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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784062901482
作品紹介・あらすじ
知られざる傑作
安部公房を生んだ幻の名作
大正13年3月、不世出の作家・安部公房生誕の二週間後に刊行された、実母ヨリミによる生涯唯一の小説。恋愛に至上の喜びを見いだす男女五人の愛憎劇は、やがて人間の本質へ迫るドラマへと一変していく。瑞々しい感性と深い洞察力、簡潔で凛乎たる文章――資料的重要性もさることながら、文学性の極めて高い、21世紀の今、さらなる輝きを放つ、幻の名作。
私達の胎内の子供は大きくなって行った。私はそれを思って恐怖に捕えられた。私にはもっともっと、静かな二人の生活がほしかった。しかし、彼は心から三人になる事を喜んでくれた。(略)子供の愛が霧のように私を包む頃には大正十二年も暮れようとしていた。/来年は私達の赤んぼの出来る年だ。/来年は私達の本の出来る年だ。/私達は嘗て春を待った心持で来年を待ち、物思いの無い、希望に輝いた年を、私達の此の小さな家で迎えた。――<「跋」より>
※本書は、1924年3月異端社刊『スフィンクスは笑ふ』を底本としました。
みんなの感想まとめ
人間の複雑な心情と愛憎劇が織りなすドラマが描かれ、読者を深い思索へと誘います。大正時代の女性たちの進歩的な思想や、彼女たちが直面するさまざまな苦難を通じて、強さと脆さが鮮やかに浮かび上がります。物語は...
感想・レビュー・書評
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安部公房関連で手にした公房の母、安倍ヨリミによる唯一の作家作品。なんと言っていいのか壮絶だ。誰が悪いのかなぜこうなるのか、答えのようなものはあってもそうでないような気がする。人間とは複雑な心情を隠したり表に出したりしながら伝わったり伝わらなかったり伝えられなかったり、こじれてこじれて思わぬ方に飛んで行く。
有産階級の女が友に宛てた手紙に始まり、愛か友情かというような白樺派よろしくのメロドラマがあり、やがて絶対的悪の登場による悲劇が明るみになると主人公が冒頭の手紙を宛てられた友である女に変わり、その悲劇から逃れるように農耕プロレタリアとでも言うべき苦難の手記で幕を閉じる。
季節が溶け込んだ背景描写が着実と月日の流れを感じさせる。その間に登場人物たちは何度も前を向こうとしては振り返り、立ち止まりながらもまた歩き出す。心は常に後ろめたさに支配されていてとてもじゃないが明るい気持ちなど繕うことはできても幸福を持ち合わせていない。幸福はないが強さがある。立ち上がろうという強さ、開き直る強さ、特に女たちは鬼気迫る文章や台詞を用いて強強としている。男たちの暴力が何度降りかかろうと、自分たちを憂い嘆き悲しもうと、それでも強さは捨てない。
“私は生活に敗残した!私はそれを是認したく無い。私はもう一度野田の心を取り返し、此生活をどうかして生かして行きたい。払って来た多くの犠牲、経て来た多くの苦しみ、それを意義あるものにしたい。私は其のためには、どんな苦痛でも忍ぶだろう。只、野田が私の子供を愛してくれるならば、私は奴隷の境遇にも甘んじよう。”(241、242ページ)
ブルジョワ出身の文学少女だった女が吐くにはあまりに痛烈な叫びである。その強さだけが救いである。農村の寒い朝に響く雲雀の鳴き声が印象に残る。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
安部公房のお母さんが作家だったことを初めて知りました。大正12年に書かれたこの作品の刊行年に公房が誕生。てことは、公房がお腹の中にいるときにこれを書いていたのか。なんかすごい。
