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Amazon.co.jp ・本 (264ページ) / ISBN・EAN: 9784062881333
作品紹介・あらすじ
読書で得た知識を自分のネタに変換する方法とは?
つまらない本を損切りするコツとは?
なぜ今こそ読書会なのか?
電子書籍で読書は変わるか?
──プロフェッショナルが惜しまず明かす、本の読み方、伝え方の秘訣。
みんなの感想まとめ
おもしろい本を選び、その内容を自分の人生に活かす技術を提案する一冊です。著者は「みんなでおもしろがる読書術」を強調し、読書を通じて仲間とのつながりを深めることの重要性を説いています。特に、読書会の開催...
感想・レビュー・書評
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書いてある内容そのものは、有用な読書の方法が紹介されていると思います。ちょっとしたテクや読書の際に考える観点など、取り入れたいと思うところも何か所かありました。
ただ、言葉の選び方や、読者•他者に対する表現など、文章から感じられる人間性が、私には合いませんでした。「どう読まれるか」を意識して書かれた文章がこの本であるなら、子育てしながら働く女性で図書館を大事にありがたく利用している本好きのことは、著者の「読者想定」からは無邪気に除外されているのだろうと感じられました。
私個人の意見と合わないところも含めて、内容は間違っていないと思いますし、役立つことも書いてあると思うのですが、素直に読んでよかったとは思えないのが残念です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
難しいことは書いてない。
小学生の宿題に、読書感想文はそろそろやめたら?は同意。
『図書館についての私見を申し添えておきますと、私は図書館で本を読む人に好意的ではありません。敵とも思いませんが、勝手にやってくださいというスタンスです。』P213
図書館で借りて読んでるので苦笑してしまった。作者的には「本から得られるものは金額に対して非常に安い」なんだろうな。だから金出して買えと。
お金を出して買うことに全く抵抗はないけど、スペースが…。と、思うなら書斎作ったり、本棚を工夫したらいいよとも書いてある。
私は各地を転々とする身なので、どっかりと本を溜めることができない。できないので図書館を利用して、自分がもてるだけの本を最小限にしようと思う。
その矢先にこの本では「勝手にしてください」だもんな(笑)
ブックオフに売る前提できれいに読むのも、本の読み方としては推奨されてない。(読み方の本だし、綺麗に読めとは書かんよなそりゃ)
線の引き方、ページの目印の付け方、時間の作り方、電子書籍の活用の仕方以下略。
金とテクニックで目の前の本を全力で読みとれってことかなぁ。
で、読むだけでなく人と人が具体的に繋がる方法(読書会)についても書いてある。
攻めの読書方法だなぁと本は綺麗に読む図書館派は思いました。
でも、こういうやり方もいいな。 -
読書術に関しては同意できるところがたくさんあった。っていうかすでに知ってる、やってることばかりで特に目新しいことはなかった。著者の読書量にはおどろくばかりであったが、アウトプットのための読書術であるはずなのに、こんな大量の本を読んでるのにこんな内容ではかえって非効率にみえてしまうのでは?と心配になった。大きなお世話ですね…
クズ本でも必ず学ぶところはある、には本当に同感!(笑)私はこの本を読んですごく読書会に出てみたくなりました。
巻末のオススメ本は少し子供っぽくてやや古い印象。も少し最近の本や読書家向けの本があってもいいのになー。-
2012/03/09
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本って最後まで読まないとって使命感があったけど、思い切って「損切り」することを学びました。
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「知的コミュニケーションのための読書術」を教えてくれる本。
著者によると、読書には7種類あるらしい。「行動のバネにする読書」と「考える力をつける読書」は積極的にしていきたいと思った。
「いつか読む本でなく、すぐ読む本を買う」とあるが、買ったときはすぐ読むつもりなのよ。でも読むペース以上の冊数を買ってしまうから、読み切れないの。そしてまた新しい本に手を出してしまうの。
