猫のあしあと (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 336
レビュー : 27
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062774239

作品紹介・あらすじ

拙宅の猫たちと、仕事場の猫たち。別れて暮らす、そのわけは。
ロングセラーフォトエッセイ、未発表写真を増補して文庫化。

ヘッケとココアが去った町田家に、また一頭、二頭とやって来た猫たち。目が合えば威嚇され、世話をすれば激怒され、平謝りの暮らしが始まった。決死の爪切り大作戦、ケージ移動のために考案したインド風ラジオ体操、「一平ちゃん」をかき込みながらの徹夜の看病。今日もまた生きていく、人間と猫の日々。

感想・レビュー・書評

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  • 年末年始に向け、図書館で目に付いた猫(キャット)がつくタイトルの本を数冊借りてきた。
    町田さんの飼い猫、愛護団体よりの保護した猫についてのエッセイ。町田さんの文章はとても面白く、淡々と書かれている中にも本当に猫が大好きなんだなぁというのがすごく伝わってきて、それだけで「この人(町田さん)いい人なんだろうなぁ…」などと思い、少しファンになってしまった。ただ「猫が好き」「動物が好き」なんて言うのは誰でも簡単に言えるが、この人のように何匹も保護し、保護したからには全身全霊をかけ、ペットを飼っていたらいつかは訪れる別れにも目を背ける事なく受け入れ、後悔もし、涙を流す姿は本物だ。猫に限らずペットを飼っている人に読んで欲しいと思った。

    文中にある「もう充分楽しませてもらったから」という理由で保健所に飼い犬を持ってきた飼い主!許せない!この世の中に、同じ日本人の中にペットに対して無責任な心無い人が少なくない事に悲しくなってしまう。

  • 前著『猫にかまけて』の続編があったことを知らず、遅れること10年で買ってみる。『~かまけて』を読んだころは自分も猫を飼っておらなかったのであるが、今や家の猫2匹、野良猫3匹(餌のみ)の養い親。
    町蔵さんの苦労の一端&幸せ感は十二分にわかるのである。いずれにせよ、猫を飼うのはかわいいだけじゃだめなのよ。

  • ペット飼育未経験者が読むと、ふたつの理由から疎まれる可能性が高そうな作品。
    闘病生活の生々しさ。猫飼い特有の、猫中心の生活の自虐。
    でも、今作はそれが正しい姿に思われる。
    なぜなら、安易にぬいぐるみ感覚で飼われて飼育放棄される動物が一匹でも減れば、この作品を書いた意義になるだろうから。

    作品のマイナス点は、文体のくどくどしさ、推敲の荒さが目立つ文体だ。
    か、句読点の打ち方が雑で、一文が8行に渡る文があった。これを適宜に切断して、「というわけで」を削除するだけで割と読みやすくなるはずだ。
    おそらく、原因は看取り終わってから書く、という執筆スタイルだろう。
    素人のブログなら及第点だけど、著者が兼業作家のため、総合点は星3つ。

    話の内容に対する感想。
    動物愛好家としては、当てレコが愉快だった。飼育経験者のあるあるネタ。
    突飛な発想と、東川篤哉さんのような仰々しい文体がユーモラスでよい。

    人間の衣食住を犠牲にして、病気の猫を看病する描写が痛々しかった。

    私の飼育に対する考えは、著者とは異なっている。獣医も匙を投げる病状の時は治療方法を探して延命を試みるよりも、闘病を諦めることで苦しむ時間を伸ばさない方が好ましいと考えている。生きる時間の長さよりも、猫にも羞恥心はあるのだから、恥をかかせるのは気の毒、とも考えている。
    だが、著者の選んだ道が誤りだとは思えない。なぜなら、闘病・延命派の飼い主が多ければ症例が増えて、動物への医療技術が進歩する可能性があるからだ。

    この本は、骨身を惜しまず、金銭と時間を猫のために費やした詳らかな描写と、数枚のスナップ写真。猫への溢れんばかりの愛情が感じられる一冊だ。

  • このシリーズは、書き方は淡々としているのに隠しきれない猫への愛が見えて、それが猫と暮らしている身にはすごく共感できる。

  • 町田さんの猫エッセイ第2弾。
    ゲンゾーの件について自分を責める町田さんの姿がなんとも切ない。
    動物を飼うのではなく、命を預かる。
    今は動物を飼っていないけど、またいつか生き物を飼うときは
    町田さんの姿勢を見習いたいと思った。

  • 笑えて、泣ける。猫との生活を味わえる。猫好きの人は深く味わえる。猫を飼ってる人ならもっと深く味わえる。
    軽妙な文体だけど、本当に著者が猫を愛していることが伝わる。読んだあと優しい気持ちになれる一冊。自分は3回泣いた。

  • 動物を飼うってこういうこと。

    楽しいことも、可愛すぎてきゅんきゅんすることもあるけど、やっぱり辛いこともあるし、手はかかるし、自分より先に逝ってしまうから命の終わりを見届けないといけない。全部含めて猫と暮らすということ。
    猫自身の命を預かって一緒にいさせてもらう。

    著者と猫たちの日常が面白おかしく書かれているけど、動物を飼う上で大切なことも書かれている一冊。
    軽快でコミカルな文体なので、思わず笑ってしまったシーンもたくさんあります。

