9.11後の現代史 (講談社現代新書)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062884594

作品紹介・あらすじ

中東の歴史こそが、世界の現代史の縮図である。

20世紀を通じて中東で起きてきたことは、世界の、特に欧米諸国が行ってきたことのツケみたいなものである。
そして、21世紀。
アメリカの陰り、テロ、難民、宗教対立……2001年の9.11米国同時多発テロ事件を機に、そのツケがさらに巨大なものとして私たちの目の前に現れている。
9.11、イラク戦争、アラブの春、という中東にまつわる3つの「起点」から、混乱の世界を読み解き、どう次の時代につなげていくのかを問う、かつていない現代史。

<目次>
第1章 イスラーム国(2014年~)
第2章 イラク戦争(2003年)
第3章 9.11(2001年)
第4章 アラブの春(2011年)
第5章 宗派対立?(2003年~)
第6章 揺れる対米関係(2003年~)
第7章 後景にまわるパレスチナ問題(2001年~)
終 章 不寛容な時代を越えて

感想・レビュー・書評

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  • ちょうどこの本を読み終えた時期に、アメリカのトランプ大統領がイランの司令官を殺害したというニュースが報道されました。タイムリーだなあ、と思いつつも、こういうタイミングは合わなくていいのに、とも思ったり。

    本書の内容は主に中東と欧米、特にアメリカとの関係を考察していきます。構成として工夫されていたと感じたのは、イスラム国といった最近の話題から遡って、イラク戦争、9.11と話をつなげていくこと。そこでまずイスラム過激派の潮流を追った後、アラブの春と視野を中東全体に広げ、中東全体の様子とアメリカの中東政策を俯瞰し、最後にパレスチナの話になります。

    イスラム国という最近の衝撃的なトピックから入るので、話が想像しやすく、そこから自然に各章に入っていけたように思います。文章や内容も平易に書かれているように感じたので、内容としてはだいぶ読みやすかったです。

    印象的な話としては、犠牲者が多様化した世界ということと、恣意的に他者が決められる時代ということ。

    歴史的に中東の各国や民族は、欧米の列強支配や、領土の分割、そしてイスラエルをめぐる問題と、被害者意識が育まれる余地は多分にありました。それが近年、アメリカの対テロ戦争や、アラブの春で起こった中東各国でのデモや革命で、その犠牲や被害者像というのは、より多様化しています。

    アメリカをはじめとした欧米各国への怒り。権力をほしいがままにする権力者への怒り。それは自分たちの現在の境遇への怒りや不満であり、被害者意識でもあります。これまでの欧米列強の政策の限界、そして中東各国の独占的な政治体制の限界、それが一時に吹き出しつつあるのが、現在の中東の混乱なのかもしれません。

    そして現代はグローバル化や情報化により、他者はより身近になっています。しかし、その他者に対しての不寛容さが表われていると著者はしています。

    近年の移民や難民問題もそうだし、中東のデモや革命、シリア内戦は、体制と反体制派がお互いに歩み寄りを示そうとせず、そして日本でもヘイトスピーチなど他者に対する不寛容の芽は確かに存在しています。

    そして、他者が身近になったにも関わらず、自分たちが手に入れる他者の情報は正しいとは言い切れません。トランプ大統領はメキシコの不法移民はレイプ犯だと発言し、ヘイトスピーチでは在日朝鮮人の人たちをゴキブリ呼ばわりする。

    こうした状況では、権力者や声の大きい人や組織の恣意的な他者の認識が、いつの間にか世間の共通認識になり得ます。その先にあるのは、ナチスのホロコーストというのも、決して想像が飛躍しすぎということはないでしょう。

    結局のところ人間の理性は、グローバル化や情報化に追いつけていないのかも、とも思います。そしてそれは自分自身も例外とは言えません。日本が本格的に移民を受け入れ始めたら自分は、その人たちにどのような感情を抱くのか、正直そのときになるまで予想ができません。

    恣意的な他者認識は想像の中でどんどん広がり、それはやがて宗教や人種関係なく、自分とは少しでも考え方の違う人を排除する、というところにまで行き着く可能性すらあります。

