私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 2288
レビュー : 305
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062881722

作品紹介・あらすじ

小説と格闘する中で生まれたまったく新しい人間観!嫌いな自分を肯定するには?自分らしさはどう生まれるのか?他者と自分の距離の取り方-。恋愛・職場・家族…人間関係に悩むすべての人へ。

感想・レビュー・書評

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  • 若林正恭さん『社会人大学人見知り学部 卒業見込』で平野啓一郎さんの「分人」という考えが紹介されており、気になって読んでみた。

    これまで人間関係でモヤモヤ、イライラしていたこと。
    自分でははっきり原因をつかめず、とりあえずの対処法ばかりに頼っていたけど。
    すごい…。
    著者の言う「分人主義」がストンと腑に落ちて、これまで悩んでいたことも、何が原因だったのかがよくわかる。
    どういう考えを持てばいいかを知って、自然と涙が出て、自分でもびっくり。
    この本と出合えてよかった。
    確実に、気持ちが楽になった。

  • 唯一無二の「本当の自分」なんてない。
    自分探しで苦悩している若者、対人関係で生きづらさを感じている人に、特にお勧めな1冊です。

    高校時代、友人の未知の一面を目の当たりにしてショックを受けたことがあります。私の知っている彼女は、偽りの彼女だったのか、と。
    当時は森絵都さんの「カラフル」を読んで救われ、人には多面性があることを受け入れることができました。

    ところが成長するにつれ、「本当の自分」と「様々な一面(ペルソナ)を持つ自分」という解釈だけでは生きづらさを抱えるようになります。
    そもそも「本当の自分」なんてものはなく、「本当の自分」=「思い描く理想の自分」に過ぎず、掴まえようとしても指先からすり抜けていく幻のようなものだとやがて割り切るようになりました。
    なのでずっと思い悩むことはなかったものの、釈然としないモヤモヤ感が残っていましたが、この「分人」という概念は非常にしっくりと腑に落ちるものでした。

    本書でも書かれていますが、複数の分人を生きることは、精神のバランスを取るために必要なことかもしれませんね。自分が自然体でいれる場所、自分の好きな分人でいれる相手との繋がりは大切ですね。

    恋愛についての「愛とは、「その人といるときの自分の分人がすき」という状態のこと」という説明も、非常にしっくり。
    人間が他者との相互関係の中で生きていることを考えれば、この「分人」の概念を持っていることで随分と生きやすくなるように思います。

    さらっと流してしまいがちな観念について、小説を書きながらこんな風に丁寧に向き合う著者が素敵だなと感じました。小説も読んでみたい。

  • 「本当の自分は何か?」「自分には個性がない」自分は何者なのか?その問いに人々は頭を悩ませる。自分を探して旅に出たりする。
    確固とした唯一無二の「本当の自分」なんてものは存在しない。
    誰といるか、どこにいるかによっていくつもの自分の姿は現れる。分割不可能な個人ではなく、分割可能な〝分人〟であると、著者は言う。


    それで思い出したのが、自分の高校生の頃。

    私は、教室では、明るくノリよくみんなみたいにおしゃべりできない、いけてない人。一年間で一言も話したことがない人がクラスにいて自分が話しかけたら、迷惑だろうと、思っている。通学路で一緒に帰るなんて、会話が持たないのが怖いからできない。

    教室から出て、職員室や図書館の司書室にいる先生たちのが愉しく話せる。美術室には、自分の教室での顔を知らない人たちがいる。
    さらに高校の外の、絵の先生や近所の児童書専門店の店長とは愉しく話せる。

    教室にいることは心地よくない。
    それなのに、外の人とは話せる自分って何だろう?と、思っていた。自分は根暗なのか?それなのに、年上の大人とは話せるのはどうしてか?
    親に向けた自分の姿があり、高校での自分の顔を知られたくないとも思っていた。

    今思えば、教室での分人をうまくつくれなかっただけのこと。つくるためのそこにいる人たちとの共通言語や関わりの作法(みんなが手を叩いて笑うことを同じように笑えるようなこと)を持てなかったということ。

    他の分人で心地よいところを選び、それがあったからバランス取れていたのだと思う。

    分人、自分の様々な側面は相手との相互作用、関係性から自然に引き出される。
    分人が複数あるからアンバランスではなく、だからこそバランスを保っていると、著者は言う。

