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Amazon.co.jp ・本 (328ページ) / ISBN・EAN: 9784062883238
作品紹介・あらすじ
どこかしら「過剰」だからこそ作家なのだ--。小説新潮の編集に約30年携わり、同誌の編集長もつとめた著者が、鬼籍に入った思い出深い著者たちの記憶をたどる。渡辺淳一、山村美紗、遠藤周作、水上勉、井上ひさし、城山三郎、久世光彦……総勢21名の作家たちのそれぞれの業(ごう)を秘話満載で描く。
鬼、女帝、遅筆……。作家を作家たらしめる「過剰さ」とは何か。
全21人の作家の「業」(ごう)を秘話満載で描く。
●彼女の家の玄関チェーンを「ぶった切ってやる!」……渡辺淳一
●紫綬褒章を頑なに拒否した、意外にも肉食の人……城山三郎
●「すみません」を繰り返しながら原稿は遅れる……井上ひさし
●「ずいぶん儲けさせてやってるんやぜー」……遠藤周作
●賞品総額1千万円の福引が新年会の恒例行事……山村美紗
<本書の内容>
第一章 流浪の民
1 水上勉 風呂とめし 2 田中小実昌 カバンの中のカント 3 渡辺淳一 鈍感力と激しさと
第二章 硬骨の士
1 城山三郎 旗振らすな 2 結城昌治 心優しき正義漢 3 藤沢周平 内心の炎
第三章 二足の草鞋
1 伴野朗 朝日新聞記者 2 山口洋子 三冠王 3 久世光彦 倒れるような忙しさ
第四章 遅筆の理由
1 井上ひさし ひさしズム 2 都筑道夫 一人四役 3 綱淵謙錠 故郷喪失者の哀しみ
第五章 仕事をせんとや、遊びをせんとや
1 遠藤周作 仕事も遊びも 2 北原亞以子 なにくそが原動力 3 吉村昭 幸せだなあ
第六章 早すぎた旅立ち
1 山際淳司 スーパードライ 2 楢山芙二夫 岩手なまりのニューヨークのサムライ 3 多島斗志之 失踪
第七章 全身流行作家
1 黒岩重吾 作家という鬼 2 西村寿行 誰よりも犬を愛す 3 山村美紗 女帝の時代
「プロ作家が口を揃えて言うことだが、作家になるよりも、作家であり続けることのほうがはるかに大変だということである。作家であり続けるために、作家は自分の一部を過剰に肥大させるようになる。作家と呼ばれる人たちの「過剰さ」「内的エネルギーの膨大さ」それが、作家という病ということになるだろう」(本文より)
みんなの感想まとめ
作家たちの「過剰さ」とその魅力を探る回顧録です。著者は、鬼籍に入った21人の作家たちの素顔や秘話を、編集者の視点から描き出します。昭和の香り漂う時代背景の中で、流行作家たちの独特な生き様や、彼らを支え...
感想・レビュー・書評
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『小説新潮』編集部に29年間在籍し、そのうち9年間は編集長を務めたベテラン文芸編集者が、つきあった21人の作家たちとの間に生まれたエピソードを綴った本である。
この手の本では、文藝春秋の文芸編集者だった高橋一清の『編集者魂』が出色であった。あの本が14人の物故作家の思い出を綴ったものであったように、本書で取り上げられているのも物故作家ばかりだ(まあ、まだ生きている作家のことは書きにくいのだろう)。
よく似た成り立ちのこの2冊は、甲乙付け難い面白さである。
ただ、『編集者魂』が上品で格調高い本だったのに比べ、本書はもっと下世話で、暴露本的な色合いもないではない。たとえば、作家と愛人の関係にも踏み込んでいたり、取り上げた作家の負の側面も容赦なく暴いていたりする。
私は本書を読んで、「遠藤周作って嫌なヤツだったんだなァ」と思った。
21編のポルトレ(人物素描)は玉石混交だが、著者が対象への愛情とリスペクトをもって書いたと思われる章は、総じて面白い。たんなるエピソード集ではなく、その作家の「核」を巧みにつかみとった作家論としても読める。
私はとくに、山口洋子、吉村昭、北原亞以子、黒岩重吾の章に感銘を受けた。
それと、通読してしみじみ感じるのは、本書は「小説家という職業の黄金時代の話」だということ。いまよりもずっと本が売れ、人気作家が社会的に強い力をもっていた時代ならではの逸話ばかりが並んでいるのだ。
たとえば、こんな一節がある。
《原稿の催促は文芸編集者が一番に緊張するときで、誰でも怒鳴られた経験が一度や二度はあるはずだ。》
〆切までに原稿を仕上げないのは作家の落ち度なのに、催促すると怒鳴られるというのだから、なんとも理不尽な話だ。
〆切など守らなくて当たり前、作家は編集者に威張って当たり前だった時代なのである。
