真昼なのに昏い部屋 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062774727

作品紹介・あらすじ

軍艦のような広い家に夫・浩さんと暮らす美弥子さんは、「きちんとしていると思えることが好き」な主婦。アメリカ人のジョーンズさんは、純粋な彼女に惹かれ、近所の散歩に誘う。気づくと美弥子さんはジョーンズさんのことばかり考えていた-。恋愛のあらゆる局面を描いた中央公論文芸賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 不倫の話なのに活き活きと眩しい。
    本人が自覚するまで、あまりにも無防備だからだろうか。

    美弥子さんは真面目できちんとした主婦で、だけど真面目な人こそ箍が外れた時に振れ幅が大きそう、なんていう分かりやすい人物像とも違う。
    夫の浩さんは彼女の話を半分ぐらいしか聞いていないけれど、美弥子さんはそんな彼のことを可愛らしくも感じていたようだから、軽んじられているという不満がくすぶっていたわけでもない。
    それでも、美弥子さんとジョーンズさんの距離が近づいていくのにはもう、そうなんですね、としか言えない気がしてくる。不倫の是非は置いておいて、囲いの外の世界を知ってしまったのなら仕方ないと、受け入れてしまう。
    だって、浩さんが彼女のことを「従順」と評していたのを知ったら、あーこれはダメだ、と思ってしまったのだ。

    美弥子さんが不倫を自覚して、浩さんの存在感が増してからは、瑞々しさは褪せて地に足がついた話だと感じた。
    その変化が面白かった。

  • 自分がきちんとしていると思えることが好き、という美弥子さん。広い家に夫の浩さんと住み、家はいつもきちんと片づけられ、植木の水やりはもちろん、夕食だって手の込んだ献立を毎日用意する。
    そんな美弥子さんの純粋さに惹かれる近所のアメリカ人男性、ジョーンズさん。「フィールドワーク」と称する近所の散歩を通して、二人の世界は変わっていく。

    本書は、数々の有名著者が手掛けてきた"不倫小説"なるものよう。
    さすが江國さんだけあり、言葉の選び方や描写も美しく独特で、タイトルからしてもう素晴らしい、と思う。

    私の思い描く不倫というのは…背徳感や罪悪感もありつつ、それでも抑えきれない相手への執着や想い…みたいなものが存在する熱くドロドロとしたものなのですが、本書の澄み切ったキラキラさに驚きます。
    恋愛小説、というより、私にとってはホラー小説のようにも感じ、怖さと居心地の悪さをいつも感じてました。

    そもそもジョーンズさんが登場しなければ、美弥子さんと浩さんの日常は何も変わらず続いていたでしょうが、日頃から浩さんが美弥子さんの話をきちんと聞いていないような二人のコミュニケーションの取れてなさ具合と、それを通常にしている二人の感覚がまずホラーだし、純粋と言えば聞こえはいいけれど、少しピントがズレている美弥子さんも見ていてヒヤヒヤする。
    ジョーンズさんだって、考え方、価値観がまた独特ですし、紳士ではあるけれど、自分軸があまりにもしっかりとあり過ぎて世間との調和が難しそう。こういう人が何気に一番危険人物。

    そんな3者による3人称多元でお話は進んでいくのだけど・・・自分がホラー小説にも感じてしまったのは、誰にも共感できなかったからかもしれない。
    言葉運びが美しい分、余計に登場人物の歪さが際立つ。あなたも、日常だと思っている当たり前の世界から、些細なことではじき出されることもあるかもね、なんて静かなメッセージを感じたりした次第でした。

  • 再読でも面白かったです。
    不倫小説って、不倫関係を持つ人が中心となるので、不倫される側の人の気持ちを思うと居たたまれなくなって悲しくなるのですが、この作品の不倫される側である夫の浩さんに一欠片も好感が持てなかったので、美弥子さん側に立ってしまいました。
    わたしは独身なのですが、「赤い長靴」のとき同様、何故こんな夫と夫婦関係を保てるのだろう?それとも結婚すると男性は多かれ少なかれこうなるの…?怖っ!!と思います。
    妻が従順であることに満足している夫…やだ……
    美弥子さんは真面目過ぎるほど真面目で、なので「自分のしたことだもの、ひきうけるわ」と思い、「きちんとした不倫妻になろう」と決心します。アナーキー。
    夫の浩さんの考えてることはちっともわからないのに、妻の美弥子さんの気持ちはわかる。不倫を責められなかったときの絶望が強く伝わってきました。おかしいのは浩さんの方だと思う。
    ジョーンズさんの恋愛観もよく分からないけど。
    世界の外はきらきらしていました。
    不倫を肯定はしませんが、結婚って何だろうと思いました。
    「罪悪感というのは、自意識にすぎないんですよ」、これは目から鱗でした。確かにそうかも。

