「日本」とは何か 日本の歴史00 (講談社学術文庫 1900 日本の歴史 0)

  • 講談社 (2008年11月6日発売)
3.64
  • (22)
  • (34)
  • (36)
  • (5)
  • (4)
本棚登録 : 660
感想 : 40
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784062919005

作品紹介・あらすじ

講談社版日本の歴史シリーズ待望の文庫化。 2000年月より刊行されたシリーズ26巻を学術文庫に収録。初巻は網野善彦氏が取り組んだ課題の集大成。この国のカタチを描ききり読書会に反響を呼んだ力作。

みんなの感想まとめ

日本の歴史に対する新たな視点を提供する一冊であり、従来の常識に挑戦する内容が特徴です。「日本」という国号や「単一民族」などの概念に対し、問題提起を行い、読者に深い考察を促します。著者の網野善彦氏は、日...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 日本史を勉強し直そうと思い全巻揃えました。

    この書は、この講座全巻を通しての歴史観を当然表しているのだと思う。(もちろんまだ読み通してないが)

    はじめて網野史観に触れた時の衝撃は今でも忘れられない。今では、普通になりつつあるが、当時は、あまり一般的な見方ではなかったように思う。小説家でしか描けなかった、生き生きとした歴史が、一流の学者から学べる。

    この先、全巻読破に、何年かかるが分からないが読み通したい。

  •  やや感情的すぎる嫌いはあるが、「日本」国号や「百姓=農民」「単一民族」などの「常識」に対して、真正面から問題提起をしている。
     日本史に対する視野を広げるためにも、一読しておきたい一冊。
     

  • あとがきで弟子に批判されているが、確かにこの本、「日本」の同一性をギリギリまで解体することに重点を置いている。いわく、東と西、北海道、沖縄、東北、九州、各地方の独自性、百姓=常民の多様な実像、瑞穂のくにの虚構性、、、。それよりも「日本」という国号自体が7世紀に成立する前、そこは日本ですら無かった。多くの内海を媒介にして緩やかにつながる東アジア一体の中で、ではなぜ、どのように、国家としての日本が形成されていったのか、という疑問が逆に浮かび上がる。あえていえば本書は、この通史シリーズの中において、その疑問を浮かび上がらせるための、挑発的なプロローグとして読むべきなのだろう。

  • 2013.8.10-2013.9.28
    日本といふ国は、大昔から日本であり、今後も日本であり続けるといふ日本人が無意識に抱いてゐる思ひを覆さうとする本。
    さうした見方は「天皇制」と結びついた支配層による作り話だといふ考へが網野氏には強かつたのだらう。
    さうした気持ちが前面に出過ぎて、違和感を感じる場合もあるが、日本が有史以前から大陸と深い関係を持つてゐたこと、自給自足ではなく農業以外の産業も古くから活発で、海運による全国的な物の流通があつたことなど、興味深い指摘が多い。
    解説にあるやうに、さうした開放性、多様性の中で、どのやうに日本といふ国が立ち上がつて来たのかを、詳しく見る必要があるだらう。

  • 「日本」という国号、国の名前がいつ定まり、天皇という王の名がいつ公的に決まったか。689年の飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)とされ、異なるにしても前後100年くらいである。それ以前には日本も日本人も存在していなかったのだ。なのに神武天皇の即位の日というまったく架空の日を建国記念日として、日の丸、君が代を国旗国歌に制定してしまった。日本は建国当初から帝国主義的な野心を持っており、その後100~200年続いたことが現在でも影響しているのは間違いない。とうぜん弥生人や縄文人は日本人ではない。
    今までの歴史は進歩史観でしか語られて来なかった。進歩史観に登場するのは成人の男性だけで、老人や女性子どもは出てこないが、実は多くの女性が産業や商業をになっていたのである。養蚕や機織り、薪を売るのは女性であった。また江戸時代までの農民の割合が9割で、百姓=農民という常識は誤りである。もともとは天皇以外は百姓(ひゃくせい)で、百姓=農民となってから百姓(ひゃくしょう)と呼ばれるようになったと言われてきたが、それも誤りである。日本人と呼ばれる前から海を渡って周りの国と交易し、漁業、林業などで巨富を得るものが多くいたし、専門性の高い職能集団も多かった。明治政府の都合で百姓は農民と言い換えられたが、農業以外にも多様な生き方をしていたのだ。それは年貢の取り立ての多様さをみてもわかる。また各時代で自給自足の生活があったというのも妄想で、縄文時代から交易、交流が盛んだったことが遺跡の発掘からわかってきている。
    日本人は単一民族というのは誤りである。大和とは関西のことであり、関東や東北は東夷、蝦夷、熊襲(くまそ)、隼人など、未開な異種の住む地域とされていた。だが鎌倉や江戸は幕府ができる前から海の交通の要衝として発展しており、頼朝や家康は故あってそこに幕府を開いたのである。関東や東北、九州は大和とは異なる文化を持ち、異なる生き方をしていたのだ。中でも特に印象的なのが被差別部落である。これは良い悪いではなく、関西以外にはほとんど存在していなかった。その背景には穢れに対する意識の違いがある。

