トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所 (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062773102

作品紹介・あらすじ

得体の知れない敵国、日本を丸裸にするため、アメリカはすさまじい執念とエネルギーを費やし極秘に捕虜尋問センターを準備した。暗号名はトレイシー。日本人の国民性、心理、戦術、思想、都市の詳細などについて捕虜たちが提供した情報が、やがて日本の命運に大きくかかわってくる。講談社ノンフィクション賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次大戦中、敵国の情報を収集するためアメリカが作った日本兵捕虜尋問センター。暗号名「トレイシー」。日本を丸裸にする目的で設けられた秘密尋問所をNHKディレクターが追った記録。

    驚くのは、アメリカの情報に対する姿勢となんでもベラベラしゃべる日本兵の姿。
    アメリカは開戦後すぐに軍人を集め、方言まで聞き分けることができるまで徹底的に日本語を学ばせた。言葉だけでなく国民性、心理、思想、習慣に至るまで知り尽くした日本専門家を育成していった。そのアメリカ軍の本気度と語学将校たちの執念とエネルギーに感嘆する。

    日本捕虜の活用も徹底している。捕えた捕虜のなかで価値ある情報をもつ者を選び尋問センターへ送る。尋問官は時間をかけ信頼を築き情報を聞き出していく。捕虜同士の会話では盗聴も行われた。(これは捕虜の規定を定めたジュネーブ条約に違反する。尋問センターが極秘にされた大きな理由はここにある)
    捕虜から訊き出した情報は緻密に分析され、有用だと判断されたものは記録として蓄積され、陸・海軍で必ず共有(←ここ大事!)、上層に報告される。間違いが判明すれば素早く修正され上に報告。誤りやミスの放置は許されない。得られた情報をもとに戦略が立てられ戦力が投下される。また捕えた日本兵を選別し尋問センターへ。こうした情報と物量を柔軟にフィードバックしつつ得られた情報を検証し戦略に役立てていく。このシステムを作り上げるアメリカの底力に圧倒される。そりゃ、日本は勝てんわなあ。。

    一方の日本。捕虜たちの供述にまず驚く。なぜこんなにベラベラとなんでもしゃべるのか。皇居の詳細地図をスケッチで描いた元近衛兵もいれば、飛行機製造工場の詳細を証言した兵士もいる。本に詳しく出てくるが、当時日本最大級の飛行機製造工場「三菱重工業名古屋発動機製作所」内の生産ラインの詳細は捕虜の尋問から得られた。尋問から約一か月後の1944年12月13日。B29による徹底的な精密爆撃によって工場は壊滅した。これがいわゆる名古屋初空襲と呼ばれるものだ。
    アメリカ軍は日本兵捕虜から得た情報をもとに効果的な爆撃を日本全土に行っていったという。

    いったん捕虜となれば、なぜ簡単に日本人はあらゆる情報を述べてしまうのか。
    この疑問に対する著者の中田氏の見立ては三点。
    1)「生きて虜囚の辱めを受けず」に代表される戦陣訓(東条英機作成)に基づく軍人教育。捕虜にならないし捕虜という存在を想定しないので(言霊的呪縛)、もし捕虜となったとき何をどこまでしゃべって良いのか分からなかった。逆作用として証言した日本兵捕虜を苦しめたのは戦陣訓に背いたという罪の意識。多くはもう祖国・故郷へ帰れないと思い詰めた。
    2)日本軍人は捕虜に関するジュネーブ条約や国際条約の内容について全く教育を受けていない。
    3)特攻隊のような非人道的作戦を行う日本と敵国の捕虜でも人道的な対応をするアメリカという国との彼我の差を見せつけられ、心理的に自国の特異性を自覚したから。
    どれも納得できる理由と根拠だが、果たしてこれだけだろうか?日本兵捕虜はなぜ安易に機密をしゃべるのか。この点をもっと掘り下げて考察してほしかった。

    読み終えて感じることは「自らの命を大事にしない者は、他者の命も軽くみる」という警句である。この本は日米の軍事組織や戦力の差、特に情報・インテリジェンスに対する姿勢の違いなど示唆に富む内容だ。今日の日本が抱える課題や教訓が詰まっている。が、根底には日本の人命軽視の軍事作戦と体制が生んだ副作用が日本兵捕虜の姿に表れているように思う。

  • 講談社ノンフィクション賞受賞作。

  • 第2次世界大戦中、アメリカ軍の捕虜となった日本兵の秘密尋問センター「トレイシー」について取り纏めた本(2012/07/13出版)。

    捕虜になった日本兵によるアメリカ軍への過剰なまでの情報提供ぶりや、当時の日本における情報軽視と危機管理の低さに驚かされます。 又、同時に著者も述べている通り、情報公開や公文書管理に対する日本とアメリカの格差は、遠い昔に限ったことでは無いと思いました。

  • 戦争秘録。

    これまでに全く聞いたことのなかった話です。
    まぁ、第二次大戦では、日本は、ロジスティックと、
    情報に負けたと言われていますが、
    この本は、そのうちの情報について書かれたもの。

    アメリカが清廉潔白だとは全く思っていないので、
    この位の事はやっているんだろうなぁと思いますが、
    逆に言うと、今の今まで全く露呈しなかったというのは凄い!

    そういう所が、アメリカの怖さなんでしょうね。

  • 太平洋戦争における日本人捕虜を尋問する施設トレイシーに関するルポ。情報に対する彼我の国家的姿勢の違い驚愕。

  • 単行本で既読。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。
1941年熊本県生まれ。66年九州大学卒業後、NHK入局。おもに現代史を中心にドキュメンタリー番組を手がける。『戒厳指令「交信ヲ傍受セヨ」二・二六事件秘録』で、日本新聞協会賞・文化庁芸術祭優秀賞などを受賞。大正大学教授を経て、執筆に専念。『満州国皇帝の秘録―ラストエンペラーと「厳秘会見録」の謎』で、毎日出版文化賞・吉田茂賞を、『トレイシー―日本兵捕虜秘密尋問所』で、講談社ノンフィクション賞を受賞。他の著書『盗聴二・二六事件』『最後の戦犯死刑囚』などがある

「2013年 『四月七日の桜 戦艦「大和」と伊藤整一の最期』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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