原発社会からの離脱――自然エネルギーと共同体自治に向けて

  • 講談社 (2011年6月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784062881128

みんなの感想まとめ

この作品は、依存からの脱却や自然エネルギーの重要性を考察し、現代社会におけるリスクと安心の関係を深く掘り下げています。著者は、デモの意義や原発社会の持続可能性についての新たな視点を提供し、読者に思考を...

感想・レビュー・書評

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  • 大震災の後、トータル的に自然エネルギーについて語れる人はこの人しかいないという状態になって、ずーとマスコミに出っ放しになっている飯田哲也氏の震災後初めての本になった。時間がないから対談本になっているのは仕方ない。いつかきちんと整理した自然エネルギーシフトへの啓蒙書を出して欲しいと思う。

    対談相手は、私は初めてだが、社会学者の宮台真司氏。氏によっておそらく今回の対談は歴史的な広がりを持った。今回の原発問題が、何度も繰返してきた日本の社会システムの過ちをまた繰返していることが明らかになった。歴史の教訓からどのように未来デザインを描くのかをある程度は示した。

    今回の原発問題が、戦前の大本営の失敗の歴史的教訓をそのまま繰返していることには気がついていたが、その問題の本質に「官僚問題」があり、それは幕末から続いていることについては、今回初めて知らされた。

    またびっくりしたのは、お二人とも私と同世代の1959年生まれ。大学入学時代には、しらけ世代全盛期で、その中で違和感を感じ、(身動きが取れなかったのは私だけだろうけど)人生を模索しながら生きて来たことに共感を覚えた。

    飯田氏は特に理工系の学部に進んだけど、今西錦司ゼミの学生と付き合う中でどうも鍛えられたらしい。表立っては行動に移せないけど、議論だけはする雰囲気があった。それが後々、原子力村の中枢に入っても違和感を覚えてそこをステップに次ぎに移る素地になったようだ。

    以下、幾つかなるほどと思ったところをメモ。

    ●【宮台】日本は、政治が主導的だった時代は明治維新以降、ほんの僅かな間しかなく、長く見積もって明治はんばぐらいまでしか続かなかった。それ以降は役人の力が巨大な官治主義が続きます。(略)大正になると政党政治つまり民治主義になるけど、政友会と民政党の政党争いの末、政友会が民政党浜口内閣のロンドン軍縮条約締結を統帥権干犯として批判したのを機に、軍官僚が総てを握る。(略)政治家と行政官僚はどこの国でも対立するわけですが、日本では圧倒的に政治家が弱く官僚が強いわけです。政治家の活動の余地は単なる利権の調整しかないので、ドブ板選挙をするしかない。政策にはほとんどタッチできません。
    ●【宮台】自立に向けて舵を切ろう、アメリカに依存する国であることをやめよう。田中角栄はそう考えて、対中国外交と対中東外交でアメリカを怒らせる独自路線を走ろうとしたわけです。それが例の「ピーナツ」という暗号が書かれたものが誤配されて見つかったという発覚の仕方で五億円事件まで行く。(略)いろいろな政治家に聞いてもアメリカの関与は良く分からないのですが、「田中角栄のようなことをやってはいけないんだな」という刷り込みにはなりました。
    ●【宮台】行政官僚には「無謬原則」がある。官僚機構の中では人事と予算の力学が働くので、「それは間違っていた」とは誰も言い出せない。これは大東亜戦争中の海軍軍司令部や陸軍参謀本部問題でもあります。
    ●【飯田】世界では自然エネルギーへの投資額が毎年30%-60%ほど伸びています。10年後には100兆円から300兆円に達する可能性がある。20年後には数百兆円、今の石油産業に匹敵する可能性がある。
    日本はこの投資の1-2%しか占めていません。日本は「グリーンエコノミー」の負け組みなのです。新しい経済を生み出す側で負けてしまっている。
    一方で日本は化石燃料を年間23兆円、GDPの約5%を輸入しています(2008年)。石油、天然ガス、石炭です。(略)(石油と石炭の)二つが、今後貿易黒字を縮小させるなど日本経済の負担になっていきます。新しい経済の側でどんどんチャンスを失い、しかも日本の電力は石炭だらけですから、その石炭代と、それで増えたCO2を減らしたことにするためのクレジット代でますます電気料金が上る。原子力はコストパフォーマンスが極めてお粗末ですから、新しい原発はできず、稼働率は低く、事故だらけ。それをまた石炭で補う。という極めて暗い未来像になります。
    →常識的に言えば、自然エネルギーへの転換が、日本の未来にとって、中国対策にとってでさえも、米国支配からの脱却という面でも、ベストな選択だろう。芥川の「危険思想とは、常識を実行に移そうとする思想である」という言葉が思い浮かぶ。唯一の心配は、飯田のこの試算がほんとうに正しいかどうか、ということだろう。
    ●【飯田】霞ヶ関文学の本質はフィクションと現実を繋いでいく言葉のアクロバットです。
    ●【宮台が飯田の半生を要約】p74

