我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ! (講談社現代新書)

  • 講談社 (2016年4月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784062883641

作品紹介・あらすじ

根源なる「歌」をもとめて。現代日本を代表する詩人が語る魂の軌跡!戦時下に多感な幼年期を過ごした「非常時の子供」が、傷を抱いたまま詩人となるまで。詩壇へのデビュー。アメリカ、ブラジルなどの海外体験。内外の芸術家、哲学者、小説家たちとの交流。そして、言葉の限界を極限まで突き詰めた詩作活動の根源に至るまで。世界的評価も高い現代日本最高の詩人が、自ら内面の軌跡を縦横無尽に語り尽くした驚きの「詩的自伝」!!


吉本隆明はかつて言いました。
「現在、日本に詩人と呼べる存在は3人しかいない。田村隆一、谷川俊太郎、そして吉増剛造だ!」。
現代日本を代表する先鋭的な詩人として、国際的に高い評価を受けている吉増剛造。詩の朗読パフォーマンスの先駆者として海外で「KAMIKAZE GOZO」とセンセーションを巻き起こした若き日から、パノラマカメラや多重露光を多用した写真表現、オブジェ作品、映像作品の制作に至るまで、他ジャンルと積極的に横断した多彩な創作活動を展開しています。
詩人としては稀有なことですが、本年6月からは東京の国立近代美術館で、その芸術活動を俯瞰する大規模な「吉増剛造展」が開催される予定です。
戦時下に多感な幼年期を過ごした「非常時の子供」が、その傷を抱いたまま詩人となるまで。郷里の多摩川の冷たい水の底の記憶。進駐軍の「オンリーさん」と、米国人牧師の「聖書」の言葉の響き。戦後の混乱期の渋谷でのキャバレーバーテン生活と関西への放浪。詩壇へのデビュー。アメリカ、ブラジルなど海外体験。南島、北方など「辺境」への偏愛。ジョナス・メカス、ジャン=リュック・ナンシー、中上健次など内外の芸術家、哲学者、小説家たちとの交流。
本書は、一貫して「市井の人」として筆一本で歩んできた一人の詩人が、自ら内面の軌跡を縦横無尽に語り尽くした驚きの「詩的自伝」です。

みんなの感想まとめ

詩人の内面と人生の軌跡を深く掘り下げた一冊は、戦時下の幼少期から始まり、混乱の時代を経て詩壇にデビューするまでの道のりを描いています。著者は、暗い時代の影響を受けながらも、聖書体験や欧米文化から得たイ...

感想・レビュー・書評

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  • 一度だけお会いした印象から、吉増剛造は、かげろうのような、すごく繊細な詩人だと思っていた。ところが違った。
    印象あらため、つる植物のような強靭さと柔軟性をそなえた詩人なんだということがわかった。

  • 【献本+招待券プレゼント】"GOZO"読んで美術館へ行こう!2016年6月7日-8月7日東京国立近代美術館『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』豪華献本+招待券15名様プレゼント!【2016年5月30日まで】
    http://info.booklog.jp/?eid=904


    吉本隆明はかつて言いました。
    「現在、日本に詩人と呼べる存在は3人しかいない。田村隆一、谷川俊太郎、そして吉増剛造だ!」。
    現代日本を代表する先鋭的な詩人として、国際的に高い評価を受けている吉増剛造。詩の朗読パフォーマンスの先駆者として海外で「KAMIKAZE GOZO」とセンセーションを巻き起こした若き日から、パノラマカメラや多重露光を多用した写真表現、オブジェ作品、映像作品の制作に至るまで、他ジャンルと積極的に横断した多彩な創作活動を展開しています。
    詩人としては稀有なことですが、本年6月からは東京の国立近代美術館で、その芸術活動を俯瞰する大規模な「吉増剛造展」が開催される予定です。
    戦時下に多感な幼年期を過ごした「非常時の子供」が、その傷を抱いたまま詩人となるまで。郷里の多摩川の冷たい水の底の記憶。進駐軍の「オンリーさん」と、米国人牧師の「聖書」の言葉の響き。戦後の混乱期の渋谷でのキャバレーバーテン生活と関西への放浪。詩壇へのデビュー。アメリカ、ブラジルなど海外体験。南島、北方など「辺境」への偏愛。ジョナス・メカス、ジャン=リュック・ナンシー、中上健次など内外の芸術家、哲学者、小説家たちとの交流。
    本書は、一貫して「市井の人」として筆一本で歩んできた一人の詩人が、自ら内面の軌跡を縦横無尽に語り尽くした驚きの「詩的自伝」です。

