十字架 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 358
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062774413

作品紹介・あらすじ

第44回(2010年) 吉川英治文学賞受賞
あいつの人生が終わり、僕たちの長い旅が始まった。人気作家が大きな覚悟をもって書き下ろした、最高傑作!

感想・レビュー・書評

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  • 重松清さんの本が読んでみたくて買った本

    いじめの話だと思っていたが、いじめというよりいじめで自殺した中学生の家族と同級生のその後の話だった。

    重い内容だったがすらすら読めた。

    いろいろ考えさせられた本で、感想もなんて書いたらいいか すぐに考えがまとまらない。

    いじめをしていない同級生のその後とか深く考えた事なので、ちょっと驚きというかびっくりというかここまで後に残る事というのがよくわかった。

    若い世代の人達に読んでもらいたいような小説でした。

  • ずっとズルズル重たく、暗い話。一向に気分は晴れない。みんながみんな、苦しみ続けることを良しとしている。身近でこういうことを経験したことのない私には分からない。
    私は卑怯な人間だから、友達ではない人間を、自分がリスクを負ってまで助けることはきっとしない。
    学校という檻の中にいる以上、むやみに声を上げることはとても危険であることを思い出したし、そんな時代もあったなと懐かしく思った。だからこそ教師は、学校内のそういう空気にもっと敏感にならなければいけない。教育には教えるだけでなく育てるこということも含まれているからだ。
    もっともっと教育関係の仕事にお金が回ることを願うばかりだ。教育に金をかけられない国は確実に悪い方向へ進むと思う。労働時間が長ければ教育の質は落ちるし、賃金などに関して言えば、働いた分だけの支払いが無いのは良くない。そもそも、教育の質は下げたくないくせに、税金が上がることには反対の我々日本国民にも問題はあるのではないか。家庭で教える事、学校で学ぶことの線引きが出来ていない馬鹿な大人が多いことも問題。改善点はたくさんある。良くなる見通しが無いから残念だ。

    好きなフレーズ:何もしなかった罪っていうのは法律にはないんだよ。

  • 何年かぶりの再読。いじめによる自殺というテーマ故、始めから終わりまで明るい要素はひとつもなくひたすら重い。自殺したフジシュンの遺書に名前が書かれていた為にその後ずっと十字架を背負うことになってしまった裕と小百合。フジシュンの両親とライターの田原の言葉がなければ二人がここまで苦しむ事はなかったと思うとまだ中学生だった二人が可哀想だが、この二人だから逃げなかったんだろうな… フジシュンは裕を一方的に親友だと思っていたが、最後は本当の親友になれたんだと思う。

  • ある日クラスメイトが自殺。その遺書に、親友として主人公の名前が書かれるが、主人公にその意識はない。自殺したクラスメイトの「親友」として、主人公は20年以上にわたって「十字架」を背負うことになる。

    いじめが誰かのみんな人生を変えることはまちがいなくて、殺人であるとも思う。
    だけど、なぜいじめはなくならないのか?

    人が死んだことを向き合わなければならない。例えそれが辛くても。人生をかえてしまっても。動揺するのが当たり前には、頭を殴られた気がした。
    ケンカしていた酔っ払いを私に止めることはできただろうか。
    子供が、亡くなった母親の肩を抱けるだろうか。

    被害者も加害者も少しづつフジシュンのことを忘れていく。
    それでも、加害者が許されることは絶対にないことを忘れてはいけない

  • 読後にずっしりと重い気持ちになる一冊だった。
    まさしく『十字架』

    登場人物それぞれの立場になって考えると、心が苦しくて苦しくて堪らなくなった。
    そして、どうにもならない苛立ちも覚えた。
    最後まで読んでも、やはり息苦しかった。

    なんで?どうして?どうすれば?
    ずっと考えながら読み進めたけれど、結論が出るのはずっと先になりそうな気がする。
    もしかしたら、死ぬまで出ないかもしれない。

    学生はもちろんのこと、かつて学生だった大人、子供を持つ親は是非読んで、それぞれ考えて欲しいと思う。

  • ここ最近の重松さん本はすべてそうですが、この本も重松さん好きの友人が貸してくれたものです。
    「いじめ」により自殺をした子どもをテーマに扱ったこの本は、とても、とても重かったです。

    親として読むか、子として読むかでも捉え方が随分違うであろうこの本は、核となる事柄があり、4年の歳月を経て小説化したものだそうです。

    「いじめ」は、いじめる側にも、いじめられる側にも焦点がいきますが、この本は「いじめで自殺した子の家族」と「ただ見ていただけの(見殺しにした)クラスメイト」に焦点が当てられています。

    見ていただけの人が何かアクションを起こしてくれたら、先生が気付いてくれたら、そうすればもっと違った結果になったのに。
    それは確かに事実かもしれませんが、最近私はこうしたクラスメイトに罪はないのではないか、と思うようになってきました。というのは、なんの責任も負えない立場で、もし何かアクションを起こしてさらに自体が悪化したら?もし自分にも飛び火がきたら?
    例えば庇ったことでそれまで張り詰めていたその子の心が折れてしまうこともあるかもしれない。先生に伝えたところで、本人が「大丈夫です」と言ったら教師だってそれ以上は踏み込めない。

    そもそも、本人から親や担任の先生等の自分をよく知る保護者に伝えるというのはいじめられてる側にとっては相当にしんどいことだと思います。だからこそ、まずは保健室の先生だったり、文部科学省が提示しているようないじめ相談の窓口が相談窓口になるんだということをもっと周知すべきなのかもしれませんね。

