イスラーム帝国のジハード (興亡の世界史)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062807067

作品紹介・あらすじ

文明の空白地帯、七世紀のアラビア半島で誕生したイスラーム。世界帝国を創出した共存と融和の原理とは。二〇世紀初めに、最後のイスラーム帝国が滅んだとき何が起こったのか。現代にいたる「力による布教」のイメージを問い直す。

感想・レビュー・書評

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  •  著者の小杉泰先生は、一度講演をお聞きしたことがあるのですが、いきなりたくましい髭をたくわえたダンディな方が登場されて、イスラームの挨拶を大声でなされてました。先生のお名前はもちろん以前から知っており、本ブログでも他の著書を紹介しております。
     さて、今回の講談社『興亡の世界史』シリーズはどれもこれも傑作ばかりですが、本書も非常に面白く、寝る間も惜しんで読ませていただきました。
     イスラームについて日本人が誤解を招きかねない言葉が2つあります。一つは「イスラーム原理主義」という言葉です。日本では残念ながらイスラーム原理主義=過激派・テロリストと言う図式が成り立っております。そしてイスラームに基づく政治や社会を訴える人々を「原理主義」という枠でくくってしまうため、本来イスラームとは弱者救済の宗教であるにもかかわらず、彼らまで過激派・テロリストと日本人は誤解しがちです。これについては以前『原理主義の潮流―ムスリム同胞団』という本を紹介してますので、詳細はそちらに譲ります(1年で潰れはしたものの、なんでエジプト人がムスリム同胞団を支持したのか。『原理主義の潮流』が出版されたのは、革命前なのですが非常に参考になります)。
     そしてもう一つの言葉は、世界史では必ず登場する言葉であり、本書でもメインテーマである「ジハード」です。世界史の教科書ではジハードを“聖戦”と訳しています。このことが、どれだけ日本人をイスラーム=好戦的な宗教と目を曇らせてきたのか分かりません。
     著者は、まず「はじめに」で、「イスラームは、宗教と国家を結びつけて考えるがゆえに、国家のレベルにおいて武力を否定しない。否、むしろ必要な場合には軍事力を肯定さえもする。これは、政治と断絶して平和を希求する他の宗教とはあきらかに異なっており、宗教としてのイスラームが理解されにくい原因を作っている。しかし、その一方で融和の原理があり、軍事力は融和のためにこそ容認されることが強調される。郷土を防衛し、社会秩序を維持しなければ、人々が安全に幸せに暮らすことができない、と考えるのである。イスラームはさまざま面において、現実主義的な発想を示しており、ジハードと融和という二つの原理の間のバランスについて、適切な理解が必要とされる。」(18頁)と読者に注意を促しています。
     そして本題に入っていきますが、まず気を付けたいのが、ジハードを“聖戦”と訳してしまうと、イスラームを偏った知識で見てしまうこと。「「ジハード」自体に戦闘の意味がない・・・ジハードが「奮闘努力」の意味であることははっきりしている。」(72~73頁)と筆者は述べ、さらに「ジハードを分類すれば、心の悪と戦う「内面のジハード」、社会的な善行を行い、公正の樹立のために努力する「社会的ジハード」、そして「剣のジハード」に区分することができる。私たちはジハードと聞くと、最後の剣のジハードを思い浮かべがちであるが、マッカ(メッカ)時代から継続的にあったジハードは、内面と社会のためのジハードで、剣を持って戦うことではなかった。」と指摘しています。では、いつジハードに「剣のジハード」の意味が含まれるようになったのかというと、それは「戦闘(キタール)」という言葉によって戦闘が許可されたメディナ時代からであるとのことです(85頁)(しかし「新しい教えは、「部族のために」「わが一族の名誉のために」というように考えること自体を、「無明時代(イスラーム誕生以前)」の悪徳とした。部族や個人の名誉のためというような虚飾ではなく、アッラーのためという純粋の真理のために尽くせ、というのがイスラームの主張であった。(110~111頁)」ということからも、後で述べている「名誉殺人」がイスラームの教えではなく、むしろイスラームはそれを否定していることが分かります)。
     ウマイヤ朝以後、イスラーム国家、イスラーム帝国の時代となっていくと、「軍事を統括している統治者にとっては、「剣のジハード」は対外戦争であり、征服事業である。征服事業は、時に政治的・経済的な目的を持っている。・・・信仰心は正義を希求するから、社会秩序とのバランスを逸すると、危険なことになる。・・・そのため、ウマイヤ朝の成立を支持した人々は、軍事を政治に従属させることに賛成したと思われる。剣のジハードは、統治者と国家の専権事項となり、信徒が勝手に発動するものではなくなった。」(229~230頁)として、剣のジハードは国家が発動するものとなりました。しかし、近代に入り次第にヨーロッパ勢がイスラーム勢力を駆逐するようになると、オスマン帝国の第一次世界大戦に関する剣のジハード宣言を最後に、国家によるジハードを行う主体が消滅してしまいました(イスラームを国教とする国は現在もいくつもありますが、それらは民族を第一の紐帯とした「国民国家」であり、多民族を包含したウンマの代表たる国家と呼べる国はない)。著者も第2次世界大戦後の状況から「一言で言えば、もはやイスラームのジハードを遂行する主体は、どこにも見あたらなかった。民族の名の下の解放闘争はあっても、ジハードは消滅しかかっていた。」(303頁)と述べています。
     しかし、第三次中東紛争でイスラエルに手ひどい敗北を蒙ったエジプト政府は、「ウラマーから「対イスラエル戦争は正当なジハードである」との宣言を受け」(313頁)、軍隊を再建します。また1969年には、イスラームを紐帯としてイスラーム国家の首脳たちが一堂に会し、OIC(イスラーム諸国会議機構)の設立がなされました。その後アフガニスタンにおけるターリバーンやビン=ラーディンらのアル=カイーダが登場します。
     このように「急進的な民族主義が衰えた後にイスラーム急進派が登場した。民族主義や社会主義に立脚する党争組織が敗北した後に、イスラーム的な闘争組織や抵抗運動が誕生した。言いかえれば、原因や社会的状況はさまざまでも、闘争の種は初めからそこにあった。イスラーム復興の時代になったから、そのような闘争組織は、ジハードを唱えるようになったのである。」(344頁)としています。そして「イスラーム世界と国際社会が有意義な対話と問題解決に臨むためには、ジハードを本来の意味で理解すること、そして、問題解決のための対話のアジェンダ(議題と討議行程)を用意することが必要である。この場合の「イスラーム世界」が中道派によて代表されるべきことは、言うまでもない。急進派、過激派が世界を不安定にしているとすれば、それを解決する長期的な方策は、より公正な国際社会を築くことであろう。もし、イスラーム帝国の歴史を学び、そこにおけるジハードがもともと社会建設の一環をなしていたことを理解するならば、そして、現在の中道派も、そのようなものとしてジハードを再構築しようとしていることを知るのならば、その理解から対話の糸口へと道をつなげることも可能なのではないだろうか。」(345頁)と結んでいます。