  • 文句なし。いつものとおり美しい言葉の使い方、個人として自立した主人公のふたりの人物描写。

    恋愛も、結婚も、その形が人生のすべてじゃなくて、それは自分と誰かの関係の形容でしかない。
    これはいわゆる不倫小説ってやつかもしれないけど、江國香織は、それをくっついた離れたで終わるような陳腐な結末に持って行かないところが最高に清々しい。
    最後に帰るのは「自分」。

    しかしほんとに感情の表現がうまい。

    「怒りは変わらぬ強さで胸にしこっていましたけれど、もう発熱しそうではありませんでしたし、むしろその怒りは体内で、つめたく感じられました。ほとんど、悲しみと区別がつかないほどでした。」

  • およそ3時間で読了。何と読みやすい物語!手に入らない(入れてはいけない)美しさと、手に入れた代償として失われる美しさのどちらともに心当たりがあり、美弥子さんにもジョーンズにも感情移入してしまった。不倫は恥ずべき愚かな行為ではあるが、どんなに真っ当な人間でもきっと二人の感情は水面下で所持しているのではないか?と思う。それを行動に移すか否かはそれぞれの貞操をどれだけ正しく貫けられるかにもよるけれど、わたしが美弥子さんと同じ立場だったとして、抗うことはきっと不可能だったにちがいない。従順だからこそ、愚直にジョーンズを愛してしまった美弥子さんは全て間違っていた気もするし、ひとつも間違えていなかった気もする。ラスト三行の無慈悲さに、思わず鳥肌が立った。

  • 責任を伴わない優しさほど恐ろしいものはないと知った。しかもそれは、目を凝らしても外側からじゃ「あなたのためを思って」という顔をしているのだから、余計にたちが悪い。それでも、無責任な優しさと無関心だったら、きっと私も前者を選んでしまうだろう。昨日までの自分とは何もかもが変わってしまう日を、私も知っている。

    この本の表紙は、フランシスコ・デ・ゴヤの版画「気まぐれ(お前は逃げられまい)」に薔薇をあしらったものらしい。まさにこの作品の持つ不穏で明るい狂気にぴったりだと思う。そして気まぐれという言葉に、最後のページの、あのぞっとするジョーンズさんの言葉を思い返す。世界の外というのは、家庭から飛び出さないと辿り着けない場所なのだろうか。それはほんとうに、良いところ?

  • 不倫小説にしては軽やかで終始綺麗。
    ずっと心地よい風が吹いている感覚。
    そのことがかえって不気味だった。
    まず、家の中で空気のような扱いを受けているにもかかわらず浩さんに対する愚痴も出てこず、淡々と家事をこなす美弥子さん。そして、いくら何もないと言ったって白昼堂々手を繋いで歩くなんてことが平気でできてしまう二人の感覚。盲目になっているがゆえなのかもしれないが、あまりにも世間体とは程遠い場所にいすぎる気がする、これが世界の外側なのか。最後ジョーンズさんが、美弥子さんが同じ街に居られなくなったことを寂しいと表現していることも怖かった。気遣いができるジョーンズさんを知っているからこそ、その無責任さが尚恐ろしかった。
    一見心地よく瑞々しい文体で、愛することの美しさを伝えているように見えるけれど、じわじわとその奇妙さや不気味さ、気持ちの不確実性をも含めてしっかりと伝えてくるあたり、江國さん流石と思った。

  • 江國さんの作品にしては珍しく、ですますの文体。
    少し違和感もあったけど、あとがきをよんで納得。
    不倫ものだけど、人を好きになる純粋な気持ちが描かれていて共感できた。
    真っ直ぐ人を愛してみたい。