  • 戦後日本を代表する日本史家・網野善彦氏が著した本書は、「日本」という枠組みを批判的に検討する。

    本書で語られるのは、「瑞穂の国・日本」から大海原へと漕ぎ出した海の民、「瑞穂の国=稲作国家」の枠に収まることなく農商工業を生業とした山の民、「単一民族国家」という「虚像」からかけ離れた列島内の多様性など、「日本史という枠組み」から逸脱した人々や事象である。本書を通じ、網野氏は「日本」という枠組みがいかに人為的で列島の実情に反したものであるかを明らかにしていく。

    第二次大戦を経験し、その後共産主義運動に身を投じ程なく挫折した網野氏は、「『虚像の上に成立した日本』を徹底的に総括すべきである」との信念を持っていたといい、それが研究の原動力であったようだ。網野氏については「偏っている」という批判も多いらしく、私自身、氏とは真逆の心情を持っているが、本書を読む限り網野氏は学問的に極めて誠実であるように感じられ非常に尊敬の念を抱いた。

    本書の解説で、「それでも『日本』なるものが力を持ち続けたことに答えていない」という批判が添えられていたが、私も同様の意見を持つ。また、普段統計解析を行っている身には、本書の定性的な議論はかならずしも満足できるものでなかった。

  • 「聖徳太子は日本人ではない」「『百姓=農民』ではない」「日本は単一民族ではない」など、従来の日本史の常識を覆す言説に満ちた歴史書。「網野史観」と呼ばれる、独特の論を展開した著者が2000年に刊行した、晩年のベストセラー。学界からは批判もあるが、とにかく刺激的。著者が本書で紹介した「環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)」(富山県が作成)は、見慣れた日本地図を回転させただけだが、一見して驚きを感じる。多くの日本人は、自国のことを「太平洋に浮かぶ島国」と思っているが、この地図を見ると、実は『ユーラシア大陸とほとんど陸続きに近い』と分かり、やはり世界の見え方が一変する。

  • 「借」(大学の図書館)。

    日本史を勉強し直そうと思って読んだ。
    「日本」について考えさせられた。

    そもそも「日本」という国は複雑で、
    ひとくくりに語ることはできない。
    それに気づかさせる一冊。

    高校までの日本史とは違ってかなり刺激的。
    オススメ!

  • 網野善彦が死ぬ直前に書いた集大成の本。日本は島国だとか独特だとか言う定説に疑問を投げかけている。アジア大陸を下にしてみた地図は確かに日本は大陸の中の小さな半島でしかないことが分かる。またその地図より、西日本は朝鮮、中国から東日本はロシアから文化が伝わってきて、日本の中が画一的よ様に捕らえられてきた今までの歴史の考え方が確かにおかしいと感じる。例えば、弥生時代は西日本しかなかったなど言われてみれば最もな説に関心した。

  • 俺の今まで持っていた「日本」というイメージを根本からぶち壊す作品。
    世界へ非常に開かれていた、積極的なイメージで、本当かよ?と思わせるほど、スケールがでかい。

  • 被差別部落は西日本に圧倒的に多いが、部落への「穢」意識の構図が、韓国の被差別と酷似している45

    「日本」という国号は中国にとっての「東の日の出の国」という命名で、幕末にはこの国号を嫌った尊皇家もいた。94

    1988年サントリーの社長が仙台首都機能遷都に対して東北人を「熊襲は文化度が極めて低い」(これは南九州の人なので二重の間違い)と発現。大サントリー不買運動として炎上した。この影響は現在までも残っており、楽天スタジアムでのビール販売枠などにも影響した109

    日本は古代より東と西で大きく文化が違う。東は将門、頼朝、家康の武士の棟梁を頂点に、西は天皇を頂点にした文化。東には「連雀町」という地名が多いが、これは自由な市で、各地から様々な者が来て商売をした。しかし西では「れんじゃく」は穢多非人の被差別戒名の意味。207

