零戦パイロットからの遺言 原田要が空から見た戦争 (世の中への扉)

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  • 講談社 (2016年9月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (194ページ) / ISBN・EAN: 9784062870221

作品紹介・あらすじ

2016年5月3日、憲法記念日に永眠した元零戦パイロットの原田要さん。過去の大戦で三度、命を失いかけながら生き残った原田氏は、講演で「私は戦争を憎む」と伝えてきました。「最後に若い世代に」と、原田さんが命がけで振り絞ったラストインタビューをまとめたのが本書です。安全保障関連法が成立し、平和憲法の改正が現実のものとして語られる今だからこそ、口先の「反戦」ではなく、むき出しの戦争を届けます。


はじめに

原田要さんが太平洋戦争中に出撃した戦闘地域

【第一章 やんちゃだった子ども時代】
日露戦争に従軍した人たちの話/祖父に連れていかれた飛行機見物/名門・長野中学校から海軍志望

【第二章 大空へのあこがれ】
うんざりした体罰/「やっぱりパイロットになりたい」/パイロットをあきらめた瞬間/操縦練習生をトップで卒業

【第三章 最初に向かった戦場】
爆弾の真下にいる見えない人々/アメリカの民間船舶を爆撃

【第四章 開戦のきっかけ~真珠湾攻撃~】
零戦に恋をした/飛べ! 宇宙まで/ひそやかな出航/「なぜ、自分が外されるのですか!」/味方を見殺しにする戦争

【第五章 アジア南方での戦い】
セイロン島での空中戦/敵のパイロットの表情を見て……/死を覚悟して思い浮かべた母の顔

【第六章 ミッドウェー海戦で見えた敗北】
居酒屋の女将さんまで知っている“作戦”/大ウソがまかりとおるのが戦争/修理しながら航行していた空母/爆弾か? 魚雷か? 命令が二転三転/燃え上がった飛龍/波間から聞こえてくる叫び声/戦争ほどむごたらしいものはない

【第七章 「海軍機の墓場」ガダルカナルからの脱出】
パイロットたちが軟禁された理由/真っ赤に染まった操縦席/船内にあった煙草と乾パン/飢えて死んでいく兵士たち/「私は捕虜じゃないのか?」/歴史を正しく伝えてほしい

【第八章 敗色濃厚な日本で】
教え子は「海軍特攻隊第一号」/グライダーで台湾上陸作戦/飛行機で死ぬか、海中で死ぬか/松の木の油を燃料に/北の地で受けた敵機来襲

【第九章 終戦から始まった苦悩】
殺伐とした部隊に流れた歌声/冷たくなった国民の目/「負けたのは人じゃない、日本という国なんだ」/繰り返し見た悪夢

【第十章 終わらない戦争】
未来を生きる子どもたちのために/撃墜した“敵”との再会/イギリスではたした、園児たちとの約束/あまりにも小さく、穏やかなミッドウェー

おわりに

みんなの感想まとめ

戦争の悲劇とその影響を深く考察する本書は、元零戦パイロットの原田要さんの貴重な体験談と遺言を通じて、戦争の実態を伝えます。原田さんは、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦、ガダルカナル島での激闘を経て、三度命...

感想・レビュー・書評

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  • 太平洋戦争において、真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、そしてガダルカナル島攻防戦に参戦し、三度命を失いながらも生き残った原田さん。

    戦後原田さんは公職追放を受けて要職に就けず農業をされていたそうです。その後浅川地区の人々によって自治会長になり幼稚園を設立されます。

    五十年もの時を経て、死なせてしまったと思っていた敵兵と奇跡の再開をしたそうです。

  • 小学高学年に向けた零戦パイロットの戦争実体験の語り部の内容を、記者の半田滋さんの手でとても読みやすくまとめられている。真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島から運良く生還された原田要さんが、そこで何を見て何を感じてきたのか。とても説得力があり、大事な本だと思う。

    >「おわりに」より
    「私は専門の教育は受けていないし、政治の専門家でもないから、憲法のことや安全保障の話はしません」と断りながら、話を聞かせてくれました。憲法や法律の話はしなくても、原田さんの体験を聞くだけで十分でした。二度と戦争をしてはいけないと理解することができましたし、こうして原田さんの言いたかったことを、代わりにみなさんにお伝えすることができたからです。