  • 日本語って、純文学って、素晴らしいなと思える作品。
    言葉の美しさを噛み締めながら読了した。

    P.32
    「大学芋、ありがとうございました」
     ほんとうは、美弥子さんはそのお菓子があまり好きではありませんでした。さつま芋とかゆで卵とか栗とか、もくもくした食べものは胸につかえるような気がするのです。それで、ドアにひっかかっていた袋の中身も浩さんにあげてしまったのですが、いまここで、そんなことは言うべきではないし言う必要もない、ということは、社交の苦手な美弥子さんにもわかりました。
    「気にしないでください」
     にっこりしてジョーンズさんはこたえ、窓からの日ざしに、まぶしそうに目を細めました。
    「誰だって、在宅のときもあれば留守のときもあります」
    「ええ、まあ、それはそうですけれど」
     美弥子さんはバスケットをとってきて、向い側の椅子に腰をおろします。その美弥子さんを見て、ジョーンズさんはますますまぶしそうに目を細めましたが、バスケットの中身に気をとられていた美弥子さんは、それには気づきませんでした。
    「でも、もしきょうもあなたが留守だったら」
    ジョーンズさんは言いました。
    「僕は大変がっかりしたと思いますね」
    美弥子さんは首をかしげます。
    「たいがいは、います」
    そしてそう言いました、
    「日本語で、奥さんのことを家内って言ったりするの、御存知でしょう?」
     自分の唇のあいだから小さな笑い声がこぼれたことに、美弥子さんは自分でびっくりしました。そんなつもりはなかったのに、自嘲みたいに聞こえたからです。

    P.50
    「あら、あの子」
     美弥子さんは言いました。いつも足元にすり寄ってくる、うす茶色のブチのついた白猫が、ブロック塀の上に前足を折りたたんで落着き、じっと二人を見つめています。チョチョ、と舌を鳴らして呼んでみましたが、猫は耳をぴくりと動かしただけでした。
    「いつもは呼ばなくても寄ってくるのに」
     美弥子さんは言いました。ジョーンズさんといる自分を、不審がっているのかもしれないと思いましたが、もちろん口にはだしませんでした。
    「まだ子猫なのに、こんなところまで遠征しているのね」
     呟いた美弥子さんにもわかるくらいはっきりと、横でジョーンズさんが、満足げな笑みをこぼしました。
    「こんなところって、もうすぐそこが、あなたの家ですよ」
     美弥子さんは口を小さくあけて驚きを表明し、それから心からたのしそうに笑いました。周囲を見まわし、頭のなかで地図をたどって、ようやくそこがどこだかわかったのでした(すぐそこ、というのは大袈裟すぎると思いましたが、それでもよく知っている場所でした)。
    「いつ折り返したんですか?」
     美弥子さんは言いましたけれど、返事を求めたわけではありませんでした。
    「こんな近くに戻ってたなんてびっくり。もっとずっと遠くまで、歩いてしまった気がしていましたから」
    家の前に着いたとき、結局のところアスファルトはまだわずかに、まだら模様をとどめていました。美弥子さんにとって意外だったことに、約束の一時間より数分短い散歩でした。
    「とてもたのしかったわ」
     美弥子さんは言いました。
    「こちらこそ、とてもたのしかったですよ」
     片手をずぼんのポケットに入れ、片手で缶入りコーラを持ったまま立っているジョーンズさんは、なんだか知らないアメリカ人-事実そうなのですが-みたいに見えました。さっきまではひどく親密な気がしていたのに。
     玄関に続く階段をのぼりながら、あっけなかった、という気持ちと、ずいぶんながい時間遊んでしまった、という気持ちを、美弥子さんはいっぺんに受けとめなければなりませんでした。鍵をあけたあとで一度だけふり返り、手をふってみます。

    P.88
    美弥子さんは思いました。ジョーンズさんの顔を見たときには、予期せぬ贈り物が届いたみたいでとても嬉しかったわけですし、玄関の前で言葉を交わしたときには、その嬉しさを安心して味わえました。けれど内側から彼を中に入れたとき、突然鼓動が速まり、呼吸が上手くできないような、恐怖にも似た感情でいっぱいになったのでした。
     こんなの、おかしいわ。
     美弥子さんは思います。こわがるなんてどうかしている。

