ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
3.55
  • (232)
  • (705)
  • (685)
  • (156)
  • (16)
本棚登録 : 5776
レビュー : 629
  • Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062772242

作品紹介・あらすじ

事件を起こすなら、私のほうだと思ってた。

母を殺してしまった娘と、母との確執を抱える娘。どんな母娘(おやこ)にも起こりうる悲劇。

地元を飛び出した娘と、残った娘。幼馴染みの二人の人生はもう交わることなどないと思っていた。あの事件が起こるまでは。チエミが母親を殺し、失踪してから半年。みずほの脳裏に浮かんだのはチエミと交わした幼い約束。彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。

辻村深月2009年書き下ろし作品が待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • タイトルの「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」という意味が、ラストでやっとわかった時に、この物語の全てがそこには詰まっていて、なるほどこのタイトルのつけ方は秀逸だなと思いました。

    母子関係をテーマとした物語は他にもいくつかあって、これまで印象に残っているのは、湊かなえさんの「ポイズンドーター・ホーリーマザー」「夜行観覧車」。最近気になっているのは、角田光代さんの「坂の上の家」。
    作家さんが、母子関係をテーマとした作品を手がけるとき、きっと、自分自身の生い立ちと向き合うだけでなく、心の奥底に沈めた記憶や生々しい感情が溢れてくる。苦しくて、忘れたいから封じた過去、それと、対峙していく作業。
    親との関係は、親子の間でなされることだから、みんな自分の親子関係の異常性には気付かない。誰かからみたらある人の親子関係は異常だし、ある人から見たら誰かの親子関係は異常だ。だから、自分では自分の親との関係性こそが普通だと思っていて、その関係性が、後に自分の人間関係のベースとなってゆく。だんだんと社会が広がってゆく中で、自分の親の異常性に気付く。

    チエミの母子関係を、異常と思うかどうか。わたしは異常、とまでは思わなかったけれど、チエミがチエミの力で切り開いていく力を、奪う存在だったのかな、という気はする。この点では及川さんと同意見だ。
    子どもに様々な選択肢があるのは、親が様々な選択肢を呈示することができ、かつ、子どもに選択する力があるからだ。子どもに力があったとしても、親がその力を元から奪っていては、選択肢なんてなんの意味もない。選択肢だけがあってもダメなんだ。親が、奪うこと、それが何よりの悲劇なんだ。略奪は支配のはじまりだ。まずは、親が子どもを信頼すること、それが、すべてのはじまり。

  • 『傲慢と善良』 https://booklog.jp/item/16/29557043 の中の "女たち”の記述がまったく容赦なく、これまで 自分は 辻村深月の何を観てきたのか?と唖然とした。

    そういえば 登場する女性たちがアンマリだ と誰かが言ってた...と 思い出したのが ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。2009年だから10年前の作品ですね。

    『傲慢と善良』が結婚をめぐる男女を描いたのに対し、こちらは 地方都市に生きる女子の 知性や生きる力の格差 が如実に描かれている。
    教育熱心な”いいお家”の子だが幼い頃 母に”虐待されて”いたみずほ。
    事件のヒロインの チエミは 両親に可愛がられて育ったようだがその実、子供のまま囲われているような女性。自立とは程遠い。

    幼馴染のふたりは高校進学で人生が離れていくが 社会人になってから 知的ではないがタフな政美の交友関係にも巻き込まれ、繋がり続ける。
    華やかで可愛いが不倫を止められない果歩。
    帰国子女で建築士の亜利沙 などなど ... 複雑な女子社会の力関係が展開する。
    容姿・学歴・実家の太さ そういうものが影響しあって 羨んだり 手札にされたり 非常にややこしい ...

