開国と幕末変革 日本の歴史18 (講談社学術文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (408ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062919180

作品紹介・あらすじ

十九世紀は一揆、打ちこわしが多発した。その中、雄藩は独自の改革を進め、自立をめざした。一方、ペリーの来航、開国を迫る列強の圧力に幕府は根底から揺さぶられる。「開国」「尊皇」「攘夷」「討幕」が入り乱れ、時代は大きく動き、幕府は倒壊への道をたどる。本書は、特に沸騰する民衆運動に着目し、世界史的視野と新史料で「維新前夜」を的確に描く。

感想・レビュー・書評

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    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/740633

  •  保守的で愚鈍な幕府と現実的で革新的な明治政府という図式は明治維新以後執拗に強調され皇国史観の勃興とともに天皇を戴く統治の正当性を示すために利用されてきた。しかし、こうした極右による歴史の修正を批判する立場にあったマルクス主義もまた、マルクス=レーニン主義の公式を無批判に受け入れ、江戸時代を暗黒の封建社会として断定することにあまりに無自覚であったといえる。本書はこうした左右双方のイデオロギーによって大きく歪められてきた江戸時代研究の清算を目指す。つまり、本書は対決の書であると同時に深い反省の書である。
     江戸末期の農村では在地役人としての庄屋や富農が成長し、特に経済先進地域である大阪では商業を通じた広域のネットワークが成立した。村同士の結びつきは地域社会における自律的な利害調整の場が育っていた。このことを示す事実として、文政6年には大阪平野とその周辺の1千7ヶ村が連携して大阪町奉行所へ訴え出た。これは象徴的な出来事であるとしても、大坂町奉行所だけでも1ヶ月半に10件以上もの提訴が行われたという記録が残されている。経済的な利害の衝突に関して、訴訟が争いの場として定着していたといって良いであろう。著者はこうした国訴が幕府の統治において一定の役割を果たしたこと、また国訴の主体として村の同盟を代表する惣代が常設の役職として選出され、訴訟費用の管理や利害調整に当たっていたことをもって代議制の萌芽が見られたと指摘しているが、あくまで中央集権的支配の補完的な役割にとどまるものであり西欧的な代議制に比するのは無理があろう。
     村同士の結びつきは一揆においても発揮され、18世紀に入る一期の発生件数は激増し、その規模も大きなものが増加する。驚くべきは統制の取れた非暴力的な一揆の作法である。打ち壊しが大規模に展開されたのに反し、殺害の事例が江戸時代を通して2例2人しか残っていないというのはまさしく驚異的である。一揆に合わせて行われる越訴、籠訴えもそれ自体制度に則った行動であり、一揆が単なる暴動ではなく冷静で合理的な抗議活動として遂行されていたことを裏付ける。著者の指摘するように、神々への誓文による結束から人と人との直接的な契約結合への変化も重要である。特に、訴訟費用や一揆の活動費用のためにカンパを募り、その一部を一揆に際して厳しい処分が予想される指導者の親族の生活保障に当てていた点などは、意志に基づく合意という法に対しての新たな意識の現れとみても良いだろう。統治者としての武士がいまだ罪刑法定主義の理念から程遠く、取り調べの際の激しい拷問で指導者ではない一般の参加者を殺害して平然としているのとは対照的である。
     官学としての儒学や幕府の出先機関と堕した仏教の停滞に対して、学問や芸術の分野においても、在野あるいは在郷の人々が果たした役割や影響力は大きかった。前巻で普遍的な思考の萌芽と指摘された農学書はまさしく輝かしい到達点である。蘭学は蛮社の獄ののち武士に対して禁止されたが、村の学として大きく発展し、速やかな種痘の摂取に象徴されるような医学の普及、地動説や地球球体説といった最新の天文学の成果、養蚕技術の導入といっためざましい成果を上げた。著者が普遍的な人権思想まで読み込もうとするのは勇み足に過ぎるとしても、合理的で普遍的な思考という一部の貴族や武士に専有されていた知が大きく裾野を広げたことは間違いない。 武士の苛烈な支配に呻吟する前近代的で経済的にも文化的にも貧しい暗黒の農村社会という明治維新が作り上げた虚構とは全く異なる、活気に満ちた合理的で文化的な世界が、むろんそれも一つの側面に過ぎないが、たしかに存在したのである。
     一方で、幕府の側も飢饉と財政難、そして列強の外圧の前になす術もなく無為無策で狼狽していたわけではない。日本史上初めて到来した大規模かつ広域的な商品経済とそれに伴う金融市場の誕生によって幕府は経験したことのない経済的な危機に直面することになった。暗中模索の中で苦肉の策として実施されたであろう貨幣の改鋳は期せずして金融緩和としてある程度の効果を発揮した。天保の改革については、著者は事実の羅列をするばかりで積極的な評価をしていないが、これについてはあまりに現代の価値判断が入りすぎていると思われる。一連の政策は確かに財政難を克服することはできなかったが、同様の危機に直面した古代中国において改革者孔子がとった政策やその復興を目指した隋等の政策に倣ったのであり、当時においては最高の知の実践であると言えるだろう。 特に批判されることの多い外交についても、得られるだけの数少ない情報を元に現実的な路線を選択していたことは明らかである。外交経験の乏しい中で、浩瀚な事例集の編纂、老獪な幕府重鎮の政治経験を生かした交渉、大名への諮問を介した説得交渉や朝廷工作による雄藩への牽制といった、あらゆる手法を駆使した高度な政治的行政的対応が図られていた。文政期には異国船打払令のような過剰反応を起こしたとはいえ、その後国際情勢を把握するに従って水戸の斉昭でさえ日米修好条規の締結に賛成せざるを得なくなったのである。むしろこの点で頑なで非現実的で政略に終止したのは朝廷の側であり、明治期の歴史の歪曲改ざんはあまりに露骨で悪質であった。 武士による支配の正統性が天皇制に依存していたことが明治維新に王政復古という形態をとることを避け難くしたのは歴史の必然とはいえ、権力闘争に終止する雄藩の元下級武士の小競り合いや生業を持たない粗暴なだけの不平士族の活躍が少しでも抑えられ、平和な江戸時代を通して蓄えられた民衆の力と幕府や藩で培われた確かな行政実務が存分に発揮されれば違う形もあったのではないかと思うと非常に残念な気持ちにならざるを得ない。

