- 講談社 (2013年11月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784062902144
作品紹介・あらすじ
幼くして母を亡くし、継母と文筆家の父に育てられた才気煥発な娘あそぎ。そのまっすぐな気性は時に愛され、時に人を傷つける。婚家の没落、夫婦の不和、夫の病――著者・幸田文自身を彷彿とさせる女性の波乱の半生を、彼女を取り巻く人々とのつながりの中でこまやかに描きあげた長編小説。
みんなの感想まとめ
女性の波乱に満ちた人生を描いた本作は、主人公あそぎの成長と人間関係を通じて、愛や寂しさ、人生の本質に迫ります。著者の幸田文自身を彷彿とさせるあそぎは、継母と文筆家の父に育てられ、時に周囲を傷つけながら...
感想・レビュー・書評
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幸田文、その人を彷彿とさせるらしい主人公。どうも女性小説家の描く女性主人公は、わたしにとっては共感はできるんだけれど、こんな女どこにいるんだろう…と思う植物的な存在が多い気もする。それに対して、この小説はなるほどNHKの朝ドラにでもなりそうだなと思う(男女関係の不貞感が拭い去れないので決してなりはしないのだが)ようなチャキチャキ感というか、昔の女の生き生きした忙しさみたいなものがある。その上で、女の人生の一抹の寂しさのようなものがフッと吹く感じがして、たまらなく胸がしめつけられる。
タイトルは「北愁」なのだけれど、あそぎちゃんは一度も北へは行かなかった。いとこの順治の存在そのものが北であり、ときおり、心に北へのなんとはなしの想いが吹き荒れる。でもそれは激しい恋でもなく、どちらかというと懐かしさや憂いをもたらす感情で…ということだと思うのだけれど、読みながら恋愛感情の解像度の細やかさが素晴らしいと思った。恋愛感情、というと所謂こういうやつ、という画一的なイメージが蔓延っているのだけれど、現実に男女の間に芽生える感情というのは(もちろん同性間でもそうだけれど)人と人との相性によってもっと多岐に渡っており、それを「恋愛」「友情」「知り合い」みたいに雑な言葉で大別できるわけはなかった。その違和感みたいなもの、これは果たして愛と呼ぶべき感情なのだろうか、というそこはかとない関係に名前もつけられず、そしてそれは時間の流れとともにいつしか消えていく。これが人生という感じがして、胸が締め付けられる。夫婦の対する洞察も深い。人の世のままならなさを抱えて生きていく意味が少しずつ分かり始める。
帯文にも使われている「強いと云われるのは、寂しい気のすることだった」という文章が、いい。女はとかく客体化されやすいが、女だってどう周囲に評価されようと、その人その人の生きる悲しみみたいなものが心の奥にはあって、それが小説によって声を持たされているような、荒々しい文章のリズムの隙間に細やかな声がある小説だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
◼️ 幸田文「北愁」
幸田文はその言葉の使い方、言い回しに深みが見える。あそぎと順治、いとこ同士の人生。
幸田文といえば私にとってはベスト・エッセイスト。そして小説は「流れる」「おとうと」「きもの」この作品で4作め。独特のシチュエーションを設定しながらも、テーマは市井の人の考え方と行動、成り行きをつぶさに記し、その結果に人情を細やかに捉えている。
あそぎは文人の娘で向こうっ気が強い。年上のいとこ・順治は漁師の跡取りで優しく、あそぎの見立てではのろくさい。いつも顔を合わせているわけではないが近しい気持ちを互いに持つ2人。やがて時は経ち、あそぎも結婚して子どもができ、夫にまつわる女の影に悩み、事業の失敗で貧する。しじゅう北の海へ漁に出ている順治は、気位の高い最初の妻ときっぱりと別れ、優しい後妻を迎えて子をなしていた。危機を察して、順治はあそぎを訪ねる。人生経験を経た2人は何を話し、何を思うのかー。
1972年、昭和47年の作品。幸田文の小説は、派手ではないが、心情を掘り下げることが多い。昭和時代、叔父叔母が多く親戚づきあいがさかんだったころに育った者としてどこか雰囲気を感じ取れる気がする。
荒海の漁師で優しい男、気の強い娘は理知的でどこか哀しさを持つ相手を選び嫁する。設定はそれなりに際立つように、工夫されている。成り行きも対照がおもしろい。それぞれの立場だけでなく、心にわだかまる見えない女と、情景描写がない順治の漁が微妙にシンクロしているようにも思える。
焦点は、家庭のこと、である。いかにも親戚同士の話題になるような事柄であるが、直面する人が多く関心があるであろう妻の気持ち、姑との間柄、そして夫の女関係と家計、病に至るまで、当人たちにとっての問題を取り上げている。
あそぎの内面が中心の小説。少女時代からおそらく30代中盤くらい?までの変化と、日常に関して、問題について、極めて人間らしく切々と綴っている。たとえば川端康成は、女の恋情の表現、その文章は心に響くものだった。幸田文はもう少し素朴に、やはりしみじみと迫る筆致がある。
加えて、幸田文についてはいつも書くこと、ちょっと庶民っぽく、また昭和の文人らしく、幸田文が使うとちょっと可愛らしくもあるような、がらっぱちさもほの混じる、しかも知的ささえ感じられる言葉、言い回しが彩りを添えている。ごったくさ、いりくりしゅんじゅん(入り繰り逡巡)、聞けば聞き腹、見れば見ばらが立つ、一寸のびれば尋のびる、などなど。その表現は、実の娘、青木玉や孫の青木奈緒にもエッセンスが受け継がれていると、著作を読むたびに感じる。
あそぎの文人の父は、文の実父・幸田露伴をイメージするし、幸田文自身、嫁ぎ先の商売が傾いて離婚、家に戻った。その後しばらくして文章を書き始めたのであって、成り行きによっては文豪にならなかったかもしれない。あれも運命、これも運命、だなと。
興味深い、味わい深い読書でした。 -
潔くってそれでいて懐深い。
日々のこと、まわりのこと、そして思うことをただ書き連ねる。ドラマチックでもなんでもないけど、文才あってできることだ。
強さは、ただ強いってだけではないんだよ。
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著者プロフィール
幸田文の作品