    他の子よりも”条件がいい” みずほ。
    彼女のパートナー選択は実に賢明。
    一方、チエミはダメ男にひっかかってしまう。
    しかも、その男にバッサリ切られる。
    「だけど俺と付き合ってなければ それこそ あの子には何もなかったと思うよ 」 ...(出会いがないのよぉ......ってやつだ .. ))
    ところが チエミ自身はよくわかっていない。狭い世界と乏しい想像力しか持たないのだ。いや、持たない人間に育てられてしまったのだ。

    まるで違う みずほとチエミ。

    だが みずほは チエミをあきらめない。 そこには女性ならではの事情も絡む。
    20代から30代の女性は かくも壮絶 ...... キツイ世代だよなぁ .......
    仕事の評価が唯一最大の関心事である男子多勢には想像できんだろう。
    「すべての娘は、自分の母親に等しく傷つけられている。」
    一方、息子たちは母親に+α愛されて育ちますし。

    力とカネと話題性がある人物に簡単になびく、そこになんの思考も働かせないような "カワイイ”女性たちは 個人的にはいささか不可解なんだが、怖気とともにマルッと剥いて”チエミ”という姿で見せてくれたことがインパクトあった。

    たとえ優秀じゃなくても、勝者になれなくても、他者から軽んじられないよう踏ん張る力は男女関係なく 必要ではないか?
    やっぱり 知は力 勉強はしよう!

    • adagietteさん
      そうか、辻村さん、山梨出身なんだ!
      高校は私立の特進コース。
      てっきり千葉の人だと思ってたわ〜
      そうか、辻村さん、山梨出身なんだ!
      高校は私立の特進コース。
      てっきり千葉の人だと思ってたわ〜
      2019/04/06
  • 久しぶりに読む辻村深月さんの作品。
    あの独特の「胸に迫る感じ」が欲しくなり、購入、読了。

    最初から最後まで、ひたすらにずっともやもやしながら読んだ。
    読んだ後も、なぜだかすぐに感想が出てこず…というか難しい…ただただ、胸がざわついているというか、そんな感じだった。

    なぜか?と考えてみると、この小説の中に出てくる友人との関係性に自分にも思い当たる節があるからかもなぁ…と感じた。

    仲が良い友人に対しても、実は蔑んでいる部分もある。
    でも、羨ましい部分もある。
    そして、その上で成り立っている友情もある。
    その現実的に成立している、でも少し気持ち悪い関係性を鋭く指摘されたようなところがあるのかなぁと、そんな風に感じた。

    人間って、なんでみんな同列では満足できないんだろうか。
    「人より抜きん出たい」っていう発想が無ければ、みんな飯くらいは食べられる幸せな人生を送れるかもなぁなんて、思ったりするけれど…
    限りなく甘ちゃんの発想かな(笑)

    なんかこう、生きるって難しい。

    色んなものが無くなってしまったチエミ。
    でも、父親からの信頼と、そしてみずほとの友情は残っている。
    重たい話ながら読後感が悪くないのは、そこの救いがあるからかな。
    チエミの幸せな今後を願ってやまない。

    <印象に残った言葉>
    ・将来、同じ年の子のお母さんになろうよ。(P115、チエミ)

    ・あんたが普段ちゃんと管理しておかないから、懲らしめるために、試すためにやったのよ。みずほ、これからもきちんとしなさい。(P235、みずほの母)

    ・自分の人生の責任を、人に求めて不満を口にして終わり。そんな生き方、楽じゃないですか。与えられるものを待つだけ、自分で選ぶのではなくて、選ばれるのを待つだけなんです。その証拠に、会社にどれだけ不満を持ったところで、契約の更新がされるかどうかに怯え、彼女の口からは一度として転職という言葉が出なかった。自分で何かを決断したことがないから、変化が怖くてたまらない。(P297、亜里紗)

    ・すべてを人のせいにして呪うなら、悪いのは高校の先生じゃない。あなたの限界を決めたのはあなたの親だ、と。(P299、亜里紗)

    ・お母さん。これは、ひどい。(P364、みずほ)

    ・私には、最初から、何もなかった。(P476、チエミ)

    <内容(「Amazon」より)>
    地元を飛び出した娘と、残った娘。幼馴染みの二人の人生はもう交わることなどないと思っていた。あの事件が起こるまでは。チエミが母親を殺し、失踪してから半年。みずほの脳裏に浮かんだのはチエミと交わした幼い約束。彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。著者の新たな代表作。2013年おすすめ文庫王国 エンターテインメント部門 第1位。(講談社文庫)


