英語と日本語のあいだ (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2011年1月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784062880862

作品紹介・あらすじ

文法・訳読はほんとうに時代遅れか。「英語の授業は英語で」で、何が起きるか。英語を読む力よりも、話す力が求められる、昨今のコミュニケーション偏重の風潮に疑義を呈し、日本人は英語とどう向き合うべきかを根本から問い直す。「英語の授業は英語で行う」。文法訳読の授業はいらない――。そんな新指導要領の方針に疑義あり!


コミュニケーション英語を疑う
文法・訳読はほんとうに時代遅れか。「英語の授業は英語で」で、何が起きるか。
英語を読む力よりも、話す力が求められる、昨今のコミュニケーション偏重の風潮に
疑義を呈し、日本人は英語とどう向き合うべきか根本から問い直す。

【目次】
第一章 日本語の環境で英語を学ぶこと
第二章 英語で英語を教えることの是非
第三章 読む力を鍛える
第四章 英語を日本語に訳すこと
第五章 翻訳と訳読――対応するもの・見合うもの
第六章 英語学習とコミュニケーション能力

みんなの感想まとめ

英語教育における新たな視点を提供する本書は、文法や訳読の重要性を再評価し、現代のコミュニケーション偏重の風潮に疑問を呈します。特に、日本語話者が英語を学ぶ際に、まず日本語での理解を深める必要性を強調し...

感想・レビュー・書評

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  • 中高生のうちに読みたかった!!
    その頃は訳読って途方もなく時間がかかるし、やる意味をいまいち見出せなくて英語から離れていってしまった原因にもなったんだけど、これは英語を話すためにも重要な過程であり、英語を読んで理解することは何よりも必要なことだと気づきました。

    決して近道ではないし、一見有益ではないように感じる「日本語」での英語の授業。なぜ必要なのか分かり、非常に納得しました。読んでよかったです。

  • 「コミュニケーション英語」が重視される今日、日本人英語学習者はどのようにして英語の運用能力を高めてゆくべきなのか、いかなる力を身につけるべきなのか、学校での英語教育はどうあるべきかを、あらためて考える。【「TRC MARC」の商品解説】

    関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40142443

  • 例えば企業が英語を公用語にしたり、あるいは(本書が指摘するように)学校が英語での授業を行ったりするようになる。すると単純な話、日本語で英語を理解する力を養う段階を踏まない/踏めないことにつながる。その風潮に本書は異を唱えている。実に細かい議論から見えてくるのは、日本語で抽象的な思考を行うことの大事さや日本語力をベースとして鍛えること、そしてそこから正確な文法知識を得ること。もちろん英語の読解力やリスニングやスピーキングを鍛えることも大事だが、そうした「ベース」あってこそという指摘は今なおアクチュアルに響く

  • 英検の二次でやらかした直後に読んだら、なかなかグサグサくる内容でした…。日本人としてどう英語と向き合うべきか?ヒントをいただいた気がします。まずは「インプット」を改めて徹底しようと思いました。

  • 小谷野敦氏の「面白いほど詰め込める勉強法」の中で紹介されていたので購入。
    高校生の英語教育(英語の授業を英語で行う方針)に関する批判が半分、英語学習における精読の重要性が半分といったところか。

    「英語を学習するには」精読が必要であり、速読をする場合でもナナメ読みは適さない、と論じている(つまり情報収集が目的なら英語の原書であってもナナメ読みでよいということかな)。

    精読について重要性はわかったが、学習方法に関する記述が書籍のおおむね半分程度ということもあり、若干内容が薄く、具体性が乏しいのが残念。
    (ここらへんは同じく小谷野敦氏の著作で紹介していた行方先生の書籍あたりも参考にやってくしかないのでしょう。)

  • 699円購入2011-02-09

  • 英語の教育に当たる著者による、平成25年度から実施される高校の英語による英語授業の批判書。英語の基礎教育を重視すべきとの見地から、読むことの大切さを強調している。日本語と英語の違いや、訳読と翻訳の違いの記述は面白かった。

  • 仕事の必要から読了。

    個人的に、がんがん(話して)いこうぜっていうドラクエの作戦みたいな英語の指南書に出会ったことがないのだけど。

    母語が日本語である以上、母語との関係性を考えるべきだとか、文法を疎かにしてはいけないとか。
    古いかもしれないけれど、そういう論旨の本がよく評価されているように思うし、納得する。
    うーむ。ただ、文法大切派が多すぎて、そうでない本も読まなくてはならない気すらする!(笑)

