反教育論 猿の思考から超猿の思考へ (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2013年2月15日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784062881951

作品紹介・あらすじ

「好き嫌いはいけない」「大人の言うことはきちんと聞きなさい」「基礎が大切」「わがままはダメ」「嘘はつかない」「秘密は持たない」・・・・・・。しつけや教育の現場でよく聞かれるこの言葉。でもそれって本当の事だろうか?注目の精神科医が最近のクライアントの傾向から現代のしつけ、教育の常識に強烈にダメ出しする。人間らしい真の思考を目指すためのヒント。(講談社現代新書)


「好き嫌いはいけない」「大人の言うことはきちんと聞きなさい」
「基礎が大切」「わがままはダメ」「嘘はつかない」「秘密は持たない」・・・・・・。
しつけや教育の現場でよく聞かれるこの言葉。でもそれって本当の事だろうか?
精神療法を行う著者のクリニックには、今日も多くの「生きる目的」「何をしたらいいかわからない」「したいことがない」と悩み多くのクライアントが訪れる。
エネルギーが感じられなくて、精神的に「去勢」されたような感じ。
治療の過程で、彼らがそうなった根源を探っていくと、
必ず彼らが受けた「教育」「しつけ」の問題にいきつく。
「自律した人に育ってほしい」と言う一方で、それと反対に「従順なよい子」の振る舞いを期待する大人たち。それに応えようとする子供たち。
そうして育った子供たちが、結局効率的とか合理的な考え方しかできない思考停止人間になっていく。
これっておかしくないか?
注目の精神科医が現代のしつけ、教育の常識に強烈にダメ出しする。人間らしい真の思考を目指すためのヒント。

みんなの感想まとめ

教育やしつけに対する常識を問い直す内容が展開され、現代社会における「従順なよい子」を育てる教育の問題点が浮き彫りになります。著者は、精神療法の現場から得た洞察を基に、子供たちが直面する生きる目的の喪失...

感想・レビュー・書評

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  • 全体的に他人を馬鹿にしている文体が鼻につくし、主張も近視眼的でガバガバな所も多く非常に気に食わない。だが書いてあることはそこそこ程度には面白い。人間社会における教育の問題点は、膨大な「それらしく振る舞うためのマニュアル」を教える点にあると言う。この「流動性能力」を鍛えるだけでは人間の本来持つ「考える」能力(=疑問を持つ能力と即興性、好奇心)を失ってしまうと言う。

    フロムによる分析。
    「服従によって、私は自分が崇拝する権力の一部になることができるのであって、そのために自分も強くなったと思うのである。権力が代わりに決定してくれるから、私があやまちを犯すはずはない」
    これは非常に面白い。考えることをやめて服従すれば過ちを犯さなくなる。自分は権力を煙たいものと感じているが、それでも権力に従うことはメリットをもたらすのである。権力は模範解答を用意し、その権力に歯向かう者には権力にへつらう奴らが厚顔無恥にも批判をしてくるのである。権力が倒れると自身が生きていけなくなると考えれば免疫反応みたいなものか? そういえば『石の花』も似たようなテーマだった。


    『「自由」とは内的な秩序もしくはルールの存在を認識しこれに従う在り方のことであり、外的なルールに従った窮屈な在り方でもないし「勝手気まま」なものでもない、と言っているのだ』
    ここはすごくピンときた。「自由を履き違えている」とかいう母校御用達のクソな自由の蹂躙はここなんだよな。各人が考える自由とは各人ごとのものであり、それを頭から押さえつけるのは良くない。自由がぶつかり合った時その都度その都度利害関係者で話し合うべきなんだよな。これをわかっていない奴らが先公にも同級生にも多すぎた。

    オオカミを褒める→わかる部分もある。しかしオオカミはサルと違って下剋上はないとか言うが、それはまさしく構成員は考えていない服従する「サル」なのでは? てか、前半の『オオカミと人間』の話は、オオカミは実は社会的生物で人間や猿のような邪悪さはないよって主張している意味でわかる。後半のエレーヌの話って何ぞや? たまたま「社会不適合」(不適切な言葉をあえて使っている。本の意味で言うならば「サルではない、誰にも服従せず自分で考えられる人間」となるだろう)な人間がオオカミを好いたというだけでしょう。別に散歩の時にオオカミと会わずにハムスターと会っても大腸菌と会ってもおんなじ反応だったかもしれなくない?しかもそのオオカミも近所の変人に飼われていたものだし。それこそ哲学ですが飼われているオオカミは犬なのでは?

    露骨なサルディスり→は? 作者は下剋上を嫌っているが、無能な上を除くのは組織の健全性を保つ上ではあり得るのでは?