    事件を起こすなら、私のほうだと思ってた。

    母を殺してしまった娘と、母との確執を抱える娘。どんな母娘(おやこ)にも起こりうる悲劇。

  • ああなんて恐ろしいものを読んだのだろう。なんて恐ろしいものを書いたのだろうこのひとは。そう思った。こんなにしんどーい気持ちになったのは、少なくとも、本を読んでということになるとはじめてかもしれない。
    「ぼくのメジャースプーン」で描かれた「悪意」と「勇気」の物語の根底にみつかる「どうしようもないこと、よのなかにあふれている悲しみ」がこの物語にも、ファンタジー要素なく描かれている。
    チエミはわたしのまわりに、いる。こんな子、多少の個性のちがいはあれど、ありふれている、つまり私自身でもあるし、親友である彼女でもある。
    みずほが「なぜわたしではなかったのか」と問うが、母との関係から救われない世の中の女にとってそれは、切実な叫びだ。
    最後に救われるという表現の帯なのだが、…救われないよ?なんら救われないよ? と思う。決して物語が嫌いなのではないのだけれど。物語を通してみた現実は、あまりに暗澹としている。

  • 他人と比べる必要のないことを争って、言葉の端々に棘があって、女に生まれた以上絶対にまとわりつく問題が目の前に立ちはだかっていて、苦い思いが胸に広がった。
    「チエの中に、自分を反射して見ないで」みずほのこの言葉にハッとした。完全に私も、女性の姿をそこに見ていたから。まだ過渡期にある、女の生きる難しさと苦悩を。
    母と娘の関係性は密だからこそ時には憎しみも生まれる。みんな1人の人間であって母の持ち物・分身ではない。でも綺麗事だけでは語れないというのも分かる。それがよく表されていた。

  • 長く内容が重い小説だった。母親を殺した娘が失踪。それを仲の良かった同級生の主人公が探すストーリーだけど、主人公が関わりがあった人の話を聞くうちに女性特有のマウンティングが出てくる出てくる。これがディープにリアルに書かれていて凄いと思う。登場人物の女性、みんなキャラクターが違うのに、それぞれが持ってる感情を理解できる。娘を支配したいタイプが真逆な2人の母親も鍵。主人公の母親はイヤだなぁ。タイトルはどこから?と思っていたがラストでわかる。深いです。

  • 母親を殺し行方不明となった幼なじみを捜すみずほ。かつて彼女と関わりがあった人物を辿り話を聞いて行く。女性同士ならではの力関係、辛辣さ、それぞれの現状。母と娘の複雑な関係性と愛情。表面的に受け取る犯罪の裏側にはこういった事があるのかもしれない。

  • みずほのように、お互い真正面から向き合えない親子。チエミのように、近すぎて離れられない親子。
    どちらも対照的な関係性だけど、母親が子に残すものは大きい、ということには変わりない。
    みずほの母親のように、親のちょっとした悪戯が、子どもにとっては大きな心の傷になり得ることを、覚えておかなければと思った。

    娘目線でも、母親目線でも、考えさせられる。
    幼い私に母がしてくれたこと、されたこと。
    そして、自分の子どもたちにしてやれること。
    今は腕の中におさまる小さなこの子たちが、大人になって、母親のことをどんな風に思い出すのか。

  • ここ数年疎遠となっていた同級生の起こした殺人事件
    それを探っていく中で描かれている
    地方都市、非正規雇用、出産、親子関係、友人関係
    鮮やかでした。舞台が以外にも身近で驚きました。

  • 辻村深月さんの作品が好きだ。
    もう何作目だろう。

    けれど、辻村作品の中ではそこまで評価は高くできない。
    フラグ回収度が低かったから。
    出てくる女性たちに魅力を感じなかったから。

    いや、女性心理は見事に表現している。
    表面的な付き合いとか、本音と建て前とか。
    様々なシーン。
    女性である私にとってはどこかで体験したような対人関係。

