おまえさん(上) (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
4.06
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本棚登録 : 3111
レビュー : 310
  • Amazon.co.jp ・本 (616ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062770729

作品紹介・あらすじ

痒み止めの新薬「王疹膏」を売り出していた瓶屋の主人、新兵衛が斬り殺された。本所深川の同心・平四郎は、将来を嘱望される同心の信之輔と調べに乗り出す。検分にやってきた八丁堀の変わり者"ご隠居"源右衛門はその斬り口が少し前に見つかった身元不明の亡骸と同じだと断言する。両者に通じる因縁とは。『ぼんくら』『日暮らし』に続くシリーズ第3作。

感想・レビュー・書評

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  • 上下巻まとめてのレビュー。
    最近「ぼんくら」「日暮し」のドラマをとあるBSで再放送されていたのをたまたま見て、読み返したくなった。
    初読は10年近く前だと思うのですっかり中身を忘れてしまっていた。新たな気持ちで読めたのは良かったし、ドラマを見たばかりということもあって主要人物たちの顔がドラマで演じられていた俳優さんに脳内変換されて読みやすかった。

    「ぼんくら」「日暮し」では可愛らしい助手、あるいは名探偵といった役どころの弓之助とおでこ(三太郎)が、「日暮し」から2年経ち少し大人になっている。弓之助の美しい顔はますます磨きがかかり、おませな感じだった物言いはさらに大人びて平四郎の頼れるブレーンになり、一方で身内である兄には丁々発止のやり取りも見せてくれる。おでこは実母の接触未遂にも周囲の大人たちに守られ、初恋の味も知る年になっている。
    今回初登場の同心・真島信之輔と、弓之助のすぐ上の兄・淳三郎は正反対なキャラクターながらどちらも魅力的。

    相変わらず長い長い物語で時に非常に回りくどく感じることもあるものの、シリーズのレギュラー陣である平四郎、お徳を始め、信之輔の大叔父・本宮源右衛門や市井の人々それぞれの視点でそれぞれの物語を丁寧に描いてあり、生きる上での苦しさ虚しさ切なさが痛いほど伝わり、一方でそれでも前を向いて必死に生きていこうとする姿や飄々と飲み込んでいる姿なども見えて、彼らのこれからを応援したくもなった。

    これだけ長々と引っ張ったのだが、結局事件の動機の真相というか芯の部分は分からない。
    弓之助の賢いおつむりによる謎解きに、平四郎や政五郎親分や源右衛門の長い人生経験で得た肉付けをして犯人の心の内を理解したつもりになっているに過ぎない。
    だがそれで良いのかも知れない。現代の裁判ですら事件の真相、芯の部分は誰にも分からない。本人にすら分からないのかも知れないのだから。
    犯人に振り回され巻き込まれた人々を考えるとますます辛い。

    おしんや信之輔が分かってしまった理不尽による傷はこれからも事あるごとに彼らを苛むだろうし、この先弓之助やおでこ達にも降りかかるものかも知れない。それでも『皆、愚かなのだ。おまえだけではない』と悟った信之輔たちには明るい未来が待っていると信じたいし、理不尽や不条理がある一方で、平四郎や政五郎や源右衛門やお徳や丸助のような素敵な人々もいるのだから世の中はまだ大丈夫だとも思いたい。

    この作品が文庫化されたのが2011年、その後シリーズ作品が出ないところを見ると多分この三部作で完結ということなのだろう。
    さらに成長し大人になった弓之助同心と岡っ引きおでこの活躍も見たいように思うが、それは妄想するしかなさそうだ。

  • 「ものの端と端は離れているように見えても同じ。そうだ、両極は相通じる。正は負に転じ、負はころりと正に変わる。」
    世の中、極端な二元論に走りがちだが、江戸時代の庶民の暮らしを舞台に宮部さんが綴る人の心はとても味わい深い。正解も物の見方も、1つきりではないなあ。人間万事塞翁が馬だ。

    本作は一見繋がりが見えない3件の殺人事件を、同心の平四郎、甥の弓太郎、岡っ引きの政五郎たちに加えて、若い同心の新之輔と叔父の源右衛門が加わり、点を線にしながら手繰っていく。

