不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)

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  • 講談社
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レビュー : 76
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062884518

作品紹介・あらすじ

太平洋戦争の末期に実施された”特別攻撃隊”。戦死を前提とする攻撃によって、若者たちが命を落としていった。
だが、陸軍第一回の特攻から計9回の出撃をし、9回生還した特攻兵がいた。その特攻兵、佐々木友次氏は、戦後の日本を生き抜き2016年2月に亡くなった。
鴻上尚史氏が生前の佐々木氏本人へインタビュー。
飛行機がただ好きだった男が、なぜ、軍では絶対である上官の命令に背き、命の尊厳を守りぬけたのか。

我々も同じ状況になったとき、佐々木氏と同じことができるだろうか。
戦後72年。実は本質的には日本社会は変わっていないのではないか。
本当に特攻は志願だったのか、そして、なぜあんなにも賛美されたのか。
命を消費する日本型組織から、一人の人間として抜け出す強さの源に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 読むのがとまらなくなる内容でした。

    第2章は初めて知ることばかりでした。
    特攻のリアル。「命令された側」の人たちのリアル。
    ギリギリの選択。その先の現実。

    第3章のインタビューは、インタビュアーの心の震えが伝わってくるようなやりとりに感じられました。
    多くは語らない、けれど信念のある人の言葉。
    特攻のリアルを経験された方の言葉。
    読み進むにつれてため息が、言葉にならない言葉がため息となってこぼれてくるインタビューでした。

    第4章は、熱を感じる文書でした。
    「命令する側」「命令される側」そして「傍観者」。
    饒舌な傍観者と、閉ざされてゆく当事者の言葉。
    立場を分けて論じることの必要性に胸を刺される内容でした。

    どのような意思を持つ人が、どのような状況の中で、どのような選択をし、そしてどのような結果を引き受けてきたかが描かれています。
    読みたくて読んで、そして読んでよかったと心から思えた一冊でした。

  • 非常に示唆に富む内容でした。
    日本型組織の「病的部分」に関して、いかに立ち向かうのかということを、
    教えてくれる良書になっていると思います。

    改めて、以前の旧日本軍の組織論理、日本人の思考方法が、
    如何に合理的ではなく、個人を犠牲にして、「組織の存続だけを目的」にすることがわかります。
    この著作は、戦中の話しですが、今の日本の状況を考察する上で、非常に役立つ視座を与えてくれます。

    最近ふと思うのは、特攻をしていた時とは、時代背景も、日本の置かれた状況も、国力も違いますが、
    今、日本は「戦時下」にあるんじゃないかと。

    また日本は再度、無謀な「戦争」へと突入しているんじゃないかと。
    以前の戦争は「敵]がいましたが、今回の戦争は、「敵」がいません。

    今の「戦時下」という状況は、以前と様相がかなり違います。
    以前は、ABCD包囲網より、物資がありませんでしたが、
    今は、外国に依存しながら、物資があります。
    しかし、多くの人が「何か」が足りないと感じています。

    以前は、みんな貧しく、国から好き嫌い関わらず、
    団結するように強制されましたが、
    今は、国民間で経済的かつ心理面での2極化が急速に進み、
    もう互いに助け合うことも、繋がることも、団結することもできなくなりつつあります。

    以前は、国のために命まで捧げていましたが、
    今は、自己利益のために、他人の命を犠牲にするようになっています。

    このあまりに違う「二つの戦時下」ですが、方向性は以前と同じように日本の崩壊です。
    日本は、着実に崩壊へと向かっているんじゃないかと。

    以前は、300万人以上のおびただしい犠牲者を出しましたが、
    今は、生きていることに絶望感を感じている人がどんどん増えていっています。

    黒船来航から日本は外部からの圧力により「変化」せざるを得なくなりました。
    日本は自力で「変化」するのを得意としていません。
    かならず、外部要因で「変化」する国です。
    日本は、明治維新を経て、日清、日露戦争に突き進み、絶望的な太平洋戦争に、
    進みました。多くの人が、あの戦争に反対しました。
    なぜなら、「必ず敗ける」と、多くの首脳部が知っていたからです。

    そして多大なる国民の命と財産を犠牲にして、
    再度外部からの強制的圧力で日本は「変化」しました。

    今、日本が最後に「変化」してから、70年以上経ちました。
    そして、最近再度「外部圧力」が起こりました。
    東日本大震災による福島の原発事故です。

    原子力発電は、戦後日本の経済発展と技術の象徴です。
    その象徴が実は国民の安全と生活を脅かす、凶器とわかりました。

    この「原発事故」が、日本にとって、「変化」する機会でしたが、
    どうやら、日本はもう「変化」できないのかもしれません。
    それは、自力で「変化」することを、
    日本人は、絶望的に得意としていないからです。
    それは、端的に言えば、「変化」することが、怖いからです。

    日本は今「戦時下」にあるような感じがします。
    行先は、国の破綻です。
    「そんなことはない!」と言う人は、
    多くが自己利益のため「だけ」に発言しています。

    歴史を振り返るのならば、
    日本人は、再度、「外部の圧力」が訪れることを、
    黙って待つしかないのかもしれません。
    でも、今度「外部の圧力」来るのは、いつになるのでしょうか?
    それまで、この「戦時下」を耐えられるのでしょうか?

