ドーン (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (656ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062772631

作品紹介・あらすじ

人類初の火星探査に成功し、一躍英雄(ヒーロー)となった宇宙飛行士・佐野明日人(さのあすと)。しかし、闇に葬られたはずの火星での“出来事”がアメリカ大統領選挙を揺るがすスキャンダルに。さまざまな矛盾をかかえて突き進む世界に「分人(デイヴイジユアル)」という概念を提唱し、人間の真の希望を問う感動長編。Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。(講談社文庫)


人類初の火星探査に成功し、一躍英雄(ルビ:ヒーロー)となった宇宙飛行士・佐野明日人(ルビ:さのあすと)。しかし、闇に葬られたはずの火星での“出来事”がアメリカ大統領選挙を揺るがすスキャンダルに。さまざまな矛盾をかかえて突き進む世界に「分人(ルビ:デイヴイジユアル)」という概念を提唱し、人間の真の希望を問う感動長編。Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • パリ五輪中、読書ペースがガクッと落ちていたが、漸く平野啓一郎の長編(640頁)を読み終えた。

    2036年のアメリカ大統領選挙と有人火星探査におけるスキャンダルがもつれ合う。

    米大統領選挙では「中絶の是非」がよく争点となるが、国家プロジェクトである火星探査の最中に本当に女性宇宙飛行士に対して中絶手術が行われたのか、父親は誰か(女性本人が言う通りノノなのか佐野明日人なのか)、女性宇宙飛行士の父親である共和党副大統領候補は、公人としての立場(中絶反対)と父親としての立場のどちらを優先するのか、と、人それぞれの立場に応じて悩みは尽きず、組織の中で生き抜くうえで、また選挙で勝つために、(加えて自分を納得させるために)対外的にどう語るか・説明するか、と言う点で、非常に高度なスピーチが多用されていて、面白かった。本当に選挙参謀が本作の製作陣に入っているのではないか、と思う位だった。

    2009年の作品なのに震災の記述があったり、米国民主党大統領の広島慰霊訪問の記述があったり、予言的だ。

    Individual(個人)の語頭の否定語inを取ったdividual (分人)という概念は、平野さんの独創だと思うが、確立した学術用語に思えてしまうくらいにしっくり来た。

    2024年の米大統領選挙の直前に本作を読めて良かった。両党の主義主張の主な違いを(対象は未来の課題ではあるが現在の課題と酷似)両大統領候補の演説から生々しく感じることが出来た。

    P597
    (イアン・ハリスの台詞)
    宇宙空間で、バクテリア一匹見つけただけで大騒ぎする我々が、人間というこの複雑にして精妙な生き物が、ただ生きているという事実を、なぜもっと尊べない?

  • 初のSF小説。SF小説はフィクションでありながら、実社会の問題を定義していると思っているため、社会情勢、経済や政治の歴史であったり、社会が向かっている方向を知っていなければ理解できないジャンルであると思い敬遠していた。

    本作は火星探査船「ドーン」で、人類初の有人火星探査から帰還した医師であり宇宙飛行士・佐野明日人。帰還後に火星で撮されたある映像により英雄から転落。
    探索船「ドーン」をタイトルにしながらも、火星探査までの過程の小説ではなく、帰還後の社会について、大統領選挙、テロという社会問題をテーマに近未来を描写し、現実社会の課題を示唆している。

    一方で、本作で提唱されている「分人」なる新しい概念も提唱されており、それを理解するにあたり難しさを感じた。読みかけては前に戻ってを繰り返していたため、意外と前半部分までは自分のペースで読み進めるのが、難しかった。
    ただ、作者が提唱する「分人」の考え方の発想における概念をうっすらとであるがわかったような気になったとき、作者がindividualからdividualが生まれると説明した手法が今後もしかきたら社会に生まれてくるかもしれない言葉のような気がするして、作者の予見能力の凄さを感じた。と、同時にもう少し「分人」に関するものを読んでみたいと思う気持ちが生じてきた。