序盤は、まだ新婚なのに、夫・兼輔と親友・安子の過去の裏切りを知ってショックを受ける新妻・道子の視点でメロドラマ風の恋愛模様が進行しますが、後半になるにつれ主題は安子の波乱万丈の人生のほうになり、最後のほうは恋愛メロドラマどころかプロレタリア文学みたいになっていってびっくり。かといって、作品自体には破綻はなく、道子から安子に宛てた手紙で始まり、最後は安子から道子へ宛てた手紙で終わるという構成はとてもよくできているし、単純に物語の続きが気になって、結構ぐいぐい一気に読んでしまった。
時代背景的に男尊女卑的(女は仕事しなくて奥さんだけやってればいいから楽だよねとか言う旦那、今ならモラハラ)であったり、女性に対してだけ貞操観念が厳しかったり(結婚するまで処女でいろっていうなら結婚前の女性の処女を奪うな!)することに腹を立てたりはしてしまうのだけれど、そこは作者が女性ですから、作者自身が感じていたであろう憤りに非常に共感して読めました。
私は夏目漱石の「こころ」を読んだときに、一人の女性を男二人が奪い合う三角関係において女性の気持ちが無視されていることに非常に腹をたてたことがあったので、今作でももれなく、安子の気持ちを無視して男二人で勝手に「俺のほうが彼女を愛してる、譲ってくれ」「お前には負けるよ、譲ろう」的なやりとりをしていることに、ものすごおおおく腹が立ちました。結果、安子の人生はめちゃくちゃ。男性二人ももちろんそれなりに葛藤はしたのだろうし、後になって反省もしてるんだけど、どこか他人事で自己中心で、お前らの身勝手のせいで!!!という憤りで読みながらずっと鼻息荒くなりがちでした(苦笑)
女性二人の感情の動きは、時代に関係なく非常によくわかります。ただ、どちらかというと流され体質で結果安定している道子に比べて、作家志望の文学少女だった安子のほうは自ら刺激の強いほうへ引き寄せられていく傾向があり、結果、男運も悪いけど、本人も不幸体質だなとも思う。最終的に安子が選んだ野田という男はラストをのぞけば一番良い人で、最後の仕打ちは酷いけど、ただ彼も安子に巻き込まれて不幸になった被害者だなと。時代背景に関係なく夢中でのめりこんで読めると同時に、時代背景を知ることでまた違う面白さもある、これ1作しか書かれなかったのが勿体ないなあ。 -
大正時代の女性が、いかに進歩的な思想と思索をしていたのかを物語っていて、圧倒される。
メロドラマ的展開ながら、端々で交わされる会話がなんとも重い。これが時代を写す小説の深みなのか。
道子の手紙で始まり、安子の手紙で終わっているのだが、この二人の有り様の対比と交わりが、ラストをより悲劇的に演出する。 -
大正12年末、95年ほど前に書かれた小説ですが、面白いです。最初の二、三十ページは下手な女学生風の文章で何だこれは、と思ったのですが、読み進めるほどにぐいぐい引き込まれて、珍しく一日で読みきりました。「日本近代文学史を急行列車で走ってでもいるような」という解説:三浦雅士の評がまさにうなずける小説でした。
それにしても、この時代は興味深い事件や魅力的な人々の動きが多くて、まだまだ知りたいことが多いですね。 -
著者が安部公房の母と知り、手に取りました。恋い焦がれた相手と結婚した主人公。幸福だった彼女が知った夫と兄の間の秘密とは。渦中の親友は。
あまりの展開に飛ばし読みしてしまいました。好みの分かれる作品と思います。
作者はどんな意図があってこの題名にしたのでしょうか。 -
真顔で現在進行系の恋愛について語りあう兄妹、誘惑者として男の人生を台無しにしながら自らも破滅に突き進む女。なんだこれ?という戸惑いを感じつつ、登場人物たちには真実であるような何かが含まれている凄みを感じる小説だった。埴谷雄高『死霊』を思い出した。
後半の手記は、内容が本当なら書ける状況ではないはずで、あの生活や赤ん坊は別のことの比喩なのかもしれない。なんにせよ破滅しなくてはならない彼女の生の、なんという激しさか。
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