついていて、掲示板の枠に対してはあくまで平行を保っている。さるNGOが主催する世界一周のクルージングと、軽うつ病患者の相互扶助を呼びかけるポスターだった。
    ───

    第140回芥川賞受賞作

    津村記久子さんの作品には、言葉をかけようとしてやめたとか、喉元まで出かかったが言わずにおいたとか、殴ってやりたいほどの人間だがその結果何が起こるかを考えると恐ろしいのでよしておいたとか、意を決して一度抜いた伝家の宝刀を渋々と元の鞘に納めるというような場面や表現が、頻繁に登場します。

    そういえば、ぼくも含めて、人間って思っていても口に出さないとか、言いたいけど言えないとか、行動で表したいけどできない時とかが、しょっちゅうあることに気付きます。
    これを言ってしまったら二度とこの人とは友だちに戻れないかもとか、
    ここで暴行をはたらいたらどうなるのだろうという社会的理性が自然と働き、ここはとりあえず、まあまあ、なあなあで誤魔化すほうがこの先生きていく上で無難だろうと判断するからでしょう。
    特に仕事をしているうえでは、そんな人間関係をうまくやり過ごさないと、とんでもないことになってしまいます。
    でも、それを続けていると閉塞感と不満が鬱積してきます。

    この作品では主人公のナガセが無性に体に刺青を彫りたくなったり、163万円もする世界一周に行きたくなったりします。
    閉塞感からの脱皮。
    ありふれた日常からの現実逃避。
    誰もが思い浮かべる願望です。
    そのためにナガセは、工場のライン業務、友達の店でのアルバイト、土曜だけのパソコン講師、自宅でのデータ入力の内職などを黙々とこなし、一年で163万円を貯金しようと、毎日の収支決算に眼の色を変えていきます。
    友人の離婚騒動などがあったにせよ、その目的には順調に近づいているように思えました。
    ところが───
    淡々とこなす仕事、それで得られる収入、それを基にした生活。
    その日常の中で、生きる目的とは何なのだろう?

    この本には、もう一篇「十二月の窓辺」というのも収録されています。
    こちらも働く女性の物語なのですが、主人公の女上司というのがひどい。
    この作品が書かれたのは2007年のようですが、この頃はパワハラという言葉などなかったかのような、傲慢で無茶苦茶な女性です。
    今なら、完全にパワハラで訴えられます。

    主人公のツガワは、上司だけではなく同僚からも仲間はずれにされています。
    常々辞めたいと思いながらも、この不況のご時世に私を雇ってくれる別の会社なんてあるのだろうか? 責められるのは自分の能力が劣っているからじゃないのか? と常に自虐的に悲観的に物事を捉えます。
    これは、津村さんの作品に出てくる主人公の特徴ですね。

    この二作品とも小品ですが、そんな一見つまらない毎日を送っている主人公に、ほんのちょっとした出来事が起こることで(彼女たちにすれば大きな事件かも知れませんが)物事に対する発想が変わる転換点が実にユニークなのです。
    人間、地道に真っ当に生きていれば、どこかで神様が見守ってくれるとでも言うように、彼女たちは自分を束縛していた気分から解放されます。
    そこで読者は微かなカタルシスを覚えるのです。
    大感動のラストシーンというような物語ではありませんが、実に味のあるストーリー展開です。
    この魅力にいつもぼくは引き込まれてしまいます。
    これからも、彼女の作品を読むのが楽しみです。

  • ずっと気になっていた作家さん。

    仕事のモチベーションは人それぞれ。
    色んな事を思いながら悩みながら、感じながら…明日を生きる為に働いている。
    明日を生きる為の、ある1人の女性のドキュメントを見たような印象。
    『ポストライムの舟』は主人公長瀬由紀子に興味も魅力も感じあっという間に読了!
    併録されている『十二月の窓辺』はちょっと重い…というか陰湿さが際立って不愉快な読後感が残る。しんどい(ーー;)
    でもこういう現実もあるんだよね…

    他の作品も読んでみよう!

