なぜ日本人は学ばなくなったのか (講談社現代新書)

  • 講談社 (2008年5月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784062879439

作品紹介・あらすじ

近年、数字に顕著に現れている日本の若者の学力低下、読書量の不足、意欲の衰退──。 萎縮する人間から「できる」大人になるための、必要な条件を提案する。力強い「教育力」を取り戻す!

みんなの感想まとめ

現代の日本人、特に若者が学びへの意欲を失いつつあることがテーマとなっている。インターネットの普及により、簡単に情報を得られる一方で、自発的な学びの姿勢が薄れ、快適な環境を求める傾向が強まっているという...

感想・レビュー・書評

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  • かつての日本人と比較し、現代の日本人特に若者は向上心、何かに対するリスペクトがなくなり、自発的に学ぶ姿勢が失われ、自分にとって快適な空間、情報にだけアクセスしようとする傾向に筆者は強い危機感を持っている。
    この原因の1つにインターネットの普及によって、誰もが簡単に自分が欲しい情報にアクセスし、知識を得ることができるようになったことが挙げられる。

    わたしは日本の高校生が海外の高校生に比べて向上心や出世欲、チャレンジ精神が低く、安定を求める傾向があるというデータが気になった。
    生き方の選択肢が増え、自由や多様性が尊重される時代、なんで日本人は安定を求めるんだろう?

    誰かがやっているから自分もやろう、自分だけ浮かないように周りを意識して、周りに合わせよう、人と違う道を進むのは怖いという日本人的な思考が影響?
    プラスそもそも自分が何をやりたいのか分からないという人、夢や目標がない人が増えているような気がする。

    筆者も言っていたように学ぶ機会が昔に比べて少なくなった(読書や先輩社員との飲みなど学ぶ機会を自分で作ろうとする人が減った)こと、物質的、経済的に昔に比べて豊かになり、そんなにガツガツ生きなくてもそれなりに生きていれば不便がないくらいの生活ができるようになったことが背景にあると思った。

    何かを学ぶことは自分の成長であると同時に、誰かの幸せにもつながる。
    やらなくてもなんとかなるけどやったほうが自分のためになるなら例えめんどくさくてもやってみる。自発的に取り入れた知識や経験にこそ価値があると思うし、そうやって得た知識や経験を誰かのために役立てられる大人になりたいと思った。

     

  • 学ぶことへの意欲が減ってきているのは、本当にそう思う。

    子どもたちを見ていると塾に通っていたとしても
    "やらされている"感が満載である。

    読書量がどれほど大切か。
    これが分かるのは読書をしている人だけであって、本に触れていない人は一生気付かない。

    知らないことを知った時、無関心でいる怖さ。
    自分には関係ないと思ってしまう人は自分を含め、たくさんいるんだろうなと思った。

    自分のためだけではなく、"人のために"行動できる人は素敵だなぁ。

  • 主張したいことは分かるが従来からの変化を感覚値で報告しているのみであり、「なぜ~のか」を裏付ける社会構造や社会心理的分析による裏付けが弱い。

    良くも悪くも講談社現代新書だなぁという書。

  • 2022/07/26
    齋藤孝さんの本面白い。ただ頭ごなしに勉強しろって言うんじゃなくて歴史も踏まえてメカニズムを解説してくれるからいい。検索万能社会についての文章が自分の核心をつかれてるようでドキっとした、、よし、本を読もうと思った

    モンスターペアレントとそういう人の他人に対する敬意の無さってつながりがあるというのが、なんか自分に身に覚えがありすぎてウッ…となった、、

  • 思想家、文学者への憧れ、リスペクトが書へと向かわせた。知的なもののステータスが高かった我々の時代。
    偏差値偏重と批判の大きかった時代だが、知の怪物たちと向かい合い何とか理解しようと対峙した。
    今の時代にこれを取り戻そうとしたら初等教育からだと思う。古典にふれ、学ぶ楽しさを味わう必要がある。大人ががんばろう。

  •  教養がいかに大切かが分かった。夏目漱石や、著名人が出てきても、名前は聞いたことがあるで終わってしまう。教養を身につけなくては不味いと思わせてくれる本である。

  • 明治大学文学部教授の著者が、今の世の中、学習をしない若者達へのメッセージ。もっと、みんなで考えてみよう!というメッセージ。

  • まあ、そんなものだけど、
    そういうテーマに挑んだところがいいね。

    資格を獲るだけが勉強になってる。
    バカバカしい限りだ。

    勉強って、自分を信じられるようになるために、
    するんだけどね。

  • 斎藤先生の熱意が伝わってくる一冊。教養の衰退は怖い

  • イヤホンから耳を離さない限り、偉大なる伝統の言葉は彼らの耳には届かない。長い間耳にあてていたイヤホンをはずしたときに、初めて気がつくのだ。自分には何も聞こえないことを。

