学ぶとはどういうことか

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 319
感想 : 33
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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062821209

作品紹介・あらすじ

「学ぶ」とは人生を何度も生きるために「学び続ける」ことである。現代の碩学が大学生から勉強し直し世代にまで贈る「知のアリーナ」への招待状。

感想・レビュー・書評

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  •  著者が言いたいことを簡単に表すと「学校教育だけが学びじゃない。社会に出てからも学ぶことは沢山ある。その学び方は様々で、一筋縄ではいかない」ということなのか。また哲学的な考察をさんざんした上で、「学び」とはすなわち「問題解決能力の獲得」に帰着しているようにも聞こえる。その手の本なら、他に良書がたくさん出ている。
     非常にアカデミックかつ高尚な文章なので、読みづらい。しごく当たり前のことを、持って回ったくどい書き方をしているので、よけいそう感じる。
     さらに気になったのは、膨大な博識を持っていることは感じられるのに、世の中でリアルに起こっていることに関しては、三文記事のような視野狭窄に陥っている点で、強烈な違和感とともに惜しいな、という印象を受けた。実は、ソーシャルメディアと学びとか、これはと思わせる片鱗が幾つもあり、いくらでも面白い展開ができそうなのに。「学ぶ」ことを論じている著者自身がいちばん「学ぶ」姿勢から遠いような気がする。

     明治時代の福沢諭吉をひたすら信奉し、単なる現象や歴史的事実を精緻に分解して再構成するだけで自己満足に陥っている文章を読むと、やはり象牙の塔の中にいる学者には新しいことは生み出せないし変えられない、という落胆だけが残った。
     ハウツーを求める自己啓発君が期待してうっかり読んだら、卒倒するに違いない。

  • 今の私が置かれている状況での学びを続けるには、どういった心がけをすればよいのか。このような思いから本書を手に取った。学び続ける気概となるエンジンと燃料は、メインテナンスと補充が必要だからだ。ところが5章くらいに差し掛かった頃、読書の動機はうれしい誤算であることに気付いた。この本は、学校や大学・大学院で何らかの形で、学生を学ばせる立場にある人々が読むと有益だろう。

    第1・2章では、学びの多様性の紹介がある。震災・原発事故、『学問のすすめ』を解題してその説明がある。
    第3章では、アリストテレスによる学が整理された。第1に神・自然の理論学、第2に倫理のような人間によって変えることのできる領域:実践学、第3に日常品や思想・文学の制作学だ。

    第4章で、学ぶということを分解して説明している。第1段階は事実ないし確実とされている知識や情報を「知る」こと、記憶すること。第2段階は、知識や情報の内容を「理解する」こと。第3段階は、事実や事実の関係とさえているこうした知識や情報を「疑う」こと。この「疑う」という学びの行為には勇気の要素が入ると福沢は述べている。第4段階は、既存の知識・情報を「超える」こと。としている。

    次の一文が非常に重い。 「実存主義的に表現すれば、人間は歴史の中に「被投企的存在」ということになる。」ここから、しばし主語を人間以外の主体置き換えて法人やその他の主体に置き換えて空想してしまった。

    「自らのこれまでの目線を再検討したり、新しい現実に目を向けなければならない」と気持ちを引き締めた。著者もこれを鬱陶しい、不愉快と話している。目をそむけたくなる所に問題の所在があるということだろう。

    また、173頁の次の文のように短絡的に考えることを戒めている。
    「ピーター・ドラッカーに「マネジメントはリベラルアーツである」という言葉あるそうであるが、出来合いの知識を振り回すことから新しい展開が開けるはずがなく、知の奥行きの深さを謙虚に見つめ、継続的に「学ぶ」精神が必要になる。」やはり良薬は口に苦し。だ。

  • 自己啓発
    思索

  • 2016/04/12

  • "この本は、まず著者と同じ土俵にのぼることから始めたくなる。学ぶことを著者の切り口でトコトン突き詰めている。現代社会のありようから、古典「学問のすすめ」からと思考を深めていく。明治から現代にいたる時代背景的な洞察にも気を配ってほしかった面もあるが、まだ自分自身は著者とレベル感があっていないと感じているので、恐れ多い発言だと理解している。
    いづれ、読書経験を積み、著者の読んだ本を理解し得たら、また本書を読みなおしたい。"