    「ひのもと」(日下、日本)が少なくとも中世まで意味するのは日本国ではなく、関東⇒東北⇒北海道のことだった。これは日本国の名称が日出る国なのでその「元」を突き詰めれば京都よりもっと東になるから。232

  • 日本を語る上で、「均質国家」であり、古くから「稲作中心の社会」であったという誤解を払拭するために、地方を訪れ、今に残る資料を元に、当時の社会を詳らかにしていく。

  • [評価]
    ★★★★☆ 星4つ

    [感想]
    本書では「日本」という国号が抱える矛盾や「百姓」という言葉の意味を問い直す内容となっている。
    歴史といっても時代毎に捉え方が異なり、変化していくものだと言うことを改めて感じる内容となっている。
    本書に書かれている内容は発掘や文献調査の結果、判明したことから従来の日本史とは異なる新たな日本史が誕生する端緒となるのだと思った。
    一方で行き過ぎなのではないかと思う部分もあり、いずれはバランスが取られのだろうと思った。

  • よく考えれば当たり前なんだけど無意識に刷り込まれていることが多々あることに気付かされた。

  • 図書館で借りた。
    「縄文時代・弥生時代はそもそも日本はできていないのだから、日本人など居ない」といったテーマの本。哲学的な話ではなく、歴史観点でのお話。
    建国記念の日は架空だ、国旗掲揚・国歌斉唱などけしからん、ってあたりは「ちょっと政治色が強すぎるなぁ」と感じた。ただ、中盤以降はそこまで色が出てこなかったので、最後まで読むことはできた。

    中国地方の由来あたりは、本で読んだのは初めてな気がするので、有益だった。

  • 【「日本論」の現在】
    702 ヤマトの使者が則天武后に対し「倭国」から「日本国」への国名変更を明言
    =縄文・弥生にはいない。いるというのは戦前の教育と大同小異といわざるをえない

    単一民族、単一国家という神話

    【アジア大陸東辺の懸け橋】
    朝鮮と対馬 孤立した島国というのは虚像

    「穢れ」と被差別部落 琉球とアイヌにはない
    沖縄のアンニャ

    バンクーバーへ船で太平洋を横断するものもいた

    【列島社会と「日本国」】
    倭寇は日本人だけではない

    国号変更とともに大王が天皇へ
    実在していない天皇神武の即位を建国記念日とし、現代日本人がそこに置かれているということ

    【「瑞穂国日本」の虚像】
    永原『荘園』「荘園の農業と農民の負担」

    百姓=農民ではないP.252
    士農工商 壬申戸籍の職業は実態とかけはなれている
    農人はほぼおらず、商人・漁人・船手稼ぎばかりの地域も
    なぜこの認識が?
    →P.281 西欧近代史学・マルクス主義史学など