    この本に関しては「コミュニケーション英語」という教科の、そもそもコミュニケーションってどこを目指してるの?から始まる。

    懐かしい友人との会話が出来れば良いのか、環境問題について対等にディスカッション出来れば良いのか、という例えもあるが、確かに両者のコミュニケーションには格段の差がある。

    結構、高校に上がったところの貧弱な文法力では、ノリで英語を口には出来ても、高度な会話にはならない。
    更にはオールイングリッシュを取り入れることで、問答そのものが成り立たない可能性がある。
    そこに力をかける以前に、もっと考えるべき点はないのか、ということだ。

    なお、四技能の習得方法についても触れている。

    日本人が役に立たないとしてきた「読む力」には一定の意味がある。
    言語とは、構造である。
    日本語を基にするしかない我々にとって、イチから新たな言語に触れるという意味を、もう少し丁寧に考えなくてはならないなーと思わされた。
    他のレビューが大いに参考になりました。

  • 英語教育の目的を恣意的に定義したり、「そもそも……」と英語教育に所与のものとして本来の姿があるかのようにしたりと、議論の横暴さが目立つ。

  • 「英語で英語を教えた方がいいと言っている人たちの高水準の英語力は日本語で身につけたのではないですか」ほんとそう思う!学校教育の英語教育はコミュニーションだけじゃないとずっと思ってる。

  • 英語学習について、筆者の体験を元にまともに分析している。
    統計的なデータ、研究をしこたま引用して主張を強めるというより、筆者がたさ「体感」していることを丁寧にまとめているという印象。

    特に、母語として英語を学ぶ場合と外国語として学ぶ場合を明確に区別し、さらに、学習者のおかれている環境にも着目している。そして、それぞれの場合で、英語の学習方法は違うことを明確にする。英語を話さずとも生きていける(学校の外に英語を話す場がない)日本で生まれ育った日本人にとって、最適な学習方法は何か、という問に体し、文法的基礎を身につけることが先決だ、という結論を導いている。
    よく聞く英語学習法とは、この点で大きくことなっている。一般的には、(特に近年は)、ネイティブが習得するように、英語を聞き、話す、という過程を経て英語は学習すべきだ、と言われる。私自身もそう思っていた。
    しかし、筆者の指摘するように、ネイティブが英語を習得するのと、日本人の我々が英語を習得するのでは、プロセスは違って当然なのである。ましてや、学校の英語の授業の他に、英語を話す機会、英語を話す人と触れ合う機会のほとんどない日本の環境では、ネイティブが習得するプロセスは作れない。そうであるならば、筆者の言うとおり、高校の授業までは、文法的な基礎をとりあえず身につけることに焦点を置くことは、なんらおかしなことではないと思われる。(筆者も認めているように、英語を話したり聞いたりする時間は重要であるが、文法をないがしろにすべきでない。)
    私の体験で言うと、大学時代の一年間の留学期間で、英語力はすこぶる向上した。それで、それ以降、やはり、英語は聞いて話さなければ、成長しないと考えてきた。しかし、よくよく考えてみると、私の場合、大学受験の段階で、英文法をほぼマスターしていたことが、英語力向上の基礎となっていたのは間違いない。同じ期間留学していた仲間と比べると、この英文法の理解に差で、伸び率はだいぶ違っていたように思う。
    文法の力を再度見直しても良いのではないか、そう思わせてくれた本であった。

  • 脱コミュニカティブで。文法訳読あるのみ。

  • 英語学習の難しさと、英語教育の実体から問題点を探る。面白いテーマ。

  • 日本語話者が英語を学ぶにあたって、文法と訳読のプロセスを重視し、両言語観の違いを正しく捕らえて進むことこそ大切と述べます。簡単な(=応用の利かない)口頭会話ができる一方で、英文を読み解けない人が増えることは確かに将来の国益を損なうといえるかも…堅実な英語、を自分も心がけて身につけたいです。

  • 12/06/26読み始め。

  • 【著者の主張】のうち、覚えに残ったものを自分なりにまとめておきます。

    日本人にとって英語は「学習言語」だ(×生活言語)
    英語の授業から離れれば、外は日本語だけの世界だ。

    「読む力」は4 skillsを代表するものである。
    だから読む力をきちんと「評価」することが必要だ。

    文法は堂々と日本語で。
    直読直解で済ますことができるかは、読み手の英語力・テキストの難易度による

    精 読 → 多 読
     ↓
    速 読

    「世界共通語」としての英語
    これこそが日本人英語学習者に期待されることである。
    (ネイティブにしかわからん慣用表現をこねくり回す前にね)