自分の関心の幅は案外狭い、というのはそうかもしれない。書店で興味のない棚も見てみよう。
「おもしろい」にも7種類あるらしい。「知的好奇心を満たせるからおもしろい」のが一番好きかな。それぞれの「おもしろさ」を味わいつくす本もたくさん紹介されている。
書くための本の読み方、付箋の使い方、メモの仕方も紹介されている。
著者が1冊の本を書くために必要な文献の数が大量で驚いた。
「どう書くか」より「どう読まれるか」を優先する、というのは心掛けたいが、つい自分の気持ちが先走ってしまう。気をつけよう。 -
内容以前に、著者の排他的姿勢に共感が持てませんでした。おかげでなかなか本の中に入れず…
内容として面白かったのは、「読書」と「読書の面白さ」を7つずつに分けてあるところでしょうか?読書の本は幾つか読んでいるので、特に新しいことはなかったです。
巻末の百選には2行程度の感想も入っていますが、
推薦文というより、本当にただの感想。その本を読みたいとは思いませんでした。 -
「おやつでおなかを満たしても、大きくなれない。」
本の実用的な読み方についても書いてある。
すぐに使えるものも多い。
しかし、この本のポイントは、なぜその方法かを補強する経験や知識の面白さにあると思う。 -
このところ読書術について書かれている本を何冊か読みましたが、著者によってそれぞれタイプがあっておもしろい。
たとえば積読にしても、「目に触れるところに置いておくことに意義がある」「一度挑戦したけれど難しくて挫折した本が、何年かおいた後に読むと不思議と頭に入った」という人もいれば、この本の著者のように積読はしない派、買ったらできるだけすぐに読むという人もいる。
旅先で、その土地にゆかりのある本を読むといいよ、というのはいろんな人がおすすめしているので、今度どこか旅行へ行くときに実践したい。
それから、齋藤孝さんの『読書術』とこの『つながる読書術』を読んで興味を持ったのが読書会。
おもしろそうなので、一度体験してみたいと感じました。 -
内田和夫先生 推薦
読書ってどういうふうにするものなのですか、という声に答えた本。
日垣さんは、読みまくり、書きまくる作家、ジャーナリストだが、ご自身の実践から、上の疑問に応えて具体的ノウハウを開陳してくれる。飛ばし読み、拾い読みもOKの本だ。
読書には、7つの型(種類)があるという。①楽しむための読書、②調べるための読書、③発想するための読書、④「自分とは何か」を知る読書、⑤問題解決のための読書、⑥行動のバネにする読書、⑦考える力をつける読書、だ。自分にあった型から、はいるとよい。
これからは、パソコンでは出せない答えをどう出せるかが勝負になる。本を読める人間となっておくことが、その早道と、著者は進める。 -
以前読んだ成毛眞氏の「本は10冊同時に読め!」が肌に合わなかったため、読書生活の道標として購入。こちらの方が大衆向けという印象。
今まで書き込みや付箋等の「本を汚す」読書法をしてこなかった読書初心者の自分にとっては非常に役に立った1冊。著者のネタ(インプット)を自分のネタ(アウトプット)に変換する過程において、やはり付箋やメモといった手段は有用なのだと感じた。
ところどころ筆者著作の宣伝が入るのが若干鬱陶しいと感じたが、それもご愛嬌か。 -
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孤独な感じのする「読書」に「つながる」という言葉がついていたので、中身も見ずに購入していたもの。
自分も実行しようと思ったこと。
①実用的読書は、読み終えることが目的でなく、ポイント抽出で十分。
②おもしろいと思うところを10箇所、人に話したいとかあとで自分で考えたいと思うテーマを3つ、許せない、絶対違うと思うところを1カ所探す。
③最初にじっくり目次を読む。そして、目次から内容を想像してしてから本文を読む。読んで、想像した内容だったら読むのをやめる。
④無謀な期限を決めて読んでみる。
著者が有料メルマガをやっているという。もう1冊持っている同著者の「ラクをしないと成果はでない」だいわ文庫 を読んでおもしろかったら購読してみようかと思う。 -
2011/12/31読了。
この人は、自分の本を手に取るのがどんな層の人か、というのを強く意識して文章を書いているように感じた。少々挑発的な文句が頻繁に出てくるので、それを小気味良いと思えなければ最後まで読めないかもしれない。 -
新聞に紹介されていたこともあり、読んでみました。
正直、期待はずれでした。
参考になることもありましたが、全体的には買ってまで読む本ではなかったかな・・・。