    イヤホンで耳を塞いでいる若者たちに聞かせたい言葉である。

    そして、これが発刊されたのが2008年。当時の自分に読ませたかった。

    ただ、読了したのは2017年。今読むには、どうしても時代錯誤に感じる記述が多いのは仕方がない。ただ、この日本がかかえている構造的な問題を大人が、本当に真剣になって解決しないといけない、ということには変わりない。

  • オビに書いてあることを、そのまま。

    「勉強嫌い、読書量の不足、敬意の喪失
    萎縮する若者が「できる」大人になるために」

    この書き方は気に入らないが、では「できる」大人になるためにどうすればいいか?というと、本を読みなさい。&学ぶエネルギーの高い場所に集いなさい。だという。
    (と、読んだ。)

    中心はタイトルにあるように『なぜ学ばなくなったか』の理由付けであり、解決の一冊ではないと思う。
    まして「日本の「教育力」を取り戻す!」のは難しい。

    齋藤孝の読書への意味付けは何度も為されており、解決を期待するのならば『読書力』や『古典力』を読んだ方が面白い。

    偏差値教育にも意味があるという言を必ずしも否定はしないが、大学進学率の高さと、センター試験までもが人物重視を謳いだした現状で、偏差値という観点での結果に対するモチベーションを上げよという方が無体である。

    しかし、学ぶことは教育機関の門戸を叩くことのみに通じるものではない。
    そうした中で、読書というのは非常に意味のあることだと思うし、それは偏差値云々よりも大切な心構えであるだろう。

    結局のところ、自分に対する責任を失った子供たちに育ててきたのは大人である。
    自身への責任どころか、社会へ責任転嫁する光景さえ多々見られる。

    大人が「己に対する責任の欠如」についての自省を以て、次の子供たちに中らない限りはこの状況は変わらず侵攻していくだろう。

    学びとは、自身にとって震えるほど楽しいものである。
    それは齋藤孝の言う共有ではなく、過去や故人と対話する孤独な行為であっても楽しい。

    さて、そのことをどう「学ばせる」かを大人は考えてゆかなくてはならない。

  • 「学ぶこと」に対する「リスペクト」がなくなってしまったという指摘は納得できます。この国の未来に対する強い危機意識が、著者にこの本を書かせたのではないかと思いますが、「あとがき」で取り上げられている子どもたちの読書や学習に対する熱気を伝えるエピソードには、まだこの国には希望があるということを感じさせられます。

    ただ、大正教養主義を「リスペクト」する著者自身の好みが強く反映されていて、ドイツ哲学やロシア文学を学ぶべきだとされていますが、これには全面的には賛同できないとも感じました。もっと多くの、それこそどんな対象からでも、私たちは学ぶことができるのではないでしょうか。著者が批判的に言及している、戦後の日本が受け入れてきたアメリカの大衆文化や「ガンダム」などのサブカルチャーにも、学ぶことはたくさんあるはずだと思います。

    もちろん、そうした可能性を著者が否定しているわけではありません。「スラム・ダンク」の友情論についての本を書いたこともある著者が言いたいのは、アメリカのロックや日本のサブカルチャーにも優れたものはあり、そこから多くのことを学べるのは確かだけれども、そのことを理由にして、他の学問や文化から学ぶべきものなどないといった態度を取るのは間違いだ、ということなのかなと理解しています。

    ただ、やっぱり著者自身の「教養」観に基づいた懐古的な話が多いので、そこに抵抗を感じる読者も出てくるのは仕方がないという気がします。

  • 戦前の日本の若者が持っていた、「学ぶこと」に対する貪欲さは、やはり大事な事。そして、教養と言われるものも現代では不足していると思う。共感するところが多かった。201312

  • 日本人のアメリカ化は深刻だな。
    そして自分もその中の一人というのをかなりかんじました。 肝心なことを忘れているな。

    日本人が伝えてきた「学ぶ心の伝統」を自分も伝えていかなければならない。 まずは自分が学ぶ精神を改めてから…

  • 日本の近代教養主義の復権を願う内容です。
    『読書論』で語られていた、宗教的道徳観を養うのは難しい日本において、
    読書により様々な思想に触れる習慣が精神性に大きく影響を与えた
    というのはなるほどなぁと思いました。
    少しリンクする部分もある学びについての考察です。
    歴史的背景も交えながら日本近代の学びの在り方について考察されています。
    かつてはすべての学問として哲学・思想が基礎となっていたんですよね。
    知に対する憧れを取り戻せたら、日本の未来も変わるかも。

  • 若い時には読書をしていなかった。もっと早く本を読んでいたらよかったのにと後悔している。

    若者文化で、特に最近のヒップホップから始まりズボンを腰下までずらすファッションに?だった。
    明確な答えが有った。

    白人文化への憧れから、黒人文化への移行。黒人文化が悪い訳では無い。安定した仕事につけない不安、まずしさから黒人文化への接点がある。
    学習していないので、言葉ではなく単語のヒップホップでしか表現出来ない。

