獄中十八年 (講談社文芸文庫)

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  • 講談社 (2017年12月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784062903684

作品紹介・あらすじ

敗戦直後の、あらゆる価値が崩壊したかに見えた世相にあって、徳田球一と志賀義雄の「獄中十八年、非転向」がどれほど眩しく見えたか。それは多くの若者や文学者が続々と入党したことからも明らかです。共産主義者としての来し方を述べた本書は、親しみやすい語り口もあってベストセラーとなりました。多分に政治的文書であると同時に、ある時代の息吹を伝えるすぐれた文学的回想として文芸文庫に収録するゆえんです。


 かつて共産党が輝いていた時代がありました。しかも道徳的優位性をもって。それはなぜか?
 敗戦直後の、あらゆる価値が崩壊したかに見えた世相にあって、信念を貫いた「アカ」の姿は、自信を喪った者、転向の負い目をもつ者、新しい時代に希望を抱く者にとってどれほど眩しく見えたかは多くの若者や文学者が続々と入党、再入党したことからも明らかです。なかでも金看板だったのが徳田球一と志賀義雄の「獄中十八年、非転向」でした。
 昭和21年(1946)2月、ふたりは時事通信社のすすめで、共産主義者としての来し方を口述し、出版しました。それが本書『獄中十八年』です。親しみやすい語り口もあってベストセラーとなりました。
 巻頭に「われわれは何等むくいられることを期待することなき献身をもって、全人民大衆の生活の安定と向上のためにたたかうであろう」と掲げた本書はこう始まります。
「共産主義者にとって、なによりもたいせつなことは、利己心を去るということである。労働者、農民、そのほか一般人民大衆のために、ほんとうに全身をささげるということである。大臣になりたいとか、金持になりたいとかいう考えはむろんのこと、どんな社会的地位にたいしても、それをほしがるような気もちがあってはならない。役得をしようなどという気がこれっぽっちでもあっては、革命運動はなりたたない。/利己心を去りきるということは、口でいうほどにやさしいことではないが、いやしくも共産主義者であるかぎり、心がまえはいつもそこになければならない。その心がまえがあってはじめて、ほんとうに共産主義者として、また革命家としての勇気がうまれてくる。また正しい認識もそこから生れるし、判断力もたしかになり、生活力もつよくなる。たまたま考えが行動のうえで過ちをおかしたばあいにも、この心がまえがしっかりしていれば、すぐさまその過ちに気がつき、正しい方向に自分をたてなおしてゆくことができる。このようにして、たとえ部分的にはあれやこれやの過ちはあっても、根本的には、いつも正しい道をあぶなげなく進んでゆくことができる」
 本書は多くの人びとを動員した政治的文書であると同時に、ある時代の息吹を伝えるすぐれた文学的回想でもあります。文芸文庫に収録するゆえんです。

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著者プロフィール

徳田球一(とくだ・きゅういち)

政治家、社会運動家。明治27年(1894)沖縄に生まれる。第七高等学校中退、日大卒。大正9年(1920)弁護士となり、日本社会主義同盟に加盟。 大正11年(1922)にモスクワでの極東勤労者大会に出席、帰国後山川均・堺利彦らとともに日本共産党を結成、中央委員となる。昭和3年(1928)の3・15事件で検挙され、敗戦後の昭和20年(1945)10月まで18年間にわたり獄中にあって転向しなかった。出獄後ただちに共産党を再建、書記長に就任。衆議院議員として当選3回。昭和25年(1950)年、マッカーサー指令により追放され、地下に潜行。昭和28年(1953)に北京で客死。「徳球(トッキュウ)」の愛称で親しまれた。

「2017年 『獄中十八年』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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