社会を変えるには (講談社現代新書)

  • 講談社 (2012年8月17日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (520ページ) / ISBN・EAN: 9784062881685

作品紹介・あらすじ

〈私はしばしば、「デモをやって何か変わるんですか?」と聞かれました。「デモより投票をしたほうがいいんじゃないですか」「政党を組織しないと力にならないんじゃないですか」「ただの自己満足じゃないですか」と言われたりしたこともあります。しかし、そもそも社会を変えるというのはどういうことでしょうか。〉(「はじめに」より)

いま日本でおきていることは、どういうことか? 社会を変えるというのは、どういうことなのか? 歴史的、社会構造的、思想的に考え、社会運動の新しい可能性を探る大型の論考です。

みんなの感想まとめ

社会を変えるための多角的な視点を提供する本であり、読者は自らの思考を深めるヒントを得ることができます。著者は、デモや投票といった社会運動の意味を歴史的・社会構造的に探求し、行動の背景にある理由をわかり...

感想・レビュー・書評

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  • 「考え」を押し付けられるのではなく
    「考える」ヒントがちりばめられている
    小熊英二さんの著を読むたびに
    思わせられること

    「デモをする社会」が書かれている
    もちろん
    あなたもデモに参加しなさい
    という安直なことが書かれているわけではない
    その時代の その時の
    その人たちが なぜ「デモ」という表現に
    至っているのか

    そこにいたるまでの経緯
    その時代の必然的な理由
    その人たちの行動のとらえ方
    さまざまな要素を
    実に分かり易く
    「絵解き」してくれている

    「おわりに」の中で
    この「本」を「教科書」にしないで欲しい
    私を講演会に呼ぶのではなく
    この「本」を読書会の話題に取り上げて
    あなたが 自分の頭で考えて欲しい
    あなたが 自分の言葉で語って欲しい

    と おっしゃる
    小熊英二さんの言葉が
    「これから」を「考える」後押しをしてくれている

  • 社会を変えるなら、変えたいなら、行動しよう、という本だと思う。いかんせん難しくて、ついていくのが大変だった。

    先日、「ヘルシンキ生活の練習は続く」でフィンランドでは普通にデモが起こり、気軽に参加するという話を読みながら、自分はデモのような社会活動に一歩引いてるよなぁと思っていた。

    この本の中で、昭和の社会活動、特にあさま山荘事件などで、社会運動は危ないというイメージがついてしまったという。まさにそのイメージが残っているのかもしれない。



    以下メモ
    ・戦後日本の社会運動における特徴
    ①強烈な絶対平和志向(すべての戦争否定)
    ②マルクス主義(レーニン主義)の影響
    戦後、漠然とした戦前回帰への反対や戦争をしたくない気持ちが共産党や社会党の支援につながった
    ③倫理主義
    自分は知識人、特権階級だから、特権を捨てて労働者に奉仕しなければならない。自己改革のための社会運動

    民主主義と国家を愛することは両立するのに、日本では両立してなかった。愛国心=戦争回帰になってしまった。

    1970年代~80年代の日本
    社会運動が少なかった。
    労働者が忙しく、社会から「余裕」がなくなる。
    発展途上国型の混沌が整理され消えていき、一方で先進国型の市民参加が育つほどの自由がなかった。

    ・古代ギリシャの民主主義 直接民主主義
    みんなで議論、盛り上がる、だから「納得」
    単なる投票による多数決ではない

    なぜ盛り上がると、納得するのか
    「みんな」が参加した気持ちになる
    「みんな」が決めた気がする
    盛り上がりが「みんな」を作る


    ・中世 視点の変化 遠近法
    それまでの絵は、遠くも近くも、時系列も同じ画面に描いていた。(神の視座)
    近いものを大きく、遠いものを小さく、自分を中心に世界を再編成する視点の発明。

    ・近代科学→近代政治思想
    自由で平等な個人が理性的な契約で国家を作る


    ・民主主義
    「みんな」で権力を作る。集団が大きくなれば、「代議制」になる

    ・自由主義
    権力から自由になる

    →自由主義と代議制民主主義を組み合わせるには無理がある
    みんなで決めないと納得できない


    ・昔は、共同体が強かったけれど、今は、個々にばらばら。だから、皆が共有している問題意識を足場に行動を起こす
    問題意識:誰もが自由になってきた、誰も自分の言うことを聞いてくれない、自分はないがしろにされている(格差)

