国際共通語としての英語 (講談社現代新書)

  • 講談社 (2011年4月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784062881043

作品紹介・あらすじ

グローバル時代の現在、ビジネスでも教育の現場でも日本人の英語力が問われている。ビジネスパーソンが、学生が、「通じる」英語を目指すために必要な条件を提言する。著者は、確かに英語を話す機会は増えているが、相手が英語が母国語の話者とは限らない、「英語という共通語」をつかってコミュニケーションすることが目的であり、ネイティブ並みに話せなくてもいい、「自分らしい英語」の発信をして下さい、と強調する。


グローバル時代の現在、ビジネスでも教育の現場でも日本人の英語力が問われている。ビジネスパーソンが、学生が、「通じる」英語を目指すために必要な条件を提言する。著者は、確かに英語を話す機会は増えているが、相手が英語を母国語とする話者とは限らない、「英語という共通語」をつかってコミュニケーションをとることが目的であり、ネイティブ並みに話せなくてもいい、「自分らしい英語」の発信をして下さい、と強調する。

【目次】
第一章 通じる英語とは何か
第二章 発信するための英語
第三章 「グローバル時代の英語」が意味するもの
第四章 国際共通語としての英語と学校教育
第五章 英語教育で文化をどう扱うか
第六章 国際英語は動機づけになるか
これからの英語と私たち――まとめに代えて

感想・レビュー・書評

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  • 鳥飼玖美子さんは、英語、英語教育、グローバル化、多様性…諸々に対する自分の考え方を説明する上でなくてはならない人だと改めて痛感。大学時代の学びを思い出した。レポート書く時とか参考文献にした記憶。

  • 2016.中国学園大学 国際教養学部 国際教養学科 小論文

    2021.和洋女子大学 国際学部 英語コミュニケーション学科 小論文

  • 2016.中国学園大学 国際教養学部 国際教養学科 小論文

    2021.和洋女子大学 国際学部 英語コミュニケーション学科 小論文

  • 学研の「書評で学ぶ小論文の必須テーマ」に取り上げられていたので読みました。自分の無知を痛感したのは、単なる到達度の指標程度にしか思っていなかったCEFRは、EUの「多言語主義」「複言語主義」に基づく言語政策から生まれたものであったということです。これまでまったく調べようともしなかったことを反省しました。

  • いま、どんな英語力が求められているのか? 通じる英語、発信するための英語、「グローバル時代の英語」が意味するもの、国際共通語としての英語と学校教育などについて考える。【「TRC MARC」の商品解説】

    関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40145647

  • 新 書 KGS||830.4||Tor

  •  授業で薦められ、2011年5月13日(金)に阪大生協書籍部豊中店にて10%オフで購入。同日読み始め、翌14日(土)に読み終えた。

     鳥飼さんは英語を聴いたり話したりできるようになるためには文法をしっかり習得しておくことが肝要であると以前から主張しており、私が彼女のことを支持していたのはそういう理由からであったと本書を読むことで思い出した。もちろん彼女は会話よりも文法が大事であるなどと安易なことを言っているのではなく、会話か文法か、あるいは実用か教養かといった二項対立で英語を捉える考え方をそもそも戒めている。誤解のないように書いておくと、本書の題名が『国際共通語としての英語』とあるように、本書の内容は文法がいかに大事であるかということではなく、私たちが英語を国際共通語として考えたときに、それをどのようなものとして考え、どのように習得していけばよいのかを中心に書かれている。この問題について考える切り口の一つがコミュニケーションであり、このコミュニケーションが本書のもう一つの主題である。

     基本的には著者の意見に同意できるが、ところどころ疑問に感じるところもあった。

     それから余談になるが、英語の授業で名前を姓名の順番に呼ぶのか、それとも姓と名を逆にして呼ぶのかというエピソード(140-6頁)は、立教大学に移ったあとの新鮮なエピソードとして紹介したかったのかもしれない(し、実際どういう意図があってのことなのかは分からない)が、最近になって初めて「名前を英語式に呼ぶことは本人のアイデンティティに関わることなのを、学生が教えてくれ」、それまで「ほとんど無意識に、学生の氏名を英語式に直し、ファーストネームを先にして呼ん」でいたというのは、いくらなんでもやりすぎだと思う。本当に最近になって初めて知ったというのであれば、それはそれでこの分野の研究者として問題だと思うし、以前から知っていたけど最近の出来事として英語式で名前を呼んだ学生から抗議されたことがあったためその授業を通じて学んだエピソードとして書いたというのであれば、それも誠実さを欠く行為であり問題だと思う。

