ぼくの歌、みんなの歌 (講談社文庫)

  • 講談社 (2012年8月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (428ページ) / ISBN・EAN: 9784062773461

みんなの感想まとめ

音楽とその思い出が織りなすエッセイは、聴くことの本質やその背後にある感情を深く掘り下げています。著者は、自身の青春を彩る楽曲やアーティストとの関わりを通じて、思い出の美しさだけでなく、恥辱や痛みといっ...

感想・レビュー・書評

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  • 歌謡曲解説本が読みたくて借りてきた。

    基本曲のタイトルが題名となって25の章に分かれている。1つめの「ホテルカリフォルニア」を2ページほど読んだところで

    あれ?これって曲解説とか解釈じゃなくてその曲にまつわる自分語り?

    と気づいて途端に読む気が失せてしまった。

    図書館で借りてきた本は気乗りしなくても一応読むつもりではいるのだけれど、こちらが勝手に期待した内容と違ってただけでなく、なんか最初の2ページが気に入らない。文体?ノリ?何かがイラッとする。

    まぁ他の本を先に読んで返却期限まで時間があれば少し読もうと一旦放置。他の本が意外とさくさく読めちゃったのでまたこちらにら戻る。

    一度苦手意識が出来ると本の紙質まで指に合わない気がしてくるけれど、幸い25曲の中に僕の好きそうなものがいくつかある。
    「5ペッパー警部」「22勝手にシンドバッド」「24喝采」「25傘がない」

    ペッパー警部についてはピンクレディの理解がまるっきり足りてない。こんなデタラメを映画監督が書いちゃうの?ろくに調べもせずに?
    やはりこの本はこのまま未読で返却すべきかと思ったがまだ日にちはある。
    勝手にシンドバッドもまぁうん、文章はおもろいけど。別にね。

    今にして思えばこの時点で文体とかノリについてのアレルギー(思い込み)はかなり軽くなっていた。

    続く「喝采」
    ここでスイッチが入った。
    引退後のちあきなおみについての描写を読んだのは初めて。文章自体も幻覚や幻聴が入り混じっていて事実と創作の境目がぼやかされているのがちあきなおみと手触りを揃えている。

    いやー。食わず嫌いはいけませんね。

    単純なワタシ。

    その後25の傘がないを読んで冒頭のホテルカリフォルニアへ。
    25曲はほぼ有名曲。作者はかなり年配の方だし洋楽やフォークがお好きなようで25曲(プラス文中で新たに紹介される歌)は私があんまり知らないものばかりではあるけれど、曲解説ではなくエッセイを楽しむものなのであまり気にならず。

    演歌ルーツについて語る「9演歌の花道」、桓武天皇聖母が百済王の末裔であったことなど最後の3ページの展開がいい。

    「14イマジン」僕はビートルズは全く通ってないし彼らの歌はいまだにピンとこない。が、ここも最後の1ページがいい。

    で「20過剰な女」

    ほとんど曲目ダイレクトに章を設定してるのにたまに内容に沿ったものにしてある。ここもそれ。
    ページにはアルバム(バリエーション)の明菜ちゃん。あれ?ひょっとして。
    もー「少女A」もしくは「スロモ」って書いといてよぉ。食わず嫌いで返却するとこだったじゃんか。

    姿勢を正して読み始めます。

    この章は本人のエッセイ色はかなり抑え目で明菜の人となり(印象)やデビューの売り出し戦略について語られている。よしいいぞ。

    よく言われる「甘いのと辛いのかわりばんこ」のシングル。作者はこれを「イメージ定着が重要なデビュー時期にこれは得策でない。優や今日子なら消えていただろう。」としている。

    そうね。ただ辛い(少女、1/2、禁区、十戒)だけではワーナーが恐れた「三原じゅん子の二の舞」の可能性も危惧されてたわけでね。
    てかならないけど。
    誰が紅白トップバッターで謎のレオパード尻尾衣装やねん。

    「明菜は消えなかった。二律背反は女の属性。10代後半でありながら 女であること を過剰に発散していたからだ。」

    そうなんだよね。
    勿論甘辛は彼女だけじゃないの。
    「さよなーらだけはいわーないでね」って言ってたのにセカンドでいきなり「デジタルナイトララバーイ」とかね。
    でも同じ過剰でもろくでもない性根を外から嵌めこんで無理矢理人形に仕立てたり(誰も西村まゆこや田中陽子や志村香のことなんて言ってません)背伸びさせた痛々しい姿(沢田玉恵のことなんて言ってません)とは違うよね。明菜ちゃんは最初から自分発信の過剰な女性性。どっちも本当っていうかやり過ぎなのに足りてない。それわかるわ。

    「巷で言われるほど上手いとは思わないが表現力がある」「不器用なのに表現力がある」
    これもその通り。
    本人も言ってますし。「私より歌が上手い人は沢山いるけど、私は歌の世界観とか手触りを伝えるのが少し出来ます」みたいなことを。
    彼女は音域も狭いし声自体も聖子ちゃんのキャラメルボイス(なんじゃそれ)のように特別ではない。本当に歌が上手いのは姫乃樹リカとか里中茶美とか?あと松本明子に香坂みゆき。

