死の島 下 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062901871

作品紹介・あらすじ

生きているのか、死んでしまったのか。素子と綾子の身を案じる相馬を乗せた東京発の急行列車は夜を繋いで走り続け、京都、神戸、姫路、岡山-と移り行く風景や車中での会話が彼の心と記憶を写し出す。そして目的地・広島着四・三六分。愛と死、原爆と平和、極限ともいえる人間の姿を斬新ながら、正統的な筆致で描いた歴史に残る長篇。日本文学大賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 実はマルチエンディング系の話の走りでは。
    ただ、安っぽいメタな印象は一切なく読後はしばらく他の本に手が伸びなかった。
    恋愛が絡むが、こういった作品で登場人物の言動に不満や疑問を抱くのはナンセンス。作者の人生哲学や書きたかった事をより全体で感じるのが没入するポイントだと感じる。素晴らしかった。

  • 下巻では上巻途中から引き続き相馬鼎は東京から広島にむかう急行列車に乗っている。まだ新幹線のない時代、広島までは十数時間。昼間の列車にのった相馬が広島に到着するのは朝の4時。そのあいだずっと彼は自分の創作ノートを読み返しているが、途中の名古屋で、素子と綾子の下宿の家主・西本さんから新たな電報を受け取る。広島の病院から、二人のうち一人だけが亡くなってしまったと電報が届いたと。亡くなったのは綾子と素子のどちらなのか。相馬はうとうとと眠り夢を見る。素子だけを救い出そうとする夢と、綾子を探し求める夢と。彼が本当に愛していたのは二人のうちとぢらなのか…。

    上下巻の長編だけれど、ある意味これは、相馬の長い長い一日だけの話ともいえる。あとはすべて彼の回想と想像(創作)だから。彼は広島へむかいながら、なぜこんな状況になってしまったのか、素子と綾子の関係性、自分と二人のそれぞれとの関わりについて見つめ直すことになる。

    「ヒロシマ」と「シノシマ」は似ているなと思いながら読んでいたのだけど、相馬が広島駅に到着したときに「ひろしま」のアナウンスが「しのしま」に聞こえるという場面があって、やはりそうだったのか、と思った。そしてなんと驚いたことに、結末は三種類用意されている。亡くなったのは綾子だけだったバージョン、素子だけだったバージョン、そして二人とも亡くなったバージョンと。どれが真実なのかは読者にはわからない。ただひとつ言えるのは、どの結末であっても誰もハッピーエンドにはならないということ。

    素子と綾子のキャラクターの差からいって、綾子が生き残れば相馬とハッピーエンドというパターンも可能だったのではと少し考えたけれど、素子が死んだあとではそれもやはり無理だろう。相馬が受ける印象よりよほど綾子は実は闇を抱えている。

    被爆者である素子は、8年前の広島で自分はもう死んでいたのだと思い、結局「それ(死のことだろうか)」に捕まえられてしまう。綾子への愛情も相馬への愛情も、結局素子を救うことはできなかった。

    一方綾子のほうは、両親から愛されず、愛を求めて家を出たが、愛したはずの男とはうまくいかなくなった。偶然、素子と同室になった病室で彼女は一度自殺未遂を計ったことが終盤で明かされる。綾子もまた、自分はそのときに死んだのだと思っている。綾子は素子とは違い、愛されることよりも愛情を与える相手のために生きるタイプのように思った。煮え切らない相馬よりも、素子のほうに綾子はその愛を捧げることを選んだのだろう。

    そして相馬。タイプの違う二人の女性のどちらも平等に愛している彼は、ある意味少年マンガのラブコメ主人公のよう。イケメンだともモテモテだとも書いていないが、善良で根が天真爛漫。作家を目指しており、理屈っぽいところはあるけれど、基本的に陽キャで無邪気だ。綾子も素子も彼のそういうところに惹かれたのだろうけれど、相馬では彼女らを救えなかった。

    相馬が二人を本当に愛していたのかも疑わしい。綾子は典型的な「お嫁さんにしたいタイプ」なだけのようだし、素子に対しては芸術家としての才能、彼女が抱えているミステリアスな孤独感に惹かれていただけなんじゃなかろうか。ただ本作のテーマは、そういった三角関係のメロドラマ的な部分ではない。福永武彦はいつも、男女のメロドラマにみせかけて「人はなぜ生きるのか」を問いかけてくる。

    綾子の駆け落ち相手であった「或る男」の物語も、妙に響いた。雪の夜、彼もまた孤独に死ぬ。なんのために生まれてきたのか、自分の人生に価値はあったのか、そんな中2みたいな自問自答を、いつも福永武彦はつきつけてくる気がする。

