日本を降りる若者たち

  • 講談社 (2007年11月1日発売)
3.27
  • (12)
  • (36)
  • (89)
  • (14)
  • (2)
本棚登録 : 430
感想 : 60
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062879170

みんなの感想まとめ

多様な理由から日本を離れる人々の姿を描いた本作は、失業や貧困、格差社会に対する葛藤を通じて、自己を見つめ直す旅を提案します。特に印象的な第一章では、東京生まれの主人公がタイでの生活を選び、組織に疑問を...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 失業、貧困、格差社会に我慢して収まっているより、正直ではないだろうか。

    いわゆる海外に渡って成功した人のサクセスストーリーではない。
    日本の不均衡きわまりない世界から抜けて、「私」自身として生きるひとの姿。


    私も一度カオサンで暮らしてみようかと思ってしまった。

  • 私は「社会人とは〜あるべきだ、仕事を第一にしなければならない。仕事にやり甲斐を求めよ」というものが面倒だと思う人間なので、気が付いたら自然と手にとってた。

    タイトルにあるような若者のみを取り扱っている書物ではなかった。様々な理由から「日本」というステージを降りる、幅広い年代の人々の事が書かれていた。

    俗に言う「バックパッカーの外ごもり」から移住、老後を海外に求める人まで、多種多様。その中でも共通点を挙げるとすれば「東京には帰りたくない。」という部分だろう。

    特に第一章は印象的だった。東京生まれ、東京育ち、就職も東京という人生を送って来た人がタイで暮らし始め、現在に至るまでを書いていた。会社という組織に疑問を感じ、日本を飛び出し、日本に帰る時も、かつて暮らしていた東京ではなく、この章の主人公の母親の実家である愛知に帰り、再びタイに旅立つという事を繰り返す。「マイペンライ(現地の言葉で何とかなるという意味)」を合言葉に。
    もちろん、日本の方が給料は良いしインフラも整っているし、何よりも安全だ。それよりもタイを選ぶという姿に、バックパッカーとして旅をしていた頃の私と何か重なる部分がある気がした。そして、「何とかなる」という余裕を、私はいつの間にかどっかにやってしまったとも気付いた。
    この本を読んで、バックパッカーをしてた頃の考えとかを思い出せたので、もっと原点に立ち返りたいと思う。

  • 日本で短期間働き、その資金でアジアに数ヶ月滞在する。毎日何もしない。ただ寝て食べて飲んで喋る。そんな“外こもり”の舞台としてのタイ。
    お金はない。でも働きたくない。そんな存在が許される、優しい場所。
    彼らがタイを選ぶきっかけの多くは、日本暮らし時代の旅行なのだそう。気をつけないと、ね。

  • 「外こもり」という言葉をこの本で知りました。

    日本で短期バイトで稼ぐだけ稼いで、金が溜まったらタイ・バンコクのカオサンへ行く…の繰り返し、でも日本で適応できないのなら一つの方法としてはアリなのかな?

    でも基本的に安いから行くだけなんだよね?物価が高ければバンコクに集まらないでしょう。

    現地でタイ語を学んで、そこから正社員になった人もいる。

    必死こいている人だけが生き残っているんじゃないかなぁ…外国だろうと日本だろうと…。

  • そうかこういう生き方があるのか。うらやましくはないけれども、そういう場所があるということで、どこかでホッとさせられる部分がある。

    だが彼らの存在は、結局のところ、日本の豊かさとアジアの貧しさの上に成り立っているということも事実だ。日本で1~2ヶ月働けば、タイでは1年の残りの期間、いくら貧しいとはいっても何もせずに暮らせてしまうという事実がそれを物語る。彼等は日本人であることの特権を生かして日本で働き(アジア人の日本での就労は非常に困難だ)、そうやって金を貯め、高額の航空運賃を払ってやってくる。そうやってあとは閉じこもって暮らす。まあ、いい気なものではある。