  • 2011/12/1読了。

    巷にあふれる英語勉強のノウハウ本よりも、よっぽど役に立つと思われる。ノウハウ本で気をつけるべきは、英語が堪能な人が薦める方法≠本当に有用な方法、という点であろう。ある分野に精通しすぎた人は、そこにたどり着くまでの経緯を忘れがちであるから、上達の近道として示される方法が通行不可な道であることもしばしば。その点、菅原氏は英語の教育現場に長期間身を置いてきた著者である。個人差はあれど、日本人にとってどんな勉強のプロセス、環境が適しているか熟知しているように感じられる。
    英語で授業すれば英語で考える力が身に付く!といった一見もっともな意見こそ気をつけねばならない。特に、それが国の教育方針として長年に渡り大きな影響を及ぼす場合は。一般論・理想論に終始しないためにも、著者の地に足の着いた意見に耳を傾ける価値は十分にあるはずだ。
    自分自身も、日本人は、特に中高生の段階では英語でのコミュニケーションを身につける必要はないと思っている。日本人のほとんどにとって必要なのは英語でコミュニケーションを取る力ではなく、仕事で英語を処理する能力であろう。英語で外国人と対等に議論・交渉する必要のある人はごく一部に限られる。旅行でしか使ないようなちょっとした実用英語なんて学校で教える必要はない。何より、きちんとした基礎が身に付いていれば、コミュニケーション能力は後からでもすぐにのばすことができる。

  •  「英語と日本語のあいだ」をつなぐために、読む力が最も重要であり、訳読の授業によって英文を理解する訓練を積むことが必要、ということを主張するもの。新学習指導要領の「英語の授業は英語で」を受けて書かれたもので、いわゆるこれまでの正統派の英語教育の重要性を訴えている。
     コミュニケーション重視の英語教育の風潮に対するアンチテーゼとなっているこの本であるが、内容的に目新しい部分はない。著者は文学が専門らしく、英語教育の専門外である。おそらく、「英語の授業は英語で」の意味を本当にそのまま捉えているのではないかと思われる。文科省側の説明が足りないことのあらわれと言える。
     さらに、英語教育や文科省の側で、これらの本の提示する反論にきちんと答えているのかどうかは疑問である。日本の中高生が英語を学ぶ環境や、「コミュニケーション力」を伸ばす代わりに犠牲になる文法に対する知識や読む力、訳す力は本当に不要なのか、といったことについて、十分に考察・議論されていない気がする。
     おそらく文法、訳読、オーラル・メソッド、多読、といったことの折衷案のようなものが必要なのではないか。例えば語研のように、「この方法が正しく、他の方法はおかしい、訳読は古い、教師自身が英語話せないから訳読の授業をするんだろ」のような批判の応酬はもうやめるべきだと思った。「訳読式」で語学をマスターした「英語の達人」も納得するような方法を、英語教育の側で提示し、英語教育の世界と言語学者や文学者などの世界をつなぎとめる研究や研究成果の発表が必要なのではないかと思う。(11/10/30)

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  • 訳読の重要性を謳い,平成25年度から始まる「英語での英語教育」に疑義を呈した本です。英語が嫌いになるのはある意味で仕方がないとは思いますが,訳読というのが単なる英語→日本語という変換に留まらないという観点を明示してくれています。こういう話は中学生にもしておく必要があると思います。

    新指導要領を作った文科省の役人は,この著者が務める東大の卒業生が多いはずですね。外務省の役人よりも英語ができないということはどこかで聞いたことがありますが,「自分たちは英語を読んだりすることはできるけど,英語でやり取りするのが下手なのは,英語教育にコミュニケーションの時間が少なかったからだ!」という短絡的な発想が新指導要領の原動力になったのではないかと疑いたくなります。

    自分たちが東大という人口分布的にも「外れ値」であることを意識して,もっと一般向けの指導要領を組まないといけないと思います。日本のガンは東大生,しかも外れ値の中の外れ値かもしれません。

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著者プロフィール

(すがわら かつや)
一九五四年、山形県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。専攻は比較文学比較文化。訳書に『オリンピックと近代』(平凡社)、『ダブル/ダブル』(白水Uブックス、以上共訳)、『冬かぞえ』(パピルス)などがある。

「2011年 『英語と日本語のあいだ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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