    学校だけとか、家庭だけ、仕事だけでは生まれない。場と自分の硬直した関係ではなく、個人のしなやかさと、出入り自由な場所、環境が必要ってことですね。

    そもそも人は多面的で変わりゆく存在なら、「こんな人だとは思わなかった!」とか、「昔はこんな人ではなかった」と言うことは、ナンセンス。
    それは、あなたが見ていた、その人の分人でしかない。

    分かり合えない部分があるのが人間。
    これを読んだ人は、「分かり合えないことから」平田オリザも読むとよいかも。

    分人とゆう著者なりの定義付けに目からウロコ。

    とってもよい本でした。

    • きーちゃんさん
      この本を読んではいないのですが。。。
      レビューを読んで、akaneirosoraさんの高校時代と私の高校時代がほぼ同じ状態で、びっくりしまし...
      この本を読んではいないのですが。。。
      レビューを読んで、akaneirosoraさんの高校時代と私の高校時代がほぼ同じ状態で、びっくりしました。と同時に、この本に興味を持ったので今度、書店で購入しようかと思っています。
      2017/09/07
    • akaneirosoraさん
      きーちゃん様

      お返事が大変遅くなりすみません…
      しばらく、ブクログから離れていました…コメントありがとうございます!
      きーちゃん様

      お返事が大変遅くなりすみません…
      しばらく、ブクログから離れていました…コメントありがとうございます!
      2018/01/15
  • ブクログの談話室でこの本を知り読みたくなりました。
    考えることが不得手なので「私とはなにか」とかぶっちゃけ考えたことないのですが、この本の、人は「個人」ではなく「分人」で生きている、という考え方は人間関係を楽にするような気がします。日々暮らしていく中で出会う「他人」も
    「分人」で私と交流してるんだ!と解釈できれば、「あの人は私とAさんとで態度が違う...」と悩まずに済みますね。お互いたくさんの「分人」を使い分け、影響しあってるんですねー。
    自分も「分人」だととらえると「会社にいるときと、恋人といるときとどっちが自分の本性?(妄)」と思わずに「全部自分の「分人」なんだ...。」と思うと、なんていうか、観念します(笑)
    興味深いのは本や芸術やペットに対しても「分人」で対応しているといっていること。そうか、谷崎潤一郎にハマった自分も「変態エロ魔神」が本性ではなく(笑)谷崎の「分人」によって影響されて出てきた私の「分人」のひとつなんだ、と思うと面白いです。
    著者は芥川賞作家の平野啓一郎さん。
    彼が「分人」の問題に絡め、過去作の解説もしている記述もあり読んでみたくなる。

  • これまで生きてきてどこへいってもつきまとってきた、「この今の自分は、この人に見せて大丈夫なやつだっけ?」の怯え。「こんな一面があるんだね」と思われる恥ずかしさ。
    こういった自分の欠点と思ってきたことを『分人』という言葉で理路整然と説明してくれた!
    『分人』という概念を持っているだけで、色々なことに説明がつく。腑に落ちる。

    以下、本書より得たこと。忘れないように。

    ・あることで悩みを抱えていたとしても、それは自分の中にいくつもある分人のうちの一つであって、居心地の良いと感じる分人の割合を大きくして足場にしていけばいいのだ。

    ・この人のこと本当に好きなのか?と思ったならば、この人といるときの自分は好きかどうかを問うたらいいのだ。

    ・どんな犯罪者であっても、それは社会でそれまでに経験して培われてきた分人が成した犯罪であって、そのプロセスをトリミングしてその人間のみを悪人だと決めつけてはいけない。トリミングの外側を見ること。想像力を持つことを忘れないこと。

  • 作者 平野啓一郎 初めて読んだ。他に小説は読んだことはない。
    「本当の自分」など存在しない。
    対人関係ごとに見せる複数の顔がすべて「本当の自分」
    パリでの語学学校の話、高校・大学時代が一緒にした友人の話、
    個人は分けられない、しかし他者とは明確に分けられる。
    複数のコミュニティへの多重参加→大事
    内部の分人には融合の可能性がある。
    また、好きな人嫌いな人というより、誰といる時の自分が好きか嫌いかで、相手の好き嫌いができてしまうというところがわかった。
    相手のことよりも、むしろ、そこにいる自分のことをどう思うか。

  • 著者と似たような年代だからなのか、話にものすごく共感できた。
    「個性を持ちなさい」といわれ教育されて来た世代で、インターネットなどによるコミュニティの普及で「分人化」が急速に進んだ世代。
    だからこそ共感できたのかもしれないが、もっといろんな世代のヒトに読んでもらいたい、大切な一冊になった。

