すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 4070
レビュー : 370
  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062779401

作品紹介・あらすじ

「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う」。わたしは、人と言葉を交わしたりすることにさえ自信がもてない。誰もいない部屋で校正の仕事をする、そんな日々のなかで三束さんにであった――。芥川賞作家が描く究極の恋愛は、心迷うすべての人にかけがえのない光を教えてくれる。渾身の長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 私の中では、とても意味のある作品。

    ハードカバー版の評価は★三つで、しかも、非常にしょうもないレビューを書いているにも関わらず、私の中にずっと閑けさが残り続け、文庫も絶対買おう!と決めていたのだった。

    川上未映子は、ここから『ヘヴン』などにも遡るのだけど、改めて戻ってくると、平日の昼間にも関わらず酔っ払いながらしか三束さんと会えないことや、カルチャーセンターの申し込み直前で嘔吐してしまうシーンなんかは、彼女らしい生々しさだな、と思う。

    冬子が人をイライラさせる感じ。主体的に物事を選ばず、しかし、三束さんという冬の人に惹かれて崩れてゆく様子から目が離せない。

    そうして、冬子とは対称的にガツガツと生き抜く聖も、とても好きだ。
    自分の持つ定規でしか人を測れなくて、でも、その定規に意味がないということに気付いていて、なのに止められない聖は可愛い。

    二人が凹凸を埋め合うように泣き合う夜のシーンは、とても印象的だった。
    それが、青春のワンシーンのようなチープな盛り上がりに見えても、「人生の登場人物ではない」と言い放たれた冬子を思うと先に進めたように感じるのだ。

    校正の仕事をしている「私」の、訥々とした言葉を追っていると、不思議な言葉繰りの世界観に引き摺り込まれる感じがする。

    早く読むな、早く読むな、と自分に言い聞かせながら、「私」のペースに合わせて歩むこと。
    その行為が、誕生日の真夜中に散歩する錯覚さえ見せてくれる。

    この閑けさに、浸って欲しいと思う。
    前回のレビューより、少しはマシになっていると良いのだけど。

  • 芥川賞受賞作品「乳と卵」や「わたくし率イン歯ー、または世界」のような関西弁でクセの効いた作品こそ川上未映子のエッセンスが凝縮されているのだと思う。けれども自分はこの作品や「ヘヴン」の方が内面を強く揺さぶられて好きだ。この作品の主人公 冬子は自己完結型の人間であまり自分の外の世界に関わろうとしない性格である。自分も心の片隅にそのようなきらいがあるので、少し感情移入が出来る 。
    冬子はフリーランスの校閲者として変わり映えのしない生活をし続けている。そんな生活の中で冬子とは真反対の性格をしている友達の石川聖との付き合いや初めて恋をする相手の三束さんとの出会いによって起こる冬子の心情の機微をまるで自分の出来事のように感じとれた。終わりにかけての展開や心情描写などが秀逸で、特に聖が冬子の内面について言及している部分は自分が責められているかのように感じられて心に響いた。
    「楽なのが好きなんじゃないの?他人にはあまりかかわらないで、自分だけで完結する方法っていうか。そういうのが好きなんでしょ」
    他にも聖の言葉で心に刺さる箇所がある。それは中盤あたりなのだが、自分が感じる嬉しい、悲しい、不安や面白いなどの感情が今までの人生で触れてきた文章やなにかの引用なのではないかという部分である。100%そうとはさすがに言えないけれど、どこか思い当たる節がある人もいるのでは無いかと思う。日常生活を過ごしていてハッ気づくとなにか他人のように自分のことを見つめているような感覚。自分の内面と向き合う機会を与えてくれた作品

  • 【久しぶりに、読み終えた勢いでの印象】
    感情がひどく抑制されている主人公の入江冬子さんの生活は覗いていてあまりに哀しくて何度も涙が出そうになってしまいました。

    川上未映子さんの作品はこれまで乳と卵しか読んだことがありませんでしたが、乳と卵は今まで読んだどの作家さんの作品とも全く違っていて(当然といえば当然ですが、でも本当に違う、と思ったのです)唯一無二とはこの感じだな、と思ったものです。本作は全体を包む空気こそ全く違うものでしたが、やはり川上さんの独特の色合いは出ていて、読んでいて、「これだ、これだ」とわくわくしていました。特にツボなのが、登場人物の言葉が「」の枠をはみ出て、ポツリポツリと崩れていく感じです。生きている言葉だ、と感じられて大好きです。