    あと、幸福とか感情を数値化することの何が問題なのかを詳しく言ってない。いや、多分理性が全てを支配することに疑問を持っているのだろうけど個人が自分で考えてそれらに数値化するならいいでしょう。シカゴ学派見てみろよ。

    いやー、、仮に才能に溢れる人間であればいいですよ。いつの世も才能にはタレントが支払われるからそれで生きていけるでしょう。エレーヌさんだってピアノの天才らしいし。でも、才能がない人間は? 少なくとも彼らには自己実現や満ち足りた人生よりも日銭の問題が大きいでしょう。たとえ搾取と裏切りの社会であろうともそこに入れば生きていける可能性があるなら凡人にはそこに行くのが一番でしょう。全体的に持つものの論理で気に食わない。

    教育の本質が洗脳→わかる
    教育で画一なプログラムが個人の自発性を失わせる→わかる

    『「道徳」教育の推進指定校だったからこそ深刻な「いじめ」問題が発生した、という逆説的な真実に、われわれはきちんと目を向けなければならない』ソースくれや。
    主張は確かにわかる。ムラ社会では個人を抑圧する。それゆえムラから突出した個人は抑圧されねばならない。道徳教育はムラから突出しないことを是とし、目的とする。それゆえ道徳教育が活発なほどいじめは起こる。
    しかしそれなら他国の道徳教育といじめの関連性を比較に出すべきである。オーストラリアとか出る杭は打たれることで有名でしょ? 社会学的な研究テーマとしては非常に面白いがそれを偏見で解答しようとしているから失笑もの。まあ社会学的にデータを集めるのが面倒だったのだろうが。

  • 相変わらず密度が濃く、読みごたえがあった

  • 最後の章の結論は深く同意する。全体を通して、著者の教養の深さを感じるとともに、引用されている本を読みたくなった。

  • 本人の知的好奇心の発動を待たずに調教的に押し付けられた「勉強」では、主体性の欠如した「頭」の使い方しかできない「思考停止人間」を生み出すことになってしまい、自分で考えることが出来ない人間になってしまうことは避けられず、結局、受動的で空虚な生が満たされることはない。

    勤労の道徳とは支配者が被支配者(奴隷)に対して持続的に労働を強いるために用いた洗脳の道具かつ、被支配者が理不尽な労苦に耐えるためにひねり出した自己正当化の装置。

    人間は意味を求め、意味なしには生きられない存在である。

  • ⚫︎教育とは
    泉谷先生の本として他書から派生。良い子ほどダメになるというタイトルに妙に惹かれて読んだ。技術は原子力の時代にあり、心は石器時代にあるという言葉に納得であった。
わかりやすい、きめ細やかな教育などとさまざまな場面で行われているが、果たしてそれが教育される側にとって有益となっているか、教育方法が発展してると言われるが、果たして人は成長しているか常々疑問であった。
本書に言う音楽道に陥っている自分がいた。練習や、基礎理論を重要視していたのである。なんでも基礎から学ぶことや、学校で学び直すことが教育である、正しい流れであると思っていた。しかし、それは明確に異なる。心からの学び、自発的な興味に導かれたものは頭の力が一番発揮される。応用から基礎へという順番でしか楽しむことはできないのだ。
一方、守破離の考えが必要であり、守として、自分探し、自分という独自性を追求する時期を経て、外へ出てゆける。この時期、師は時間がかかっても探し出ことが必要。なんでもかんでも師のいうとおりではなくていい。師から習う、そして卒業するのがよい。心の疑問を解消してくれる本であった。

  • めっちゃいい

  • なかなか反抗的だなぁ。

  • 「守 破 離」、「正 反 合」、「駱駝 獅子 小児」

  • 教育について考えてさせられた。頭、身体(=心)を意識して生活したいと思った。

  • 評価を見て規定していただけに、
    期待ほどの目新しさはなく、
    私が以前知り得たことの復習だったり、
    改めて自分の意識・意思の確認をしているみたいだった。
    とはいえ、結構極論~!っておもうこともあったりして、
    面白くはあった。

    「師から必要なところだけを盗んで、不要なところには染まらないように」「懐疑的精神で」選ぶというようなことが書いてあって、(あ、自分の中にもちゃんと育ってたんだな、その芽が)って思ったり。

    そしてそれこそこの本からだって、
    取捨選択する気持ちが大事なんじゃないかなと思った。

    星は3をつけたけど、面白くなかったという意味ではなく、
    一度読めば十分かな、と思ったので。

    あと、モンテッソーリ教育に通ずるものがあるな、
    ともおもったり。
    彼女も精神科のお医者さんだったな、そういえば。

  • いじめの仕組み、マザコンは今やデフォルトなど、今時の子供が晒されている過酷な環境の深層が良く分かる。自分が良い親だと確信している人には是非目を通して欲しい。多分つまらないことが書かれている本だと一蹴することだろう。それ自体が、子供にとって良い親でないことを示していることに気がつかずに。