  • 「社会を変えるには」どうすればいいのか?というつもりで読んでみたが、いい意味で期待を裏切られた。
    この本にあるのは、正解ではなく、正解を考えるための基礎的な知識。
    「社会を変えるには」人任せではなく、自分で考えて一歩を踏み出すことから。
    あとがきの、「デモをやって何が変わるのか」という質問に「デモができる社会がつくれる」と答えたとい話がとても印象的だった。

  • なんかしてえなって気持ちが募って購入

    大著!
    西洋政治史からじっくり学ぶ実践的な政治思想
    現代の病理的なものを紐解いて、では何をやろうか?何が良いものなのか?っていうのを考える本だと感じた

    これが新書で読めるのはありがたいことだと思う。僥倖

  • 社会を変えるには
    2025.4.11

    the大学教授の講義って感じの本。
    私が動いたところで•・・・と考えるのはもう古い。デモをして何が変わるのだ?ではなく、デモをしてデモができる団体ができるのだ!という考え方に転換して重きを置くべきである。
    人は想像以上に相互に影響を与えているから、まず行動することは大事だと実感した。
    特にやりたいことは責任のない若いうちにやれ!は正しいに違いない。今を精一杯に生きようと勇気づけられた。

  • この本は、社会を変える方法を書いているわけではない。

    思考の方法としては、現象学と弁証法を、思想としてはホッブズ、ロック、ルソーなどの政治学やアダム・スミスやマルクスといった経済学の大物を採り上げ、説明がしてある。これほど広い分野の考え方について触れることができる新書も珍しい。

    政治参加については、古代ギリシアから現代スイス、日本では日米安保に反対するデモ、学生運動などから現在の反原発デモまでをなぞっている。

    それを踏まえて、社会の一人一人が変わっていくことが、社会を変えていくことにつながることを暗に示し、無謬性についての痛烈な批判が感じられる文章となっている。
    無謬性への批判は、社会に対する私の根本的な思想であるので、とても共感することができた。

    と、このように本書をまとめることを著者は望んでいない。しかし、このように本書をもとに思考を巡らすことを筆者は望んでいるのだろう。

  • 現在の日本の社会構造の問題、政治・政策の問題を、過去の政治の移り変わりや世界的に有名な思想を元に、めちゃくちゃ丁寧に解説しくれています。

    特に興味深かったのは、

    自由を求めた結果、多様な生き方が生まれ、カテゴリー化した政策は効果が薄く、むしろカテゴリーから外れた人の疎外感から反感が生まれる結果になりやすいこと。

    また人は誰かから認められたい、人との関係の中で生きて行くのであって、自由になったとしても、よりどころが無いとどこまで行ったのか分からず、不安定になってしまう。自分は作り、作られの関係にある。再帰的なのである。

    だからどうすべきだ、という明快な答えはなく、自分で世の中を理解して、自分と見つめあって、最善だと思われる行動をとっていこう、ということ。自分が良いと思うこと、正しいと思うことをやる、発信する。やり方は、多種多様だけど、知識とやりたいことが分かれば、自ずと見えてくる。

    やるか、やらないかはその人次第。やらないより、やる方がマシ。だって、一度きりの人生だもの。

    結果、自分の理想と違うかもしれないけど、再帰性が増大するんだから仕方が無い。だって、人間だもの。

    個人的には、民主主義とは、大きな政府と小さな政府とは、について今まであんまり理解していなかったことに気付けたことが一番大きかった。

    一度読んだだけでは、薄〜く理解しただけなので、時間を置いてもう一度読み直したいと思います。良書です。

  • あまりのタイトルの直截さに目が止まった。
    その数日前に知人の大学生と歩いていたら、路上でおじさんが脱原発集会のチラシを配っていた。一度通り過ぎたが、引き返してチラシをもらった。するとその大学生は「行くんですか?」と尋ねてきた。
    「いや何となく気になって」と自分。
    「なんかこういうのって、お祭りみたいに騒いでるだけですよね」
    いや違うだろうと直感的に思ったけれど、学生時代冷ややかにデモを眺めていた自分を思い出して口をつぐんだ。
    それが気になっていたのか、数日後この本に出会った。過去の学生運動や社会運動の流れをとてもわかりやすく解説してくれている。そして、今の日本は相当「ヤバい」ということも改めて実感。
    本書は、上の大学生の一言に対するひとつの返答にもなっている。
    それは、楽しく反対してもいいじゃない、ということ。
    わざわざ東京まで出向く気にはならないけれど、縁があれば、脱原発デモに参加してみようと思う。