    分人の主人公・明日人が、妻・今日子へ次のように説明している。「人間の体はひとつしかないし、それはわけようがないし、実際には、接する相手次第で、僕たちは色んな自分がいる。今日ちゃん(今日子)と向かい合っている時の僕、両親と向かい合っている時の僕、NASAでノノと向かい合っている時の僕、室長と向かい合っている時の僕、・・・・・相手とうまくやろうと思えば、どうしても変わってこざる得ない。その現象を、個人individualが、分人化dividualizeされるって言うんだ。で、そのそれぞれの僕が分人の集合体なんだよ。-そういう考え方を分人主義って呼んでいる。」
     
    また、この作品で明日人は2歳の子・太陽を震災で失っており、その設定が東日本大震災の予兆のように思え怖くなった。

    そして、単純にすごいなぁと感心したのは、平野ワードである。ウィキノベル(Wikipediaとnobelの造語)、添加現実(AR=Augmented Realityだか、ARをArtificial Realityかと思った)、可塑整形と、現代において実在し、将来に進化したものであろうと想像できる言葉を創り出していることだ。

    大統領選挙さながらの演説も面白かったが、愛すべき政治家としてのこの説明がいい。「ネイラーは、尊敬される政治家でありながら、時折、思いがけない穴を見せた。・・・・確かにその穴は、失望させられるというよりも、むしろ周囲の者に、自分こそが、サポートしなければならないという積極的な支援の感情を抱かせるものだった。・・・・・立派であることは、最低限の条件だったが、その立派さも、国民のサポートがなければ危ういと感じさせる、どこか不完全な感じがなければ、政治的決定は、自分たちの血が通わない、冷たく、一方的な命令と受け止められてしまう。」

    文章においては、私の問題点ではあるが、語彙、構成において解り辛らかったが、全体的には読後は、満足感が残った。

  • 有人火星探査成功の裏でおきる『愚行』。片道8ヶ月、ミッション含めて3年もの長く、常に生命の危機に晒されている過酷な環境で起こり得る人間の性。帰還後に多くの人間に多様な苦難がまちうける。未来も現在も人間の本性と苦悩は変わらないようです。

  • 蔦屋書店で平積みされていて、購入。

    分厚さから、気が乗るまでと思っていて正解。
    アメリカの大統領選挙を軸に、火星探索の二年間を経た「ドーン」のクルー達の話。それからアフリカでマラリアを人為的にばら撒くことが出来る蚊「ニンジャ」の話。また、individualとdividualという、個は一つの性質であるか、多の性質に分かれていくかという価値観?

    その他、どれも軽くない要素が絡み合って、濃厚に選挙まで展開していく。
    こういうストーリーを日本人が書いたことに、ちょっとびっくりもする。

    一人のキャラクターが複雑かつ重い設定を背負い過ぎていて、フィクション感は否めない。
    けれど、ノノやリリアン、太陽や今日子、そして自分自身と向き合おうと苦しむアストーには感動させられた。孤独は楽でもあり、苦でもある。
    そして、どれだけディヴィジュアルを有していようと、痛みを負う精神と肉体は、やっぱり一つしかないのではないかと思う。

    その痛みを、幾つものディヴィジュアルに分けても、また、オートメーションに代用させても、きっとその痛みと向き合う「いつか」がなければ先送りにしているだけなのだろうな。

    ハードな内容だったけれど、考えさせられる要素のたくさんある、そんな世界を体験した気分。

  • 作家・平野啓一郎氏が近未来の宇宙とアメリカの次期大統領候補選を舞台に描く『分人主義四部作』です。壮大なテーマの裏で描かれるあまりにも人間的、かつ普遍な問題をこれだけの力技でまとめる技量がすごいです。

    芥川賞作家・平野啓一郎氏が近未来を舞台に『分人』という新しい概念を提唱し、ひととひととの「つながり」と希望の在りようを問う長編小説です。平野氏の作品をいつも読むたびに思うのですが、構成力・文章力・語彙力の高さに驚かされます。