  • 福沢諭吉の智徳論、アリストテレスの分類論、学びの4段階、と様々な切り口を提示したのはよかったが、その後のプラトンやらヘーゲルあたりから議論が発散しはじめて、論理実証主義批判へと展開していくものの、書籍全体としての論旨のつながりが悪く、思いつくままにアレコレ書いただけで、最後に得意の政治論で強引に収束させたという印象。歴史に関しても教訓主義を肯定しているのか?否定しているのか?よくわからなかった。エッセイだから仕方ないのかもしれない。ただし、出来不出来にバラツキはあるものの個々の章毎にはそれなりにまとまっているので、章毎に別物として読めばそれなりの価値はあり、示唆に富む内容ではあるし、「学」に関して考えるキッカケにはなる。

  • 福沢諭吉と諸哲学を下地に学ぶことについで議論している。初読では難解なため挫折。

  • 難解すぎて挫折

  • 学校で学び、読書を通じて学び、失敗や様々な経験から学ぶ。人が生きていく上で、「学ぶ」ことは切り離せないものなのだということがまず理解できた。それから、学びには段階があるということ。知り、理解し、疑い、超えるという段階があるという。
    印象的だったのは、「学ぶ」ことは、出来合いではなく、各人が手作りで形成していくものだといった意味の文章。どんな本を読むか、どんな経験をするか、どんな人とつきあうか等々、様々な要因が相互に織りなしてその人の学びは総合的に形成されていくのだなと思った次第であります。

  •  ここで大事なことは、「学ぶ」という行いには、「想定」の枠内での積み上げ的な「学び」だけを意味するわけではなく、その枠を超える「学び」の能力も含まれているということである。つまり、それまでの「想定」やその枠内での「学び」を外から眺め、突き放して観察するという知的な行為がそれである。これは自らがこれまで行ってきたことを乗り越える人間の能力といってよいが、これによってマンネリ化しがちな「学び」は「学び続ける」という能動的な知的な行為へと転換していく。(p.29)

    「超える」=「学ぶ」という行為には、これまでの社会や人生のあり方に対する極めて激しい批判や断絶感が必ず含まれている。よく知られているように、イエス・キリストはユダヤ教徒からすれば単に新しい教説を唱えただけではなく、およそ理解不可能な形で救世主の概念を転換した。プラトンは「すべてのポリス」がどうしようもない状態にあるという認識を踏まえて、ソクラテスの哲学を基盤に置いた新たなポリスと人生を構想した。マキアヴェッリに見られたのは、これまでの支配者たちがいかにだらしなく、無能であるかについての激しい批判であり、「新しい君主」についての彼の構想はこの現状を打破するための構想であった。(p.99)

    それとともに、実践における目的をも問い直し、「適切さ」を執拗に求めて技能・技法を試し、洗練させるというもう一つの専門家イメージがここに出てくる。この後者を単なる専門家(スペシャリスト)と区別して、プロフェッショナルと呼ぶことにしたい。実践の世界はつねに変動要因に見舞われ、不断の目配りと新たな実践が求められる。そこでは解決は決して絶対的・究極的なものではない。それは人間の営みの然らしむるところであり、つねに「より適切な」解決を求める不断の活動が行われることを前提に、ある種の謙虚さを持ちながら、しかし「適切さ」のために闘い続けるのがプロフェッショナルの魂というべきものである。
    それは、実践の社会的責任への問いとつながっている。それぞれの拠点から出発しつつ、どのような実践が社会的責任に応えたものになるのかが、実質的に問われることになる。プロフェッショナルは「天職」と訳されるが、それは経済的な打算を行動基準としないだけではなく、当然広い意味での公共性を視野に入れた発想を持つことを内包せざるを得ない。言い換えれば、自分の個人的利益になるかどうか、目の前の利害関係者などの役に立つかどうかといった狭い了見以上の視線を持つべきだということになる。こうした見地が社会的に共有されることによって、権力や利益に対する知の独立性と抵抗力が生まれる。(p.171)

    政策の重点を人間に直接向けるという方針そのものが間違っていたわけではないが、それが未来に向けての人的資源の抜本的な再構築といった形で構想されることなく、「不均衡の是正」といった形での後ろ向きのメッセージに傾斜した点が問題であった。平たく言えば、これでは「困っている人を助ける」ことに政策の目線はどんどん限られてくることになろう。そしてこの世には「困っている人」は限りなく居ることは厳然たる事実である。(p.195)

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著者プロフィール

1942年、秋田県に生れる。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授、東大総長を歴任。東京大学名誉教授。専攻、政治学史。著書『プラトンと政治』『近代政治思想の誕生』『現代アメリカの保守主義』など。

「2014年 『情念の政治経済学 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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