  • 日本近代史、社会活動史の振り返りから入り、民主主義の歴史、哲学史を概説。その上で、現代の社会課題に対するには、組織に縛られず個人が自由になり、個々人の社会の位置付けが流動的な現代に合わせ、柔軟で流動的な活動が必要なのではとヒントを提示する。2012年の作品で、東日本大震災後の反原発のデモの活況を反映した内容となっている。様々な切り口で社会活動を考える基礎を教えてくれるという意味では、社会学の基本書というだけでなく、一般向けにも参考になる内容だと感じる。

  • 小熊英二(1962年~)氏は、東大農学部卒、岩波書店勤務、東大大学院総合文化研究科博士課程修了、慶大総合政策学部専任講師・助教授を経て、同教授。専攻は歴史社会学、相関社会科学。『社会を変えるには』は新書大賞(2013年)を受賞。その他、サントリー学芸賞、毎日出版文化賞、小林秀雄賞等を受賞。
    本書は、20世紀に入り、社会を変えたい、と思いながら、実際には変えられると思えない、或いは、そもそもどうしたら「社会を変える」ことになるのかわからない人が増える中で、「社会を変える」とはどういうことなのかを、歴史的、社会構造的、思想的に説いたものである。
    具体的には、日本社会の現状(第1章)、社会の変化につれて、社会運動がどう変わってきたか(第2章)、戦後日本の社会運動の歴史(第3章)、古代ギリシャの民主主義(第4章)、近代自由民主主義とその限界(第5章)、現代思想における民主主義(第6章)、社会運動に関する様々な理論と、「社会を変えるには」どうすればいいのか(第7章)、という構成となっており、新書にしては珍しい500頁の大部である。
    著者は、「この本は社会運動と対話民主制を薦めている」と要約し、それを「正解」として盲目的に従うことはしないで欲しい(その理由は、本書の中で繰り返し出てくる)と書いているのだが、備忘のために、私なりの理解をシンプルにまとめると以下である。(歴史や思想については省く)
    ◆工業化社会からポスト工業化社会への移行(欧米では1960~70年代、日本では1990年代後半)に伴って、「労働者」や「農民」のような階級、或いは「若者」や「女性」といったカテゴリーが社会運動の主体とならなくなった。
    ◆古代ギリシャの直接民主主義では、全員が議論に参加し、盛り上がることによって、「みんな」や「われわれ」が決めたという納得感を得ていた。
    ◆近現代の、代議制による自由民主主義においては、個人が自由になったことと裏腹に、上記のようなカテゴリーの枠が希薄化し、自分たちは「ないがしろにされている」、「居場所がない」、「代表されていない」と考える人が増えてきた。
    ◆こうした状況を打開するためには、個人が自ら対話をする機会(社会運動など)に参加し、新しい「われわれ」を作り出す努力をするしかない。そのために、政府や専門家がするべきことは、個人が(対話)力をつける機会を作って手助けをすることである。そして、それこそが「社会を変える」ことなのである。
    ◆民主主義の原点は、参加者みんなが生き生きとして、思わず参加したくなる「まつりごと」である。そこにおいて、人は、自分個人を超えたものを代表していると思い、それとつながっていると感じることができる。
    2012年に本書が出版されてから10年以上が経つが、今日では、著者の望んだ方向とはむしろ逆に、考えることも、異なる意見を持つ人と対話をすることもない人々が増え、それを扇動するポピュリスト政治家が、世界を席巻している。(日本とて例外ではない)
    チャーチルは、第二次世界大戦終結直後に、「民主主義は最悪の政治といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」と語り、事実、自由民主主義は、ファシズムにも社会主義にも打ち勝ってきたはずなのに。。。
    著者の次の言葉を改めて心に刻みたいと思う。「社会を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと。言い古された言葉のようですが、いまではそのことの意味が、新しく活かしなおされる時代になってきつつあるのです。」
    (2024年2月了)