    自分たちは、再度、太平洋戦争に突入しているときのように、
    絶望的な状況の真っ只中にいるんじゃないかと。

    その状況を、「おかしい!」と声に出すと、
    それは、「言ってはいけないこと」、「良くないこと」と「自動的」に判断されます。
    それは、今、日本の「空気」となっているような感じがします。
    鴻上氏も、その「空気」を感じ取って、この著作を出版したように思います。

    事実を事実として、発言し、客観的な分析を加えながら、意思決定をし、最適解を見つけるのは、
    「変化」する上での適切な方法です。
    しかし、この「方法」を行おうとすると、
    以前と、同じようにように、言った人は「非国民」扱いされます。

    あまりに似ている「今」と「以前」、
    その「以前」を知り、そして、個人がどう対応するかを考える上でも、
    この本は、非常に有益だと思います。

  • 9回出撃して生還した特攻兵、と聞いて、9艦撃沈かと思ってたが、そんなことはなかった。実際に、爆撃に成功したのは一艦だけ。
    だがまさに、特攻というもの、それがなんであったかを知る良著。
    著者が実際にこの特攻兵にインタビューしてる内容は、残念ながら本としてはさほどインパクトがあるわけではないが、取材の中から浮かび上がって来た、特攻というものの意義を問う。
    命令する側が命令される側を語るな。
    いわんや、自分をそっち側と同一視するな。
    なぜ、こんな異常な事態が、効果がないと判っていながらやめられなかったのか。いろんなことが見えてくる。

  • 本書は佐々木友次さんという特攻隊に所属し、9回出撃し9回生還された実話である。
    本書はインタビューを通して彼の行動を詳細に書き留めるとともに、彼を通して軍部の上層部(命令する側)と現場(命令される側)という立場の違いを浮き彫りにし、なぜこのような無謀な命令が繰り返されたのかを考察している。
    本書がすごいのは、特攻隊という切り口から、現代にも通じる日本人と国民性をあぶり出しているところである。

    ここで著者は「世間」と「社会」の違いを指摘する。日本人は長く「世間」の中で生きてきたため、どんな命令も「巡り巡ればあなた自身のため」になるという信頼があるため、命令に従ってしまう。欧米人はにっこりと微笑みながら気楽に断ることができるのに、日本人が「ノー」と言えないのも国民性によるものである。
    現代でも温暖化による猛暑が毎年続いているにも関わらず、甲子園は真夏に試合を続けている。これに反対意見を出すと、決まって「命令した側(高野連などの主催者側)」であり、「命令された側(高校球児)」はそれに従うしかないのです。
    さらにもう一つ「命令を見ていた側」も存在する。どんな社会的な運動でも、「当事者」になれなかった、またはなれなかった「傍観者」の方が饒舌になる。当事者は思い入れがあり過ぎて、自分の体験が整理できなくて沈黙しがちになります。真実は「命令を見ていた側(傍観者)」ではなく「命令をされた側(当事者)」の言葉の中にある。戦争を体験された当事者が亡くなられていく中で少しでも多くの言葉を残していきたい。
    21歳の若者が、絶対的な権力を持つ年上の上官の命令に背いて生き延びることを選んだ。それがどんなに凄いことか。
    僕が21歳の時にそんなことは絶対にできなかっただろう。間違いなく挫けて、諦めて、絶望していただろう。佐々木さんのような日本人がいたことを、多くの人に知ってほしい。

  • 出版されて気にはなっていながら手には取っていなかった本だったのですが、日大アメフト部のタックル問題の際、選手側のコメントとして「指導者の言うことを妄信し、深く考えることなく実行してしまった」というコメントを聞いて「これって、戦争中の特攻を命じた上官と搭乗員の関係と似ているんじゃないか」と思い、読んでみました。
    著者がインタビューした搭乗員の方は特攻で1度だけ敵にダメージを与えるよりも、生還して何度も出撃し、爆弾を敵に命中させる方が理にかなっていると考え、それを行動に移します。既に内地へは著者が戦死したと報告を入れてしまっていた上官は「(お前は死んでいることになっているのだから)次こそは必ず死んで来い。必ず体当たりをして来い。」と命じます。アメフト問題で監督・コーチが試合前に選手に言った「(相手QBへのルール違反であるタックルを)必ずやらなければ意味ないよ」との発言と構図が非常に似ていると感じます。
    国とか会社や学校など、いろんな規模の組織に属して生きていくことが求められる私たちにとって、命じる側、命じられる側どちらの立場にとっても考えさせられる内容の1冊でした。