  • 699円購入2011-06-28

  • おお。
    『英語と日本語のあいだ』から引き続き読んだのだけど、鳥飼玖美子さんは「会話か文法か」という二者択一ではなく、どちらも成り立たせる英語教育であるべきだと述べていて、少し見方が変わった。

    コミュニケーションと基本である、伝え合う姿勢。
    そもそも、伝えたいとか分かりたいという「意欲」を培うことは確かに理想である。
    一方で、小学校の外国語教育にあるような、楽しさやゲーム性を表に出したやり方で、果たしてコミュニケーションの重要性に行き着くんだろうか?という厳しい述べ方もしている。

    伝えるには、言語の他に、自身の考えや価値観、文化的背景が必要だと思う。
    しかし、小学生や中学生にそこの部分を求めることは厳しくて、母語でさえ危ういというのはもっともである。
    ただ、英語を敬遠する英語ビギナーをなくす上で、どのレベルの楽しみ方を見出してあげるかは重要なところだ。(まぁ方法より、コミュニケーションの大切さを知りましょうという狙いに問題があると言っているのかもしれないけれど)

    その延長上に、例えば英語式の名前の呼び方に疑問を持つといった面白さはあるのだろう。
    ちなみに途中、水村美苗さんにも踏み込んでいて、一部バイリンガル化の話も、面白かった!

    2017年現在、四技能が求められる中で、英語の力自身はどんどん外部テストのスコア化が採用されていっている。
    受験英語からTOFELやTOEICのスコアを得るための英語にシフトすることで、鳥飼さんの言う両立は叶うのだろうか。

    そもそも、その理想を具現化しようとすれば中高6年の教育で時間的に足りるのだろうか。
    という所で、誰も具体的なチャートを描けずにいるのかもなぁ……なんて専門外の人間としては感じるのであった。

    英語はツールでしかないと言う人なんて、、、とあるけれど、英語も日本語も私はツールだと思う。
    けれど日本語は英語にはない言葉の豊かさがある面で、母語話者として誇りを感じる。

  • 英米人などのように、英語を母語とする人たちは4億人程度なのに対し、インドやシンガポールなどのように英語が公用語の人たちと、英語を外国語として使う国の人たちを合わせると、十数億人になるという。なので、我々が英語を使う相手もそれら十数億人になる確率がはるかに多く、そのような時代では英語は英米人の基準に合わせる必要はない時代になっていると著者は主張する。つまり、英語はネイティブレベルを目指す必要はなく、言語としての最低限のルール(文法、発音、アクセント、イントネーション)が守られていれば十分で、それを前提とした英語教育をすべきである、というのが本書の主張である。
    英語に限らず、語学学習にはネイティブ信仰がつきものだと思っていたが、本書を読んで考えを改めた。小学校から英語が必須になるとの事だが、文部科学省はぜひ、本書の低減を参考にし、「世界共通語としての英語」教育が生徒にできるような指導要領を確立させてほしいと強く希望する。
    なお、著者の本として本書の後に書かれた「本物の英語力」という本があるが、まず本書を読んでから「本物の英語力」を読むと、本書が理論編、「本物の~」が実践編という形で利用でき、効率的であると思う。

  • おすすめ資料 第200回 (2013.8.16)
     
    タイトルの含意は「完璧でなくてよい」ということ。

    英語を学ぶ際に必要以上にネイティブ・スピーカーの規範に従うことはない、ということです
    (とはいえ、何をもって必要以上とするか決めるのは難しいようですが)。

    決して文法や発音をおろそかにしていい、という意味ではありません。
    学ぶときはきっちり学び、使うときは間違いをおそれずに使って、「自分の英語」を目指してください。

  • 「ニュースで英会話」を見始めて知った鳥飼さん。とても読みやすかった。日本人が何で英語を勉強してるのか、考えさせられる。

  • 単にいくつかの外国語を無関係に学習するのではなく、また、「理想的な母語話者」を究極的な目標とするのでもありません。授業という限定的な場で、ある段階まで教えたら学習は終わりという言語教育ではなく、これまでの言語体験を十全に生かしながら継続的に続けるのが本来の言語学習という立場です。つまり、言語学習を継続する力を育成し、新たな言語世界を切り拓く力を獲得させること、新しい言語体験に向き合った時に対応できる力を育成することが重要になるわけです。(p.50-51)