  • こういった理由でこういう社会運動をすれば、みたいな話かと思いきや、まず、その変えようとしている「社会」とは何か、というのを古代ギリシアまで遡って説きはじめ、近現代日本まで丁寧に語り下ろしたあと、ようやく第7章で、こういうやり方もある、ああいうやり方もある、けど万能な理論なんてないから、地域、時代背景、状況などを鑑みて、ケース・バイ・ケースで有効な方法をとるしかないのでは、という至極真っ当な結論に。また、これを鵜呑みにするのではなく、ツールのひとつとして考え、それぞれの問題意識で語り合う際の材料にして欲しい、「すてきな社会、家族、政治は待っていても、とりかえても現れません。自分で作るしかないのです」「社会を変えるには、あなたが変わること。あなたが変わるには、あなたが動くこと」なのだから、と。同じ著者の共著の「平成史」にも手をだしてみたい。/以下、抜粋や要約/原発は経済的に見合わないという認識が先進国では共有される/学生運動全盛時代の学生は自他ともに認めるエリート/第九条、デモ、社民党、共産党が悪いわけではない。「あれは自分たちと関係ない一部の特別な人がやっていることだ」としか考えない、ということが問題/日本の運動は、共同体を基盤にしたものがメインだった/お金や暴力は関係が希薄になってくるところに、関係の代役として入り込む/団塊の世代のうち学生運動に参加したのは4%/デモが社会を変えるときは、社会の大多数が、自分の声を代弁してくれる、とデモに対して思ったとき/盛り上がるというのは「みんな」「われわれ」をつくるということ/デュルケムの「自殺論」/近代社会はどんどん関係をお金に変えて走っている社会/人間は何か「自己を超えたもの」とつながっていないと生きづらい/ベンサム:人間の快楽感受能力は等しい。どんな人間も一人として数えると主張したこと。王様の快楽が農民より優先される、ということはありません/人びとが「自由」になり、国家と地域社会を束ねる宗教的・理念的な「われわれ」意識が薄れたら、自由かつ平等で安定している、ということはむずかしくなります/ギデンズ:人間はほんらい再帰的な存在。なんらかの対象との関係のなかで、作り作られてゆく存在/エンパワーメント、アクティブ化がこらからの政府や専門家の新しい役割/「社会を変えること」というのは「われわれ」により異なる、「われわれ」がばらばらに乱立しているので、これを変えれば社会が変わるというのが見つけづらい/だれもが共有している「だれもが「自由」になってきた」「誰も自分の言うことを聞いてくれなくなってきた」「自分はないがしろにされている」という感覚、それを変えれば誰にとっても「社会を変える」ことになる、とは言えないでしょうか/

  • 非常にわかりやすくこの本からなにかを学ぶというより、この本をステップに多方面へ至る里程標のような一冊。わかりやすいが故に冗長にも感じられるけれど、極めて平明に書く著者の姿勢に敬意を表したい。74

  • 民主主義=投票、っていう考えも根強くあると思う。政治家からすれば都合のいい論理で、選ばれたら何をやっても「多数」であることを理由に正当化される。一方で社会運動に参加するのは多くの人々にとって敷居が高い。暇もないし、他人から「活動家」と見なされるのもちょっと怖い? 
    文庫本で買ったけど結構情報量は多く、日本の社会運動の歴史、民主主義とは、その限界、社会運動に参加することの重要性とその意義について詳細に記載されていて参考になりました。後半に社会運動の戦略論みたいなところもあって、なるほど・・そういう見方もあるのか、と。
    現在の政権を見ていると選挙で結果を出すことも大事だけど、一方で官邸を包囲し続けることもより効果的かもしれませんね。

