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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784062919159
作品紹介・あらすじ
信長、秀吉、家康……群雄が覇を競い、戦乱に明け暮れた半世紀
信長の黄金の安土築城、商業・貿易促進。秀吉の検地と刀狩と朝鮮出兵。家康の身分固定支配。三代にわたる天下統一・覇権確立の過程とは? その結果、社会構造はどう変化したのか? 戦国時代より続いた乱世の中で、民衆はどのように生き抜いたのか? 一五六八年の信長の上洛から、一六一五年の大坂夏の陣での豊臣氏滅亡までの半世紀を描きだす。
みんなの感想まとめ
三英傑と呼ばれる信長、秀吉、家康の天下統一の過程を詳細に描いた作品で、戦国時代から江戸幕府成立に至る歴史の流れが明確に理解できます。著者は、信長の革新性や既存権利の保護、秀吉の政策の継承とその失敗、家...
感想・レビュー・書評
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読みやすいし、解説も丁寧。有名な出来事のみならず細かな情報も一冊に巧く書き込まれている。他刊よりよほど巧妙に書かれている
亀井茲矩は秀吉から「どの土地がほしい?」と聞かれ「琉球」と答えたので亀井琉球守となった299 -
まとめ
従来の研究では織豊政権の独自性を強調するあまり室町期の社会との断絶性が示されるきらいがあった。本書は断絶を相対化することで、織豊政権の真の革新性を探る意欲作である。
織田信長の有名な楽市・楽座は画期的な商業活性策であったといわれる。しかし、本書では、他の戦国期の大名によっても一般的に行われていた戦後処理であり、荒廃した市街地の振興策に過ぎないとされる。単に商人に課税しないだけでは何の利益も得られないのだから、流通の活性化と結び付けなければ意味を見出すことは困難であると言うのはその通りであろう。
一方で、美濃平定後、伊勢、小浜、敦賀、堺、大阪と侵攻したことを、関所の廃止と結びつけ、都市を支配し流通を押さえたことこそが革新的であったとする。それまで個別に行われていた商業との関係、つまり町や関で利益を得ること、商人とのツテをつかって物資の調達を円滑に行うこと、といったあり方を一体的に捉え、戦争の遂行と結びつけたことが信長の強力な軍事力を生んだと言う解釈である。堺を破壊せず、むしろそこから商人を重臣として登用したこともこの一環として理解できる。
豊臣秀吉はその大閤検知による封建制の再編と刀狩りによる兵農分離でよく知られているが、これにも著者は懐疑的である。大閤検知は田畠に対して等級をつけたことで生産高を把握することを目指したと言う解釈があるが、史料から読み取れる限りでは生産高を示したものは発見されておらず、等級をつけることもすでに12世紀から行われており、根拠に乏しい。また、大閤検地に先駆けること70年、後北条氏はすでに貫高制を実施しており、知行制の確立という意味でも画期的とは言い難い。検地とは言っても測量によらない申告に基づく差出が多用されており、度量衡の統一の面でも不徹底である。検地の持つ意味は、従来土地の由緒が裁判の基準とされてきたことが否定され、検地帳への登録と年貢を収めている事実によって耕作権が認められようになったことにある。すでに取引の対象となるほど確立していた加地子収取権が否定されたことにより、領主と土地の耕作者の間に存在した地侍の存在が否定されたことを意味する。これが最も徹底して行われたのが改易、転封が行われた地域であり、加地子を収入源として生活していた武士は奉公人として主君とともに土地を離れるか農民となって土地に残るか選択を迫られることになった。こうした地侍は戦国大名の重要な戦力となっていたため、抵抗勢力はその基盤を奪われることともなった。しかし、現実には多数の牢人や耕作放棄地への対応、農民の逃散による抵抗、といった様々な問題に対応していかなければならず、また、観念的には排除したものの地侍は現実に存在し続け、江戸時代に引き継がれることになった。村では領主との結びつきが弱まったことで自治が進み、一部の豪農に富が集積し、貧富格差の大きい新たな権力構造を再生することとなった。