  • (2012.10.17読了)(拝借)
    【東日本大震災関連・その104】
    副題「自然エネルギーと共同体自治に向けて」
    かみさんの本棚から拝借しました。東日本大震災の後比較的早く出版された本です。
    福島第一原発の事故により、原子力発電は事故が起こると実に大変な事態を引き起こすことが実感されました。そこで、原子力以外の方法で、電力を確保する方法が可能なのかについて考察した本です。
    海外の事例や東京、長野での取り組みが紹介され、工夫次第で、原発社会から自然エネルギー社会への転換が可能であろうと・・・・・・。

    【目次】
    まえがき 「原発をどうするか」から「原発をやめられない社会をどうするか」へ 宮台真司
    1章 それでも日本人は原発を選んだ
    2章 変わらない社会、変わる現実
    3章 八○年代日本「原子力ムラ」探訪
    4章 欧州の自然エネルギー事情
    5章 二○○○年と二○○四年と政権交代後に何が起こったか
    6章 自然エネルギーと「共同体自治」
    7章 すでにはじまっている「実践」
    あとがき フクシマ後の「焼け跡」からの一歩  飯田哲也

    ●無謬原則(45頁)
    行政官僚制には「無謬原則」がある。官僚機構のなかでは人事と予算の力学が働くので、「それは間違っていた」とは誰も言い出せない。これは大東亜戦争中の海軍軍令部や陸軍参謀本部問題でもあります。(宮台)
    ●霞が関文学(70頁)
    霞が関文学=官公庁の文章
    「霞が関文学」の本質は「フィクションと現実を繋いでいく言葉のアクロバット」です。(飯田)
    ●自己の時代(76頁)
    僕は『終わりなき日常を生きろ』(筑摩書房)という95年の本で、冷戦体制が終わる時代が、科学が輝く時代の終焉と重なると書いています。「未来の時代」が終わり、「自己の時代」が本格的に始まります。(宮台)
    ●アメリカ依存(86頁)
    日本で奇妙なのは、エネルギーを外から得なければだめだという問題が安全保障に繋がってないことです。単にアメリカに依存すれば大丈夫という話ですべてスルーされるのがおかしい。普通は食料とエネルギーはいざとなったら自給できなくてはいけないという話になるはずです。(宮台)
    ●原子力推進派(114頁)
    原子力発電所をひとつ作ると、非常に大きな波及効果がある。発電量も大きく、温暖化防止にもなる。原子力を推進すれば、技術も磨かれ、産業としてもエネルギー対策としても発展する有望な技術だ、と考えている。(飯田)
    ●再処理と直接処分の経済性(119頁)
    福島瑞穂さんが国会で「再処理と直接処分の経済性を比較したことがあるのか」と質問して、当時の日下一正資源エネルギー庁長官が「今までは検討したことがありません。これから検討します」と答弁した。実は日下さんの後ろのキャビネットには、直接処分のほうが安くつく報告書があったのです。(飯田)
    ●蓄電池付き(150頁)
    自動車の蓄電池を活用するより早いのは蓄電池付きの冷蔵庫やテレビかもしれません。計画停電になって冷蔵庫が止まり、みんなが困った。だから蓄電池付き冷蔵庫の発売がすぐ決まりました。技術的には簡単です。(飯田)

