やさしさをまとった殲滅の時代 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062882323

作品紹介・あらすじ

90年代末、そこにはまだアマゾンもiPodもグーグルもウィキペディアもなかった――。

それからたった10年。

何かが決定的に大きく変わったことは間違いない。

しかし、何が?

00年代には人知れずいろんなモノが失われていった。

いったい何があったのか?
静かなる大変革の正体をずんずん調べた!


80年代・90年代の日本社会と若者の曲がり角を描いた『若者殺しの時代』につづく、待望の続編登場!


【目次】

序 章 たどりついたらいつも晴天
第1章 00年代を僕らは呪いの言葉で迎えた
第2章 インターネットは「新しき善きもの」として降臨した
第3章 「少年の妄想」と「少女の性欲」
第4章 「若い男性の世間」が消えた
第5章 「いい子」がブラック企業を判定する
第6章 隠蔽された暴力のゆくえ
第7章 個が尊重され、美しく孤立する
終 章 恐るべき分断を超えて

感想・レビュー・書評

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  • 主に2000年代の、時代の雰囲気を感覚的になんとなく書いたもの。エッセイみたいなもんだよなこれ。

  • 堀井憲一郎さんの現代評論。


    僕は、今の時代は「変わり目」だとは思うものの、そこまで激しい「変わり目」であるかというと、それはどうかな~と首を傾げてしまう。日本の歴史を観ても、明治維新や太平洋戦争の敗戦といった、人の生き方を180℃も変えてしまうような「変わり目」はたくさんあったし、それと比較しても、今はもっと緩やかで柔軟性に富んだものになっている。たぶん、今の世の中が高度に成熟していることが、知らず知らずのうちにセーフティネットになっていて、その恩恵を受けているのだ。


    ゼロ年代を俯瞰して、インターネットやサブカルチャーの興廃から、日本社会の構造の変化について考察している。「世間」という上から下まで貫いていた共同体(価値観)が、高度経済成長の終焉とインターネットをはじめとした情報化によって崩壊して、同じ感覚を共有できる人々だけが集まるタコツボ的な社会が形成されていった……というのが大まかな主張だと思う。表題の「やさしさ」は、この新しい社会を形成している価値観、「殲滅」はその価値観が旧来の価値観を滅ぼしていることを示している。


    ゼロ年代の評論というと、宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』みたいなザブカルチャー評論が中心というイメージがあって、それについての総括が待たれるのだけれど、社会状況と文化を結びつける評論はこれからもなくならないだろう。面白いから。でも、やっぱりサブカルチャーはサブカルチャーなわけで、全体を俯瞰することはまず不可能であり、切り貼りすればいかようにも語りようがあるわけで、ちょっと鵜呑みにするのは避けたいところだ。ハイカルチャーの対であるサブカルチャーは、サブカルチャー自身も相対化して、常に振り子のように振れるから、取捨選択も容易だったりする。


    現代評論は俯瞰が不可能なので、その評論には頷けるところと、頷けないところがある。一応の理屈は通っているものの、一つには政治についての話がないことと、もう一つには世界についての話がないことで、ゼロ年代の評論としては不十分さがあった。このあたりは、この本が「若者」についての評論することが中心になっていると思う。サブカルチャーと若者の親和性。


    なので主軸に語られているのはサブカルチャーで、経済・政治についてはほぼ書かれていない。小泉純一郎についての言及がないし、世界でいえば911以降のアメリカについての言及がないのは、さすがにこの時代の社会を描きだすという行為に、絵具が足りていないように思う。書かれていないことを集めれば、「そうでもないよね?」と言うこともできそうだ。


    書いていることに集中すれば、作者の鋭い観点が多々ある。特に、「やさしさ」によって「暴力」が排除されつつあるものの、「暴力」そのものは決してなくならないという主張は頷けるものがあった。暴力すらも旧来の価値観(ルサンチマンや若者の暴発といった見方)からは外れたものとして、秋葉原の通り魔事件について言及されている。この意味もなく発露する暴力性は、たぶんゼロ年代を通じて社会の上から下まで起きていて、サブカルチャーはもとより、政治の世界では郵政選挙、世界では911などがあって、ついには東日本大震災でピークを迎えた。


    この現代評論は、ゼロ年代の気分について語ったものであると「あとがき」には書いていて、確かに時代の変わり目の、旧来からの価値観が通用しなくなり、新しいルールが次々に生まれ、模索していたころの空気について、腑に落ちる程度には説得力があると感じられた。でも、今にして思えば、失敗したものが大部分ではあっても、成功したものもたくさんあって、その成功したものが10年代の気分をつくっていくのだと思う。それは、批判的になりがちな現代評論とは別の、肯定的な言説によって、また描き出されるのではないか。