刀狩りについては、実施された局面や規模からして、一揆の抑止という実際的な効果が期待されていたと指摘し、城割りや一連の平和令と結び付け、すでに社会の中に準備されていた分業制に意図的に外形が与えたとする説とは距離をとる。これと関連すると考えられる制海権の掌握と拠点の破壊、通行税の徴取の禁止、つまり自由航行と航行の安全の確保については、兵の輸送と貿易の独占を主目的であるとしている。商業においては、それまで細分化されていた役銭などの徴収権をすべて自らのもとに集中させ、権利の正当性を旧勢力から根こそぎ奪い去った。そのうえで、新たに秀吉の名のもとに権利を付与することで流通秩序を再編した。しかし、これは自由経済を意味するものではなく、特権的地位を持つものが交代したことを意味するに過ぎない。
感想
一般向けの著書であることの制約から、織豊政権による軍事侵攻を丁寧に追いながら、その過程で政権のとった政策の意味を一つ一つ明らかにし、同時に社会の変動も関連させて描かなければならず、かなり困難な作業をしっかりと形にしつつ説得力のある議論が展開されていると思う。それゆえに、あと一歩踏み込んだ議論を期待してしまう面もある。例えば、織豊政権は最終的に朝廷の官位の外にあったとはいえ最後まで朝廷の権威によってその支配を正当しており、武士の棟梁としての地位を選ばなかったことはむしろ朝廷として支配を行ったと言える。そうなると、旧来の自生的に発生していた権利関係を全て否定して、その上に設定した権利関係はどのように捉えられるのか、債権として流通し始めていた加地子の収取権の否定は貨幣経済の発展とどのような関係にあったのか、といった観点での考察はほとんど行われなかった。
また、その局面で取らざるを得なかった対応と、客観的にその現象を認識することの混同あるいは躊躇が随所に見られることが非常に気になった。例えば、刀狩りが強力な抵抗を打ち破り、徹底的な支配のもとに行われたことを以って、刀狩りの主目的を反乱の防止としてしまうのはあまりに短絡的であり、その現象の意味を見誤る恐れがある。大閤検地についても差出を許容したのか、差出を本来としたのかは明確に異なる。このような理解から織豊政権が荘園制の存続に頓着しなかったと言うような結論が導かれてしまうが、これは明確に誤りであると思う。著者も認識しているように、独立自営農民の育成があったことは明白であり、現実にそれが行われなかったという客観的事実を元にその理念の存在さえも否定してしまうのは無理があると思われる。 -
[評価]
★★★★☆ 星4つ
[感想]
三英傑と呼ばれる信長、秀吉、家康の天下統一の過程を彼らの事績を中心に解説
まずは信長であるが革新的で破壊的な人物と一般的には認識されていると思う。確かに革新的な政策も実施しているが一方で既存の権利を認め、保護していることには驚いた。
また、信長が初めから天下統一を目指していたとは考えていないが、信長が実行した様々な行いから徐々に広がっていく様子が分かるのは面白かった。
秀吉は信長の政策を引き継ぐ一方で失敗した事や天下統一の過程で諦めた事があることがわかったのは新鮮だった。また、朝鮮出兵が豊臣政権に与えた影響が想像以上であることを実感した。
家康は信長と秀吉の対外政策から内需拡大にシフトチェンジした感じだな。とはいえ、秀吉が実行した身分制度や年貢制度はそのまま使用しているようだし、信長、秀吉の事績があってこその江戸幕府ということだろうか。
かの有名な「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 座りしままに 食うは徳川」という狂歌は見事に三英傑の事績を表しているといえるのではないだろうか。 -
信長の黄金の安土築城、商業・貿易促進。秀吉の検地と刀狩と朝鮮出兵。家康の身分固定支配。三代にわたる天下統一・覇権確立の過程とは?その結果、社会構造はどう変化したのか?戦国時代より続いた乱世の中で、民衆はどのように生き抜いたのか?1568年の信長の上洛から、1615年の大阪夏の陣での豊臣氏滅亡までの半世紀を描き出す。
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日本史上最高に面白い時代にふさわしく、この日本の歴史シリーズの中でも最高レベルの内容です
本書から浮かび上がるのは、人たらしのような人物像ではなく、徹底したリアリズムに則った冷酷なまでの支配者像です
戦国時代に詳しい方にも一読の価値はあると思います
池上裕子の作品
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