    学校で学んだことを基礎に、自ら学ぶ意欲を持つ必要があります。外国語を獲得しようというのに、学校の教え方が悪いと文句ばかり言っていても生涯的ではありません。「自律的に学ぶ」ことを継続する力さえあれば、国際共通語としての英語を使えるようになることは可能です。(p.72)

    日本の言語政策についても、「韓国では小学校から英語をやっている」という次元の話ではなく、巨視的に世界の言語状況を参考にしつつ、日本人の言語についての理念を構築した上で、長期的かつ総合的な政策を提示していかねばならないと思います。(p.91-92)

    「コミュニケーション」とは「相互行為」であり「関係性」である、と言えるでしょう。(p.107)

    「多様な言語と文化は価値のある共通資源」であるから大切にしなければならないし、「多様性」をコミュニケーションの障害物ではなく相互理解を生む源へ転嫁させるためには教育が大切である、言語を互いに学ぶことで「コミュニケーションと相互対話」が可能になり偏見と差別をなくすことになる。
    「一人の人間は、国の文化にせよ地域の文化にせよ、あるいは社会で属する集団の文化を含め、種々の文化の中で生きてきており、それらの文化が相互に作用し合って作り上げるのが<複文化>であり、<複言語能力>とは、<複文化能力>の一部として他の要素と相互に作用し合う」という前提から、「複言語主義(plurilingualism)」という考えが生まれました。(p.138)

  • タイトルは堅くて面白味にかけますが、中身は取っつきやすくて楽しい本でした

  • [配架場所]2F展示 [請求記号]080/K-4 [資料番号]2011104849

  • 英語をしっかり学ぶけど、話すとき間違えるのは仕方ないとか激しく同意。言語は生き物で日本の前向きにとゆうのの直訳表現が定着した話しとか、ノンネイティブスピーカーの英語から英語のコアを特定し、そこから共通語としてのコアを探す研究の話とかも面白かった。

  • ニュースで英会話でお馴染みの鳥飼玖美子。テレビと同様にやさしい雰囲気で語っている。英語教育の問題点と英語を勉強しようという気にさせてくれる。

  • 勉強になりました。

  • 図書館で借りた。

    英語教育を取り巻く状況を解説している。

    非ネイティブ同士で通じる英語の核は何か、という視点の研究があること、日本の英語の学習指導要領で到達目標がどのように変化してきたか、欧州言語共通参照枠という言語学習者などの記録を取るための枠組みがあること、などが紹介されている。
    著者の提言としては、英語はツール、コミュニケーションはスキルという言葉を疑ってほしい、英語を身に付ける目標として国際共通語としての英語を習得する方向づけをするといいのではないか、とまとめられていた。

    巻末付近に収録されていた「これからの英語」(朝日新聞 2010年10月20日)に本書の内容がコンパクトにまとめられている。

    英語を母語とする人たちよりも英語を第二外国語として学んだ人と話す確率の方が高いため、ネイティブには座りの悪い表現でも非ネイティブ同士で通じればいいという発想は、英語のできない自分にとってはうなづけるものだった。冠詞を少し飛ばしても平気だし、lとrの発音も文脈で想像できるらしかった。アクセントや文のどこを強く発音するか、ということの方が重要な印象を受けた。

    日本の学校での英語学習は会話に重きを置きすぎていて、文法が弱くなっているというのを初めて知った。会話か文法かではなく、どちらも大事なのだからそれを身に付ける目標をきちんと定めましょうということを言っていた。

  • 意欲の喚起 動機づけ 教師にとって最大の関心事。馬を水飲み場に連れて行くことはできるけれど、水を飲ませることはできない。


    ネイティブの真似をするのではなく、ノンネイティブの人同士でも伝えられる英語を教えること。

    とても共感した。

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著者プロフィール

立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科教授(研究科委員長2002-2005、2008-2010)を経て立教大学特任教授、立教・異文化コミュニケーション学会(RICS)会長(2009-2011)。著書『通訳者と戦後日米外交』(みすず書房2007)(単著)Voices of the Invisible Presence: Diplomatic Interpreters in Post-World War II Japan(John Benjamins, 2009)(単著)『通訳者たちの見た戦後史――月面着陸から大学入試まで』(新潮社2021)(単著)。

「2021年 『異文化コミュニケーション学への招待【新装版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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