    ☆関連図書(既読)
    「私たちにとって原子力は・・・」むつ市奥内小学校二股分校、朔人社、1975.08.03
    「食卓にあがった死の灰」高木仁三郎・渡辺美紀子著、講談社現代新書、1990.02.20
    「私のエネルギー論」池内了著、文春新書、2000.11.20
    「ぼくとチェルノブイリのこどもたちの5年間」菅谷昭著、ポプラ社、2001.05.
    「これから100年放射能と付き合うために」菅谷昭著、亜紀書房、2012.03.30
    「原発と日本の未来」吉岡斉著、岩波ブックレット、2011.02.08
    「緊急解説!福島第一原発事故と放射線」水野倫之・山崎淑行・藤原淳登著、NHK出版新書、2011.06.10
    「津波と原発」佐野眞一著、講談社、2011.06.18
    「福島の原発事故をめぐって」山本義隆著、みすず書房、2011.08.25
    「官邸から見た原発事故の真実」田坂広志著、光文社新書、2012.01.20
    「飯舘村は負けない」千葉悦子・松野光伸著、岩波新書、2012.03.22
    (2012年10月28日・記)

  • デモには最早、意味がないという宮治教授の記事を読んで、なんとなく感じていたことを形にしてもらった気がした。

  • 何かに依存することで得られる安定や安心が、実は不安やリスクの裏返しであることを改めて認識。さて自分はこの先依存体質から脱却できるだろか。

  • 緊急出版!!
    「環境エネルギー政策研究所ISEP」飯田哲也所長http://www.isep.or.jp/

    宮台真司教授http://www.miyadai.com/
    による共著です。

    表紙やまえがきの
    ☆これからのエネルギーとこれからの政治を語ろう
    ☆「原発をどうするか」から「原発をやめられない社会をどうするか」へ
    に象徴☆

    イデオロギーやら反社会的?やらな内容ではなくて、
    東日本大震災を機に私たちが気付いた、
    生活に密着した疑問や違和感に寄り添う情報だと思います。

    ぜひ皆さん、一読を!

  • 宮台真司の本を買うのなんて、たぶん20年ぶりくらい。正直、その「口調」があまりフィットしなかったのだが、この本は興味深く読んだ。

    東北電力における白洲次郎のファンクションは僕には謎である。案外、言われているようなレジェンドではないのかもしれない。今後調べてみたいテーマだ。

    CO2と原子力の関係や六ケ所村の問題など、いろいろと勉強になる本だった。

  • 福島の原発事故とチェルノブイリ原発事故とどちらか酷かったか?
    福島の原発事故はチェルノブイリの三倍の酷さだった。
    日本のマスコミは、そういう定量的な報道をしてきただろうか。
    被害の酷さを安全性デマで封じ込めたのは電力会社だ。
    それは、電力会社の現状維持策のなせる技だ。
    日本の<悪しき共同体>の<悪しき意識>を変えなければ3.11のカタロストロフは何も変えなかったことになってしまう。
    こうした危機意識を訴える。

  • なぜ日本が原発推進から軌道修正できないのか。明らかに文化的、組織的問題、国民的問題。エネルギーや技術の問題ではない。ただ、この霞ヶ関が変わらない一旦が日本の政治の問題でもあり、国民の意識と
    行動の結果であることは目を背けられない。3/11の直後に流れを作りたくて発刊していることがすごい。にも関わらず、日本は変わらなかったことが悔しい…

  • 「原発を止めた裁判長」というドキュメンタリー映画を見た。
    裁判長の本も読んだが、その中に登場する技術者・飯田哲也氏のことを知りたくて手に取った一冊。

    https://saibancho-movie.com/

  • 悪い心の習慣を私たちは排除できるか。
    それができなければ、私たちの社会は安定化せずに、滅びていくだろう。

  • 宮台さんと、飯田さんの知識が、どうやって原発に向かっていくのか、わくわくしながら読了。2人の生きてきた背景と、そこに結びつく経験と知識が、直接原発について語られなくても、浮き上がってくるのが面白い。

  • 非常におもしろかった。我々が知らない画期的な自然エネルギーについての話がたくさんあってとても勉強になる。飯田さんの豊富な知識もさることながら宮台氏の鋭い考察も読んでいて唸らされる。なぜもっと早く読んでおかなかったんだろう?