    多めの登場人物のなかでも、実母に支配下でコントロールされ続けて生きてきた大店の千蔵の心の動きが秀逸だと感じた。

    幸薄い女性を見つけては、金をつぎ込み、大店の正妻に迎える。ほどなく、その女に飽きては、次の薄幸な女性に気を移す。悪い男だが、弱くて寂しい男の心の内が露わになる。

    幼い頃大人たちに、自分の思うことに注意を払って聞いてもらい、なるほどとうなずいてもらうこと。存在を認めてもらうこと。こんな経験を重ねずに、母の意のままにいると、自分を失い生きることから外されるのだなあ。

    支配する人がいなくなると、哀しいことに、次は自分が支配する側に回る。弱い対象を見つけては、支配コントロールすることで、失ってきた自分や自信を無意識にも操作して手に入れようとしてしまうのだ。家族不全の問題に通じるなと、あれこれを思い起こす。

    なかなかの長編なのだが、残すところあとこのシリーズも「おまえさん」の下巻のみ。忘れないうちに、読もうと。面白かった!

  • 宮部みゆきの時代小説。
    2006年から2009年にかけて連載され2011年に刊行された近作です。

    「ぼんくら」の2年後、「日暮らし」の翌年で、主要な登場人物はそれぞれ年を重ねました。特に弓之助は声変わりこそまだではあるものの、大人へと変わる直前、もうすぐ元服という微妙なお年頃になりました。風鈴売りを見かけたときのエピソードなど、「もう子供ではない」ことに読者としても彼の子供時代を懐かしく思いだし、何となく親目線になって泣きそうになりました。そう言えば「日暮らし」までは度々あったおねしょも、今作では治ったようです。

    「ぼんくら」「日暮らし」と同じく、平四郎を初めとする魅力的な登場人物が行き交う世界がじっくり語られます。主人公の人間味満載・平四郎と探偵役の超絶美少年・弓之助、かつての「鉄瓶長屋の心」お徳、回向院の茂七の一の子分・政五郎、人間離れした暗記力の持ち主・おでこなどのこれまでの登場人物に加えて、弓之助と正反対の超絶醜男でコンプレックス持ちの間島信之輔、平四郎に輪をかけてマイペースの本宮源右衛門、お徳に取って代われそうな程の人情味の持ち主・丸助、不足しがちな美少女成分担当・史乃など、新たなキャラクターも増えました。

    特に今作の相棒役で弓之助よりも目立っている間島信之輔は、切れ者で爽やかで生真面目な好青年なのに金壺眼で端役のおさんやおもんにすら色恋の対象と認めてもらえないほどのご面相。『顔の輪郭がごつごつしている。右と左で耳の高さが違う。ついでに言うなら眉毛もそうだ。この若さで髪が薄いのか、あるいはひどい猫毛なのか、髷は小さくぺったりとしている。そのくせ、髭の剃り跡だけは青々と濃い。鼻はだんびろで唇は分厚い。とどめはいわゆる金壺眼だ。落ちくぼんだ眼窩の底に黒目が収まっている様は、巣の奥に隠れて頭だけちょっぴりのぞかせている虫でも見るようだ。笑うと金壺の口を絞ったようになって皺が寄る。』と、作者が念入りに描写するほどです(醜男の容貌をここまで念入りに描写した文章は初めて読みました。他が秀でている俊英であればこそ一層気の毒になるその短所は、超絶美少女(こちらは『濃いめの型押し柄の小袖の襟元からほっそりとした首がのびて、その上に、お雛様のように小さく整った顔が乗っかっている。』と、描写にそれほど気合いが入っていません。作者は同性には厳しいのかもしれません)と対峙し、あっさり惚れ込んでしまったことで、なお一層強調されます。

    そして「ぼんくら」が井筒平四郎の、「日暮らし」が弓之助とおでこのお話だったとすると、この「おまえさん」は信之輔のお話です。彼の劣等感、失意と落胆から下巻での立ち直りまで、読者としては感情移入しやすいキャラクターだっただけに信之輔の気持ちで読み通すことができました。プライベートでも幸せになれますように。

    以前にも書いたことですが、作者が大家になって「世界」をいくらでも作り込めるようになったので、読者としても安心して楽しむことができるようになりました。ゲームで言えば隅々まで作り込まれたオープンワールドを、本筋とは離れて寄り道しまくるような楽しみ方ができます。おさんやおもんのようなサブキャラクター、弓之助の兄太一郎のエピソードや平四郎の地口など、脱線気味に饒舌な作者の語りに先を急がずに付き合っていると、この世界がどんどん楽しくなってきます。