  •  特攻隊として9回の出撃命令を受けながらも、その度に生還した男がいた。
     特攻して死ぬくらいなら、より多くの戦果を上げるべきという信念を、その男は持っていた。
     陸軍最初の特攻隊に組み込まれながらも、終戦をフィリピンで迎えるまで、特攻隊の起こりからの経験が語られる。

     これだけ頑張ったんだから成果が挙がってしかるべき。
     過程を重視する日本の発想では、結果が酷いことになろうとも、過程でこれだけ頑張ったんですと主張すれば、なんとなくうやむやになってしまう。

     成果主義は日本には相いれないが、大事なのは過程ではなくて成果だ。
     特攻隊は出口戦略が無く、これだけ頑張っているんだから評価されるべきという、上層部の極まる無能が生んだ悲劇の一つだ。

     戦争で死んだ人たちの死は絶対に無駄ではない。
     そのおかげで今の日本があることは事実であるが、責任をとるべき立場の人が、責任をうやむやにした。
     今までなんとなく触れられてこなかった戦争について、ようやく議論できる時代になってきたと思う。

  • 9回出撃命令を受けて9回生還した特攻兵がいるって、あの当時そんなことがあったのか半信半疑なところがあって読みましたが、その事実がこれまであまり紹介されていないことに驚きを感じました。物語も興味がありましたが、特攻という作戦を考えるといろいろさらに考えさせられますね。「集団我」って単語がありましたが、確かに、普通のマラソンよりリレーマラソンの方が力を発揮しやすかったり、力を発揮しないといけない「空気」が出来ています。これが国民性と言えばそうなのでしょう。だから特攻隊が出来たとも言えますが、その中にあっても、「普通であること」「論理的であること」、今は、そんな多様な価値観を理解できないといけない時代だってことを教えられます。

  • 特攻隊で亡くなった方々の手紙や手記を読むと、悲しく無念な気持ちになります。そこには特攻兵の崇高で美しい心があると感じたからです。しかし、それは大きな間違いだったと気づかされました。命令した側と命令された側があること、その両者を一緒にしてはいけないこと、そして、命令した側に共感できることは一切なく、その罪を忘れてはいけないことを。

  • 不死身の特攻兵、佐々木に大義名分はない。自己犠牲もない。盛られたドラマもない。ただ、生きていた。佐々木の思いや行動が必要以上にドラマチックにならないように、著者が抑えているように感じた。戦争に泣けるドラマを求めてはいけない。

    「○○のために」という自己犠牲の美辞麗句のもとに、なんの戦略も勝算もなく、くだらない消耗戦に突っ込んでくマインドは、けして過去のものではない。しかも「自己犠牲」を他人に付け替えて、自らは安全圏から出ない卑怯は、今もまかり通ってる。いざ渦中、自分はどう生きるのか。

  • 佐々木友次伍長

    陸軍さいしょの特攻隊「万朶隊」に選抜された優秀な飛行機乗りであり、第1回の出撃からかぞえて9回出撃し、上官の命令に逆らって9回とも生還した21歳の特攻兵

    「きさま、それほど命が惜しいのか、腰抜けめ!」
    「おことばを返すようですが、死ぬばかりが能ではなく、より多く敵に損害を与えるのが任務と思います」
    「馬鹿もん! それはいいわけにすぎん。死んでこいといったら死んでくるんだ!」
    「はい、では佐々木伍長、死んで参ります!」

    《佐々木友次さんという存在を歴史の闇に埋もれさせてはいけない。佐々木友次さんが何と戦い、何に苦しみ、何を拒否し、何を選んだか。そして、どうやって生き延びたか。生き延びて何を思ったか。一人でも多くの日本人に知ってほしい》──「はじめに」

    作家・演出家の鴻上尚史が92歳まで生きた佐々木にインタビューしてまとめた奇跡のノンフィクション

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プロフィール

1958年愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒業。在学中に劇団「第三舞台」を結成、以降、作・演出を手がける。1987年『朝日のような夕日をつれて’87』で紀伊國屋演劇賞、1992年『天使は瞳を閉じて』でゴールデン・アロー賞、1994年『スナフキンの手紙』で第39回岸田國士戯曲賞、2009年「虚構の劇団」旗揚げ三部作『グローブ・ジャングル』で読売文学賞戯曲賞を受賞する。2001年、劇団「第三舞台」は2011年に第三舞台封印解除&解散公演『深呼吸する惑星』
を上演。桐朋学園芸術短期大学特別招聘教授。現在は「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に活動。また、演劇公演の他にも、映画監督、小説家、エッセイスト、脚本家としても幅広く活動。近著に、『朝日のような夕日をつれて[21世紀版]』『ベター・ハーフ』『イントレランスの祭/ホーボーズ・ソング』(以上、論創社)、『ロンドン・デイズ』(小学館文庫)、『青空に飛ぶ』(講談社)、『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 (講談社現代新書) など。

「2018年 『サバイバーズ・ギルト&シェイム-もうひとつの地球の歩き方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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