  • このひとの文章は正直だ。

  •  収録作品は二編。工場勤務の女性が主人公の「ポストライムの船」と、上司からのパワハラに追い込まれる新卒女性社員が主人公の「十二月の窓辺」

     今一つストーリーの印象は薄いのですが、会社員にしろアルバイトにしろ、何かしら仕事をしたことがある人には、話のところどころで、ギクッとくる文章がある作品だと思います。

    「ポストライムの船」では、単純な工場勤務の中で、自分の時間を売ることで、お金を得ている、と主人公が考え始める文章が印象的です。

     そして、「十二月の窓辺」は、パワハラの口調と追い込まれ方がリアル…

     はじめのうちは「あんたなんかやめてしまえばいいのに」といったしかり方だったのが、本当に辞められると困るからか、それが徐々に「あんたなんか他のところにいっても通用しない」「あんたを雇うのはうちくらいのものだ」といった風にシフトしていきます。

     そして、そんな言葉を聞いていくうちに、主人公はその会社を辞めたところで次がない、といった思考に追い込まれていくのです。

     自分もバイトをやっていたときは、ものすごく怒られるたびに無力感が増して、何もやる気がなくなってしまうような感覚があったのですが、それを思い起こしてしまう描写力でした。

     幸い、4月から働き始めた会社は、まだがっつりと怒られた経験はなく優しく教えてもらっていますが、こんな上司のいる会社に入っていたら、と思うと冷や汗が出ます…

     この本の作者の津村さんは、他にもお仕事をテーマにした小説を書かれているみたいで、また年を重ねて、仕事に慣れた(疲れた?)頃に読んでみたいなあ、と思います。

    第140回芥川賞

  • 正直、芥川賞作品であることを知らずに読んだ。

    読み終えて、津村記久子は天才かもしれない、と思った。

    主観と客観の間を行くような独特の文体もそうだが、むしろ空気感の魅力とでも言おうか。

    社会的には敗者に分類されてしまいそうな主人公でありながらも、読者の共感を引き付けて、心を揺さぶって、離さない。

    これが初めて読んだ津村作品。

    未読作品がたくさん残っているというのはありがたいことだ。

  • ―――ばかみたいな恥をかきながらもそれは続く―――

    表題作は、自分の年収と同じ金額で世界一周ができると知り、お金を貯める女性のお話。
    芥川賞受賞作。
    母親と古い家にふたり暮らし。
    同い年の友だちが3人。
    「今がいちばんの働き盛り」と刺青をいれたくなったり、それに対して一文字いくらかかるのか思案したり、ポトスをたべたい、とポトスの食べ方についてひたすら考察したり。
    よく働き、よく友だちの面倒を見、母親の面倒を見、バイトもかけもちしながら皆勤賞。
    そんな主人公ナガセがひとたび風邪をこじらせ、仕事を休む。
    止まることで見えたもの。
    私はこの話、すごく共感できるひとは危ないとおもった。
    きっとそれは一歩間違えれば仕事で鬱になっちゃうような真面目な働き者だから、津村節にやりこめられたらいいとおもう。
    来週から若い女の子が働きにくる描写とか、それについて考えなかった主人公の心の動きとかはリアルだなあと感心した。ちょっとした描写がつくづくリアル。
    個人的にお気に入りのシーンは、ポトスをりつ子(友だち)の娘と並べるところ。
    映画にしたいとおもった。

    同時収録されていた『十二月の窓辺』は、
    パワハラに苛まれる下々の物語。
    ツガワは門脇麦ちゃんあたりがやったらとても悲壮感が出ていいとおもう。
    3つの会社それぞれのパワハラの受け止め方が個性的で上手に群像劇になっていた。

    このひとの書く小説は、ほんとうに働き者を慰めるよなあ。否定も肯定もなく、ただただ事実を書いている、そのなかで、すこしだけポッと希望の灯りの余韻みたいなものを残してくれている。
    残像くらいでいいの。はっきり形にすると恥ずかしかったりダサかったりするから。
    その残像がちょうどよい。