  • 無知な自分に対して色々な示唆を与えてくれる。
    ただし思想は強め。
    相対化してしっかり考えていきたい。

  • 読んだあとに「なるほど」となるより、書いていないことが気になるような本が好きだ。そんな本。

  • 「新書大賞2013」を受賞した作品。だけどそこまでよい作品とも思えなかった。なぜなら、あまりにも理想論、建前論に寄りすぎているからだ。内容は大半が社会運動史の概説に近く、理論的なことをダラダラと述べているだけの部分も多い。歴史や方法を知ることが社会を変えることの第1歩なのはそのとおりかもしれないが、しかしいくら高邁な理想を掲げていても、できうるかぎりの方策を講じてみても、じっさいには限界があってなかなか社会は変えられないのである。その好例が、著者がたびたび言及している原発問題だろう。あの事故いらいスッカリ日本じゅうに原発を嫌悪するムードが漂い、世論調査においてもつねに反対派が多数派を占めるようになった。それでも現在の安倍政権は、再稼働に向けて着着と準備を始めている。社会を変えようとアレだけデモをしても、けっきょくなにひとつ変わっていないではないか。理想と現実が異なるのもまたあたりまえのことであり、それで著者を責めるのも酷かもしれないが、そのことにたいするエクスキューズはもうすこし言及してほしかった。また、内容の信憑性も微妙。安保闘争などにかんするくだりは、伝聞なども多い。体系的な先行研究がすくないのかもしれないが、ならば厖大な参考文献をつくるなどして、内容の真実性を担保すべき。内容についていえば、2012年の刊行ということもあって、現在でみるとどうなのかなと思う部分があった。社会を変えようと思うことはよいことかもしれないし、その方法を学ぶことに意義はあるだろうが、本作を読んだだけではかえって絶望感だけが強まりかねない。

  • ○社会学者である小熊氏の作品。
    ○東日本大震災以降の日本社会の現状を踏まえ、「社会を変えるには」をテーマに、過去の思想史や政治史、民主主義の成立や共産主義、全共闘といった一昔前の権力闘争まで、いかにして社会を変えていくのか、どうやって社会を動かしていくのかについて、著者の論をまとめたもの。
    ○新書でありながら、内容が濃く、充実したもの。読み応えがある。

  • 多くの人々が集まって生きていくとはどういうことなのか、民主主義の根本?のようなものがわかりやすく書かれていてよかった。
    読んでいて、学級経営の到達点は、「民主的であること」を目指すことなのだと思った。

  • 特定秘密保護法に対する反対するデモを与党幹事長がテロと呼ぶ、そのタイミングで図書館からこの分厚い新書が回ってきました。ナイスタイミング!3・11以降の脱原発デモをきっかけに書かれている本ですが、ついついプラスチックワードになりがちな民主主義という言葉を根本に遡って捉えることができます。古代ギリシャまで遡って「みんなで盛り上がること」=お祭りの重要性を指摘するあたりとか、目鱗満載です。プラトンもデカルトもデュルケームもフッサールもみんな登場して今の状況へバトンを渡していきます。社会運動とか政治活動とかの本と色眼鏡で見るのはもったいない、思考停止になりそうなぐらい面倒臭くなった今を見るための眼鏡になります。「〈民主〉と〈愛国〉」とか「1968」とかの大著もこの著者らしいのですが、この一冊には論ではなく行動の書として書いている気迫が満ち満ちています。とにかく「われわれ」という言葉の可能性をしみじみ感じました。

  • 新書としては異色の1,300円する社会学者の小熊英二さんの本。
    社会を変えるにはというタイトルだが、内容は社会運動(デモなど)について。反原発についても議論している。

    結論がよくわからない本だったな。
    原発のところの海外事情については事実を淡々と客観的に書いているところもあり、そこは読みごたえがあったな。
    だけど、本当に結論がわかり難い本。
    社会学者に特有のまわりくどい言いまわしが多いからだな。フッサールとかを出しているが、カッコよくは見えるが結局どう関係があるのかよくわからないな。
    こういう本をありがたがる人間にはなりたくないな。

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著者プロフィール

1962年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。慶應義塾大学総合政策学部教授。社会学から日本近現代の研究に従事。主な著書に『単一民族神話の起源』(新曜社、1995年、サントリー学芸賞)、『〈日本人〉の境界』(新曜社、1998年)、『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社、2002年、大仏次郎論壇賞、毎日出版文化賞、日本社会学会奨励賞)、『日本社会のしくみ』(講談社、2019年)、A Genealogy of ‘Japanese’ Self-Images (Transpacific Press, 2002)など。

「2024年 『連帯の政治社会学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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