    川上さんは女性の感情の変化の微妙さのようなものをよく理解されていて、それを表に出す方法が非常にお上手な方です。冬子さんの心の中も、声も、聖さんの言葉も、他に登場にした女性たちの言葉も、間違いなく今の女性の生の声です。どの声も、その人にとっては正しくあるべきで、その人の中にある限り誰も否定する権利はないようなものばかりです。それなのに、他者に届いた途端、何だか間違った感じになってしまう、ガタンと、何だか光が吸収されてしまう様みたいです。物語の文脈で表れる光のイメージとは少し異なりますが。最後の冬子さんと聖さんのやり取りなんて典型的です。意見が食い違って、それぞれに傷ついて、結局お互いに「ごめん」と言い合って、ああ、女性同士の深い付き合いってなんてめんどくさいんだろう、ってなんだか辛くなってしまいました。

    そういえば考えてみると、私も聖さんが最後に冬子さんのことを語ったように、自己完結型の人間のような節はあって、聖さんの言葉は結構鋭い棘のようにグサッと来ました。私の場合下手したら聖さん以上にめんどくさいのが、自己完結型なところがある、という自己分析は出来ている上で、だけど、だけど、の堂々巡りをしているところなのですが。それと、自己完結こそしていても、そこに私の家族という要素が少なくとも必ず存在しているので、決して孤独ではないのです。だけど、冬子さんはただひたすらに孤独な自己完結型の生活を送っています。物語途中で冬子さんは孤独の出口を見つけるのかと思いきや、最後は結局孤独に戻るわけですから、私は悲しいという類の感情を通り越して何だかゾッとしました。それでも、三束さんが一瞬でも冬子さんと交流して、与えたもののお蔭で、冬子さんの物語は豊かになって、ずっと抱きしめていられるものが出来たのかな、と思ったら、それでいいのかな、と勝手に今ちょうど腑に落ちました。

    ぷかぷか頭の中には色んなものが浮かんでいますが、ひとまずこんなところで。

  • "真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。"

    美しい一節からはじまる作品。「恋愛小説」と呼んではいけないとすぐにわかる。

    この作品の大きな魅力は、主人公の瞳をとおして一緒に世界をみさせてくれる、繊細で緻密な言葉の表現。ストーリーを楽しむというより、芸術を眺めているような感覚。

    主人公はフリーランスで校閲の仕事をする34歳独身女性の冬子。人とのコミュニケーションが上手でなく、ろくに恋愛経験もしていない彼女が、カルチャーセンターで出会った中年男性 三束さんに惹かれていく。

    冬子と三束さんとの会話のやり取りは、触ったら壊れそうに繊細で、三束さんをおもう冬子の感受性はあまりに豊かで、それらを紡ぐ言葉の美しい洪水に飲まれ続ける読書期間でした。

    所謂「少し変わった」冬子をとおして世界を見ていると、「変わってる」ものなんてなにもないんじゃないかと思うの。

  • 川上未映子さんの小説は芥川賞を獲得した「乳と卵」を読んで、物語の内容はけっこう好きだけど文章の個性が強くて(リズムとか、あと個人的に関西弁にはあまり馴染みがないので)そこがあまりはまらなくて、それ以来読んでなかった。
    そして今回。表紙とタイトルに惹かれて買ってみたのだけど、「乳と卵」と本当に同じ人が書いたの?ってくらい、私的には印象が違った。
    文章自体の個性は減ったと思うけど、描写の美しさは芸術の域だと思えるほどで、読んでいてその世界に引きずり込まれるような感覚。
    初期のファンの人はもしかしたら不満なのかなと思ったりもした。そのくらい違った。

