戦国の陣形 (講談社現代新書)

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  • 講談社 (2016年1月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784062883511

作品紹介・あらすじ

◆鶴翼、車懸、魚鱗…「兵法」の意外な新事実/軍勢を軍隊へと改めたのは織田信長ではなかった!? 甲斐武田氏と越後上杉氏が取り組んだ軍制改革の中身とは!? 歴史とは事実であらねばならない――。徹底的に真実を掘り起こした渾身の一冊。◆伊東潤氏絶賛!/川中島の、三方ヶ原の、関ヶ原の実相はこうだったのか!頭を割られたような衝撃が走る。中世軍事史に一石を投じる快作。


◆鶴翼、車懸、魚鱗…「兵法」の意外な新事実◆

軍勢を軍隊へと改めたのは織田信長ではなかった!?

甲斐武田氏と越後上杉氏が取り組んだ軍制改革の中身とは!?

歴史とは事実であらねばならない――。

徹底的に真実を掘り起こした渾身の一冊。

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◆伊東潤氏絶賛!◆

川中島の、三方ヶ原の、関ヶ原の実相はこうだったのか!

頭を割られたような衝撃が走る。中世軍事史に一石を投じる快作。

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◆本書のおもな内容◆

序 章 鶴翼の陣に対する疑問から

第一章 武士以前の陣形

第二章 武士の勃興と陣形の黎明

第三章 中世の合戦と定型なき陣形

第四章 武田氏と上杉氏にあらわれた陣形

第五章 川中島・三方ヶ原・関ヶ原合戦の虚実

第六章 大坂の陣と伊達政宗の布陣

終 章 繰り返される推演としての陣形

みんなの感想まとめ

歴史的な戦闘における陣形の実態を深く掘り下げた本書は、従来のイメージを覆す新たな視点を提供します。特に、戦国時代において「陣形」と呼ばれるものが実際には存在しなかったという主張は、文献に基づく地道な検...

感想・レビュー・書評

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  • 定型的な戦いの陣形が無かったとの説は説得力があった。確かに、何万もの軍勢が、単純な陣形をとれるような地形はそうそうあったとは思えないし、兵種を上手く運用した方が勝てる気がする。

  • 陣形というものに抱かれていたイメージを一新させる。そもそも東国のほうが優れた軍制(兵種別編成)だった、その始まりは信玄を討ち取りにいった村上義清だった、それを長尾景虎が受け継ぎ、襲われる信玄や北条氏康もそれを採用した。
    甲陽軍鑑といった文献についつの研究も紹介されてて勉強になるし、白村江の頃から採用した集団戦も対外戦がなくなり蝦夷の散兵戦術と戦ううちに日本も集団戦ではなくなってバラバラ戦う鎌倉武士が、と、戦国の陣形だけでなく日本の戦いとはどうだったのかという点でも学ぶことが多い。

  • 新聞の書評をみて読んでみた。
    戦国時代の有名な戦いの陣形図に根拠がないことを地道な文献検証に基づいた説明には説得力がある。
    確かに、10万人を超える陣立てと言われる関ヶ原の戦いが、なぜ半日ばかりで終わったのか、昔から不思議に思っていた。
    ちょっとした豆知識を身に着けられる。

  • タイトルは「戦国の陣形」だが、要点としては日本の戦国時代には実態としての「陣形」なんてなかった、という本。
    会戦に際し、兵の集団を決められた形に配置して運用する(それができるよう訓練する)陣形は日本の場合、大陸との戦闘を想定した律令制下には一時、存在したものの、結局大陸との大規模戦闘は白村江以降の古代では発生しなかった。
    蝦夷勢力等と戦う上では会戦を想定している陣形は有効ではない(相手が集団ではなく散兵であるため)。
    騎馬に乗った武士は運用としては散兵に近く、鎌倉~室町も陣形らしい陣形はない。魚鱗の陣・鶴翼の陣みたいな表現は出てくるが、密集せよ・散開せよくらいの意味できちんと決まった形はない(そもそも、領主ごとの集団や、「俺についてこい!」「おう!」みたいな固まりで戦闘してるので、司令官の下で秩序だった展開なんてしていない)。