    いい気なものではあるけれども、しかし考えてみると、いつの時代にも、かれらのような人々はいたのではないかと思う。
    かれらはある意味、現代の隠者であって、隠れ住む場所が国内の山川でなくて、アジアの他の国であるだけなのではないか。
    中国では古くは陶淵明みたいな人がいたし、日本でも西行のような人々がいた。その詩や歌によって後世に名を残し、その生き方が清貧で高尚なものというようなイメージで語られているけれども、実際の生活の現場ではそういうわけにはいかなかっただろう。近くで眺めてみると、この本に描かれている人々のように、貧しくてぐうたらで不潔でケチケチといったこともあっただろう。文筆の才がかれらほど恵まれなかったために名前は残っていないが、同じような生活を送った人々がたくさんいたに違いない。
    そういう世捨て人的なライフスタイルというのは、アジアでは、昔からどの時代にもあったのではないか。いや、アジアばかりではなく、当時の支配的社会制度に適合できず、そこから抜け出して暮らす人々は、どの時代どこの地域にもあったのではないかと思う。

    だからといって彼らの生活がどうだという気はない。良くもないけれども、別に悪くもないのではないか。問題視するにはあたらない。要は、そういう場所があり、そういう人々がいるということである。

    タイという国には、昔、首都のバンコクに立ち寄ったことがあるが、なんだか猛々しい国民性だという印象を持った。この本を読むと、どうやらそうでもないらしい。著者は、なんとか楽をしたいと思って生きている人々、本当に怠惰な民族だといっている。だからこそ、世捨て人的な日本人が周囲と違和感なく暮らせるようなのだ。
    次のような話がタイの職場ではあたりまえだと聞くと、それもそうかなと思えてくる。
    「ある会社で、子供もいるタイ人の40代男性が10年近く働いていたが、ある日突然姿を見せなくなった。上司が連絡を取ると、ひとこと、「飽きた」という返事だった。それを聞いた上司や社員は皆、「飽きたんならしょうがない」と納得してしまった。」(p103 第5章 なんとかなるさ)

    日本では考えられない話だが、しかしこういう世界はたしかに貴重だ。
    いまのところ、そういうところで働こうとは思わないが。

  • 外ごもりについて知りたくて読書。

    アジアなどのルポタージュ記事で大好きな作家の1人。タイは、物価のマジックで日本と差がある。凍え死ぬことはない。ビザが取得しやすい(延長も含め)。治安はそこそこいい。そして何より日本人に優しい。だからバンコクで外ごもりという現象が起こるだと思う。

    物価が安いだけなら中国も候補地に入るだろうけど、中国でロングステイする日本人は配偶者が中国人の人を除ければ、かなり少なくモノ好き扱いされるレベルかとと思われる。物価以外の要素が興味深い。

    本書発売の頃、バンコクで外もごりしている日本人が日本人を殺害するという事件も発生した記憶がある。

    それにしても色々な人がいて、十人十色な物語がある。同時に、読み進めていて何だかそうなりかけている自分に氣が付き、背筋が少しゾゾッと。

    2月に久しぶりにゲストハウスへ宿泊して、人間は会話や人との接点を求めて集まってくるって点は実感。昨年、久しぶりにカオサンを訪れたが、改めてゲストハウス街を覗いてみたくなった。

    読書時間:約1時間25分

    本書はバンコクのエリートサンブックスで購入しています。

  • 本当の豊かさとは何だろう。
    少なくとも、親しい友人は労働、地位や名誉とは違った部分を大切にする生き方を求めている人が多い。
    それが世代の意思かどうかは分からないけれど、それを確かめたり、あるいは獲得していくためにも何かアクションを起こさなければ、今のまま流れていくという意識や危機感はある。そもそも、今多くの人が求めてる幸福やそれを支える発展とは何なんだろう。

    ふと、リオ会議でのムヒカ大統領(ウルグアイ)のスピーチを思い出した。

    「私の言っていることはとてもシンプルなものですよ。発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。」




    以下本書引用

    「フリーターとかニートといった言葉は、少子化問題や年金破綻といった社会福祉を支える枠組みの維持という、政策的な意図のなかで表面化してきた言葉にすぎない面があったように思う。」

    「日本で生きていくことはつらいのかもしれないが、日本人であることを捨てることまではできないからだ。」

    「結局、日本人は『頑張る』という言葉を巡って人生が展開される、そうも思える。いや、日本人というより、資本主義の世の中では、どこも同じなのかもしれない。外こもりとラングナムの比較から見えてくるのは、突き詰めると、近代がどういう時代であったか、そして、近代資本主義がもたらした豊かさに対する問いかけなのかもしれない。」