  • 「普通がいいという病」の後に読んだ本。教育が作り出す思考停止人間の増産、隠し事が一切ない親子の気持ち悪さ。改めて言われてみると納得の内容。正しい子育ての危険性、良い子とはなんだろうか。考えるきっかけになった。再読後→自身の経験と合わせて読むと、悩み、考えることをやめるというのがどんなに恐ろしいことか、人は簡単に狂うのだということを実感した。何度でも読みたい。

  • 教育には弊害がある。好奇心に基づき自発的に行われるものは教育ではなく学習。学習には自ずと知的探究の喜びがある。教育は機械的、受動的作業。善/悪の二者択一(サル的な考え方)ではなく、「頭」と「心=身体」の二次元で考える。日本の学校は個人の育成よりも、集団生活のスキルを身につけさせる場。学生服、体操服、持ち物制限、時間割、朝礼での整列。まずは集団ありき。これはムラ的共同体の考え方に由来する。ムラ的共同体では個人や個性は認めない。いかに良きムラ人になるかを叩き込まれるだけ。

  • 教育は「自立し自ら学ぶ子を育てよう」という方針に従順に従うのは自ら学ぶ力など得ることができないという原理的矛盾に満ちている。

  • 教育のことを書いているようだが、どちらかというと
    『自立のすすめ』とでもいうほうがしっくりくる内容。
    内容は、『普通という病』と同様、とても興味深い。
    テーマが絞られているぶん、『普通という病』より読みやすいかもしれない。
    さまざまな本からの引用も内容に即しており納得感があり、
    また、医師でありながら、東洋的(?)な思考で
    話を進めているため、文系の人が読んでも腑に落ちやすい。
    オオカミの思考や帰納法の大切さや複雑系思考についてなど、
    すべては「心が主で、現象をあるがままに考える」ことにつながっている。

    なお、文中では人間を「サル」と「オオカミ」に断じすぎているきらいはあるが、
    それも著者の熱の表れだろうか。
    こちらもまた読み直したい一冊。

  • 教育に関してある程度前に向かって進んでいる子供には
    著者の言う方法でよいが
    そうではない子供にはほってはおけない
    著者はほっておいてもそのうちというが
    そのうちといっているうちに歳を取り
    ニートという大人になり物を学ばないまま
    という人の多いこと
    著者のように進めればさらに多くなる
    やはりそんな子供のためには熱心で、
    勉強の面白さ、良さを伝える指導者が必要だと思う

  • タイトルからして何とも挑発的だ。しかし、著者は教育学者というわけではなく精神科医である。
    あとがきにあった執筆に至った想いが興味深かった。
    精神科医として、抑うつ症状、パニック症状や離人症など、現代的な心の病の快復に取り組むなかで、悩みの質の変化を感じ、しつけや教育を根本から問い直すことが必要であると思い至ったという。

    内容的には、哲学的で難しく感じるところもあったが、興味深い示唆に満ちたものであると思う。
    それは、表層的な小手先の教育論ではなく、もっと深い部分の人間の本質を理解した学びが必要であるとしている。
    現代教育は意識的にか無意識的にか、次のような思考停止人間を育成しているとしている。「こういった場が目指しているのは、マニュアルを要領よく使いこなし、組織の有能な歯車になるような人間の育成である。」

    本書では、随所に引用文を用いている。
    過去にも同様の指摘や警告を行っている者がいたということであり、その危惧した状態が現実になってきているということでもある。
    これらの指摘を受け止め、どう行動していくか、すぐに答えが出るものではないが考え続けていく必要があると思う。

  • いまのいままでサル思考だったと想う。

  • 守破離の段階が必要
    教育は受けるがわが能動的でなければ意味がない
    猿的な知能より
    オオカミ的な知能を育む方がより大事
    知識をたくさん詰め込むより考える力本質を知る力が必要

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著者プロフィール

泉谷 閑示(いずみや・かんじ)
精神科医、思想家、作曲家、演出家。
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。パリ・エコールノルマル音楽院留学。同時にパリ日本人学校教育相談員を務めた。現在、精神療法を専門とする泉谷クリニック(東京/広尾)院長。
大学・企業・学会・地方自治体・カルチャーセンター等での講義、講演のほか、国内外のTV・ラジオやインターネットメディアにも多数出演。また、舞台演出や作曲家としての活動も行ない、CD「忘れられし歌 Ariettes Oubliées」(KING RECORDS)、横手市民歌等の作品がある。
著著としては、『「普通」がいいという病』『反教育論 ~猿の思考から超猿の思考へ』(講談社現代新書)、『あなたの人生が変わる対話術』(講談社+α文庫)、『仕事なんか生きがいにするな ~生きる意味を再び考える』『「うつ」の効用 ~生まれ直しの哲学』(幻冬舎新書)、『「私」を生きるための言葉 ~日本語と個人主義』(研究社)、『「心=身体」の声を聴く』(青灯社)、『思考力を磨くための音楽学』(yamaha music media)などがある。

「2022年 『なぜ生きる意味が感じられないのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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