本で著者が書いてましたが、「損切り」する本でした。
気になったのが、著者の自慢。
自分はお金があるのかもしれませんが、ブックオフで本を買うような人は貧乏くさいだとか、図書館を利用する人は好きじゃないとか・・・。 -
「ソーシャルリーディング」を生活に取り入れる。その具体策として、「読書会」を提案している。(ソーシャルリーディング……複数でシャアしながら読むこと)
電子書籍の未来像がわかりやすく書かれている。 -
今までは漫然と読書をしていたが、自分の人生を豊かにするためのヒントが沢山あり発見が多かった。
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読書についてあらゆる方法を述べている。読書会や電子図書についても書かれている。著者が自分の執筆したものを電子書籍化していることからより便利な方法を書いている。最後の読まずに死ねない厳選100冊の本をこれから読んでいこうと思わせる。
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日垣隆
作家・ジャーナリスト。1958年長野県生まれ。大学卒業後、書店員、トラック配送員、TVレポーター、編集者など数々の職を経て、87年から執筆活動に入る。世界取材85カ国。『そして殺人者は野に放たれる』で新潮ドキュメント賞受賞(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『楽しく稼ぐ本』
つながる読書術 (講談社現代新書)
by 日垣隆
調べるための読書とは、読み手が最初からなにかテーマを持っており、そのための資料にあたる、自分の仮説を検証するという読み方です。本に書かれていないことを 嗅ぎ分けるセンスも必要となります。
しかし、基本となるのは本のアイデアに自分のアイデアを掛け合わせて、オリジナルの発想をすること。よく言われることですが、まったくオリジナルの発想というのはなかなか存在しません。既存のアイデアをどのように組み合わせるか、どのように変化させてゆくかという試行錯誤の繰り返しこそ、創造の歴史ではないでしょうか。 「新しい企画についてアイデアが欲しいから、企画のつくり方のビジネス書を読む」というのは初心者だけの特権(笑) です。まったく関係ない小説やマンガに思わぬヒントが潜んでいることのほうが、むしろ多いでしょう。
意外に思われる方も少なくないかもしれませんが、古典は問題解決に役立ちます。現代のビジネス書は景気や世界情勢など時代に即して書かれており、かなり具体的かつ実用的です。特段、想像力を働かせずとも、読むだけで身近に感じられるように「営業マンのための~」「課長のための~」「三〇代で~」といった切り口で書かれています。
逆に、何年たってもものごとの 原理原則 がわかるものが古典です。最初から読者のために 嚙 み砕いて書いてあるビジネス書に比べると、読みやすいとは言えません。しかし、古典に書かれている原理原則を、読み手の側が自分の身に置き換える〝ひと手間〟は、スポーツの基礎練習と同様の思考訓練となります。 逆に言えば、年月の波にさらされても古びない原理原則が書かれた本だけが生き残り、古典となっているわけです。現時点でのベストセラーではなく、書店の店頭になかったり、出版社で長く品切れまたは絶版の憂き目を見ているものも、かなり多いのは、まことに残念なことですが、一定の評価がすでに確立された本こそ古典あるいは名著と言えるでしょう。
仮に一年に一〇〇冊読んでいた人がいるとして、大学を卒業して社会人になったら七〇冊に、結婚して五〇冊に、子どもが生まれて三〇冊になるといった大まかな目安です。 娯楽もメディアも多様化している今、私が大学を卒業した頃より加速度を増して、人は本を読まなくなっているでしょう。
猪瀬直樹さんは作家として遅咲きだと言われています。『ミカドの肖像』(小学館文庫) で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したのは四一歳のときでした。自らの才能に楽観的でないと自負する猪瀬さんは、酒の席に参加しても必ず一〇時には切り上げて、本を読んでいたそうです。やると決めて、実際にやる。決意と実行力が、インプットとアウトプットの鍛練には必要だということですよね。
読書とは空いた時間にするものではありません。意識して読書時間をつくり、死守することが肝要です。一日一冊、一ヵ月に一〇〇冊といった数値を設定するのも読書時間確保の一助となりますが、大切なのは冊数ではなく、読書習慣をつけることです。