  • なぜ吉増剛造を読もうと思ったのか。もう記憶が定かではないが、岩波新書の「中上健次」を読んでいて、いつか吉増剛造の書いたものを何か読もうと思ったのだと思う。BOOKOFFのオンラインでいろいろ探していて一緒に買ったのだと思う。もっと以前には、舞踏との繋がりで名前だけは知っていた。作品に触れたことは一度もなかった。本書はインタヴューに答える形での自伝となっている。途中にいくつかの詩が載っている。読んでいても全く頭に入らないし、意味は全く伝わらない。試しに「古代天文台」を声に出して読んでみた。読みにくい、けれど繰り返しは心地良い。たまたまスクリャービンの交響曲二番がBGMでかかっている。(自分が並べて置いている、父が遺したレコードの中から順番に抜き取って聴いている。)意味は入らないが、勢いは伝わる。100分de名著では「シュルレアリスム宣言」をやっていた。その中で自動記述という手法が紹介されていた。本書の中にその言葉を見つけた。そう思って読んでみると霊性が感じられる。本当は大野一雄とのエピソードなどを読みたかったが、名前が挙がるだけで具体的な出来事はなかったように思う。ただ土方巽よりは大野一雄だということ。土方の方が文化の中心を走っていたような書き方がされていたが、僕は全く逆を想像していた。田村隆一についてはいくつか触れているが、谷川俊太郎については何もなかった。付き合いがなかったのか、避けていたのか。吉本隆明の本を書き写すというのはいったい何を思ってのことなのだろう。島尾ミホと石牟礼道子との対談は何としても読まないといけないと再度思った。たぶんニーチェの「ツァラトゥストラ」も、挫折したままのレヴィ=ストロース「悲しき熱帯」も、キルケゴールも岩波文庫の「死に至る病」が棚にあったはずだから。それから、なぜか本棚にある(妻が持っていた)中原中也と立原道造の詩集も。一冊読むと読みたい本がまた数冊増える。困ったものだ。

  • 吉増剛造を知らなかったことを後悔した。
    こんな自伝は空前絶後だ。
    言葉を求める詩人の呻くような自伝であり、
    ブラジル人の夫人に出会わなければ自死していたであろう男の極限の叫びが響き渡る。

    詩人というのは、魂の表現者なのだ。
    心の底、海の底、夢の底まで潜り、始原としての言葉を紡ぎ出し、それを表現(読み、叫び、叩き、色彩)するのだ。

    彼の、哲学者と共振する姿が凄い。
    哲学書を読むことの本質を教えてくれる。
    知性ではなく、心(魂)で触れること。
    哲学者が望むのは、こうした魂の伝達なのかもしれない。
    キュルケゴール、ニーチェ、ハイデガーそしてヘーゲルとの魂の共振を楽しむ。
    吉本隆明の読み方に至っては、筆写し、仮名書にし、そこから霊感を得る、という。
    (この自伝を読んで、難解な本は筆写することにした。それを「写経」と読んでいる。しばらく、「写経」していると著者の魂が憑依してくるのか、次にどう展開するか分かるようになってくる)

    ブラジル人の夫人マリリア、島尾ミホ、荒木陽子という女性性、巫女性の根元に触れることで、この魂の表現者は、益荒男からメタモルフォーゼする。

  • 借りたもの。
    詩人・吉増剛造氏が語る、自身の半生と、生まれた詩作が織り成す本。
    大戦が始まり、敗戦と戦後復興の空気を生々しく語っている。時代の暗い雰囲気が自身の創作(変人気質の性格?生きづらさの正体?)の根幹にあることを強調する。
    それを払拭するかのように?欧米の文化――聖書体験と洗礼が節目として語られ、そこから得たインスピレーションが、暗い雰囲気に紅一点のような、花を添えたのかも知れない。
    ナルシズムと思える、自身の根暗な部分?を気取って語り、酒と女と声へのフェティシズムを惜しげも無く詩と言葉で語る。(アーティストとは皆そういう者なのかもしれない……)