    恋愛小説だけどそれに終始してるかと言ったらそうでもなくて、主人公・冬子の周りの人間たちの台詞(主に女性)にあぁ…っていろいろ思ったり。
    本質を突きすぎてて怖かった。
    冬子はどこにでもいるような“地味な普通の女性”で、なんだろう、本当それぞれの人にいろんなドラマがあるんだろうってよく思うけど、多くの人にとっては取るに足らないようなことが、本人にとっては人生に大きな影響を与えるような出来事になり得るんだってことを改めて思った。
    リアルだと思うかどうかは読み手の性質にもよるような気がするけど、恋愛に於いて何か過去に抱えて消極的になっている人なら、解るところがけっこうあるような気がする。
    恋愛ってしようと意識してもなかなか出来ないのに、いつの間にか落ちてることがある、そういう感覚とか。
    物理要素もちょくちょく出てきて(光や色について)興味を惹かれた。

    川上さんに俄然興味を持ったので他の著作も読んでみたい。
    読み手によって評価が真っ二つに分かれるような作家さんって、それだけ求心力もあるんだろうと思う。

  • 真夜中に、
    視界が翳む湿った匂いがするような道を、
    月を見上げて歩く時間は、
    前からとても好きだったのだが、
    なんだかさらに、好きになった。

    夜は、五感が研ぎ澄まされる気がする。

    夜に会うと、魅力的に見えてしまう。
    本能が嗅ぎ分ける筈なのに、判断は少し鈍くなる。
    まるで頭で考えることを辞め、身体に委ねるかのように。

    酔った主人公は、ますます、鋭さと鈍さの行き来を愉しんだのだろうか。
    愉しんでいた意識は無いだろうけど、
    逃げだったか、精一杯の勇気だったか、
    しかし、溺れ方を見ると、そんな気もした。


    光で始まり、光で終わった。

    光の陰翳や、夜の街の湿度、相手の息遣いまでもが、
    じんわりと脳裏に浮かぶ著者の繊細な文章力に圧倒された。

    丁寧な描写で、静かに、主人公の心情の移り変わりと、好きな人との隔たりが語られる。
    目の前の届きそうな距離にいるのに、
    決して、触れることの出来ない間がある。
    だからこそ、手を伸ばしたくなるのだろうか。

    なぜ好きだと伝えたくなるのだろうか。
    その先に何も無いことを知っているのに。
    知らないふりをしたいのかもしれない。
    いや、知っているからこそ、自分の心の整理のためなんだろう。

    中学生みたいな、純粋で、一方的な「恋」に共感する。痛いくらい。
    そう、仕事のし方も、友人の指摘も、過去の恋愛もどきも、理解できるから、痛い。

    描かれるのは、光、なんだけど、
    心に水が染み込んでいくような読書体験。
    穏やかな漣のような。
    静かに、儚く、でも、消えずに残る淡い思い出。
    思い出は、澄んだままだ。
    沈んだ澱のような感情を穿り返す必要はない。
    前に進むだけ。

    しかし、自分の中の、
    目を背けてきた感情をぐさぐさと突いてきて詳かにされた。
    小説とは、こうでないと。
    生き方を考えさせられ、襟を正したくなる本。

    ぜんぶ読んだ後に、このタイトルに唸る。
    余韻に浸る、綺麗な言葉の響き。
    夢は闇夜の間だけ。朝になると、消えてしまうかもしれない。

    言葉って、すごい。
    こんな風に、夜を優しく語れる人は、どんな人生を歩んできたのだろう。
    出会ってみたい、ような、みたくないような。
    彼の全てを知らないままで良かったような。

    数年前に読了した感想。いつかまた読み直したい。

  • アディクション。

    読み始めは不器用で生きるのが少し下手な主人公の物語だった。

    どこか疎外感を感じ、なぜか周りの人と比べて自分は普通ではないかもしれない、選択をするのが怖いと感じている。

    校閲の仕事は物語を読まず、自分の言葉も持たず、ただ間違いを修正していく。

    この物語の主人公は自分の言葉をもたいない女性である。

    だからこそ彼女は言葉が出にくい友達、典子を、高校の頃に得たのかもしれない。

    『「きっとね、わたしの声帯はたぶん奇形なんだよ」』(p.168)