    きちんと形の決まった陣形を導入したのは武田信玄・山本勘助であることは確からしいが、その陣形も有効に機能した記録はない。
    むしろ信玄に一矢報いるために村上氏が生み出した、旗本の下に兵種ごとに一定数の兵を揃えて、それを組み合わせて運用する(その組み合わせの力で一点突破して信玄を攻撃する)先方の方が有効で、その戦法はそのまま上杉氏に取り入れられた上、北条・武田にも波及し、後に豊臣政権⇒徳川政権にも取り入れられる(領主ごとに、各兵種を決められた数拠出することを義務付ける⇒それを兵種ごとにわけて再編成して運用する)。
    江戸時代以降に「なんか陣形ってのがあったらしい」と机上で研究が進むが、日本でそれがまともに機能したことなんてなかったらしいぞ、と。

  • そんなものはない。

  • 中世から戦国時代はとくに陣形なく、各武将の寄せ集め的な軍隊。
    村上義清が始めた五段隊形(鉄砲、弓、長手槍、総旗、騎馬)を大規模に編成したのが上杉謙信、武田信玄が対抗するために採用、東国に広まりさらに全国に広まった。

  •  夢とロマンがなくなるね。(誉め言葉)

  • 「君も陣形博士になれる」みたいな本では決してないので、間違って買わないように。陣形を謂れから解説。巷間に流布する色々な無駄知識と誤解について知ることができた。「勘介は『それがし、軍学は体系的に学んでござらん』と天地神明にかけて告白しているのである」という部分など笑えます

  • 甲陽軍艦等の文献の精査で,日本の古代から近代の軍隊の陣形の実態を解き明かした好著だ.村上義清と上杉謙信が五段隊形を編み出して実際に活用した事例紹介は素晴らしい.徳川時代が平和であったため,戦国時代の歴史がおざなりになったことで,当時の陣形に関する研究が不十分だったことは残念なことだ.関ヶ原の合戦の戦況展開図(p170-173)は具体的な形での考証であり,素晴らしいと感じた.

  • 戦国時代の合戦の具体が少しわかった気がしする。

  • <目次>
    序章   鶴翼の陣に対する疑問から
    第1章  武士以前の陣形
    第2章  武士の勃興と陣形の黎明
    第3章  中世の合戦と定型なき陣形
    第4章  武田氏と上杉氏にあらわれた陣形
    第5章  川中島・三方ヶ原・関ヶ原の虚実
    第6章  大坂の陣と伊達政宗の布陣
    終章   繰り返される推演としての陣形

    <内容>
    簡単に言うと「鶴翼」や「魚鱗」などの陣形はなかった(これは中国においても)。若干のシステムはあったが、その場限りに近いものだった。強いて言えば、戦国期武田信玄に攻められた村上義清が、決死の陣として考案したものがあり、それを上杉謙信が学び、川中島などで使い、それを受けて武田信玄や北条氏なども使用した。しかし、それはせいぜい全体の陣の中の各部隊の陣形であった。関ヶ原では使われた痕跡はないし、大坂の役で苦戦した徳川氏が、その後の参勤交代の際に、陣立てを規定したところから、パクス=トクガワーナの中で、軍学者が机上の空論として少々編み出し、それを戦後の歴史学(軍事学)者が、さらに汎用し、ゲームなどで人口に膾炙した。というところか。
    だいたい、中国はまだしも山国の日本で、陣形を保って戦うなど無理だし(地形優先でしょ)、様々な思惑の武将の統制は相当至難の業だったと思う。
    逗子市立図書館

  • 目からうろこ。以下、引用。
    ●こうして見ると、陣形の起源は何もないからっぽの伝説にあるのだった。そして諸葛亮が推演した神話の八陣の実態は世から忘れられ、日本では山本勘介が諸葛亮の八陣を復元してすぐに有効性を失い、徳川時代には軍学者たちが武田の八陣を思い出して、戦国時代に頻用されたかのように語ったが、これもほどなく机上の空論として顧みられなくなり、そしてまた現代になってこうした文献を参考にとして戦国の陣形が、それらしく語られるようになってしまったのである。そもそも「陣形を使えば強い軍隊になる」わけでもなかった。村上義清と上杉謙信が信玄の陣形を強引に押し破るため、旗・鉄砲・弓・鑓・騎馬からなる兵種別編成の諸隊で結合する五段の隊形を編み出し、これをもって論理的な陣形がハッタリにすぎないことを証明してしまったのである。

  • やはり鉄砲がでてきて、陣形とか戦術みたいなものが重要になってきた?