    以下、参考になった点や授業で使えそうな点
    ●クライシュ族の支族を「~家」と呼ぶのはイスラーム史学の慣行による。ハーシム族と訳しても間違いではない。(52頁)
    ●ヤスリブ(メディナ)の町では、ハズラジュとアウスという二大部族集団は、どちらが阿東的に強いということがなく、歯止めのきかない抗争に突入していた。その危機の深刻さから、彼らは、父祖の多神教を捨て、部族主義の廃絶を訴えるイスラームを受け入れる決断をしたものと考えられる。(79頁)
    →メディナの住人が何でイスラームを受け入れたのかを説明するとき、私はユダヤ人が多くて一神教になれていたという受け身な説明しかしてきませんでしたが、彼らが積極的にイスラームを受容する理由もあったことを知りました。
    ●一人の男性が結婚できる妻は四人まで、というのは一般信徒の場合である。ムハンマドだけがイスラームの歴史のなかで、例外となっている。彼の結婚には、人数の制限はなかった。没する直前に行った大巡礼には妻たちを全員伴ったが、その数は八人であった。ムハンマドの結婚のいくつかは、明らかに政治的な理由からなされていた。
    ●かつて、イスラームの使節が皇帝(ササン朝の君主)を訪れた時、みすぼらしい身なりのアラブ人が世界宗教の教えを説くのを笑い、皇帝は「土くれを持たせよ」と土嚢を担がせて追い返した、とも伝えられる。その時、イスラーム側の使節は自陣営に戻ると、この一件を「ペルシアの土地はわれわれのもの」という瑞兆だと、解釈してみせた。
    →似たような話が中国の古典にもありましたね。多分『春秋左氏伝』か『史記』の晋の文公が太子時代に国外をたらい回しにされていた頃のことだったと思いますが・・・。
    ●アッバース朝4代目カリフのハーディーがアリーの子孫を厚遇する政策を蜂起すると、アリー一族はマディーナ(メディナ)で小さな反乱を起こした。反乱はすぐに鎮圧されたが、そこから逃れたアリー一族の一人イドリースは、遠く西の果てにあるマグリブ(現在のモロッコ)まで落ちのび、ここで、イドリース朝を建てることになった。(211頁)
    ●アッバース朝の最盛期を築いたハールーン=アッラシードについて、「ラシード」という称号は「導かれた者」という意味であり、宿敵であったビザンツ帝国への「剣のジハード」を遂行した彼は、ラシードと呼ばれるにふさわしい。
    ●「ライス」の語源はアラビア語の「ルッズ」であり、熱帯産のこの植物とその名称もイスラーム世界を経由してヨーロッパに伝わった。
    ●アルカリやアルコールなど有名どころ以外でアラビア語語源の言葉「キャンディー、コーヒー、シャーベット、バナナ、レモン、ジャンバー、ブラウス、ジャー、からっと、チェック・メート、マガジン、マスク、ラケットetc・・・」
    ●オスマン帝国は、最大のイスラーム帝国として、また二聖都の守護者として、イスラーム世界を代表する王朝として長らく君臨した。しかし、19世紀にはいって西洋に対して劣勢が明らかになると、イスラーム世界の広範な支持を集める必要に迫られ、オスマン朝のスルターン(オスマン語ではスルタン)が同時にカリフであるという主張がなされるようになった。それによれば、エジプトを征服した際に、セリム1世が最後のアッバース朝カリフから、その位を譲られたのだという。(271頁)