    話戻って

    ただ何を歌っても不幸な結末がちらつくとか、誰かが死んでそう(もしくはこの後すぐ死ぬ)ってやろうと思っても出来ないんですよね。品と似てて。誰でも真似できるものじゃないのよ。
    真似したいかどうかは別ですよ。

    「内面の濃密さに薄い表皮が耐えられずバランスを失って爆発を繰り返す」

    ちょっとどした?さてはファンクラブ入ってたアンタ?
    これが映画監督のなせる技なのか。
    的確過ぎてウケる。てかこれから明菜ちゃんをこう表現しよう。

    「他のアイドルのように自分語りしない、が内面からは身体の栓がどこか壊れているのかと思うほど赤い血が洩れっぱなし」

    自分のことを語ったかと思えば幼い時に受けた筋肉注射のせいで腕の関節が曲がらない話をしだす。にもかかわらず作詞もあんまりしない。

    そして最後
    明菜を使ってフェイクドキュメンタリーを撮りたかった。自殺未遂も本人に演じさせる。そして彼女の内側が飽和して自らを抑えられなくなり自分を演じることに破綻するだろう、と。

    怖。

    映画化されたらそりゃ観に行くけど、やめたげてよ。

    僕が冒頭2ページで感じた嫌悪感みたいなものは作者の映画監督としての残酷さがあったからなのかしらね。自分自身は勿論、他者を身ぐるみひっぺがすような洞察力?
    いや、単に1945-1955にありがちなイキり具合が嫌だっただけかな。(褒め言葉)
    2000年当時復帰していた彼女に「女としての業」が収まりきれなくなるよ絶対、としている。明菜に女としての業があるなら、作者には映画監督としての業なのかな。

    明菜について短い文章ではありましたがさすが芸術家同士の鋭い観察でした。
    (ただ間違いも当然ありましてね。「研音という一流プロダクションに」とありますが吹けば飛ぶような弱小プロダクションを一流にしたのが明菜ちゃんですよ。浅野ゆう子と水割りをくださーいくらいしかいなかったでしょ?)

    星1から始まって星4に。

  • 2012年8月10日、初、並、帯無
    2015年6月20日伊勢BF、なかむら建設契約の日

  • 森達也が自分の聞いてきた音楽とその思い出を語るエッセイ。
    音楽の消費って本質的にはどういうもんなんやろうね。

  • ニール・ヤングや友部正人はこの人のお約束。これを聴くと青春が蘇る、しかもキラキラした素敵な思い出だけとはならず、身を捩りたくなるような恥辱の記憶も。この作者の含羞がまたしつこくて、かさぶたを無理に剥がして痛みを確かめる子供みたいで、読み切る。自分だったらどの曲で何の話を書くかな。

  • 1話ごとに主となる曲を決め、それにまつわる話を書いているエッセイ。

    曲にまつわる話を書くというテーマが気に入り購入。

    普段音楽を聞く時に歌詞にほぼこだわりが無いので読み物として歌詞を眺め、その意味について考えることが新鮮でおもしろかった。

    この曲を聞くとあの瞬間を思い出すとか、あの人が浮かぶ、とかってけっこうある。いつかこんなテーマで何か書けたらいいなと思わせてくれる本。

  • 『放送禁止歌』と違って、内容はエッセィぽかったです。
    また、森さんのいつもと違うような面が読めたのはよかったです。

  • ほぼ同世代のお方(森達也さん)だけに
    いちいち、
    そうそう、そうだった、
    へえ そんなことが、
    と それはそれは 楽しませてもらえました。
    そのときには まったく思うことも、
    考えることもなかったことを、
    こうして しみじみ思い起こさせてもらえる、
    いやあ いい時間でした。

  • 祝文庫化!
    歌は世に連れ世は歌に連れ、、、ですね。

    講談社のPR
    「振り返れば、いつだって歌が流れていた! 初恋や失恋、卒業や旅立ち、挫折や絶望……。ニール・ヤングからブルーハーツ、演歌まで、人生のさまざまな局面で出会った歌を読み直す珠玉の極私的エッセイ集。」

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著者プロフィール

森 達也(もり・たつや) 広島県呉市生まれ。映画監督。作家。テレビ番組制作会社を経て独立。1998年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。佐村河内守のゴーストライター問題を追った16年の映画『FAKE』、東京新聞の記者・望月衣塑子を密着取材した19年の映画『i―新聞記者ドキュメント―』が話題に。10年に刊行した『A3』で講談社ノンフィクション賞。著書に、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『ご臨終メディア』(集英社) 、『死刑』(朝日出版社)、『神さまってなに?』(河出書房新社)、『虐殺のスイッチ』(ちくま文庫)、『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』(ミツイパブリッシング)、『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(講談社現代新書)、『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)、『増補版 悪役レスラーは笑う』(岩波現代文庫)、『集団に流されず個人として活きるには』(ちくまプリマー選書)、『歯車にならないためのレッスン』(青土社)、『COVID‐19』、『極私的映画論』(以上、論創社)など多数。編著に『定点観測 新型コロナウイルスと私たちの社会』シリーズ(論創社)など。2023年9月1日、関東大震災の5日後に千葉県の福田村で起きた行商団9人の虐殺事件をテーマにした映画『福田村事件』が公開された。

「2025年 『人はなぜ他者を差別するのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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