  • タイを舞台に、日本人の若者や定年を迎えて老後を過ごすために渡った人達を描いた本書。ここで初めて「外こもり」という言葉を知りました。日本で自分自身を見失った人が行きつき、そしてタイのどこか漫然とした空気とたぶん自分を許してくれるような空気にいつく若者。私はこの本を読んで、この本に出てくる人達の将来や未来が怖いと思いました。確かに日本で働いているとどうしても自分自身の価値に疑問が出てくる事はあります。でも、そこで折り合いをつけるのも自分。結局外こもりしても折り合いは自分でつけなきゃいけないのに、どこかそれを拒否しているように感じで不安になってしまいました。私自身がこの本に出てくる人達に出会うわけではないのに…。でも、読後はどこかタイの土地が気になる自分もいるわけで。ただ、この本で良かったのは、最後に付章としてタイで新たな自分を見つけて頑張る人がいる事が知れた事がどこかほっとさせてくれました。日本で暮らせず、海外へ逃れていく人々は、本当は日本が抱えている社会の闇の大きな問題と思います。そんな中の一員として、私もどう生きて、どうモチベーションを保つのか…折れない心を持ちたいと思いました。

  • 引きこもりのように仕事もせずタイにひっそりと生きる「外こもり」、それぞれのエピソードに20代の時の自分が重なる部分が多く、興味深かった。
    ある程度お金貯めてアジアを長期間旅しようかな…って考えてたな。。

  • 「外こもり」、一見矛盾した言葉のようで正に言い得て妙。日本の居心地が悪くなったのか、はたまた日本人が弱くなったのか。日本は依然として世界有数の暮らしやすい国だと、個人的には思う。外こもりが増えたのではなく、昔から一定数いた「馴染めない人々」のExit方法が増えたと見るのが妥当なのだろう。

  • 自分自身、バックパッカーでいろんなところを旅して、実際にこうやって暮らしているであろう人たちもたくさん見てきたし、行きなれたバンコクの地名もたくさん出てくるので懐かしく楽しく読むことができた。もちろん自分もこのような身の落とし方をしてしまう可能性もあったわけだけど、結局踏みとどまっていられた理由は何かな、と思うと明確にはわからない。でも、決して幸せそうには見えなかったから、だったら少しは日本で頑張ってみてから考えてもいいんじゃないか、ということかなぁと。
    いろいろ考えさせられるところはあったけど、日本の経済システムから考えるとこういう人達が増えるのはあまりよい傾向ではないのだろう。とはいえ、処方箋も見つかりづらいので全体的に重苦しく終わってしまうのだろうな。

  • 物価の安いアジアに生活の拠点を移した人を追ったルポ。
    この手のジャンルは大好物で、よくまとまってるとは思いますがどうにも話が浅いのと、彼らを「かわいそうな人」と思っていることがビンビン伝わってくる書きぶりはいかがなものかと。
    彼らが自分でそう言っているのなら構わないですが、作者の私見を断定的に書かれても。

  • この本はタイトル通り旅行の本の類などではなく、様々な理由があり海外(特にここではタイのバンコク)に来ている人たちについて書かれています。
    毎日だらだらしているだけの外こもりの人間と、そうでなく現地で資格をとり仕事をしている人たちとを比較しながら書かれています。
    下川さんの文章って悪く言えばおもしろ味がなく淡々としているけど言いたいことや問題が端的に表されてると思います。
    またバックパッカーになりたいなぁ。

  • 少し昔、「外こもり」という言葉があった。日本でお金をためて海外でぼやっと過ごし、お金が無くなるとまたの話日本に戻ってきて短期労働をするというライフスタイルの人達の事だ。短期労働の職を得るのも大変な時代になってしまった今、彼等はどうしているだろうか?私もあの時海外で就職するといった選択肢もあったよなと、懐かしく思う。
    老後タイで過ごすというのはよい選択肢かもしれない。

  • 興味深い。

    日本というステージを降りて、バンコクのカオサンに長期滞在している「外こもり」の人たちの本。

    リフレッシュやリセットするために海外へ・・・という考えは誰でも思うところ。

    でも日本がイヤになり余りにもラクすぎて「サバーイ、サバーイ」と日本に帰れなくなってしまう人がたくさん存在するんだと初めて知りました。

    この本には、外こもりの根源である日本社会への警鐘も、それに適応できない人への押し付けがましい同情もない。
    淡々と描かれているその現状は、うーん、ちょっと苦い。暗い。