    >43pより
    みなさん、意外に思うかもしれませんが、このとき私には、戦争をしているという実感はありませんでした。先ほども言いましたとおり、飛行機からは敵の顔が見えないことが、最大の理由でした。

    >76pより
    敵の機体と百メートルほどの距離まで近づいたときです。見ると、敵のパイロットが振り返って、「もうやめてくれ」という表情を浮かべていたのです。(中略)「罪も、憎しみも何もない相手を、しかも、国は違っていても同じ人間を、それでも殺さなければならない。それが戦争なんだ」初めて、その事実が胸に突き刺さった瞬間でした。

    >127pより
    みなさん、「いじめはいけない」とか「命は大切だ」といったことを、頭では理解していると思います。しかし、「いじめが完全になくなった」というニュースは聞いたことがありません。いまの私の質問に対して、「見て見ぬふりしているのは、自分だけじゃない。みんなやっていることだ」と答えるかもしれませんね。そうであれば、それは太平洋戦争のころの日本人と、みなさんと、あまり変わりないように思えます。あの頃の日本人はみんな、「戦争で死ぬことは残酷だ、嫌だ」と頭で理解しながらも、「お国のために、よく死んで行った」と、まるで死ぬことを喜んでいるかのような気持ちにすり替え、「戦争なんていますぐ終わればいい」と思いながら、だれもそれを口にすることなく戦争を続けていたのです。

    >172p
    「私は戦争中に人殺しをしてきた人間だよ。子どもの教育に携わるなんて、とんでもない。ふさわしくないよ」そう言って断ったのですが、妻はゆずりませんでした。「だからこそです。そんなあなただから、これからは人を育てることを使命に生きていけるはずです」
    (中略)
    >180p
    「園長先生はイギリスに行ってきます。昔、けんかしたおじさんと仲直りをするためです。私は彼に「けんかは悪いことです。二度としないようにしようね。ごめんなさい」と言って、握手してくるつもりです。そして「戦争は、絶対にしません」と約束してきます」と話しかけました。

    >109p
    戦争では、相手を殺さなければ、自分が殺されるという、極限の瞬間が訪れるから敵を攻撃しますが、それが終わった後に来るのは、辛さなんです」
    (中略)私は「戦争反対」だとか、「戦争は嫌だ」とか、そんな生やさしい言葉で、戦争を伝えたり、言い表したりはしません。
    「戦争ほど憎いものはない」
    そう実感したのです。いまも戦争を憎んでいます。

    >134p
    こうして話している私も、戦争のことを思い出すのは、本当に辛いです。辛く、苦しいけれども、百歳になろうとしているいま、記憶がしっかりしているうちに、戦争の話を次の世代に引き継ぎたいのです。
    私は歴史を正しくありのままに伝えるのが教育だと思います。そのときどきの政治家や権力者といった人たちによって、歪められた歴史が伝えられ、その結果、若い人たちが自分の国の歴史に不信感を持つケースが増えています。
    私は、この本を通じて、みなさんのような若い人たちに正しく歴史を伝えたい。講演で戦争のことを語り継ぐようになった原点も同じです。間違いを間違いとして伝えなければ、人は何度でも間違いをおかします。

  • 貸出状況はこちらから確認してください↓
    https://libopac.kamakura-u.ac.jp/webopac/BB00284450

  • コルクが記載済み(元アカ)

  • 零戦パイロットとして、激戦地を転戦した原田要さんの体験談と遺言。
    自分は人を撃ったという辛い内容を真摯に語られる。
    なぜパイロットになったか、どのような訓練をして、どのように戦ってきたか。
    軍や国の行ったこと、国民の様子、敵国の人々。
    戦後も繰り返し見る悪夢、懺悔。

    原田さんは戦争を憎んでいる。
    「若い人々が、戦争をしないという結論に辿り着いてほしい。」

    戦時中も今も、国の気質は変わってないような…。そんなこと無いとイイナ!
    これからの国々や世界を動かす若い人々が、歴史を学び、自身で頼もしい人柄を育てて、本当のかしこい大人になっていってほしい。