    インターネットの網・その弱い繋がりの無い時代、精力的に人と関わる詩人や周りの人々の活力に圧倒された。今を生きている私には未だ得られていない感覚だった。

    詩というもの――
    言葉から得られる音・響きと表記の形状が織り成す象徴的・抽象的な世界は、詩人の個人的な体験と、それに触れた人々が想起する、集合的無意識のようなものかもしれない。

  • 大学で教わっている先生いわく、マラルメ以来の狂人という吉増剛造の語り下ろし自伝。戦中の体験、非常時の思考から現在の破格の活動の謎に至るまで語り尽くす。しかし、語っていることを読んでも理解し尽くせないというのがまた計り知れないんだよなぁ。

  • 白状するとゴーゾーさんの詩は苦手で、どこがどうしてなんだか突き止めてやろうと、そんな不純な動機で読み始めました。たいへん面白かったです。口述筆記による自伝ですね。途中で急に記憶が蘇るし閃くしでとにかく熱い。そしてアクティブ、でも冷静な人ですね。文明とかメディアとか政治とか宗教とか興味を示しても溺れることなく絶妙に距離をとる。よほど自分に芯がないと保てないバランス感覚です。でも私は偏ってぐだぐだになっちゃう人が好きなのですね。嗜好の問題です。それを差し置いても、人生を創作にかける意志の強さに感服しました。

  • 実に「軽い」と思う。この言葉は時に「尻軽」「軽薄」といったイメージを呼び起こしやすいが、吉増剛造の佇まいはぼくの印象ではそういったネガティブな意味を帯びない。「軽々」としたフットワークでジャンル(詩や文学といった芸術的障壁、あるいは国境)を飛び越えてしまう「軽さ」を備えていると思ったのだ。ゆえに彼の詩も、しかめっ面をして小難しく読むよりもぼく自身が動きながら読むべきではないかとも思う。「自伝」というには系統立てて語られたものではなく、せっかちに話題はあっちこっちに動く。これを「うねり」と読むかはあなた次第

  • 2016/9/27購入
    2018/3/7読了

  • すごくおちゃめな人。根底に流れているのが人間肯定の気持ちだから、この人の詩は心に明るく残りつづけるのだと思う。

  • 東京国立近代美術館にて回顧展が開催中の詩人が語る自伝。戦時下に生まれ戦後混乱の中さまざまな経験を重ね詩人となる。時代時代において交流する内外の芸術家とのエピソードや随所に散りばめられた代表的な作品は刺激的である。

  • 2016年6月新着

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著者プロフィール

1939年、東京生まれ。1957年、慶應義塾大学文学部入学。在学中に岡田隆彦、井上輝夫らと「三田詩人」に参加、詩誌「ドラムカン」創刊。1964年、処女詩集『出発』。『黄金詩篇』(1970)で第1回高見順賞。『熱風a thousand steps』(1979)で第17回歴程賞。『オシリス、石ノ神』(1984)で第2回現代詩花椿賞。『螺旋歌』(1990)で第6回詩歌文学館賞。『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』(1998)で第49回芸術選奨文部大臣賞。2003年紫綬褒章。「詩の黄金の庭 吉増剛造展」(北海道立文学館/2008)。『表紙 omote-gami』(2008)で第50回毎日芸術賞。2013年旭日小綬章、文化功労者、福生市民栄誉賞。2015年日本芸術院賞、恩賜賞、日本芸術院会員。「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」(東京国立近代美術館/2016)。「涯テノ詩聲 詩人 吉増剛造展」(松濤美術館/2018)。映画「幻を見るひと 京都の吉増剛造」(2018)が国際映画祭10冠。七里圭監督作品「背」(2022)主演。映画「眩暈 VERTIGO」(2022)が国際映画祭50冠。『Voix』(2021)で第1回西脇順三郎賞(2023)。第6回井上靖記念文化賞(2023)。「フットノート 吉増剛造による吉増剛造による吉増剛造展」(前橋文学館/2023)。

「2024年 『DOMUS X』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉増剛造の作品

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