いまのように本が売れない時代はそんなわけにはいかず、最近の若手作家は総じて〆切をきちんと守るし、腰が低いらしい。
小説を書くことを人生の中心に据え、そこにあまりにも力を注ぐゆえに、人間としてどこかが破綻し、欠落している……本書に登場する作家の大半は、そのような人々である。
作家たちがよくも悪くもサラリーマン化し、優等生的になったいまではあまりお目にかかれない、「作家という病」(業といってもよい)にかかった人々の味わい深いドラマ集。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
元「小説新潮」編集長による、大衆小説作家たちの素顔。タイトルが某社のバカ編集者が出したゴミみたいな本からの丸パクリであり、それだけでも評価が下がるのだが、最後に西村寿行や山村美紗と編集者たちの異常な関わり方が読めてとてもおもしろい。繰り返すが、タイトルはセンスが悪すぎる。
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棚番:A13-03
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2017/04/06
移動中 -
昭和の香りたっぷりの回顧録。中間小説誌がバンバン売れていた時代の「流行作家」たちの姿が、名物編集者によって描かれている。既に鬼籍に入った方たちばかりだが、これからも読まれ続ける作家は、さあ、はたして何人いるのだろうか。
生前には語られることのなかった逸話もあるのだが、暴露的な感じはなく読みやすいが、同時に身内話的な生ぬるさをを生んでいるように思ってしまった。 -
作家とは一般の人とは違うというのはわかったが、今一歩踏み込みが物足らなかった。でも一編集者では無理なのかもしれない。
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編集者としての著者の交流録のような形式で、各々の作家の一部分しか捕らえておらず、作家の実像には迫りきれていない印象。「病」と言える程のモノも感じない。自己顕示欲と承認欲求が普通の人より高いという程度。仕事相手として付き合うのは面倒臭いのだろうが、編集者の方も商品として割り切って、消費している感じ。そして作家の方は消耗して死んでいくって事なのかと。
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2015/9/22読了。
昭和の後期から平成の初期あたりの時期に活躍した、エンターテインメント(少し古い言い方だと中間小説と呼ばれるジャンル)の作家たちの列伝。
かつて僕も社会人の駆け出しの頃、ほんの数年だけだが、同じジャンルの文芸編集者をやっていたことがある。本書に登場する作家のほとんどがまだ存命で、大家と扱われていた頃だ。僕も何人かの方から原稿(もちろん手書きの)を受け取ったことがある。
僕が数年でその仕事から逃げ出すことになったのは、作家という人種が、仕事で付き合うにはあまりに濃すぎる存在だったからだ。本書のタイトル「作家という病」はまさに言い得て妙。身内でもない赤の他人との人間関係にこういう一種の病人たちを誠実に組み入れようと思ったら、一人か二人が限度だと思ったからだ。
彼らと誠実に付き合うと、おそらくこちらも巻き込まれて病に罹ってしまう。そうなっては編集者という会社員は務まらないが、彼らと付き合って病に罹らずにいられるのは、僕に言わせれば別の病だ。どちらかというと後者の病のほうが怖くて、いずれにしろ僕には無理な仕事だと思って尻尾を巻いて逃げたのだ。
だから作家だけでなく、こんな本まで書いた本書の著者だって失礼ながらあまり健康とは言えない。その辺りの不健康な「病」の臭いを含めて楽しむのが文芸であるならば、それを香しく嗅がせてくれる一冊ではあった。 -
2015年9月新着
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校條と書いて「めんじょう」と読むのだそうだ。編集者として関わってきた作家たちの姿を活写していて引き込まれた。それにしても編集者出身の作家の多いこと!
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20150815日経新聞、紹介
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あまりにも人間臭い人々。最高です。
著者プロフィール
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