    猫飼い、猫好き、猫に興味あり、動物を飼ってる人、飼ってみようかなって人はぜひ

  • ここ最近、本屋さんに行く度に気になっていた本。最初は町田康さんという作家に馴染みがなく、しかもパンク歌手と書いてあるので、アイドル歌手のゴーストライター物の類いとイメージが重なり、中身を読みもせず、猫を利用して猫好きに読ませようという魂胆の本ではなかろうか、と毛嫌いまでしていたのに、何度も何度も目にはいるので、ついに根負けして買ってしまった。いつもならしばらく積読にしておくのだが、たまたま今読んでる本がなかなか進まず、気分転換に、買ったその日に読み始め、結果、一日の疲れに抗えなくて寝てしまった数時間の睡眠の後、早朝には読了。
    町田康さんには頭が下がる。エイズや白血病の野良猫をボランティアから預かるのだ。預かるといっても、自宅で一緒に住むか、仕事場で面倒見るか、の違いだけ。実際は飼い猫と変わらない愛情と気遣いを持って接し、人間に対する恐怖心から攻撃的だったり、全くなつかない猫たちに語りかけ、爪を切り、栄養価の高い食事を与え、病院にも連れていき、衛生面にも気を配り、と猫への労力を惜しまないのだ。会社勤めではないから可能というのと、自宅以外に仕事場を持ち、自宅猫と分けて面倒がみられる環境があるから可能なのだが、それにしても、単に猫好きだけで出来ることではない。奥様も同様、刹処分される寸前だった、まだ生後二ヶ月、ミルクしか飲めないような、しかも風邪っぴきで、エイズは陰性でも他に何の病気を持ってるかわからないような子猫を引き取り、奇跡的な快復をさせ、育てている。
    一転、愛猫との早すぎる悲しい別れがあるのだが、その愛猫の死に責任を感じる町田さんに対して、解説の動物愛護団体代表の友森玲子さんの言葉がまた泣かせる。
    無責任に生き物を飼って、自分の都合で捨てることに何の疑問も感じないような人がいる居る一方、愛護活動に身を捧げる人がいて、町田康さんのように、引き取って面倒をみて、一緒に暮らす人がいる。
    我が家の猫たちは幸いにしてエイズでも白血病でもパルボでもなく、大病もせず暮らしているが、元はといえば、保護してくれたボランティアさんたちのおかげで今があるのだ、と改めて感謝。
    因みに、我が家の猫たちの食事の順番は年齢順ではなく、まず、女性優先…のようで。

  • 作者は、猫たちに出会えて本当によかったと思っているだろうし、ぼくはこの本に出会えて本当によかったと思っている。前作の「猫にかまけて」に続いて。

  • 町田康先生による猫エッセイの第2弾です。自身の飼い猫に加えて里親となって保護をしている猫たちの存在が出てきます。軽い筆致の中に猫をおもう筆者の想いと、気ままな行動の中に含まれる猫の哲学が印象的でした。

    町田康先生の猫エッセイの第2弾です。何年か前にこのエッセイは読んだことがあるんですが、今回、もう一度読みたくなって再読していました。このころから、里親として猫を保護するようになって、ニゴやトラやシャア。そしてウメチャンの名前が出てくるようになります。

    もともと野良猫だったり、前の飼い主から虐待されていたりしたという経緯もあってか、えさを与えたり、トイレの砂を掃除したりするときに四苦八苦するさまがなんともおかしく、また人間のエゴのために彼らが必要以上に人間に対して警戒心を持ってしまったんだなと考えるとなんともやりきれないものを感じました。で、さらに保護した猫たちはウィルス性の白血病や猫エイズなどのキャリアを持っていて、当時、筆者は住んでいた自宅ではなく、ここに掲載されてたころは自分の仕事場で世話をしていたのだそうです。

    そして、やはり一番心に迫ってくるところは筆者と猫たちの「別れ」に関する箇所で、保護猫のウメチャン。さらには巻末のほうで長年筆者夫妻と生活をともにしてきたゲンゾーが旅立ってしまう場面は何度読んでも辛かったです。筆者いわく

    「ゲンゾーはいい奴だった。ともだちだった。
    そのゲンゾーが死にかけていた。死につつあった。
    涙がこぼれた。
    私は、ゲンゾーの名を呼び、背中や頭をなでた
    午後二時ゲンゾーは逝った」

    というゲンゾーの最期の描写は長年生活をともにしてきて、彼に明け方お腹に飛び降りてこられたり、お気に入りの服を爪で何箇所も穴をあけられたりと、そういう「濃密な」関係の上に成り立っているのかなぁ、と思わせる文章でした。ここに書かれているゲンゾーの死因については詳しくは書きませんけれど、僕がどうのこうのということはできません。しかし、もし将来僕が猫であれなんであれ、ペットを飼う機会があれば、こういうことがもし自分の身に起こった際、ゲンゾーのこと思い出して、筆者の言うように「他山の石」として心のどこかにとどめておこうかと。そんなことを考えています。

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著者プロフィール

町田康(まちだ・こう)
一九六二年大阪府生まれ。作家、詩人、歌手。一九九六年に発表した「くっすん大黒」で野間文芸新人賞、ドゥマゴ文学賞を受賞。「きれぎれ」で芥川賞、『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、「権現の踊り子」で川端康成文学賞、『告白』で谷崎潤一郎賞、『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。『湖畔の愛』『記憶の盆をどり』『ホサナ』『しらふで生きる 大酒飲みの決断』「スピンク日記」シリーズ、「猫にかまけて」シリーズなど著者多数。本書掲載の「諧和会議」は、短編集『猫のエルは』にも収録されている。



「2020年 『ニャンニャンにゃんそろじー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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