    知らなかったんだけど、『ポースケ』は続編なのですね。文庫化お待ちしております。

  • 「仕事してて楽しいですか?」と後輩に問われ、即座に何も言えなかったことがあります。仕事に楽しみを求めていたのはいつの頃だったろう…。
    生活するために働いているのか、働くために生きているのか、悩むのも通り越してどうでもよくなったり。時間を切り売りしてるようにしか思えなかったり。理不尽を理不尽とも感じられなくなりただただ自分を責めたり。自分のことしか考えてなかったことに気づき愕然としたり。共感できることばかりなんですが、どこか他人事のように見ていられる距離感がよいです。これで自分と重なってしまったらただ迷って悩んで現実と同じ無限ループにはまってしまう。目標だの希望だの輝かしい未来を想定することもできず、絶望してリタイアもできない、中途半端な自分にさらに滅入るだけ。人生でたまに訪れるほんの僅かな風向き、それだけでも結構生きられてしまうもんだなぁとため息をつきつつふっと口許が緩んでいるのに気がつきました。

  • 面白いかといえば面白くない。
    でも、収録された2作は印象深いものだった。
    どんな大会社でも、やってる仕事はたいしたことがない。
    仕事に縛られることはいかに意味がなく、自分を大切にする
    ことの重要性をおもいしらされる。2作は両極端なシチュエーションから、それを諭してくれている。
    先日、有能な後輩が自殺をしたが会社はなにもなったかのような
    日常で、追い込んだ人間も平気な顔をして、エゴを振りまいている。会社に、仕事に絡め取られてはいけない。

  • これも初めて読む作家さんの作品。
    10年前に芥川賞を獲ったのが、表題作だそうだ。
    これ以外に「十二月の窓辺」という一編も収められている。

    工場と、パソコン教室講師、友人の経営するカフェの手伝いと身を粉にして働くナガセ。
    将来が見えない生活。
    世界一周クルーズ(ピースボートっぽいヤツ)に行けるお金を貯めることで何とか心を保っている。
    ナガセは、ポトスライムの葉を食べることや、アウトリガーカヌーに乗ってポトスライムを配るといった不思議な夢想に捉われていく。
    その過程が淡々と描かれていて、それが切ない。

    「十二月の窓辺」は、パワハラが描かれ、息が詰まる思いがする。
    主人公ツガワ自身、Ⅴ係長のパワハラに、身体症状が出るほど苦しんでいる。
    そんな彼女は、近くのタワービルの中にある、採用試験に落とされた団体のオフィスを眺めるうちに、そこで働く若い職員が暴力を振るわれる現場を目にする。
    酔った勢いでツガワが告発し、自身も係長の呪縛から脱していくので、読者としてはほっとするが・・・。

    カバーには「働くことを肯定したくなる」とあるけれど、どちらかというと、私には働くって何だろうと思わされる。

    文章は告発するようなところはなく、どこまでも平静。
    あまりにも淡々としているので、時間軸や人物関係の地図を見失いそうになる。
    なんか不思議な感触の作品だった。

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著者プロフィール

津村 記久子(つむら きくこ)
1978年、大阪府大阪市生まれ。大阪府立今宮高等学校、大谷大学文学部国際文化学科卒業。
2005年「マンイーター」(改題『君は永遠にそいつらより若い』)で太宰治賞を受賞し、小説家デビュー。2008年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、2009年『ポトスライムの舟』で芥川龍之介賞、2011年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、2013年「給水塔と亀」で川端康成賞、2016年『この世にたやすい仕事はない』で芸術選奨新人賞、2017年『浮遊霊ブラジル』で紫式部文学賞、同年『アレグリアとは仕事はできない』で第13回酒飲み書店員大賞受賞をそれぞれ受賞。
近刊に、『ディス・イズ・ザ・デイ』がある。

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