犬と鴉 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062774222

作品紹介・あらすじ

戦争へ行った父、父を追って戻らない母、取り残された息子。終戦を迎え、黒い犬が人々を牙にかけていく。生還し古い図書館に篭城して悪逆の限りを尽くす父と対峙するため、息子は丘の上の図書館へ通い続ける。父と息子、母と息子の息詰まる絆を描いた「血脈」「聖書の煙草」を同時収録。

感想・レビュー・書評

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  • 芥川賞受賞以前の作品。過渡的な分、尖り方も大きい。

  • 「犬と鴉」の感想。「非現実的なもの」が作中頻繁に登場します。これの目的の一つは、読者に「非現実的なもの」を現実的に解釈させて、読み手に「現実世界」を、違った視点、深い視点で観させるためだと思います。作中に登場する「鯨のようなヘリコプター」、ヘリコプターから出てきた「黒い犬」、他人の会話を聴ける「水道管」などが、この作品の「非現実的なもの」です。他作品ではたとえば、カフカの『変身』が、上の手法で書かれた作品だと思います。この手法はSFで、何回も用いられています。

     主人公は序盤、医者に頭部を診察されています。また、死んだ祖母と会話をしているので、主人公はおそらく、「脳の病気」だと思います。これを前提として、主人公は「悲しみ(=現実)」(解説を参照した)と向き合わず、「水道管」から聞こえる「他人の会話」を聴いているだけです(社会・世間とコミットしていない)。「鯨のようなヘリコプター」から出てきた「黒い犬」が、作中で重要な役割を果たします。黒い犬たちは、人びとを襲い、噛み殺しますが、主人公や彼と同じ病気の人は襲いません。

    僕は、作者(ここでの「作者」は、田中慎弥さんだけを指してないです)は、黒い犬たちは、主人公や彼と同じ病気の人が善良だから襲わなかった、ようなことを表現したいのではないと思います。物語の最後、主人公も黒い犬たちに襲われます。重要なのは、なぜ主人公が黒い犬たちに襲われるようになったのか、ということだと思います。発端は、「水道管」から聞こえる「他人の会話」を聴いたり、死んだ祖母と会話をしていた主人公が、父とコミットするために、行動し始めたことです。

    それまで、自分と「他者」との間にガラスのようなものを張っていた主人公が、「父」(ここでの「父」が何を指しているのか、まだよく分かっていません)とコミット(社会・世間とコミット?)します。作者の上手い表現は、主人公が「父」と図書館での「硝子越しの対面」をした時は、黒い犬に襲われず、心境の変化もありませんでした。けれどその後、「父」と図書館のなかで「生身の対面」をしたら、黒い犬が主人公に襲い掛かるようになります。それと同時に、死んだ祖母の「声」が聴こえなくなります。最後の「鴉」は、うまく解釈できませんでした。

  • 空から落とされた無数の黒い犬が戦争を終わらせた。悲しみによって空腹を満たすため、私は図書館に籠る父親の元へ通い続ける。歪んだ家族の呪われた絆を描く力作(「犬と鴉」)。家業を継がず一冊の本に拘泥するのはなぜか。父と息子が抱く譲れない思い(「血脈」)。定職を持たず母と二人で暮らす三十男、古びた聖書が無為な日々を狂わせる(「聖書の煙草」)。

    犬は玉から犬に変わった時点でどれも成犬の大きさだった。
    逞しく詰った胴から生えた脚は、
    特別に長く伸びた毛の束がしなやかに動いているかのようだ。
    尖った耳は黒い炎の先端だった。
    P25より

  • 表題作を含め、全部で三篇併録されている。表題作「犬と鴉」は幻想小説のような作風。この作者は比喩が重要であると感じるが、今回の比喩が一体何を示すのか掴めなかったが、”悲しみで腹を満たす”という一文は心貫かれた。アンナ・カレーニナの一文に”幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである”とあるが、その心境に近いのだろう。一読しただけでは凡てを掴みとることが出来ないが、残留します。

  • 表題作はあまり好みでないのルールは、この一冊についても有効だったけれど、全体的に、あまりピンとる話がなかった。
    かろうじて聖書の煙草が惜しい感じ。
    解説が、初めて解説だと感じられて、難解なものを読み解こうとしていなかったと気付かされ、あるいは表題作はあまり好みでないのルールは、読み解かないことの前提に依るものなのかもしれないと思うなど、自分の田中慎弥に対する印象に、いくつも気付きを与えた一冊だった。
    150212

  • 比喩が多くて抽象的な作品。田中ワールドの一隅を垣間見た感じがする。

  • 高校一年生のとてもおとなしい女の子に”図書室に「犬と鴉」ありませんか?”と言われた。作者の例のインタビューとタイトルでいやな予感がしたので、図書室に入れるかどうか、自分で買って、田中愼弥初読。うわっ。こんなの学校図書室にはおきたくない。文学のメタファーとしてはありなのかもしれないが、グロとファルスが満載なのはいただけない。でも、連体修飾と読点でえんえんと続く長文が喚起するイメージはちょっとあとをひくところがある。「血脈」はなかなかおもしろかったが、この作者の本を自分でお金を出して買うことは二度とあるまい。

  •  表題作は黒い犬とか病気とか、色んなイメージがちりばめられていて少し雑多な印象を受けた。ストーリーも抽象的だったので、少し分かりにくかったな。でも、これは個人の好き嫌いの問題だと思う。
     気に入ったのは『聖書の煙草』。いい年をして仕事もせずにブラブラしている主人公が近所で発生した強盗事件をきっかけに自らの変化を試みるも、やっぱり上手くいかない。そんなせせこましい「挫折」がよく描けていると思った。

  • 無聊を託つ平坦な日々が一つの強盗事件を契機に大きくうねる。性器がブリーフの中でそりかえる。性欲ではない興奮に右手を激しく上下させる。犯罪者であることを念じることにより勃起が硬度を増し、いきりたたせる。正当な犯罪者として認められることが唯一の血路と行動を起こすが結局はありふれた日常に戻る。結論もなければ教訓も見出せなかったが味のあるペーソスが目を楽しませてくれた。微妙な著者とのシンクロも興趣を誘った。

  • 「犬と鴉」「血脈」「聖書の煙草」の三編入り。
    うまいなあ、熱いなあと思いながら読み切った。
    回りくどいような描写も小物がうまくまとめてくれている。
    その年初めて逃げ水を発見した時のよな(さしてうれしくもないのにはっとしてじーっと眺めてしまう。毎年。)印象的なシーンがたくさん詰まっている。まだまだ空腹です。

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著者プロフィール

小説家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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