    物語は医師でもあり宇宙飛行士の佐野明日人が人類初の火星探査に成功し、一躍英雄となったところから始まります。しかしその『成功』の裏であるスキャンダル。同じクルーであったリリアン・レインと関係を持ち、妊娠させ、火星で堕胎手術を行い、彼女の命を危機にさらしたという『悪と恥』を持つがゆえ、その父である大統領候補であるアーサー・レインの深刻なスキャンダルに発展していく、というのが大まかなところです。

    宇宙での出来事や、地球に帰ってきてからの明日人の妻である今日子との会話や、対立候補であるローレン・キッチンズとの間で繰り広げられる熾烈なまでの大統領選が、綿密な構成と、膨大な情報量で構成されているので、読むのにはものすごく骨が折れますが、一度『ゾーン』に入っていくと引き込まれるものがあるのです。その中でもダークヒーローである軍需産業会社デヴォン社の社長であるカーボン・タールという名前からして真っ黒な登場人物が帰国後に薬物中毒になりながら、悩み続ける彼にまさに『悪魔のささやき』といいたくなるほどに憎らしい言葉をかけているところは印象に残っていて、彼にも『正義』や『愛国心』があってのことだということが物語後半部の東アフリカ(おそらくソマリアかと思われる)への介入に「ニンジャ」という生物兵器を使ったことの正当性を論じる部分に、感じ入ってしまいました。だからこそ、彼を完全に憎むことはできないのです。

    しかし、物語に大きな転換をもたらすのはリリアン・レインで、彼女がその兵器を開発することに携わっていたことや、明日人の「関係」をインタビューに応じるという形で赤裸々なまでに告白する場面には、本当にアメリカという国の持つさまざまな部分や、『中絶』という問題が『信仰を試される』ほどに微妙極まりない問題ということはかつて観たモーガン・スパーロック監督の『30デイズ』で知っていたつもりでしたが、それを改めて確認したような気がいたしました。

    ラストは明日人と妻の今日子の夫婦としての『その後』が必ずしも順風満帆な船出ではないということを予感させるものですが、今日子の言うところの
    『ひとりの人間の全体同士で愛し合うって、やっぱり無理なの?』
    という問いに平野氏いわく『保守的なところに落ち着いた』とのことですが、あぁ、なるほどなぁと思わせるような結末で、その意味については我々が個人で出すものなんだと思いつつ、最後のページを閉じました。

    平野氏の作品の中では『比較的』文体の面ではやさしくなっておりますが、内容とテーマはすごく難解で、正直、読む人を『選ぶ』かとは思いますが、人との『関係』について思うところがある方は、手にとっていただけるとありがたいです。

  • 壮大な物語と緻密な心理描写。なにより、日本語の美しさを感じる。「ある男」で感じた言い得て妙というか、細かな機微を言葉にする力を、また違った形で感じられる。平野さんの丁寧な言葉たちが、ともするとどこまでもひろがっていってしまいそうなストーリーをきれいにひとまとまりにおさめている。
    分人主義というものを理解するためには必読の一冊で、もとより社会のなかで、家族といるときや友達といるときや先生に対してなど、様々な顔をして生活している我々は、現代においてネット世界の深化によりさらにその顔を複雑に入り乱れて所有し、使い分けることとなった。それこそ家族で幸せそうにターキーを囲むときにも自分の子どもに自分の知らぬ分人が潜んでいるような状況だ。
    物語の終盤にはそのたくさんの分人を内に所有することに対して、ひとりの人間という姿を取り上げられるが、間違いなくこれがこの物語の救いであり、そして壮大で不穏な様々な分人が入り乱れるこの物語のひとつのゴールなのだと思う。
    平野さんは2作目だったが、幸せな読書体験だった。

  • 平野さん自身が『私とは何か』で説明した「分人主義」を組み込んだ小説として紹介していたのが本書『ドーン』。設定は2036年。二年半の有人火星探査とその後の米大統領選の戦いと陰謀を軸に描いた近未来SF小説である。