    やがて、様相が一変する。飲めなかったはずの酒をキッチンで、日本酒を水筒に入れ、怖くなるとそれを煽るようになる。

    症状に、主人公についていけない。

    思えば、アルコール依存による幻覚体験が文字に浮かぶという事で現れていたのかもしれない。

    そのうちに、ある男性との出会いによって症状はいつの間にか消失する。

    劇的な物語ではなく、どこか静かな空気が流れる物語である。

    静かな中で、ゆっくりと自分の選択をする。あくまでも、ゆっくりと自分のペースである。

    そしてようやく自分の言葉が出される。

    『わたしはひとつひとつの音をたしかめるようにして言った。まるで自分に言いきかせるような言い方だった。』(p.337)

    最後のページで、自分の言葉がしっかりと刻まれた。

    この作家の物語は一番最後のページでいつもぷるぷる震えてしまう。

    しかし、『乳と卵』(或いは『夏物語』)でも感じたが、ブロン依存や愛着傷害、緘黙とかこの作者は精神医学か児童発達心理学に知見があるのだろうか。

    それとも川上未映子さん自身の実存としての問いやエネルギーが作品に反映されているのだろうか。

  • ひとりの女性が恋をしていくようすを、これでもかというほど大切に大切にすくいとって、そこにあるひとつひとつの感情のゆれうごきを丁寧に丁寧に言葉にしてくれていた。
    こんなに細やかな心理描写ってなかなか読めない、とても好き。
    そこかしこに私をみつけた。冬子がみている世界や景色や感情に、たしかに覚えがあった。
    聖の言葉にも、恭子の言葉にも、典子の言葉にも否応なしに共感してしまう。
    一日は何度でも夜になる。

    川上未映子さんに対しては正直これまでどうしても読まず嫌いなところがあった。
    嫌いというか、今にして思えばそれは畏怖とか憧憬がぐちゃぐちゃに混ざり合ったものだったんだなと思う。
    でもNHKの対談番組で新海誠監督とそれぞれのインセンスについて話されていたとき、彼の答えに「季節は?」と更に踏み込んで質問をしていて、私はその瞬間、胸を鷲掴みにされたような気がした。だって、「季節は?」って。イノセンスに季節まで心を配る川上未映子さんの小説なら、きっと信頼をかけて読めるのかもしれない思った。
    自分にとって絶対特別になってしまうと分かってたから、まだそれだけの覚悟がなくて自然と遠ざけてたんだろうな。

  • 多分、冬子さんみたいな人はどこにでもいるし、こういう人同士の恋愛もよくあるんじゃないかと思う。こんな風に、なんの形にもならない恋、のようなものも。
    だけど、人とのかかわり方の下手さが自分と重なりすぎて、慣れていないから恋をした時の何もかもが新鮮な気持ちとか、これから先に起こるかもしれないことを想像して夢にまで見てしまう、その純粋なようで痛々しいくらい経験不足なところとか、何だか客観的に突きつけられた気がして悲しかった。たとえそこまでではないとしても。
    全体的に優しくて、でもところどころ厳しかった。
    言い合いになった時に聖が言ったことは、厳しいけれど
    正論だなあと思う。他人とうまくやっていくにはエネルギーを使うから、しんどいんだよね。だけど、それを放棄したらどんどんひとりになっていってしまう。それでいいと思っていても、実際そうなってみないと分からないことの方が多いんだけども。
    あってもなくても何も変わらないような小さなことを書いた話かもしれないけど、心が痛かった。

  • 読み終えてから、また1番最初のページを読み直したとき、よかった。
    昼間に見る太陽の光やそれが作る影が好きで、夜に見える人が作った光はそんなに綺麗じゃないと思ってたけど、この小説を読んで、夜の帰り道にいろんな光を眺めたら、とっても綺麗だった。

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著者プロフィール

川上未映子(かわかみ みえこ)
1976年大阪府生まれ。大阪市立工芸高等学校卒業。2002年から数年は歌手活動を行っていた。自身のブログをまとめたエッセイ『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で単行本デビュー。2007年『わたくし率 イン 歯ー、または世界』『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』で早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞、2008年『乳と卵』で芥川賞、2009年詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞、2010年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞、2013年詩集『水瓶』で高見順賞、『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、2016年『マリーの愛の証明』でGRANTA Best of Young Japanese Novelists、『あこがれ』で渡辺淳一文学賞を受賞。2017年、『早稲田文学増刊 女性号』で責任編集を務める。2019年7月11日に『夏物語』を刊行し、注目を集めている。

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