    信之輔と史乃の、どう見てもハッピーエンドになりそうにない関係がどうなるか、果たして弓之助は正式に養子として迎えられるのか、気になりながら下巻を読んできます。



    初出
    「おまえさん」小説現代 2006年8月号~08年9月号
    「残り柿」 小説現代2006年11月号~09年1月号
    「転び神」 小説現代2009年2月号~4月号
    「磯の鮑」 小説現代2009年5月号~7月号
    「犬おどし」 書き下ろし

  • 「ぼんくら」「日暮らし」の豪華特別版とか総集編とかそんな感じで、「ぼんくら」「日暮らし」に出てきた人たちが大勢出演するとかそんな感じで、楽しい。長いけど楽しい。このシリーズ、江戸の風俗、習慣、政治、経済、社会、地理、人々の暮らしなどなどあらゆることが自然とわかるのもおもしろい。

  • 橋のたもとで遺体が発見された。
    背中からばっさり袈裟懸けに。
    遺体を運び出しても血の跡が消えない。幸兵衛長屋の面々はこれは祟りか呪いかと騒ぐが、平四郎の若い同心仲間信之輔が調べる中信之輔の大叔父源右衛門は「遺恨の傷」だと言い切る。

    イケ面ではないけど爽やか生真面目青年信之輔に亡骸を検分する目はピタリと正確なヘンテコな大叔父源右衛門を加え、少し背の伸びた弓之助とおでこ、お菜屋に手を広げたお徳、手下(?)のおもん&おさん、政五郎親分とお紺さんに活きのいい手下たち。生薬屋の看板娘瓶屋の史乃、大黒屋の藤右衛門、十徳長屋の丸助とキャラクター続々でますます賑やかになっています。
    佐吉さんには赤ちゃんが生まれたりして、これまでのキャラクターの名前も出てきてサービス満点。

    このシリーズのお馴染みサンにはたまりません。
    お徳さんの料理がますます美味しそう。食べてみたいなぁ。

  • 「ぼんくら」では12歳だった弓之助がもう14歳に。出会った当時はあちらこちらを測量しまくり、風車で喜ぶ子供だったのにいつのまにかぐっと大人っぽく成長していくのに、平四郎と同じく少しさみしいような気持ちになった。
    今作「おまえさん」でも、人間の心の闇や欲の描写がひかる。宝くじが当たったことで人から尊敬される味を覚えてしまった仙太郎の身の崩し方、母の支配から解放され、堕ちた女を美しく変える過程だけに魅力を感じ何年かしたらすぐに妻を変える千蔵。このふたりが特に印象的だった。
    大黒屋の謎が下巻でどのように解き明かされるか楽しみ。

  • 「ぼんくら」、「日暮らし」とシリーズを読んできたが、この「おまえさん」は少しだけ空気感が違う。
    ミステリー色は薄くなり、人と人の感情のもつれや醜さ、身勝手さ、薄情さなどが描かれていく。
    どんなに良い人に見えても、その人が持つ本当の顔はなかなか見ることができない。
    もしかしたらその人自身にだって、本当の顔なんてわかっていないのかもしれない。
    それでも、どこか後味の悪い事件の結末は悲しかった。
    このシリーズは、事件がどんなに悲惨でも、どこかにあたたかな余韻が残るところが好きだったので。
    弓之助のかかえていた事情なども明らかになり、前作から読み続けている者としては「なるほど」と思う箇所もあった。
    新しい登場人物も増え、今後はもっと新しい展開が待ち受けているのかもしれない。
    でも、前二作に比べてどことなく浅い仕上がりのように感じたのは何故なんだろう。
    弓之助が妙に出来すぎたキャラクターになってしまっているのも気になる。
    優等生すぎるというか、出来が良すぎるというか、もっと抜けた部分があってもいいような。
    愛らしさのある弓之助でいてほしいと思う。
    誰を犠牲にしても幸せになりたい。
    ひどいことをしていると人に謗られても、自分を正当化し突き進む。
    でも、きっとその先に待ち受けているのは幸せなんかじゃないだろう。
    誰かが笑えば誰かが泣く。
    それが世の常なのかもしれないけれど、意図的に誰かを犠牲にすれば必ずその報いは自分に返ってくる。
    「好きだ」という感情さえあれば、何をしても許されるわけではない。
    歪んだ想いの結末に、切なさと哀しさを感じた。
    次はどんな展開が待っているのか。
    平四郎と弓之助の活躍が楽しみだ。

  • 再読。
    人物造型が半端ない。よくぞここまでチャーミングに市井の人を描ききれるモンだと思う。
    井筒平四郎がお気に入りです。そらもう、大好き。

  • ・10/24 読了.こういう時代物は読み慣れるまでの時間が結構かかる.ただ、登場人物や出来事が一通り出揃うと、あとは一気に読み進んで行ける.りえさんからこの本も結構経ってからようやく読了.下は勢いで読みきってしまうかも.もはや謎解きではなく事件の解決に終始しそうな感じだが.