  • 私は講演で「戦争が嫌い」とか「戦争反対といった言い方をしません。そんな生やさしい言葉では言い表せないので、いつも私はこう訴えています。「私は戦争を憎む」と。(第十章より)
    本書のインタビューに答えた原田要さんは軍人に憧れ、自ら望んで海軍に入り「零戦という戦闘機に乗ることになりました。。パイロットになった当初、原田さんは敵機を撃ち落としたり、地上に爆弾を落とすことについてなんのためらいもなかったと話します。敵機に乗っている人にも、家族や友人や愛する人がいることや、落とされた爆弾の下にいるそんな人たちがもがき苦しむことを想像していなかったからだと。ところが、仲間の命を見捨ててでも作戦を遂行しようとする軍のやり方に次第に疑問を持つようになり、自分自身何度も死線をさまようになって、その愚かさに気がついていったといいます。「最後の零戦パイロット」が自らの体験をもとに「戦争とは何か」を語った一冊。

  • 太平洋戦争で戦った、パイロット原田要さんの一生。

    50歳を過ぎてから幼稚園を立ち上げたのは、奥さんからの後押しがあったから。
    「これからは人を育てることを使命に生きていけるはずです」

  • 「戦争が憎い」と訴え続けた元零戦パイロット原田要さんのラストインタビュー。自ら海軍に志願し優秀な成績で零戦パイロットとなった原田さんは、数々の戦闘で多くの敵機を撃ち落としてきたが、三度も命を失いかけた。

    真珠湾攻撃とミッドウェー海戦では、軍艦「蒼龍」から零戦を発着させていた。しかし、ミッドウェーで蒼龍が沈めらた時、帰る空母がないので「飛龍」に着艦したそうだ。原田さんが操縦していた零戦は使い物にならなくなっており、整備兵が海に落として、一機だけ残っていた零戦に再び搭乗して飛び立った瞬間に飛龍も着弾して火を吹いた。(もしかしたらこの時の整備兵は瀧本邦慶さんだった可能性はないだろうか。今度お会いした時に聞いてみよう。)

    原田さんはその後、鹿児島の鹿屋で軟禁される。ミッドウェー海戦に大敗した事実が広まらないようにである。(そのあたりは呉の病院に軟禁された瀧本さんとまったく同じである。)そして原田さんは軍艦「飛鷹」に乗ってガダルカナルに行くが重傷を負って呉の海軍病院に運ばれる。(ここでも瀧本さんとニアミスしている。)

    鳥肌がたったエピソードのひとつを書く。原田さんが敵機を追い込み100mほど接近した時に、相手は振り向いて、もう追いかけるな、助けてくれというような素振りをしたそうだ。敵機はやがて田んぼに突っ込んだが、原田さんはとどめをさすのを諦めて帰還したのだが…2001年にその人とイギリスで再会を果たしている。「戦争で生き残ったものがいるなら互いに許し合うべきだ」という二人の思いが通じ合ったそうだ。

    原田さんが零戦パイロットになった当初は、自分が敵機を撃ち落としたり、地上に爆弾を落とすことについてはなんのためらいもなかったそうだ。その先を想像していなかったからだ。敵機に乗っている人にも家族や友人や愛する人がいることや、落とされた爆弾の下にいるそんな人たちがもがき苦しむことを。ひとりでも多くの敵を殺すことが自分の使命だと思っていた。ところが、仲間の命を見捨ててでも作戦を遂行しようとする軍のやり方に次第に疑問を持つようになり、自分自身も何度も死線をさまようになって、その愚かさに気がついていった。

    原田さんは、瀧本さんとまるっきり同じことを言っている。兵士が死んで行く時に「天皇陛下、万歳」などという台詞は聞いたことがないと。みんな「おっかさん」と言って死んでいくそうだ。知り合いの子どもに戦闘機に乗りたくて自衛隊に入隊した人がいる。そんな人たちに読ませたい本だ。この本は小中学生でも読めるように活字が大きくルビもふられているので、多くの子どもたちに読まれることを願う。原田さんは昨年の憲法記念日の日に99歳で鬼籍に入られている。

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著者プロフィール

1955年生まれ。防衛ジャーナリスト、獨協大学非常勤講師、海上保安庁政策アドバイザー。元東京新聞論説兼編集委員。元法政大学兼任講師。1992年より防衛庁(省)取材を担当。2007年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。

「2025年 『パラレル 憲法から離れる安保政策』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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