    P.292 図工・技術の起源は百姓にある

    農本主義

    【「日本論」の展望】
    戦後歴史学

    【解説】
    山村工作隊 国民歴史学運動

  • 途中中弛みしましたが、地理的にも人や物の行き来は活発だったろうし、結局単一民族じゃないんですよねぇ…

  • 講談社学術文庫版のシリーズ「日本の歴史」全26巻の最初を飾る、戦後日本史学会を代表する網野善彦氏の著作。内容は、編者を代表して、日本の史学史の流れの中で類似のシリーズ物に対してこのシリーズをどのような立ち位置で編集し、各巻の著者がどのようなスタンスで書き上げるのか一定程度示し、且つ先史時代から戦後までの歴史の概略をある程度統一した見方で描いているというもの、ではない(笑)。網野氏が、歴史学者としての晩年に、長い歴史研究の中で次第に作り上げてきた、「日本」とは何か、そこから考える「日本の歴史」とは何か、そして「これからの日本及び日本史学」はどうあって欲しいのか、という考えを、日本各地での体験を踏まえつつ、大きな歴史上の事件や人物ではなく治められる民の側からいくつかのテーマで描いた、彼の「日本論」という置き土産である。
    著した当時の日本及び日本論の現況から始まり、日本の地理的位置づけから朝鮮・中国を含む東アジア全体、はたまた東を向いて遠くアメリカ大陸との繋がりが描かれる。その中で形成される日本列島における「日本」の歴史と「瑞穂国日本」のイメージの事実とのギャップ、そして現在に戻り、未来に向けての日本、日本の歴史、及び日本論についての希望。空間的位置づけを意識しつつ時間的な流れを叙述するダイナミックな日本の歴史。その中で「単一民族・単一国家」としての日本、「進歩史観」に基づく日本史、そして「瑞穂国日本」という日本の産業の伝統的イメージが崩されていく。今でもこれらについては恐らく強い批判があるだろうが、それは正しく「重戦車」(P.347)の如き有り様である。
    基礎的教養と部分的知識しかなく、大学を離れて幾久しい私、そして所謂「網野史学」というものがどういうものかを知る事も目的としてこれを読んだ私は、しかし、十分にこれを堪能できた。「隔たり」ではなく「繋がり」としての海、というF・ブローデルの『地中海』にも繋がる地理的見方、唐を意識し西暦689年の飛鳥浄御原令から使われ始めたとする「日本」の国号、列島中央のフォッサマグナを分水嶺として西の弥生文化・東の縄文文化・そして北のアイヌ文化・南の琉球文化が関係し或いは交じり合うという多様な文化性、米だけではなく海産物、栗、柿、の産物による多様な貢納、稲作が出来ない貧しい寒村ではなく廻船業で賑わう都市性を帯びた海辺の村、等々。具体的な事実に基づかずイメージだけで述べられる部分、後に真偽が疑われ第4刷より補注の入る事となったP.58~60の日持上人の渡海の部分など、正直荒い部分も目立つ。しかし、面白い。
    だから、正直、大学で日本史を学ぶ学生の標準的な本としてはあまり向かないのではないか、と思う。しかし、自分にとって「日本」及び「日本の歴史」とは何か、自分の頭で考えようとする者にとっては良くも悪くも一つの刺激的な書物として嚆矢となるだろう。巻末の参考文献の一覧もその手助けとなる。
    私としては、史学史、思想史的な興味が強いという事が分かったし、また網野氏の他の著作や宮本常一氏の『忘れられた日本人』などの民俗学的な著作も読んでみたいと思った。まあ、だけど、取りあえず同シリーズの『日本の歴史01 縄文の生活誌』(岡村道雄著)は購入してあるので、先ずはこれを読もうかな。

  • 著者の思想には同意しかねるところはあるが、アイヌや琉球、女性、地域、被差別民、海を越えた交流の歴史……従来の歴史記述で切り捨てられていた事柄に光を当て、虚構の「日本国」像を批判する視点は多くの事象を実態に近い形で復元しようとするものであり、また読んでいて面白い。しかし国民国家を相対化しようとするあまり、かえって国民国家に絡めとられてしまっているような気がしないでもない。また刊行から年月が経っているので旧説に基づく記述がある点には注意。

  • いろんな意味で興味深い本でした。
    東日本と西日本の味覚や言語の文化的な差だけでなく、横の繋がりの西日本、縦社会の東日本、と社会構造まで古代から違っていた、という「へぇ~」な事実が新鮮でした。
    また「百姓≒農民」で「百姓=平民」というのも、結構ビックリな事実であると同時に今まで不思議に思っていた自分の父方の家業の謎が一気に氷塊したのでした。うちの父方は、「百姓で名主だった」と伝え聞いていたものの、少なくとも明治~昭和初期の期間中、銀行業がメインで農業にはノータッチ。明治初期の頃のご先祖は、みな香港風邪などで若死にしてるので、江戸時代の家がどんな状態だったのかが伝わってなかったので、「百姓=農民」と普通に考えていたため「ハテ、豪農だったから、余った金で明治に入ってから銀行を起業したんかい? でも明治の頃のご先祖様って早死にしてるし、若くしてそんな才覚あったんかいね?」と謎に思っていたのですが、家業が江戸時代にまで遡るのなら、両替商→銀行家という流れなら、あり得る、とすんなり納得してしまいました。
    そんな意味でも、興味深い一冊でした。

全33件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1928年、山梨県生まれ。1950年、東京大学文学部史学科卒業。日本常民文化研究所研究員、東京都立北園高校教諭、名古屋大学助教授、神奈川大学短期大学部教授を経て、神奈川大学経済学部特任教授。専攻、日本中世史、日本海民史。2004年、死去。主な著書:『中世荘園の様相』(塙書房、1966)、『蒙古襲来』(小学館、1974)、『無縁・公界・楽』(平凡社、1978)、『中世東寺と東寺領荘園』(東京大学出版会、1978)、『日本中世の民衆像』(岩波新書、1980)、『東と西の語る日本の歴史』(そしえて、1982)、『日本中世の非農業民と天皇』(岩波書店、1984)、『中世再考』(日本エディタースクール出版部、1986)、『異形の王権』(平凡社、1986)、『日本論の視座』(小学館、1990)、『日本中世土地制度史の研究』(塙書房、1991)、『日本社会再考』(小学館、1994)、『中世の非人と遊女』(明石書店、1994)。

「2013年 『悪党と海賊 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

網野善彦の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×