  • 戦国八陣は理論のみで使われることは少なかった。武田信玄が山本勘助と作ったが、村上義清が信玄を討つためだけに考案した兵種別の兵が連携して戦う作戦を謙信が発展。五段隊形。旗持ち、騎馬、鉄砲、歩兵、長槍。
    中世は軍勢。寄せ集めなので、体系だった戦いはできない。その後軍隊に。
    川中島も関が原も通説の陣形は怪しい。
    メッケル少佐の「西軍の勝ちだ」も陣形図なかった可能性から怪しい。
    諸葛亮の八陣も内容不明。

  • 日本に陣形がもたらされたとされる時代から有名な八陣(鶴翼、魚鱗、雁行、長蛇、偃月等)について論じられる。
    はじまりは律令制の時代、7世紀からだった。源平合戦にも陣形とは呼べないが隊形や戦略などは存在していた。そして時代の移り変わりとともに集団戦が重要視され戦国時代に武田信玄によって八陣はマニュアル化されるものの、実演という形では現世まで見られることはなかったのではないか。それが著者の考察である。

    様々な参考書物をもとに書かれており、なかなか戦略が好きな自分にとっては面白い部分があったが、とくに何かが得られる!といった本ではないので星3つ

  • 戦闘、特に陸戦が実際にはどのように行われ、何が勝因・敗因となるのかということは、戦争を知らない私には中々理解できない。そういう疑問に何らかの答えが与えられるのではないかとの期待を持って本書を読んだ。
    結果的には、その答えは本書にはなかった。その上、近代以前の日本の戦闘には、戦術的な陣形は実際には存在しないも同然ということで、古代中国から移入されたらしい陣形の名前だけが一人歩きしていたというのが結論だった。様々な陣形の名称も、いわば机上の空論らしい。なぜそうなったのかは、古代から近代までの武士・兵士の成り立ちの歴史に沿って説明されており、ここが本書の最も面白いところかもしれない。

  • 2016年3月新着

  • “時代モノ”のファンを自認する人の中には…「無制限の制作費」を投入して、勇壮でリアルな、そしてドラマチックな戦国時代の合戦場面を映像で再現してみたいというような、傍目には莫迦らしいかもしれないようなことを夢想する人が在るのかもしれない…実は私自身にもそういう傾向が無いでもないのだが…本書に触れて、恐らく著者はそういう傾向をかなり強く帯びているのかもしれない等と思った…

    本書の文中でも触れられているが…戦国武将等が「○○の陣」等というモノを用いていたらしいというような事柄に関して、実は然程深い研究は行われていない…本書は、そういう「○○の陣」というようなモノに関して、「“戦”というモノが辿った経過」を考えてみることを積み上げて考察している。或いは非常に画期的な内容を含むのが本書である。

    本作は、限られた紙幅の中で、なかなかに深く考察を展開していて、非常に面白かった!!

  • なるほどとうなずけるか所も少なくはないのだけれど、我田引水なところも目立つ(白峰旬氏の関ケ原短時間決着説とか「五段隊形」へのこだわりとか)。あと、図表の説明が大ざっぱすぎて、途中でわからなくなるところも散見。

    伊藤潤氏推薦とか絶賛とかの物件には要注意ってことか?w

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著者プロフィール

乃至 政彦(ないし・まさひこ):歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。歴史人物の言動と思考、武士の軍事史と少年愛を研究。主な著書に、『戦国の陣形』『平将門と天慶の乱』(いずれも講談社現代新書)、『謙信×信長 手取川合戦の真実』(PHP新書)、『謙信越山』(JBpress)がある。テレビ出演、監修、講演でも活動中。

「2024年 『戦国武将と男色 増補版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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