  • 原発社会からの具体的な離脱論の展開を期待したが、いささか内容が飛びすぎる。どちらかと言えば国策批判、官僚批判がメイン。

    「貧しくならない省エネ」という考え方には同意。ただし30万円する薪ストーブを「普通の人」が買うかどうかはちょっと疑問。

    「生活をいちいち反省しなくてもいいから、原発でいい」国民の心が一番変わらなければならないが、一番変われないのも国民の心では。その方法論をもっとブレストしたい。

  • 「現実」に手を突っ込む! 

    本著は、かって原子力ムラにもいたことがあり政界や産業界の現場でも行動するエネルギーの専門家飯田哲也氏とアクティブな社会学者宮台真司氏の3.11直後の対談録である。

    「飯田:推進対反対の二項対立だと、相手の穴を狙って論破すれば勝ち、ということになります。でも勝っても現実が何も変わらないなら、そういう議論は不毛です。(略)
     宮台:現実に作用する権限を持った者(政府東電等:筆者註)の側に、圧倒的に責任があることは間違いない。そうした非対称的な関係のもとで、実際に行為する側は政治的な無責任を決め込み、批判者は有効性を度外視したままひたすら反対運動をやり続けてきた。その結果、何も変えられないまま、今回の惨事にいたった。それが日本の現実です。」

    <議論は単なるディベートでなく、現実をよりよく変えることにつながる議論か?反原発デモだけで社会の現実を変えられるか?>

    「宮台:大前研一さんが脱原発になったのも、イデオロギーではなく、合理性の乏しさが理由でした。なので、合理性の問題を国民に丁寧に説明することを目的として、NHKも番組を作ることができると思う。イデオロギーよりも合理性の方が説明の手順が必要で、丁寧に番組を作らないと視聴者は分からない。
     飯田:原子力が消えていくのも、まさに合理性です。」

    <反原発は右翼でも左翼でも、保守でも革新でもなく、現実的合理性である。>

    「この福島第一原発に起きた歴史に残る大事故は、いまだなお収束の見通しは立っていない。この不安定な状態は、未だ数年・数十年のオーダーで続くことは間違いない。この状況を眼の前にしてなお、この国の「旧いシステム」は変わるどころか、上で述べたような既得権益を露骨に温存する動きが見られる。(飯田)」

    <この対談は3.11直後だが、指摘された問題は今も同じで変わらない。民主党から自民党へ政権交代して、原発エネルギー政策はむしろ後退悪化している。

    今日のyahooニュース→
    エネルギー基本計画 再生数値目標を見送り 自公合意
    http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/science/alternative_energy_sources/?id=6112508 >

    「この国の「旧いシステム」は、あまりに日本社会を構成する大多数の善良な人々、とりわけ最低辺層や将来世代への眼差しが欠けているだけでなく、その善良さを愚弄し、見下し、しかもそこに付け込んで「寄生」しているとしか思えない。しかし他方で、それを批判して理想論を美しい論文にまとめても、どろどろした「現実」に手を突っ込まなければ、それはエクスキューズにしかならない。(飯田)」

    <国民一人一人も、エクスキューズせずに自分が出来る範囲で「現実」に手を突っ込むこと!>

  • 福島直後の対談をもとにした脱原発の本。

    あれから3年経過して、状況が変わっている部分も多いので、改めてお二人の話を聞いてみたい。

  • 東日本大震災、福島原発事故から2年を過ぎても、
    いっこうに収束の行方が見えない…
    本書は、震災事故1週間めの対談をもとに編まれた一冊。
    肝心で不可避な問題点が明晰に言及されていると感じた。

    著者の飯田哲也は「あとがき」でこう書いている…
    ―この国の「旧いシステム」は、あまりにも日本社会を構成する
     大多数の善良な人々、とりわけて最底辺層や将来世代への
     眼差しが欠けているだけでなく、その善良さを愚弄し、
     見下し、しかもそこに付け込んで「寄生」しているとしか思えない。
     しかし他方で、それを批判して理想像を美しい論文にまとめても、
     どろどろした「現実」に手を突っ込まなければ、
     それはエクスキューズにしかならない。

    「美しい国」を標榜する現首相は、このどろどろとした「現実」に
    どれほど手を入れようとしているのだろう…
    いかに美しくコーティングされようと、否応なく
    泥水を飲まされるのは、ボクら国民に他ならない。