三〇代に入り、物書きになった私は、はたと気づきました。 「どうやら、俺よりはるかに読んでいるトップ集団がいる!」 書き手のプロのトップ集団は、「一ヵ月に一〇〇冊」読んでいる共通項を〝発見〟したのです。そこで三五歳から、私の目標数値は一気に三倍以上になりました。これはもう、信じられないほどキツい。
では、自分の物差しを持つ──すなわち本の目利きになるには、どうすればいいのでしょうか? 結論からいうと、大量に本を買い、大量に本を読み、大量に失敗するしかありません。本物の本の目利きは、相当のお金と時間と居住スペースを本に費やしていることは間違いないでしょう。しかしこれは「ラク」な方法ではありません。
どんな本を選ぶかという際、「本の連鎖反応」を利用するのもいいでしょう。これには二つのパターンがあります。 パターン ① は、ある本を読んで、次はそこに紹介されていた本を読むというもの。好きな作家の本などでこれをやると、理解がどんどん深まります。 パターン ② は、ある本を読んでいて疑問が生じたら、答えを探して次の本を読むというもの。次々と芋づる式に読んでいけば、問題の探究がライフワークにすらなりえます。こうした連鎖反応を繰り返すうちに、本のほうから呼びかけてくるようになります。
読書量が増えて知的財産が蓄えられていくと、本と本との「つながり」を発見して嬉しくなることもあります。
「私は知的好奇心が旺盛だ」と自負していても、自分の関心の幅は案外せまいものです。 図書館や書店は、「自分の小ささ、自分の狭さ」を思い知る場所です。敢えて普段は近づかない棚に一歩踏み出し、問題意識をもって知的ストレッチをしましょう。 例えば落語や講談本、料理本や白書類、ジャンルはなんでも良いので、敢えて全く読んだことのない本の群れに触れれば、必ず何かしら大切なものを得る機会が圧倒的に増えます。
知らないことを「知らない」と認められる教養人は、頭の良さを鼻先にぶらさげていないものです。むしろ 飄然 としていることが多いように感じます。 おもしろいことに本もこれに似ていて、すぐれた本ほど大切なことや驚愕すべき事実を、ごく普通の言葉で書いてあります。こうした「普通の本」をこそ、見逃さずに読んでいきたいものです。
本は知的バックボーンとして、自分の知財として、株券やお金と同様に大切に保有すべき財産だというのが私の意見です。家を買うとき何千万円も払うのは当たり前の現実として受け入れているのに、わずか一五〇〇円程度の本をケチるとは、情けないと思いませんか。そうですか。いや、本気でそう思っている方は、本書などお読みになっていませんよね。
「本は安い」 これは、いくら強調しても強調し足りない事実だと、私は信じています。 Point! 本であれば、「一生ものの買い物」が何千回もできる。
全集をまとめて読むことも、書き手の思考回路にしたがって、その主張を徹底的に読み取る訓練になります。いっときであれば、敢えて盲目的(=素直)に読んでもいいでしょう。 誰の全集でもいいと思います。誰を読むかというより、全集を読むということ自体が重要です。 全集を一気に読めば、一人の個人がどこまでバリエーションがあるものを書けるのか、あるいは一貫性があるかないかを肌で感じ取れることでしょう。著者が非常に偏った人であろうとすばらしい人であろうと、全集を読む効果は同じです。
イデオロギーが異なる本も読む、読みにくい文体の本も敢えて読むべし、などと書いてきましたが、悪文となると話は別です。 読んでいて理解するのに時間がかかる、コツがいるというのは「読みにくい文体」もしくは「自分より知的レベルがはるかに高い文体」であるケースもあります。これらについては、自分のほうが努力をし、頭に入る読み方をすればいい話です。
JALの状況に多くの人が冷静だったのは、銀行が潰れても驚きもしない時代になり、価値観が大きく変わったからでしょう。 この変化の発端は、一九九七年の山一證券の 破綻 にあります。その際、プロ中のプロであった山一證券の専門家集団は、一円の紙切れになるまで自社株をもち続けてしまいました。全員が「山一が潰れるわけがない」と思っており、自分たちプロの領域たる「株の評価」を間違えてしまったのです。紙切れになったときに呆然とした姿は、ほとんど信仰に近いものだったと言えます。 この「損切りできなかったプロ」を、素人である私たちは笑い切れないと思います。大手の出版社が倒産しても不思議はない時代、「自分の分野でも同じことをしてしまうのではないか……」という懸念が誰にでもあるでしょう。