    『私とは何か』の中で言及された印象では、この『ドーン』という小説の登場人物たちの対人関係を描写する中で、「分人」という概念を用いれば解釈ができるようなものが出てくるのかと思っていた。しかし、「分人主義<dividualism>」自体が近未来の世界に新しく出てきた思想としてダイレクトに小説の中で作り込まれていたのは想定外ではあり、少し意表を突かれたが、直截的ではあるがなるほどとは思った。ただし、宇宙船のような閉ざされた空間の中では、多様な分人の出現が抑制されることが想定され、そのため過重な負荷がかかり色々な弊害が出てくるという設定だったが、この点についてはもう少し説得力がほしい。

    小説の中では、亡くした息子をDNAから再現するAR技術、殺傷力がなく人の活動の自由を奪うだけの代替銃、自動洗浄機付きバスタブ、街中の防犯カメラ映像のネットワーク≪散影≫、自動運転レーン、集合小説Wikinovel、自由に顔を変形できる可塑整形、無領土国家のネット内国家<Plan-net>、といった近未来予測が散りばめられている。それらの多くが、この小説を成立させるために必要なツールだが、現在の情報テクノロジーの進化の延長としていちいちありえそうで感心した。あと15年後の2036年に実際にどこまで技術が現実化しているだろうか。そもそもわれわれは火星に人を飛ばすことができているのだろうか。

    87歳になったブルース・スプリングスティーンが車椅子でBorn In The USAを熱唱するとか、NYヤンキースのA.ロッドのサインボールが出てきたりと、ちょいちょいと楽しいエピソードを入れている。平野さんの小説を読むのは初めてだが、それまで持っていたとにかく少々難解だというイメージとは違っていた。

    主人公の明日人と今日子の夫婦の関係や、米大統領選の結果が割と単純なハッピーエンドになっているのは、小説として果たしてそれでいいのか、という印象を受ける。最後に、もうひとつふたつの裏切りを期待していたのでその点ではやや物足りなさを感じた。

    特に、中国が「中連」となった件、ノノ・ワシントンの精神異常の件、メルクビーンプ星の件、など十分回収しきれていないエピソードも多かった気がする。面白いのだが、自分が持っていた高い期待を回収し切れていないのかもしれない。

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    巻末の主要参考ガイドに、
    http://72.14.235.132/search?q=cache:dCst3fzXWvQJ:www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/halliburton2.html+%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%80%80%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%80%80%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3
    というURLが示されている。そのままブラウザに入れるとページが表示されないので、何か意味があるんだろうと少し調べた。

    まずIPアドレス”72.14.235.132”をWhoisで引くとGoogleが所有者として登録されている。なぜあえて隠すのか意図が不明だが、”72.14.235.132”を”www.google.com”に変えてアクセスすると、「戦争の不当利益とハリバートン」と題された益岡賢氏によるエントリで「戦争」「企業」「ハリバートン」をハイライト表示したページ(キャッシュされたもの)が表示される。
    なお、検索文字列中に含まれている”http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/halliburton2.html” がこのページの内容を示すURLであり(キャッシュでなくても現状でも見ることが可能)、最後の%以下の文字列をURLデコードすると、「戦争 企業 ハリバートン」となる。なぜ上のような迂遠なURLの指示の仕方をしたのかは不明だが、キャッシュに保存することで記事が削除されたり、サイトが閉鎖されたりしてもアクセスできるようにしたのかもしれない。

    ハリバートン社は、この記事によると、ブッシュ政権との強いつながりによってイラク復興において不当利益を得ていたとされる。いずれにせよ、平野氏がイラク戦争時のブッシュ政権の行動を倫理的に強く批判していることがわかる。本書において大統領選がその舞台として選ばれ、共和党が東アフリカへの「介入」を一つの争点として敗れるのは、平野氏の政治的立場を反映した政治的メタファーであるといってもよいだろう。彼の主張する「分人主義」を取り入れた小説ということで読んだが、そうなるとグローバリズムや米国覇権主義への批判の小説としてとらえることも可能なのかもしれない。『ドーン』が出版された2009年はオバマ政権第一期。平野氏にもかなり大きな期待があったはずだ。