    最終章で、相馬は述懐する。【人生は、それを振り向くことによってのみ、常に今日を美しくする。思い出すことによって、人生は再び三たび生きられる。(432)】そして【小説もまた、恰も我々の見た夢の破片を我々が思い出すことによって夢が成立するように、現実のさまざまな破片を思い出すことによって成立するのだ。(中略)思い出すということは殆ど想像するということと同じだ。しかし小説によって、己の「小説」によって、死者は再び甦り、その現在を、その日常を、刻々に生きることが出来るだろう。己の書くものは死者を探し求める行為としての文学なのだ。(433)】

    これはきっと福永武彦自身の、小説を書く姿勢なのだろう。

    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/
      また実家に帰ったりしていたのでお返事遅れましてごめんなさい。

      このラスト、実験的な形ではあるのだけ...
      淳水堂さん、こんにちは(^^)/
      また実家に帰ったりしていたのでお返事遅れましてごめんなさい。

      このラスト、実験的な形ではあるのだけど、「さあどれを選ぶ!?」という読者を試す印象にはならないのが良いですよね。
      なんというか、どのルートを通っても結末は実は同じ(誰一人幸せになれない)というのが、結局全てなのかなと…。
      生きのこったのが綾子ならハッピーエンドになりそうなものだけれど、そうはならないというのが、深いなと思いました。
      2022/02/16
    • 淳水堂さん
      yamaitsuさん
      おかえりなさい!
      帰省のことも書かれていますが、ご不幸もありましたようでご愁傷様でございます。

      このラストは...
      yamaitsuさん
      おかえりなさい!
      帰省のことも書かれていますが、ご不幸もありましたようでご愁傷様でございます。

      このラストは投げ出したとか奇を衒ったとか挑戦とかでもなく、読者が勝手に考えればというわけでもなく、ちゃんと道筋を示していて、そのどれだとしても納得というところがいいんですよね。
      綾子だとしても、素子が死んだあとは無理だろうなあ。
      そもそも相馬は二人が生きていても、どちらかと結婚して一生添い遂げることはなさそうな気もするし、だからこそあのラストは納得なんですよね。
      2022/02/17
    • yamaitsuさん
      淳水堂さん、ただいまです(^o^)
      この年齢になると親は高齢ですし(勝手に淳水堂さん同世代と思ってますが)いろいろありますねえ…。

      ...
      淳水堂さん、ただいまです(^o^)
      この年齢になると親は高齢ですし(勝手に淳水堂さん同世代と思ってますが)いろいろありますねえ…。

      淳水堂さんおっしゃる通り、相馬は二人が生きててもどちらかを選ぶことはできなさそうですよね、優柔不断だし(^_^;)
      どちらを選んでも結局もう一人を気にして誰も幸福になれなさそうだし。
      そういう意味ではあの三人は奇跡のトライアングルだったのかもしれませんね。
      2022/02/17
  • めちゃめちゃめちゃすごい、超好き。虚構と死の問題が絶えず描かれる。車窓から眺める雪の白さがカンヴァンス(それは素子の肉体にも繋がる)を導き、やがて骨、すなわち死のイメージへと結びつくシーンは、この小説の、ひとつの要素が様ざまな方面に連鎖して複層を成す感覚をよく表していて好きだった。

  • 読了後も悶々としている。素子の意識に魂が吸い取られそうで、でもその深淵には決して近づけない。なぜ?どうして?疑問符が幾つも連なる。生と死は常に対峙し拮抗している。けど大抵の人は死から目を背けることでバランスを保ち生きている。だがもし“それ”が心に闖入してしまったら‥崩れる。逃れる術はないのか?愛は救いにならぬのか? 人間考えることをやめたら終わり(=死)と思っている。例え結果を見出せなくてもいい、最期まで悶々と考え続けてやる。この小説で作者が用意した終わり方もそういうことなのではないかと私は解釈している。傑作。

  • 主人公、相馬鼎が受け取った一通の電報には、ある衝撃的な知らせが書かれていた。それを自分の目で確かめるべく、相馬鼎は一路広島へ向かう。作中作でもある相馬鼎の小説と、彼本人の空間的な移動、そして彼が広島に向かう理由である綾子・素子と関係のあるもう一人の男性の思い、素子の内部(心情)…すべての要素が、次の日の朝の広島という場所に収斂する。

    最後に提示されるいくつかの結末、おそらくそのすべてが正しい可能性があり、すべてが間違っている可能性もある。あなたはどの結末を選ぶ解釈をしますか?

  • 池澤夏樹のとーちゃん。高いよ!上下で4千円て高過ぎるよ!でも絶版。古書で買ってもまあ割とするのでなら新しいの、と思ったけれども。この何本かの小説を一冊にまとめたような(決してメタではない)構造が、テクニックを見せつけるような感じがしないのは素晴らしい。しかしプルースト、とは少し違うと思う。

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著者プロフィール

1918-79。福岡県生まれ。54年、長編『草の花』により作家としての地位を確立。『ゴーギャンの世界』で毎日出版文化賞、『死の鳥』で日本文学大賞を受賞。著書に『風土』『冥府』『廃市』『海市』他多数。

「2015年 『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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