    そして、それは得てして自分の現在の境遇に対しての不満から来るものでもあります。移民に仕事を取られたと考える人々、在日朝鮮人は特権を与えられていると考える人々。その裏返しは、現在の自分の経済状況や生活環境への不満でもあります。

    だからこそ今の自分たちは、理性を働かせる人間らしさをたぶん死ぬまで求め続けなければならないのだろうな、と思います。

  • 刻々と変化しとらえるのが難しい地域の情勢を分かりやすく詳らかにした一冊。タイトルは「9.11後の」となっているが、その背景である1979年のソ連のアフガニスタン侵攻や、パレスチナ問題ではもちろん100年前のサイクス・ピコ他の英国の3枚舌外交の歴史にも遡る。筆者の主フィールドであるイラクやクルドの問題は勿論、シリア紛争から、昨今のサウディの覇権的動き、イラン、イスラエル、そして対米関係といった国家のこと、ビン・ラディーンやザルカーウィ、ISなどの登場の理由まで広く触れられていながら、絡み合った糸をほどくように見事に様相を明らかにし視点を与えてくれる(ややロシアの影が薄いことだけが気になった)。現代の中東の紛争が宗派対立ではなく宗教・宗派を利用した極めて政治的なかけ引き・絡み合いの中で起こっていることを明確に述べた上で、世界的に広がっている不寛容さ、排外的傾向まで読み解いている。平易な筆致で20世紀後半から21世紀初頭の中東、そして世界の見方を示してくれた良書。それにしても筆者の述べているように、「パレスチナ問題」はすっかり後景になってしまったのだろうか。

  •  「9・11」以後の中近東をめぐる国際関係・政治構造の変化を実態に即して明らかにし、なぜこの地域で武力紛争やテロが横行するようになったか明快な回答を示している。「イスラム教の宗派対立」に還元する通俗的な枠組みを排し、あくまでミクロな政治対立の連鎖が多元化・複雑化して、中近東の政治に混乱と混沌をもたらしているとみなす。アメリカの場当たり的な介入・関与、特にイラク戦争の強行が決定的な岐路であったことがわかる。シリア内戦以降、従来中近東の最大の政治課題だったパレスチナ問題が後景に追いやられ、アラブ対イスラエルの対抗軸が事実上崩壊したという指摘は重要で、政治思想・宗教やイデオロギー、あるいは歴史的利害関係よりも、何を当面の「敵」「他者」とみなすかが、国家を含む境界的権力の性格や外交を規定しているという問題は、中近東特有の問題ではなく決して他人事ではないだろう。

  •  読みやすい。これまで報道で断片的に接してきた中東の複雑な状況が改めて理解できた。筆者は前書きで、本書の目的を、世界と中東が現在の状況になった理由を示すためで、理由があれば解決も見つかるはずと述べている。巻末で述べる「排外主義を乗り越えること」がその解決とわずかに言えるだろうか。それが容易かはともかく。
     本書を自分なりに解釈すれば、現在の中東の状況には二つの潮流がある。第一が9.11からイラク戦争、ISに至る流れ。筆者はアルカイダやISは、ハマスの対イスラエル闘争などとは異なる「空中戦」だとしている。第二が「アラブの春」からシリア内戦に至る流れ。自由が混乱をもたらした後には権威主義体制のカムバックが求められたことや、過激派などにも自由が与えられてしまったことが述べられている。
     他に、宗派対立(自体が問題というより、先に政治対立がありそれが宗派対立につながること)、特に「アラブの春」を支持し対イラン合意を結んだオバマ政権下で湾岸諸国の対米関係が揺らいでいること、伝統的なパレスチナ問題が今や後景に回っていること、が挙げられている。また、宗教系又は非宗教系という対立もある。
     その上で筆者は、20世紀後半の中東では対立軸は明確だったが(外国の支配対抵抗、アラブ対イスラエル、共和政対王政)、今や誰が排除すべき「他者=敵」なのか不明確となっていると総括している。