    感動ポイントはゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。
    タイトルの意味が明かされる時がイチバンのクライマックス。
    そこは相変わらず上手いなと思った。
    作中、タイトルが全く繋がらなかったから気になっていたのだ。

    と言うわけで、面白くはあったけど再読はしないだろうということで☆3つ。

  • 産後は読書する時間もないだろうと妊娠中最後に選んだ本だったが、まさか母子の話とは知らず運命的なものを感じた。
    どの親子にも何かしらあって、仲が良くても本当はそれだけじゃないんだなと。私たちはどんな風になるのかな。

  • 母親を殺害し行方不明になった幼馴染チエミを探すライターのみずほ。
    チエミの関係者を訪ねて話を聞いていく展開の第1章と、
    その答え合わせのように真実を時系列で追う第2章。
    「母親殺害」という物騒な事件を題材に緊張感を保ちつつも辻村深月らしい人間関係の描写で、正に母娘の愛の物語でした。
    チエミの1番の相談相手であり理解者である母はあくまで最期まで「母」であって、殺害に至る理由も逃げる理由も全てはチエミの母の愛だったのだなと思い、悲劇的なのに何故か子供のように安心したのは私自身「娘」だからなのだと感じました。
    証言者の社会的地位や上下関係や登場人物の性格描写は秀逸で、中でも添田先生については彼女の取った行動も含めて彼女が「母」を経験しているからこその人格で、
    不安定な若者の描写が今迄の作品でも多かった分新鮮でした。
    子供の頃に「あの子のお母さんは綺麗」「あの子の家にはおもちゃがある」「あの子の家は大きい」などということを1度でも感じた人であれば、チエミ、みずほ、翠、この物語に登場する女性の気持ちを理解できるのではないでしょうか。
    母親というものは絶対的に愛おしいのに大嫌いという
    娘であれば理解し納得できる結末でした。

  • なんの、ジーン、だろうと思いながら。

    最初は誰が誰を追っているのかよく分からないまま、読み進めていたけど。
    「普通の幸せ」という形だけを夢見て、母は娘をレールに乗せていく。
    夢は醒めるものなんだよ、という大地の言葉が、現実を明らかにするキーフレーズのように思えた。

    仕事は腰掛けで、心配のない人と上手く結婚し、子供をもうけて育てあげるという形。
    テンプレートのように思えていたそれは、けれど、時間と共に少しずつ形を変えている。
    気づかぬ間に更新されていた「普通の幸せ」が、チエミと母を一気に縺れさせてしまうのだった。

    みずほに対しても、チエミに対しても、分かるが故に感情移入したくないのが正直な気持ち。
    コーラ塗れの母親に、死んでないから大丈夫だと言えるほどの嫌悪を露わすみずほや、自分の頭で考えさせないレールを、見ようとせずに進んでいくチエミが、いつかの自分と重なるようにも思えるから、余計に。

  • 2016.10.14再読
    ---------------------
    ☆4ツ
    2012.5.6読了。
    タイトルのことはすっかり忘れて読み進めていたけど、付けられた意味がわかると、深かった。
    チエミの章になるまで彼女を理解できなかったけど、彼女も彼女で辛かったんだね。彼女の無念は哀しかった。
    それにしても、子離れできない親も、親離れできない子も、お互いに良くないね。親は親になった時点から、子を独立させるために生きなくては。

  • 辻村作品は大嫌いだけれど、すばらしい。ノックアウトされた。ここに描かれる人は虚構ではなく、読者ひとりひとりの内面の具現なのかもしれない。
    母との確執、女の友情。それぞれが違っても、プレパラートにのせてしまえば、同じにみえる。それでも、やはり、ひとつとして同じものはない。本作に描かれた人間関係は、どこか身近なのに、まったく知らない誰かの物語だ。だから、素直に泣ける。
    わたしは、母より幼馴染みより、幼馴染みの親のことを思い出した。親子というのは、直列の関係だけではないのだろう。親になり、子でいることは、多かれ少なかれ、他の親子との関わりの中でしか成り立たない。
    あらためて、世間に友人や親子の関係が網の目のごとく張り巡らされていることに気づかせてくれる、冷徹でやさしい物語。