    ※イスラームに対する日本人の思いこみとしてあげられるのが「女性差別」でしょう。確かにイスラーム圏において、「名誉殺人」だとか学問の自由を求めた少女を銃撃しただとか、誰しも眉をひそめる事件が頻発しています。しかし、「当時(ムハンマドがイスラームを広め始めた7世紀前半)のマッカ(メッカ)社会は女性差別の激しい社会であった。・・・全体的には、女児殺害に代表される男尊女卑、きわめて女性に不利な婚姻制度など、女性にとっての不条理にみちていた。」(66頁)とこれはイスラームではなくそれ以前からあった、言うなれば民族の文化でした。だからといってこれを“異文化理解”という言葉のもとに許容しろといっているわけではありません。しかし、インドの「サティー」しかり、アフリカの「女子割礼」しかり、世界中でその民族的風習による女性迫害は続いています。逆にイスラーム国家でありながら女性大統領が誕生したインドネシアのような国もあります。「イスラームといえば、「一夫多妻」がしばしば話題にされる。しかし、実際には、イスラームはそれ以前の無節操な状況を厳しく制限し、法の下に厳密な運用を求めようとした。」(66頁)ともいえるのです。

  • 2i

  • 現代のイスラム教徒を名乗るテロ事件を理解する上で、イスラムの知識が少な過ぎると誰もが感じるだろう。
    コーランを読んでイスラムの本質を知ろうとしても、聖書を読んだだけでキリスト教の本質は容易に分からないのと同じで無駄だろう。
    それ以上に、キリストの歴史を学ぶことは意味を成さないだろう。