    嫌なものは嫌だ! いらないものはいらない!
    すべてはつまびらかにされない情報を、
    それでも執拗に追い続け、叫び続けるために、
    ボクにとって、本書は有益な一冊となった。

  • よきも悪きも東日本大震災後から明らかになった日本社会の歪みを、エネルギー専門家の視点と社会学的な視点とのコラボで解説されている。

  • 「原発をどうするか」から「原発をやめられない社会をどうするか」に言及した<まえがき>が素晴らしい。

  •  宮台真司×飯田哲也(2011)『原発社会からの離脱――自然エネルギーと共同体自治に向けて』を読了。
     東日本大震災・福島第一原発事故以降、世の中は明らかに脱原発ムードへとシフトした。それでも、政府は子どもの被ばく許容量を20ミリシーベルトにしたり、大飯原発再稼働や原子力規制庁長官問題など、明らかに原発推進のシフトを崩さない。
     原発は燃料調達コストや核廃棄物などを合理的に考えてみれば、明らかに環境にやさしい「クリーンエネルギー」ではない。太陽光発電や風力発電は普及すればするほど、市場メカニズムに従って、発電コストは下がり総体としての発電量も増えるのだが、危険リスクを徹底的に管理・規制していかなければ、その負担コストは跳ね上がるために、市場メカニズムが働かない独占市場の中でしか機能できないものだ。しかし、両氏が問題にする「悪い心の習慣」の問題、即ち、全てを自分ではなく他者に任せるか責任を追及し、その他者が為すシステムやプラットフォームを自ら自治することをしない/できない、いわゆる思考停止状態の拘泥から抜けられずにいる社会がこの国の病理として浮かび上がってくる。
     議論を通しての主張は精緻かつ明快だ。リスクなどを自ら考慮した上で合理的思考による議論を重ね、その知識の蓄積に基づいた選択と決定と直接的な共同体自治こそ、さまざまな変化に柔軟に対応できるとするものだ。決定の権限や選択肢が大きくなればなるほど、その決定は硬直化し拘泥する。だからこそ決定するためのセクターを数々増やして自治の質を高める。そこに社会としての変えるべき道があるとするものだ。
     原発に関する問題や自然エネルギーに関する実践事例も紹介されているが、両者が描く社会の哲学(社会哲学・政治哲学)が非常にクリアに語られているのが特筆すべきところ。まだソーラーシステムも電気も選べない社会であることが非常にもどかしい。

  • 社会学者、宮台真司さんと環境学者?の飯田哲也さんの対談形式によって原発依存社会について言及された一冊。
    全体としては飯田さんが環境的、エネルギー政策としての専門的な側面から論じ、宮台さんが(どちらかといえば)読者目線で的確な疑問を投げかける、といったような構成。宮台さんのコメントについては、読んでいて気になる部分を的確かつわかりやすい表現で突っ込んでくれたり、理解を促進する言い換えをしてくれたり、さすが宮台さんって感じでした。

    個人的に一番面白かったのは第二章「変わらない社会、変わる現実」で、ここではなぜ日本社会が原発依存社会から抜けだせないでいるのかを、抜けだしたスウェーデン社会との比較から、社会学的な目線で論じている。こういった内容なので宮台さんの発言も読者のサポートという立場ではなく、自身の考察をふんだんに交えているわけだが、非常にわかりやすくて納得の行く議論になっていた。

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著者プロフィール

宮台 真司(みやだい・しんじ):1959年宮城県生まれ。社会学者。東京都立大学元教授。至善館大学大学院特任教授。東京大学文学部卒(社会学専攻)。同大学院社会学研究科博士課程満期退学。1990年、数理社会学の著作『権力の予期理論』で社会学博士学位取得。権力論・国家論・宗教論・性愛論・犯罪論・教育論・外交論・文化論で論壇を牽引する。主な著書・共著に『終わりなき日常を生きろ』『14歳からの社会学』(ちくま文庫)、『社会という荒野を生きる。』『制服少女たちの選択 完全版 After 30 Years』(KKベストセラーズ)など。

「2026年 『宮台式人類学 前提を遡る思考』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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