  • 【「犠牲者として貶められ続けた」という記憶――。その積み重ねが中東各地で,テロであれ紛争であれ,さまざまな暴力事件を起こす要因になる】(文中より引用)

    ISの台頭や「アラブの春」,そしてイラク戦争から中東和平問題に至るまで,2000年代に入ってからの中東情勢の動きをテーマ別にまとめた作品。引っ切りなしの変化に見舞われた様子を概観しながら,その諸問題の淵源に迫っていきます。著者は、在イラク日本大使館に出向経験を持つ酒井啓子。

    わずか20年弱の間にこうも怒濤のように出来事が相次いだのかと改めて痛感すると同時に,その怒濤の変化をここまでわかりやすくまとめることができるのかと驚かされた一冊でした。断片的に中東の報道については目にするものの,それを一連の流れとして捉え直したいと考えている方にはオススメできる作品です。

    中東についてバランスの取れた記述をするというのは本当に難しい☆5つ

  • 明日、新しい時代である「令和」を迎えるにあたり、部屋の片隅に読みかけとして置かれていた本を一斉に整理することにしました。恐らく読み終えたら、面白いポイントが多く見つかると思いますが、現在読んでいる本も多くある中で、このような決断を致しました。

    星一つとしているのは、私が読了できなかったという目印であり、内容とは関係ないことをお断りしておきます。令和のどこかで再会できることを祈念しつつ、この本を登録させていただきます。

    平成31年4月30日(平成大晦日)作成

  • 9.11以降の現代史。

    といっても、現代史全般ではなく、中東、そしてアメリカと中東との関係を中心とした現代史。

    面白いのは、年代順の記述ではなくて、まずイスラム国の話があって、その原因としてのイラク戦争、その原因としての911とその背景と、現代を理解するために時代を遡るかたちで書かれていること。

    また、アラブの春とその後の残念な展開、一見、イスラム内の宗派対立にみえるものの背景にある現実的な政治的な利害対立、そして、その原因にある旧宗主国の密約、ダブルスタンダード、二枚舌。。。。

    中東問題のそもそもの根っこだと思われていたパレスチナ問題も、問題の発端ではあっても、いまや問題の後景でしかないという状況。。。。

    あ〜、だから、トランプが「大使館をエルサレムに移す」というとんでもないことを言っても、そこそこ批判されても、そこまで大問題にならないんだ〜、と納得。

    著者もホッブスのリバイアサンの世界みたいだと書いているのだが、まさにそんな感じだな〜。

    「リアル・ポリティクス」

    久しぶりにそんな言葉を思い出した。。。。

    他者との相互理解みたいなところから、不寛容で、単純な敵か、味方かの世界になっていくなんともいえない悲しさがある。

    「現実の複雑性」がみえても、解決策(レバレッジポイント)がかならずしも見えるわけではない。

    この不寛容な世界への流れを変えるに、どんな希望が可能なんだろうか?

  • うーん…、こういう政治モノは、色んな人の本を読んだほうがいいな、と思った。

  • 近代的国民国家の定義は崩壊している。そもちゃんとした定義ってあったのだろうか。宗教や出自・民族にとらわれない民主的国家が近代的国民国家とされてきた。
    西欧からもたらされたこの国家概念が世界を覆ってきたわけだけど、これも19世紀後半に都合がよかっただけのものかもしれない。最初の定義に基づけば、イスラエルは明らかに近代的国家の資格をもたない。でも存在を認めるしかないの現実をどう受け止めていけばいいのか。他者に寛容になれないのが人間の本質だとして、だからこそ理性で不寛容を制御していくしか未来は展望できない。もしくはある一定の不幸に心を閉ざすかだ。

  • 皆が被害者意識を持っており、自分たちが優先して今まで苦しんだ分の報奨を受け取るべきだと思っている。
    しかし現実は思い通りにいかず、ありとあらゆるものが敵に見えてしまい、目につく相手を敵に仕立て上げてしまう。
    結果相互理解が妨げられ、暴力が際限なく続く。

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著者プロフィール

千葉大学教授

「2016年 『食料消滅!?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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