    だが、イスラム教を知るのには歴史的アプローチが一番効果的であることがこの本を読んで納得できた。

    アラビア半島という空白地帯で生まれた宗教がいかにして広まったのか。
    広まる過程でどのような困難や矛盾を克服して行ったか、歴史を辿ることで「理屈として」理解できるのである。

    著者は歴史学者ではなく、政治思想研究家である。

    この本は、著者の現代のイスラム世界が抱える問題を、その歴史的、思想的の両面から解説を加えようとする動機で書かれている。

    まさしく、今のイスラムを知ろうとする人にとって、ベストなテキストである。

  • 主にイスラム教創生の頃の歴史と、帝国を経て中東を中心に伝播して、駆け足でアルカイダまで繋げています
    イスラムについて書かれた本は多くありますが、その成り立ちについては本書はとてもよく書かれているうちの一冊であると思います
    頁的には仕方ないですが後半はやや内容薄め

  • マンションで読む。再読です。自炊したものを読んでいるが、パソコンで読むのは面倒です。そのうちに慣れるでしょう。このシリーズを読破しようかな。

  • 学生時代以来、2度目の読了。
    イスラームとは何なのかについて、基本的な理解を与えてくれる良書です。日本に暮らしていて、ふつうにニュースや新聞に接していれば、欧米的(いわゆる啓蒙思想的な)価値観が疑うことなく正しいものだというような気がしてしまう。でも、この本を読むと、それ「だけ」が正しいことではないのだ、ということがとてもよく感じられます。
    ※正しい・正しくないという表現は適切ではないかもしれませんが。。。
    他の社会・信仰・文化を理解すること、その大切さ、そしてその面白さを改めて感じました。

  • 「ジハード」をキーワードに、イスラーム成立時点から現代までを概説している本。

    章構成としては1~7章が中世イスラームの成立と発展期、8章がイスラーム帝国の崩壊、9~10章が近現代のイスラームの復興という内容になっている。

    文体はとても丁寧で、図表も適宜あり、非常に読みやすかった。特にイスラーム成立にまつわるストーリーについてはクルアーン(コーラン)の解説も含めてかなり参考になった。

    ただ勃興期の中世イスラームの解説に力点が割かれている分、現代に入ってからの説明が不足している印象があり、現状とこれからの展望に関する洞察が若干欠けていた印象がある。もう2章くらい追加して、そのあたりも詳細に解説していただけたら☆5つだったかもしれない。

  • イスラムの友人ができると一生の友人になる、ってどこかで聞いたことがあるが、本書を読むとその意味が分かるような気がする。

    「ジハード」「テロ」
    アメリカ映画の圧倒的な映像によるイメージや西洋よりの報道でしか語られないイスラムの世界。
    それで本当にバランスの取れたスタンスでイラクやテロの問題を見ることができるかと常々思っていた。
    この本はイスラム社会の成り立ちから丁寧に解説されており、「ジハード」の本当の意味を教えてくれる。そしてイスラム教がいかに現実的ですぐれた制度になっているか、なぜ今でも世界中で多くの支持者がいるかが良く分かる。
    現在の社会でテロを位置づけられている「ジハード」が持っている矛盾。泥沼化するアメリカのイラク政策の失敗。
    そういったものがまた違う視点で見られるようになったと思う。

  • 読みやすい!現代のことが多く書かれているかと思ったら、純粋なイスラム史。高校程度の世界史の知識があれば、すごく読みやすい!イスラム理解に最適!

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著者プロフィール

1953年、北海道生まれ。エジプト国立アズハル大学イスラーム学部卒業。法学博士(京都大学)。京都大学大学院アジアアフリカ地域研究科教授。専攻はイスラーム学、中東地域研究、イスラーム政治思想史。主な著書に『現代中東とイスラーム政治』(昭和堂、サントリー学芸賞受賞)、『イスラームとは何か』(講談社現代新書)、『イスラーム世界』(筑摩書房)、『ムハンマド』(山川出版社)、『岩波イスラーム辞典』(共編著、岩波書店、毎日出版文化賞受賞)などがある。

「2016年 『興亡の世界史 イスラーム帝国のジハード』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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