    1人が自殺をすると、そのことによって周りの4、5人が自殺を考えると言われるいる程自殺は影響の大きいものです。
    実際本書にも登場する自殺をした子の家族は、まるで時間が止まってしまったかのような苦しい時間を過ごしていました。自殺や他殺などは本当に多くの人に十字架を背負わせる行為だと改めて感じました。それは本当に重たい。

    「人間って、死にたくなるほどつらい目に遭ったときに絶望するのかな。それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえないときに、絶望するのかな」という問いかけが本書にはありますが、私はどちらでもないと思っていて、「もう希望なんてない」と深く実感してしまった時に人は絶望するんだと思います。すなわち、この先何もいいことなんてない、と思ってしまったとき。

    覚悟して読んだものの、やっぱりこの重さに引きずりこまれて苦しかったです。いじめる程気に入らないなら関わらなければいい、とはいえその人を無視する空気がクラス全体でできあがるのも「いじめ」だろうし、逃げられない(と思われている)学校という環境で無理に過ごさなくてもいい社会、選択肢のある社会にならないといじめはなくならないのではないか、なんていう風に思いました。

  • いろんな人がいる。思いがある。
    人を描く、ということのエネルギーがすごい作品。

    真田くん、中川さん、フジシュン、あの人、フジシュンのお母さん、ケンちゃん、田原さん、堺、三島のお母さん…。いろいろ。

    最初に読んで、一番気持ちが揺れたのは。
    大学生になって、田原さんに連れられて行った、交差点のお地蔵さまのシーン。
    自分でも不思議ではある。
    けど、ほら、油断するとすぐに自分たちの物語のことばかり考えてる自分がいる。
    それぞれの人の人生がある。自転車のお母さんの思いがある。
    エジプトでは気球が爆発してる。
    そういうことに無関心でいすぎる。

    そうと思えば、ユウとサユの関係に引き戻され、心が動く。

    そこから先は、胸が詰まる思いになったり、胸がすく思いがしたり。
    『胸の奥に降り注ぐような涙』という表現は、わかったような、そうでないような。もっと考えてみないと。

    田原さんが言うように、動揺して、悩んで、苦しんで、ということをしないと。
    そこから逃げていてはダメ。子どもたちが、じゃなくて自分が。

    思うままに感想を書いてきたら、あまりにもまとまりがない。すいません。


    34才になった真田くんの気持ちや思いは、本当にはわかっていないのかもな。
    また、読もう。

  • 虐めが原因で自殺した少年の遺書に親友と名指し感謝された少年の言葉で語られる、「十字架」を背負わされたその後の話。

    遺書に書かれたのは、この少年の他に、虐めの中心人物二人、思いを寄せていた少女一人の名。
    自殺した少年が何を思い、遺書に四人の名をかいたかは本人しかわからないが、親友と書かれた少年と少女は、自殺した少年の事を忘れられない。

    心情を、成長した姿を、折りにに触れ思い出し、問い掛ける。答は出ることはないが…

    自殺した少年の両親の様子や心情がリアルに伝わり、苦しい。

    十字架を「背負わされた」から「背負っていく」覚悟まで人はどれだけの道程が必要なのだろうか…

  • フジシュンが書いた遺書で人生が変わってしまったユウとサユ、なぜか遺書に名前を書かれなかった堺。
    フジシュンの遺書によって、重い十字架を背負わされたユウとサユは何年たってもフジシュンの事は忘れることはできない―

    遺書に名前をかかれなければ、二人も皆とクラスの子とおなじだけの悲しみですんだはずなのに…

    数年たってそんなこともあったなーくらいだったのに、

    なぜフジシュンがあんな遺書を残して死んでしまったのかは、誰も知ることはできない。

    よりによって自分の誕生日がフジシュンの命日になってしまったサユは気の毒だった。

    誕生日がくるたびに、フジシュンの事を思いだしてしまい、自分が最後に冷たい態度をとってしまった事を、悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほど、責任を感じてるサユ。

    その事を高校三年生の春まで、自分の胸にめてつづけていた

    サユの苦しみは、フジシュンの自殺によって生まれたものだけど、フジシュンは果して、そこまで考えて、遺書にサユの名前をかいたのだろうか、いや多分ここまでは考えてはいないだろう…

    この小説で久しぶりにいじめについて考えた
    最近では大津の事件だったりあったけど、いじめはいつの時代もなくならない…

  • 「ゼツメツ少年(重松清)」同様、読了後の沈んだ気持ちというのか、やりきれないような思いが大きすぎます。簡単にまとめすぎると「いじめは誰のためにもならいないよ」っていう内容だと思うのですが、これをここまで展開される作者には本当に頭が下がります。

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著者プロフィール

重松 清(しげまつ きよし)。1963年、岡山県生まれの小説家。早稲田大学教育学部卒業。
出版社勤務を経て、フリーライターとして独立。ドラマ・映画のノベライズなどを手がけたのち、1991年『ビフォア・ラン』で小説家デビュー。
1999年『エイジ』で山本周五郎賞、2000年『ビタミンF』で直木賞、2002年『流星ワゴン』で「本の雑誌年間ベスト1」、2010年『十字架』で吉川英治文学賞、2014年『ゼツメツ少年』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。
山本周五郎賞、講談社ノンフィクション賞選考委員を務める。2017年、早稲田大学文化構想学部客員教授に就任。
『とんび』、『青い鳥』、『流星ワゴン』をはじめ、多くの代表作がドラマ化、映画化されている。

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