    自分自身の中でも、「あっちに対する性格」「こっちに対する性格」に違和感を感じたり、苦しみを感じたり、人間関係がうまくいかない人とのやり取りで苦しんだり…。
    しかし著者の「分人」という考え方で、すんなりと、「これでいいのかもしれない」と思えるようになりました。

    なんか新興宗教とか新手の自己啓発本読んだあとのような感想になってしまいますが、こんなにストンと納得できた本も珍しいです。

    著者の本は「決壊」しか読んでいなくて、しかもここの感想はさっぱりしたもの程度だったので読み直してみたいです。感想が変わりそうで楽しみ。「ドーン」「空白を満たしなさい」や作中で出てきた古典を読んでみようと思います。持ち歩きたいくらいいい本。

  • 自己の個性とは如何に形成されるかということを「分人」という概念で分析される本書はすぐれた哲学書に感じられた。筆者は小説家なので煩雑な専門用語がちりばめられることなく読みやすい。何度か再読したい」本の一つだ。

  • 私とは何か。
    モヤモヤする自分、楽しい自分。
    衝動的で幼い自分。しっかりと物事に向き合う自分。
    人格が分裂してるのではないかと何かと悩んでいた自分に、新しい考え方を授けてくれた本になった。

    分人主義の初期説明では、「視点を変える」ということにしか思えず、NLP(認知言語プログラミング)の手法と少し似てるな、と感じていたが、似て非なるもの。

    「他者との相互作用の中にいる自分」というのを意識すると居心地がよくなるかもしれない。

  • 著者は小説家、平野啓一郎。処女作「日蝕」の評判を伝え聞いて、ずっと衒学的で観念的な作家だと思い込んでいた。その後、一冊だけ「一月物語」を読んで、思ったより読みやすく、風格、というかはったり?がない作家だな、と意外に思った記憶がある。
    本書もわかりやすい。平易な言葉で、独りよがりにならない。この手の本を読むと、文章の意味がわからなくて面倒な思いをすることがよくあるが、本書ではそれはなかった。文章のプロだからなんだろうか? 

    分人。面白い考え方だ。新しくはない。ペルソナに近いかもしれない。でもそれを肯定しているのが新しい。「本当の自分」なんていない。言うなれば、いろいろな相手、いろいろな局面で現れるそれぞれ違う個性「分人」のネットワークが「本当の自分」だという考え方。
    ぼくはFacebookには近寄らないようにしているのだけれど、理由の一つは、仕事と趣味の世界をごっちゃにしたくないからだ。仕事の同僚と釣りに行きたいとは思わないし、釣り友達と仕事の話なんかしたくない。同僚と釣り友達が「○○って会社では」「川では」みたいな話を始めたりしたら、と思うとぞっとする。別にキャラを作っているつもりはないし、どっちが本当の自分だとも思わないけれど、とにかくイヤなのだ。そんな自分が後ろめたいわけではないけれど、なんとなく人と違うんだろうか、と釈然としない部分はあった。ぼくは知らずに分人を大切にしているのだ、と考えればなんとなくすっきりする。

    その一方で、仕事用、趣味用、家庭用と、たくさんの分人をそれなりのポテンシャルで維持するのはかなりのエネルギーが必要そうだ。そこまで体力のない人は大勢いるだろう。あるシチュエーションに適合する分人を育てることができなければ、その人はその環境には適合障害を起こす。その反面、居心地のよい、気に入った分人は大きくなっていく。それを「本当の自分」「自分らしい自分」と呼んだとしても、そんなに不自然ではない気がする。

    いろいろ考える、面白い本だった。

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プロフィール

平野 啓一郎(ひらの けいいちろう)
1975年、愛知県蒲郡市生まれ。生後すぐ父を亡くし、母の実家のた福岡県北九州市八幡西区で育つ。福岡県立東筑高等学校、京都大学法学部卒業。在学中の1998年、『日蝕』を『新潮』に投稿し、新人としては異例の一挙掲載のうえ「三島由紀夫の再来」と呼ばれる華々しいデビューを飾った。翌1999年、『日蝕』で第120回芥川賞を当時最年少の23歳で受賞。
2009年『決壊』で平成20年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、2009年『ドーン』で第19回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2017年『マチネの終わりに』で第2回渡辺淳一文学賞をそれぞれ受賞。2014年には芸術文化勲章シュヴァリエを受章した。
『マチネの終わりに』は福山雅治と石田ゆり子主演で映画化が決まり、2019年秋に全国で公開予定となっている。

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