    こんな世界もあるんだと考えさせられます。

    もちろんタイでしっかり働いている人もいるからあくまで一部(それでも結構たくさん)の人たちだけど。


    こんな時代だからこそ、「そんなの関係ねぇ」と笑い飛ばせる人って、逞しいと思うよ。

  • 若者に限らず、日本での生活に疲れて
    タイなど海外を拠点に暮らす人がかなり多い、ということを伝えている本。
    著者はこの手の人間を突き放した眼で見ている。

    本書で描かれているタイでの滞在生活は、
    アジアに抵抗がなく疲れた日本人であれば、
    多くの人が共感するだろう。

    ただし、タイといえど永遠の楽園ではないし、
    日本に「出稼ぎ」して短期的に稼ぐ、という生活が
    いつまでできるかわからない。
    そして暮らすため働かなければいけない。どの土地であれ、
    意思を持ってがんばる人と考えることを避けている人の間には、
    何年もの間で差がついてしまう。
    タイにとっても、滞在者に対する対応は少しずつ変わってきているようだ。

    小野真由美氏による追章では、
    タイでエネルギッシュにがんばる人間をレポートしている。
    ここで描かれている人たちは、
    日本を離れて生き生きとしているように描かれる。
    みんながこうなればよいのだが、海外でがんばる日本人が増えれば、
    それだけカオサン通りでまどろむ日本人たちが、
    現実を突きつけられ憂鬱になり、さらにこもりがちになるのかもしれない。

    結局、どこに行こうとも現実はついてまわる。
    個人的には、外こもりには大いに共感し、若干の憧れもあるのだけれど……。

  • この前読んだ、『流学日記』とは真逆の、海外で無為に過ごす若者を描いた本。

    どちらの人生を歩みたいかと言われれば、『流学日記』と言いたいところですが、この本に書かれた若者の方が、圧倒的多数だろうと思います。

    白い目で見られる日本を離れ、ポレポレな感じのタイで無為に過ごす心地よさ、というのもわかる気がします。
    やはり、我々の社会は、一度ドロップアウトした者に非常に厳しいなーと、読みながら再考させられました。

    ただ、毎日あくせく働いていると、こういう若者がどこかうらやましい気もします。
    そして、こういうことができる日々も、もう来ないのではないかと・・・。

  • バンコクには「外こもり」をしている若者が多い、ということが書いてあるが、僕自身はそれらしい人に会ったことはない、あるいは、会っているのかもしれないけれども、意識したことはない。
    僕のような企業の駐在員と、それらの若者の生活パターンや居住場所が異なるということなのだろう。
    日本からの駐在員という形ではなく、こちらで直接就職して働いている人は、何人か知っている。全体としては、これは相当の数にのぼるのだろうな、と思う。頑張っているな、って思える人たちだ。

  • 日本でお金を稼いで、お金がなくなるまで物価の安い海外で生活する「外ごもり」を取り上げた本。

    自分の周囲にはいないような人が多く取り上げられていて知見を広げられた。

    経済成長を基盤にした終身雇用や年功序列型の雇用制度が崩壊した世の中で新しい生き方が求められている。

    外ごもりもそんな新しい生き方の一つだろう。

    自分の価値観を磨ける本だと思う。

  • あくまでも旅の途中である「沈没」とは一線を画する「外こもり」というスタイル。現代日本から「難民」。ネカフェより安い居場所としてのカオサン。日本という舞台から降りることで生きていけることと,日本人であることは辞められないこと。ヒト・モノ・カネのうち,最も流動性が低いのがヒトだが,それも徐々に変わりつつあるのだろう。さて,自分はこれからどこへ行こうか。

全55件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1954年(昭和29)長野県生まれ。ノンフィクション、旅行作家。慶応義塾大学卒業後、新聞社勤務を経てフリーに。『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)でデビューし、以後、アジアを主なフィールドにバックパッカースタイルで旅を続け、次々と著作を発表している。『週末ちょっとディープな台湾旅』『週末ちょっとディープなタイ旅』(朝日新聞出版)、『旅がグンと楽になる7つの極意』(産業編集センター)、『沖縄の離島 路線バスの旅』(双葉社)など著書多数。

「2023年 『旅する桃源郷』 で使われていた紹介文から引用しています。」

下川裕治の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×