    ロックの悪影響には、胸が痛む。客観視すると確かに、カウンターで否定するアメリカ文化の悪影響だ。楽に快感を得られるロックは、有害と表現されても納得してしまう。
    アメリカ文化の大切な要素は取り入れず、楽な事しか取り込まなかった時代に自分が生きている事を知っただけでも、読書をした意味はある。

    斎藤 孝は、自分の生涯の先生になるだろう。

  • 中高生にも読めるように語尾が、ですます調になっています。また、いかにも教科書や入試に出そうな感じな文章だなという印象を受けました。しかし、書かれている内容はなかなか納得できるものでありました。学問へのリスペクトがなくなってきているという指摘。モンスターペアレントなどにみられる先生への尊敬の欠如や、少し驚いたところでは就職の際の学歴不問という募集についてもなるほどと思わされました。確かに、学歴だけでは十分な評価はできませんが、学問をある程度頑張った、もっといえば学問を身につけた人へのリスペクトがないんじゃないのかという指摘には少し考えさせられました。

  • 勉強は、明日に希望を持つためにすること!
    もっと早く出会いたかった本です。
    勉強しない大学生活を送ってしまったなあ

  • ・日本人=勤勉?
    かつては、日本人と"勤勉"は必ずセットだった
    現在では学ぶ意欲が衰退し、"おバカ"をウリにする番組も目立つ状況
    世界的に比べても、明らかに学力は下降している

    生きる力は、学ぶ意欲とともにある
    バブル経済の1980年代に日本人の学びへの意識が変わってしまった

    ・リスペクトの精神
    なぜ学ばなくなったのか、それはリスペクトの精神が失われたから

    リスペクト:
    自分より優れたものがあることを認識し、それに畏怖や畏敬の念を持つこと
    何かに敬意を感じ、あこがれ、自分自身をそこに重ね合わせていく心の習慣

    リスペクトの精神が失われ、バカでもいいじゃないか、という空気に
    開き直り社会、バカ工程社会、ノーリスペクト社会に

    ・垂直志向から水平志向の世の中へ
    かつての日本 = リスペクト社会
     教師・意思・親・先人に対する尊敬・感謝の念
     学ぶことへのリスペクト = 学びへのあこがれ

    現在の日本 = ノーリスペクト社会
     尊敬・感謝の喪失
     モンスターペアレンツ、ペイシェントの出現
     勉強嫌い、活字文化の衰退、読書離れ

    ・やさしさを重要視
    真善美を求める、正義を突き詰める、天下国家を論じる考えから、
    やさしさが価値を持つようになった

    やさしさはカウンターカルチャー
    親が子供を鍛え、社会が人を鍛え、厳しさのなかで何かを生み出す価値観、
    だれもが努力し、我慢し、作り上げてきた資本主義社会に対抗して、
    それを受け入れられない若者を中心に広がってきた

    人に対しても、自分に対してもやさしく、本当の自分を見失わない生き方を求める
    永遠に若者でいたい症候群、責任を大人として引き受ける意識が希薄になる

    ・学びをうばったアメリカ化
    戦前はアメリカよりもヨーロッパ、ロシアの影響を強くうけていたが、
    戦後はライフスタイル、思想的にもアメリカ文化に支配された
    特にロックがその普及に大きく貢献した

    アメリカの若者文化はカウンターカルチャーであり、
    無から何かを生み出すのではなく、現在あるものへ対立する考え

    伝統的な知 = ヨーロッパの古典主義への対抗
    文化、知的遺産、教養への対抗意識

    アメリカ人には1日でなれるが、フランス人には1日ではなれない
    思想的な教養が要求される敷居の高さ

    一方で、アメリカのフロンティアスピリット、インディペンデントな気概という
    文化の優れた面は取り入れられなかった

    教養主義を失い、中途半端にアメリカ化し、
    寄りかかる柱を失ってしまい、金銭至上主義へ走ってきた

    ・自己形成から自分探しへ
    自己形成
     学びの積み重ねによる自己形成
     旧制高校的教養主義
     垂直願望
      自己を掘り下げる、自己を向上させる、構築する

    自分探し 1980年代~
     自分への不安感から瞑想
     水平願望
      どこかで幸運で出会いがあり、自分が一気に変わる

  • 「教養」という言葉自体に対して、日常生活とは遠く、空論のように私ですら直感的に思ってしまうこと…これは確かにレベルが落ちているのだろうなぁ。流行の勉強会も、知への欲求というより、スキル獲得が主流に思えます。難しい(?)哲学には手が出ないとしても、大きな社会観や問題意識は持ち続けたいものです。

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著者プロフィール

明治大学文学部教授。1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒。同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。『身体感覚を取り戻す』(NHK出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(草思社)がシリーズ260万部のベストセラーになり、日本語ブームをつくった。著書累計出版部数は1000万部を超える。NHK Eテレ『にほんごであそぼ』総合指導のほか、フジテレビ「全力! 脱力タイムズ」、日本テレビ「ZIP!」など、TVコメンテーターとしても活躍中。

「2026年 『齋藤孝と生み出すあなただけの名言レッスン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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