    若者論として、その文脈で読めば、非常に優れた本だと思う。

  • 個の尊重の細分化の行き過ぎによってもたらされた美しい孤立。

  • 便利なものが次々と現れた00年代。小学生の頃なのでぼんやりとしか覚えていないが本当に自分が知らぬ間に身の回りをインターネットで管理され、さらにコントロールされていたのだと気付かされた。
    豊かであるのに、満たされない、空回りしている感じ。筆者はそれを個の尊重の細分化の行き過ぎによってもたらされた美しい孤立だと述べている。この本は2013年に発行されたものだけどそれから6年後、今はその状態がさらに悪化しているんじゃないかな。

  • 社会

  • 以下、心に残った文を抜き書きしておく。

    「2000年になって、なんか、いいね。うれしいね、という気分がもう少し強ければ、何か違っていた気がする。否定的な気分で迎え、これは言い換えれば「2000年代を呪いの言葉で迎えた」ということになってしまう。
     00年代は上昇と変化が常に覆っているのに、その呪いの言葉にひきずられ、あまり気分が高揚しないまま、過ごすことになった。呪いの言葉を口にすると、それは自分の行動を縛り、やがて自分に跳ね返ってくるのだ、ということを、みんなでもう少し、学んでおけばよかったとおもう。
     でももう、どうしようもない。これからやるしかない。」

    「インターネットによって、情報が広く開かれた。インターネットでつながることによって、社会のシステムは大きく変わりつつある。
     ただ、システムが変わっているだけであって、社会そのものを変えたわけではない。
     すべてがインターネット接続で動いていったけわけではないのだ。
     流れの本質は別のとろこにある。社会の底を抜いているのは、もっとべつの僕たちの大きな共同思念ではないか。
     インターネットが社会の表面をわかりやすく覆っている時、その流れとパラレルに、見えない社会の底で大きな動きが連動しているように感じる。僕たちは、何かすごく大きな別のものを失いつつあるようなのだ。川の流れを見ているときに感じるぼんやりした不安、それと似たような感覚をふと感じることがある。」

    「迷惑をかけて生きていく。
     迷惑をかけられたら、面倒がらずに世話をしていく。
     そこに、金銭やら経済活動を介在させない。
    やさしをまとった殲滅は想像しない。世界を大雑把にとらえない。自分の身のまわりから始末してゆくしかない。
     僕たちは、そうやって生きていくしかないのだ。」

  • MediaMarkerにあった「近代の呪い」の関連本で。タイトルからして、既に同意できると言うか、自分の中の漠然とした問題意識をうまく表している。

  • 勢いだけで書いてしまったような感じがある。この著者昔はかなり示唆に富むことを書いていたのに、だんだん面白くなくなってきた。

  • ちょっとネット文化に詳しい五十代の人が、ポエムをつらつら書き綴ったような内容。
    若者向けでもないし、おっさん向けでもないしで誰向けに書いた本なんだろう。
    やや懐かしさに浸ることは出来たけど、内容としては何も残らない本でした。

  • 暴力と切れと父親という存在、ロストジェネレーションの誤解の指摘はよい。「迷惑をかけよ」という指摘もなかなかよい。要は社会から信が失われていることへの確認と絶望の書。しかし、サブカルはその本性としてファッション、生生流転するものなので、ニュースや流行りを捕まえて時代潮流を見るというのも矢張り一面的でないか、という気がする。庶人はもっとくたくたで、小さなネットワークで、セコセコと、しかし、たくましく地道にそれぞれの生を形作っているものだ。

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著者プロフィール

1958年生まれ。京都市出身。コラムニスト。
著書に『かつて誰も調べなかった100の謎 ホリイのずんずん調査』(文藝春秋)、『青い空、白い雲、しゅーっという落語』(双葉社)、『東京ディズニーリゾート便利帖 空前絶後の大調査!』(新潮社)、『ねじれの国、日本』(新潮新書)、『ディズニーから勝手に学んだ51の教訓』(新潮文庫)、『深夜食堂の勝手口』(小学館)、『いますぐ書け、の文章法』(ちくま新書)、『若者殺しの時代』『落語論』『落語の国からのぞいてみれば』『江戸の気分』『いつだって大変な時代』(以上、講談社現代新書)などがある。

「2013年 『桂米朝と上方落語の奇蹟』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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