  • この本で最も興味をもったのは法律のように定められた方法ではないけど百姓が訴訟するための仕組みが存在していたことだったな。
    今までの知識では百姓による訴えは罰せられるのが当然で良くても中心者の死刑は免れないというものだったが、決められた「作法」にそって行われた訴訟は好ましくはないが罪ではないというのは大変な意識改革だったね。
    幕末の流れで気が付いたことだけど、幕府も雄藩も一方的に攘夷や開国を指向していたわけではなく、各々が自らの立場と利益を考慮した上でそれらを選択していることが伺えた。
    そして最終的には思ったのは日本が改革するために戊辰戦争は不要だったのではないか、戊辰戦争がはじまる経緯を知ると下級武士が日本を統治するために戊辰戦争が必要だったのではないかと考えることができた。
    [more]
    これで2015年の大河をもう少し楽しめそうだ。

  • この本は、大好きな幕末をグローバルに理解する、史上最高の本かもしれない・・・

  • 19世紀は一揆、打ちこわしが多発した。その中、雄藩は独自の改革を進め、自立をめざした。一方、ペリーの来航、開国を迫る列強の圧力に幕府は根底から揺さぶられる。「開国」「尊皇」「攘夷」「討幕」が入り乱れ、時代は大きく動き、幕府は倒壊への道をたどる。本書は。特に沸騰する民衆運動に着目し、世界史的視野と新史料で「維新前夜」を的確に描く。

  • 突如現れた黒船による開国、幕末ではなく、数十年の歴史の流れの中に一連の出来事は存在する
    主要人物も、これまでの通俗的な人物像を覆すような論考に満ちた素晴らしい内容

  • 天保期から明治維新直前までの民衆史、政治史を手広くまとめてあり、当時の日本社会の成熟ぶりや幕府外交の巧みさなどが理解できる。西欧中心史観を相対化するためには、こうした従来の幕末維新観を覆す本が必要なのだろう。

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