    P.166
     家は、よそよそしいままでした。美弥子さんが自室にしている六畳間でさえはっきりと違って見えます。シャワーを浴び、清潔な服に着替えた美弥子さんは、自分が動揺していることを認めざるを得ませんでした。家に、嫌われた?でも、たった一晩で、すべてが変わってしまうなどということがあるのでしょうか。
     ばかばかしい。
     美弥子さんはもう一度そう思いました。だいいち、私は何もわるいことはしていないわ、と。けれどその言葉は、美弥子さん自身の胸にさえ、真実からかけ離れたことのように響きました。美弥子さんが、ほんとうに驚いたのはこの瞬間でした。
    「なんてこと」
     つい声にだしてしまったほどです。いまや美弥子さんにもわかっています。変ったのは家ではなく美弥子さんなのでした。
     ドレッサーがわりの小机、そこに置かれた化粧品の壜やコーヒーマグ(きのうの午後に使ったものです)、萩中の家から持ってきた、小さなウサギの置物。きのうまでたしかに美弥子さんに属していたはずの-それとも、美弥子さんが属していたはずの、でしょうか-品々を見ながら美弥子さんは茫然とします。そのとき、携帯電話が点滅しているのが目に入りました。ゆうべ持ってでるのを忘れた、美弥子さんの携帯電話です。おそるおそる-というのは、それさえもよその人の持ち物のように思えたからですが-手にとると、伝言の録音と着信履歴、メイルが合わせて十一件入っていました。
    「美弥子?何かあったの?浩さんに、行き先くらい言ってでなくちゃだめでしょう?どこにいるの?とにかくね、これを聞いたら電話してちょうだい。浩さんにも電話しなさいよ」
     というのがお母さんからの伝言で、
    「美弥子?梨果だけど、あんた大丈夫?さっき浩さんから電話があって、うちには来てないって言っちゃったよ。まずかった?またかけてみるけど、そっちからも電話してね。じゃーねー」
     というのが、学生時代のお友達からの伝言でした。
    「美弥子?ユッカです。ひさしぶり。さっき浩さんから電話もらって、余計なお世話かもしれないけど心配になって電話しました」
    「もしもし?利恵子です。美弥子さん、どこにいるの?あの、私の言ったことで、模試喧嘩させちゃったのだったらごめんなさい。でも、私は当然のことをしたまでだと思ってるの。…ええと、浩さんに連絡してください。お願いします」
    「もしもし?川村-」
    容量が一杯になったらしく、録音は、そこで唐突に切れていました。その後の着信履歴には、美弥子さんがかつて通っていたフラワーアレンジメントの教室の、先生の番号までありましたので、浩さんがゆうべ、随分ほうぼうへ問い合わせたことがわかりました。
    メイルも、おなじような内容でした。ただし録音よりも全体に気軽な調子で、「ケンカしちゃだめだよー(ばってんで作った顔のマーク)」とか、「いつでも泊めてあげるからおいで。ファイト!(力こぶの絵文字)」とか、気遣うというより励ますことに力点を置いて書かれたもののようでした。
    すべての伝言を聞き終え、メイルを読み終えた美弥子さんは、愕然としました。この人たちは一体誰なの?そう思ったからです。もちろん、誰であるかは知っていました。みんな、美弥子さんがよく知っているつもりだった人たちです。けれど、いま彼らは揃いも揃ってひどく遠い場所-対岸-にいるようでした。
    「大変」
     美弥子さんは呟きました。呟いてなお、信じられない思いです。美弥子さんは、いままでに、これほどびっくりしたことはありません。ドレッサーがわりの小机につかまって、身体を支えなければならなかったほどです。
    「どうしよう」
     そしてもう一度、ぼんやりと呟きました。
     私、世界の外へでちゃったんだわ。
     美弥子さんにわかったのは、そのことでした。


    性的な表現がなくても十分二人の気持ちの高まりは感じ取れるので、性描写がない方が好みかな、と思ったので、5と迷ったけど★4。

  • 読み始め、美弥子さんと浩さん理想の夫婦のようにみえたんですけどね
    うまくいかなかったんですね
    ちょっと考えました。
    夫婦の関係がうまくいくってどういうことなんでしょうか 

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著者プロフィール

1964年、東京都生まれ。1987年「草之丞の話」で毎日新聞主催「小さな童話」大賞を受賞。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、2004年『号泣する準備はできていた』で直木賞、2010年「真昼なのに昏い部屋」で中央公論文芸賞、2012年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、2015年に「ヤモリ、カエル、シジミチョウ」で谷崎潤一郎賞を受賞。

「2023年 『去年の雪』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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