  • 「ぼんくら」「日暮らし」に続くシリーズ。
    単行本と文庫が同時刊行。

    本所深川方定町廻り同心の井筒平四郎は、四男で期待されていなかったが、たまたま跡を継ぐことになった男。
    ひょろりとした長身で馬面、根は善良だが出来るだけ怠けていたい方で、自らぼんくらと認めていた。

    幸兵衛長屋に住む煮売り屋のお徳は、たくましいしっかり者。今日は店で働く娘たちを引き連れて、南辻橋へ行進。
    橋で死んだ男の人像が残っているというので、勇敢にもお浄めに赴いたのだ。斬られた死体だったのだが、痩せたみすぼらしい男で、辻斬りに遭ったかと思われた。
    身元は、医者の所にやっかいになっていたが飛び出したのだとわかる。もともとは瓶屋という薬屋に勤める奉公人の一人だったという。
    瓶屋の様子を探ると、王疹膏という新薬の売り出しで流行っていたが、どこかうさんくさい所があった。
    しかも、そこでも主人の新兵衛が…!
    新兵衛の娘の史乃は綺麗な娘で、信之輔はこれを守ろうとする。

    間島信之輔というまだ17歳の若者が父の跡を継ぎ、平四郎には若い町回り同心の同輩ができたのだ。
    町方役人の職は本来は世襲ではないが、事実上世襲になっている。
    まじめな良い青年だが、金壺眼に広がった鼻という外見で、男の場合どれぐらい器量に意味があるのだろうと内心気になる平四郎。
    長屋で大男が暴れる事件があったが、信之輔はそれを巧に取り押さえる腕もあった。
    この信之輔には源右衛門という大伯父がいて、部屋住みのまま八丁堀に居着いた変わり者の老人。少し呆けかかっているのだが、見る目の鋭い所のある名物男なのだった。

    平四郎の家に良く出入りするようになった甥の弓之助は、妻の姉が嫁いだ河合屋の末息子で、子供がいない平四郎夫婦の養子にという話が起きている。
    この弓之助、妻にも似ているのだが、人形のように綺麗な顔をしているため、「下手に町中に置いては悪いことに巻き込まれるといけないから八丁堀に来た方が良い」と妻が熱心に勧めていた。
    まだ子供ながら頭が切れるため、平四郎も連れ歩くことが増えていた。
    弓之助が少し家に来ないことを気にし始めていたら、長男の結婚問題で河合屋が揉めていたとわかる。

    岡っ引きの政五郎のところには通称「おでこ」と呼ばれている三太郎という少年が手下になっていて、政五郎の女房お紺が我が子のように可愛がっている。同じ年頃の弓之助とも仲良くなっていた。
    政五郎は出先で思わぬ人に出会った…三太郎を棄てた母親きえが、玉井屋という大店のおかみにおさまっていたのだ。
    ところが、この主人というのに悪い癖があり…?

    幾つかの事件が、次第に絡み合っていきます。
    登場人物が生き生きしていて、読んでいると引きこまれて、元気が出てきますね。
    短編は2006年初出。
    2011年9月発行。初読は今年4月。

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著者プロフィール

宮部 みゆき(みやべ みゆき)
1960年、東京都生まれ。1987年に「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。1992年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、1999年には『理由』で直木賞、2002年『模倣犯』で司馬遼太郎賞、2007年『名もなき毒』で吉川英治文学賞など、数々の文学賞を受賞。大沢オフィス所属。日本推理作家協会会員。日本SF作家クラブ会員。直木賞、日本SF大賞、小説すばる新人賞、河合隼雄物語賞など多くの文学賞で選考委員を務める。『模倣犯』や『ブレイブ・ストーリー』など、多くの作品がドラマ化や映画化などメディア・ミックスされており、日本を代表するエンターテインメント作家として人気を博している。2019年7月10日『さよならの儀式』を刊行。

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