本は他人の人生のディテール、もしかしたらありえたかもしれない人生を 疑似 体験させてくれます。親しい友人であってもあかさないような内面の感情まで本の中で吐露されていることは珍しくありません。
知的好奇心は学問によって満たされるというのは、明治までの話でしょう。今は「学校を捨てよ、本を読みに出よう」です。大人になり、とっくに学校と縁遠くなっている読者の皆さんであればなおのこと、知的好奇心を満たすツールとして本を活用したいものです。
自然科学系で一冊だけ比較的新しい本を推薦せよ、と言われれば鈴木忠『クマムシ?!』(岩波科学ライブラリー) を挙げます。愛らしいクマムシは、電子レンジでチンしても死なず、とんでもない量の放射線や真空にも耐えるだけでなく、水なしで何年も生きてしまう。そもそも水分もなく代謝もない状態で「生きている」と言えるのか、という根源的な疑問も湧き出てきます。
苦手分野を名著でイッキに──井筒俊彦『イスラーム文化』(岩波文庫)
例えば、一〇年後にスペインに出かける機会ができたら、そのときはスペインの哲学者、オルテガの本やピカソの伝記などを〝いつか読みたい本棚〟から持っていくという具合です。移動時間は集中して読めるもので、頭に深く入る読み方となります。
また、チェコに旅をして、プラハの旧市街広場でこの街の象徴とも言えるティーン教会の二つ並んだ尖塔を眺めていたときには、ここでなぜ「プラハの春」が起きたのか、頭で考えていたのとは別の思いが湧き起こりました。 黄金小路の石畳を歩き、童話めいたパステルカラーに塗られた小さな家を見ていると、カフカの『変身』(新潮文庫) の不思議な感覚が、ごく自然なものに感じられたこともあります。
キューバに行き、メキシコ湾を望む海岸で『老人と海』を読んでいたひとときはまさに至福でした。
このように、相当に取材を進めたある段階で、 忽然と頭上から新たな仮説が降ってくるのです。 途中から仮説が変更することを、私は何よりも大事にしています。そうした大きな仮説を〝通らばリーチ〟とするために、その仮説が降りてきた直後から短期間で集中豪雨的に、専門書や学術書を浴びるほど読みます。誤解を恐れず言えば、あるテーマについて考え始めたとき、私には結論がないのです。二〇一一年三月から起きた「放射能論争」の大半がつまらないのは、論者の九九パーセントが「最初に結論ありき」のイデオロギー論争になってしまっているからです。
糸井重里さんも書いておられましたが、「市場を持つ奴が一番強い」。確かにその通りですよね。書くことを知的コミュニケーションのツールとし、自分の市場を確保すれば、現在の仕事だけでなく、新たなビジネスを始める可能性も広がります。 例えば、「毎日新聞」は読者を持っていますが、市場(マーケット) は持っていません。しかし宝塚や劇団四季は、自分たちの市場を持っています。観客が劇場に来ると、舞台を見せるだけでなく、パンフレットやグッズを買ってもらうこともできます。ファンクラブを作って会員を囲い込み、飽きさせず、いい思いをさせる。それでずっとリピーターになってくれるのです。
ところが齋藤孝『読書力』(岩波新書) を読んだ途端、考えがかなり変わりました。この本の後半で「おもしろい読書会とは何か」と論じられていた点に興味を抱きました。 何人かがあらかじめ同じ本を読み、それぞれが本の中でおもしろいと思う点と、そう思った理由を発表しあう。これが読書会を継続できる理由だと、『読書力』には書かれていて、なるほどと思いました。 一〇人で読書会を開いて、全員読んでこなかったら困りますが、最低でも五、六人は読んでくるでしょう。そうすると、「読んでいないが参加している人」も、読んできた人たちの話を聞いているだけでおもしろいから、次回も参加したいと思うかもしれません。普通の読書会が続かないのは、読んでいない人が脱落していくのが大きな原因です。
新幹線のN700系には八両編成と一六両編成があり、より大きな後者は定員が確か一三二三人だったかと思います。書き手の立場として言えば、一六両のすべてが満席だとして、そのうちの一三二二人に無視されても、たった一人が読んでくれただけで、ざっと一〇万部です。 そう考えると、八方美人になる必要などさらさらなく、そのテーマと内容で心通じ合う読者に届き、静かなコミュニケーションができればいいのだ、と思えて気楽になります。
読み手の立場から言えば、毎月数冊の本を読む人は、世界でも有数の読書大国である日本の働き手ですら、いろいろな統計を見ても、一パーセントもいません。
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