  • BOOKデーターベースより

    地元を飛び出した娘と、残った娘。幼馴染みの二人の人生はもう交わることなどないと思っていた。あの事件が起こるまでは。チエミが母親を殺し、失踪してから半年。みずほの脳裏に浮かんだのはチエミと交わした幼い約束。彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。著者の新たな代表作。

    色々な情報をちらちらさせながら巧みに話をすすめるのが上手い作家さんだと思ってます。これも話の焦点が何処なのかわからないまま、時折はさまれる枝のような情報が集約されていくのがとてもよかった。

  • 『 頭が割れそうな痛みと戦いながら』

    咳をしながらコーヒーを片手に読んだ本は、今の私に必要な物語だった。

    女ってなんだろうね。本能と煩悩の生き物。もちろん作品はフィクションだけれど、この生々しいほどの感情の渦は作り物ではない。

    物語の主人公になったら人は気付けないことばかりだ。ありがとうもさようならも、ごめんなさいも、また明日ねも。当たり前のようで、当たり前じゃない。劣化コピーペーストのように感じる日々の中で、掴んだものは確かな光。出口か入口かはわからないけれど、それは生に宿るもの。

    辻村深月、久しぶりに読んだけれど、彼女の作品は薬のような毒だ。抗体を作るか、ショックで死ぬかは体質次第だろう。

  •  一度目に読んだ時は、意図的にかもしれないが、いくつか文節がどこにかかっているのか分からないような箇所があり、少し気になった。そういった部分で、若さを感じてしまう。でも、それを覆い隠すくらいに、わたしはこの作者のテイストが好きなのだ、と作品に触れる度に思う。


     とにかく、女性同士のやりとりや思惑がリアルに描かれている。そんなことないだろ、と思う部分がほとんどない。分かる分かる、と思う部分もいくつかあるし、ほとんどが、あぁありそう、と思える。
     自らと他者のランク付け。他人を反射して自分の位置づけを確認する。褒め合いに、慰め合い。振り切れた時の、関係を放棄するかのごとき物の言い方。
    『共通の悩みを口にし、共通の敵を作ることで結びつこうとする心理は、女性の方が、男性よりきっとずっと顕著だ。』

     チエミの性格の描写は、本当によく分かる。全くもってそのとおりで、よくもこんなに的確に文章で表現できるな、というくらい身に凍みる。
    『真面目な子だった。高級海外ブランドの鞄を持ったり、得意でないお酒を無理して飲んで、「遊んでるよね」「バカだよね」という貶し半分の褒め言葉を喜ぶ程度には。「真面目だね」という褒め言葉に、むきになって「そんなことない」と反発する程には、充分に。』
    『もともと、おとなしいことと気が弱いことは必ずしもイコールではないのだ。チエミは気が強かった。』

     三十歳という年齢の女性の、大人に成り切れずでも子どもでもなく、若さを武器には歩いていけなくなっていくという自覚を持ち始める年頃の、感覚がとても鮮やかに描かれている。人生や生き方についての考え方や、結婚などに関しても、少し耳が痛かった。
    『私たちは大人ではなく、かといって子供では許されないのに、まだどうしようもなく生身で未熟なのだ。四十代になっても、五十代になっても、ひょっとしたら一生そうなのかもしれない。』


     チエミは、この後の人生をどう生きるのだろう。子どもを授かっていなかったと分かった時点で、この子なら、出頭するか自ら死を選んでいそうに思えるのだが。これでこの後出頭して、三十一歳で裁判にかけられ、何年も刑務所に入るとして、その年月を、彼女が耐えられるだろうか。そして刑期を終えて出てきてからの人生を、彼女が前向きに送れるだろうか。わたしには、そうは思えなかった。チエミに関する描写で、共感できる部分がいくつかあった、似ている部分があるからこそ、そう思う。彼女がこれからの人生を生きていける気がしない、と。
     それこそ、子どもさえいれば、まだ、かろうじて生きていけるかもしれない、と思う。
     その後のチエミが、知りたい。この物語は、きれいなところで終わっているが、その後を考えると、決してハッピーエンドだとは思えない。チエミはもちろん、みずほにしても、果歩にしても政美にしても、あまりにリアルなだけに、彼女たちはその後もそれぞれの人生を生きていって、それは決してきれいなことや楽しいことや幸せなことだけじゃなく、重いことつらいこと苦いことがあって、何もないことだってある、わたしや現実で皆が生きる人生と同じだと思える。それだけ、リアルな人物描写だった。