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    『私とは何か――「個人」から「分人」へ』レビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4062881721

  • 決壊を読んでから、平野さんの本を本屋に行く度に探していたのですが、なかなか見つからず、先日見つけて内容もあらすじも確認せずに購入した一冊。
    作者買いしました。

    平野さんならではの表現が満載で、とにかく文章を楽しめる作品。
    この表現が素敵だと思う箇所が何か所もあり、人間の繊細な感情が巧みに描かれていると思う。
    またこの作者の本が並んでいたら、作者買いしてしまうだろうなぁと思います。

  • 読む前に、心構えが必要。
    SF小説?って読んでしまうと見誤る。
    分人三部作、ってだけで読むと、近未来という背景の設定が煩わしい。

    未来社会における自己の在り方、人との関わり方を問う作品であるとともに、未来におけるテロ、戦争の意味、政治などテーマは壮大である。読み手としては、まずここを自覚的に捉えないといけない。

     その上で読み進めていくと、この小説は、結局のところ、1対1のディヴィデュアルの在り方を問う小説に帰結すると思う。政治も結局は1対1のディブなのだ。複雑な人間の関係性を親子、夫婦、兄弟、民族、支援者、いろいろな階層の関係性に落とし込んで考えることを要求している。未来を舞台にしているので、その関係性に「可塑整形=顔の規定しない人間」や、「散影=記録としての情報」や、「有人火星宇宙船内という著しく閉じた空間」などの要素が入り込み、重層的な構造を生み出している。それだけにこの小説は、前提として、その面倒くさい糸を解く作業を厭わない人にだけ開かれている。
     この小説の複雑なテーマの一端は、「空白を満たしなさい」でさらにシンプルな形で呈示されるが、逆行性に空白〜からドーンへという順序で読んでみれば、これほど刺激的な読書体験はなかなか無いのではないか、と思う。
     さらに言えば、「何度も読み返したい」と思う小説に出会うことはそう多くないが、読み終えてそう思わせてくれる小説であったことを付け加えたい。

  • 人に薦められて読んだ。

    最初は分人主義やら「散影」やらいろいろ近未来要素がたくさん出てきてよくわからなかったり、登場人物の相関関係が把握できなかったりしたけれど、読んでよかった。最後まで読んで、もう一度、読み直すと、よりいろいろわかりながら読める気がする。

    近未来のお話。火星に初めて降り立った宇宙飛行士の佐野明日人を中心に、火星でのミッションを「無事」終えて帰還してからの、それぞれの事情、環境に翻弄されながら、そして、いつしか大統領選に巻き込まれながら、それぞれが自分がどうしたいのかを悩んだり、立ち止まったり、時に暴走したりしながら、選び取っていく。

    宇宙飛行士は誰でもなれるわけではないものではあるけれど、ひとりの人間。狭い空間に長時間居続けることは、いいことだけではないのだ。そんな当たり前のことを思う。ミッションを「成功」させたからと英雄視するのがあまりにも短絡的なのだ。日々には、さまざまなトラブルも目をそむけたくなることも大なり小なりある。何かをわかりやすい型にはめてしまうことの問題性は、この英雄に祭り上げることも、そして、東アフリカでの「悪」「テロ」との戦いにも通じるものがある。

    大統領選終盤でのネイラーの語りが今の世界にも、とても響くところがあって、本当にその通りだと深く賛同してしまった。力では何も解決しない。複雑な現状を様々な視点で緻密に愚直にひも解いていこうとすることが本当に必要になってきているなぁと思う。耳障りのいい言葉、主張に惹かれるけれど、そこで一度、踏みとどまる胆力を備えたい。

    そう、今日は、「戦後」75年を迎えた。

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著者プロフィール

作家

「2017年 『現代作家アーカイヴ1』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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