     本の裏表紙のあらすじに、『彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。』とある。この娘とは、登場人物たちのことではなく、読み手のことなのだろうか。母であること娘であることの絶対性と、そこにある無償の、無償であるはずの、もしくはそうあったはずの、愛。すべての娘が持つ母に対する不満やしこりやぎこちなさは、すべからく母になれば、母の愛情を知れば、許せはしないかもしれないが、認めることはできてしまう性質のものなのだということ。昨今の、子どもが子どもを産んでどうする、というような虐待事件や殺人事件といった例は除いて、だけれど。
     それについても、言及している部分があった。
    『私たちは子供のまま生々しい感情を持ち合わせ、それを悟ってあきらめることもないまま、母になれてしまう。自分のための子供を産み、育てることだってできてしまう。』
     全くそのとおりで、それがとても恐ろしい。もう絶対的に子どもを育てられるくらい大人です、なんて思えるようになる日が来るとは思えないから、当たり前といえば当たり前のことなんだけど。でもやはり、その当たり前である事実が、恐ろしいのだ。
     そこから、母足り得るように成る努力と、周りのサポートと、金銭的余裕と、子どもをきちんと育てねばという自覚が、子どものまま自分のための子どもを産む女性たちすべてに、足りていることを願う。もちろん、自分も、そうであらねばならないと、強く思った。

  • ずっと、辻村さんの書く大人の女性が主人公の本が読んでみたいと思ってました。学生時代の微妙で複雑な気持ちをこんなにも的確に隠さずに表現する人が書く大人の本は、どんなものだろうと。

    本当、すごくよくわかる。
    久しぶりに会った友達と交わす儀式、悪意を表に出さずにこっそり比較して自分の位置を確かめて、上から見たり勝手に落ち込んだり。そしてそれに純粋な気持ちで参加できる友達を、羨ましく思ったり少し子供っぽいと思ったり、私はどこでその気持ちを失ったのかと思ったり‥。
    そんなものだ。そんな自分でいいと思うことは、諦めじゃなくて覚悟なのかもしれない。

    ラストはたまらなく悲しくて、このタイトルの意味がわかった時、本でこんなに人は苦しくなるのかと思った。
    圧倒的に自分に非があるとき、言いたいことが言えなくて、誰にも分かってもらえないことが分かる。
    だけどそれを分かってくれる友達がいたチエミを、羨ましいと思った。

    2016/02/29

  • 私の嫌いな女同志のいやな関係(友人や母娘の関係)で途中までは辟易したけれど、ゼロハチゼロナナの謎が解けたとき
    私まで救われた気がした。

全629件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

辻村深月(つじむら みづき)
1980年山梨県生まれ。千葉大学教育学部卒業後、2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。2011年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、2012年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、2017年『かがみの孤城』で「ダ・ヴィンチ ブックオブザイヤー」1位、王様のブランチBOOK大賞、啓文堂書店文芸書大賞などをそれぞれ受賞。本屋大賞ノミネート作も数多く、2018年に『かがみの孤城』で第6回ブクログ大賞、第15回本屋大賞などを受賞し、2019年6月からコミック化される。他の代表作に『子どもたちは夜と遊ぶ』『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『スロウハイツの神様』『名前探しの放課後』『ハケンアニメ!』『朝が来る』など。新作の度に期待を大きく上回る作品を刊行し続け、幅広い読者からの熱い支持を得ている。2020年、河瀬直美監督により『朝が来る』が映画化される。

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (講談社文庫)のその他の作品

辻村深月の作品

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (講談社文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする