第二次世界大戦の起源 (講談社学術文庫)

  • 講談社 (2011年1月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (512ページ) / ISBN・EAN: 9784062920322

作品紹介・あらすじ

ヒトラーがいなければ大戦争はなかったのか?
「定説」に真っ向から挑戦して大論争を呼び、研究史に画期をもたらした必読の名著。

第2次大戦は「邪悪なヒトラー」による計画的な侵略戦争だったのか? 「通説」に真っ向から挑戦して激しい論争を巻き起こし、大戦前史研究に画期をもたらした歴史的名著。「ドイツ問題」とナチをめぐって、ヨーロッパ列強の首脳たちはどのように誤謬を重ねていったか。1939年9月の大戦勃発に至る国際外交交渉の緊迫のプロセスを解き明かす。

何をなすべきであったかをいうのは、歴史家の義務などではない。歴史家のたった一つの義務は、生起した事実とその理由を発見することである。われわれが生起したあらゆることの原因をヒトラーに還元しつづける限り、何も発見できないであろう。……彼はある意味ではヴェルサイユ条約の落とし子であり、またある意味では現代ヨーロッパで一般的な思想の落とし子であった。だが何といっても彼はドイツ史の、また現代ドイツの落とし子であった。……ヒトラーはドイツ国民の共鳴板であった。――<「再版への序言」より>

※本書の原本は1977年3月、中央公論社より刊行されました。

みんなの感想まとめ

歴史の見方を根本から問い直す本書は、第二次世界大戦の起源をめぐる「通説」に対して鋭い批判を展開しています。著者は、ヒトラーの侵略戦争が計画的だったのか、また国際的な誤謬がどのように大戦へと導いたのかを...

感想・レビュー・書評

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  • 内容が緻密過ぎて分かりにくい上に、訳も悪い。巻末の訳者解説がわかり易いので、まずはそこから読むことをお勧めする。

  • 「歴史修正主義」という言葉がある。厳密な定義はさておき、第二次世界大戦の勝者である連合国側の視点からの「正しい」歴史認識を「修正」しようとする立場を批判的な含意をこめて指す場合が多い。著者のテイラーはイギリス人であるが、ヒトラーに欧州支配を企てる戦争計画があったことを疑問視し、必ずしも英仏との全面戦争を望んでいなかったと主張する本書も、「歴史修正主義」のレッテルを貼られてきた。歴史学が厳密な意味で科学であるかどうかはともかく、客観的な事実をもとに、一応の「反証可能性」を前提とする学問であるとするならば、新たな歴史的事実が判明すれば、歴史認識を修正するのは当然である。「歴史修正主義」という言葉自体、極めてイデオロギー性の強いものと言ってよいが、テイラーはそこに潜む道徳的判断と学問的認識の混同を戒め、第二次世界大戦の起源を巡る通説に議論を挑む。

    テイラーはチェンバレンの宥和政策に一定の理解を示すが、宥和的な政策にしろ断固たる政策にしろ、それが首尾一貫したものであれば成功した可能性もあるが、実際にイギリスがやったように両者を取り混ぜた政策であれば、どの道失敗しただろうとも言う。大戦の引金はポーランド領内の自由都市ダンチヒの帰属という、同じようにドイツ系住民の多いチェコスロバキアのズデーデン地域に比べれば、英仏にとってもドイツにとっても、そしてポーランドにとってさえも、実はそれほど重要な問題ではなかった。ヒトラーはこの時もまたミュンヘン会談のような譲歩を引き出せると踏んだ。チェンバレンにとってはミュンヘンの失敗を繰り返すことは世論が許さなかった。このパーセプションギャップが互いを意図せざる戦争に引き込んでいった。かつての大国幻想に囚われたポーランドの強硬姿勢やソ連への不信感がチェンバレンの行動を制約していたことも見逃せないが、彼の過ちは宥和政策そのものではなく、それが相手の出方次第で揺れ動く中途半端なものであったことだ。テイラーの意図を敷衍して言えば、彼がなすべきは、何がイギリスにとって死活的利益であるかを、ヒトラーにも同盟国にも、そして自国民にも明確に示すことであったはずだ。相手がヒトラーという機会を利用する天才であれば、これが欠けたことは致命的であった。

  •  濃密にして複雑、いや、本書はなかなか難解です。繰り返し繰り返し読まないと著者の真意どころか歴史事象の関係性すら把握できないでしょう。すでに4、5回読んでいますが、やはりすべてを理解できていないのではないかという不安がぬぐえません。。。
     表現内容が散文的で、構成も脈絡がないように思えるのも難度を高めていると思います。
     しかし読めば読むほど面白さがジワジワ沸いてきます。「面白さ」というよりは、著者の歴史解析の緻密さと妥当性に触れて心底感心し、それを理解できたことに知的に満足感を覚える、といったほうが正確かもしれません(いずれも自己満足なわけですが)。

     あとがきにある訳者解説(訳者は吉田輝夫さん)では、テイラーの論構成の手法とその限界について言及しています。
     「テイラーが主に依拠した資料は外交文書・回想録であり、その方法は伝統的な政治史及び外交史の手法であった。だがこれではナチ・ドイツの対外政策を十分に把握できないように思われる。・・・ナチ・ドイツでは公式外交ルート以外での対外活動が活発であり、これが対外政策上重大な意味を持っていた。」
     これは確かにそのとおりであると思います。しかしその一方で、ヒトラーはたびたび本心ならぬ虚勢によって意に沿う事態の進展を目論んだし、取り巻きの将軍たちだけでなくリッペントロップやゲーリングなどの側近たちもそれに振り回されると同時に独自の思惑を持って行動した感があります。
     あわせて歴史の主要キャストがついに全般的な回想を語ることがなかった(テイラーも指摘しているように、まともな回想を残したのは当時の仏外相ボネだけであって、ヒトラーは言わずもがな、ムソリーニ、スターリン、チェンバレンといった人々はまともな回想録を残していない)という間接事情もあって、情報が錯綜しています。
     そんな中にあって、結局は国家の意思たる(それはほとんど国家元首の意思でもあろう)外交文書や実態(財政状態や軍事予算の状態、そして部隊配備の状況といったファクト)に、その歴史根拠を求めるのは決して誤った手法ではないと思いますし、マクロで見ると歴史の正確性をある程度担保しているように感じます。少なくともこの手法は、ある時はヒトラーの言葉を盲目的に引用し、またある時は彼の言葉に反したファクトを持ち出してヒトラーの邪悪で計画的な侵略を説明する論法よりもはるかに誠実であるとは言えないでしょうか。

     本書では、それまで歴史論議では一般的だった「第二次大戦(欧州大戦)の起源=ヒトラーの邪悪で遠大な計画」といった図式に真っ向から異を唱える内容となっています。曰く、ヒトラーは大それた計画など微塵も持ち合わせておらず、いつも場当たり的に行動したし、大部分において(事態が自分の有利な方向に自然と流れるのを)忍耐強く待っていた。むしろ事態を彼にとって有利な形に動かしたのは主に英仏の躊躇であったし、オーストリア・チェコ・ポーランドといった小国の(身の丈に合わぬ)挑戦であった、と。
     またテイラーは本書で(世間一般で非難されがちな)宥和論を擁護している、と言われますが、それは正しくないと思います。
     テイラーは(「私は歴史を裁こうとは思わない」という自身の言葉通り)事実の正確な描写に専心していると感じます。だから当時の英仏の宥和論についても特に擁護の気配を感じません。むしろ内在する欠陥を正確に描写しているとすら感じます。

     事態が起こった後では誰もが身勝手な予言者になれますが、本書を読むと第一次大戦後のベルサイユ体制は明らかに将来への禍根を残す状況にあったことが見て取れます。
     「ベルサイユ条約によってオーストリア=ハンガリー二重帝国は解体され、共産党政権が確立されたロシアは欧州外交から退場した。残ったのは英仏独である。・・・ところがイギリスは徴兵制を持たず、大陸における陸戦力は無視できるに等しかった。軍事的均衡は崩壊し、フランス一国でドイツに対抗せねばならなかった(フランスの若年人口はドイツの半分程度であり、数の劣勢は明らかだった)。・・・戦間期の外交史とは、この極端な事実、ドイツ優位をどう隠蔽するかの歴史であった。」と、ある本(『誰が太平洋戦争を始めたのか』(別宮暖朗/ちくま文庫))では指摘していますが、これは無視できない大前提です。
     その上、「民族自決」の名のもとにオーストリアやオスマン・トルコといった大帝国を解体し、ドイツの広範な領土を切り取った一方で、チェコという人造の多民族国家を承認し、ズデーテンやダンツィヒに住まう多くのドイツ系住民を本国から切り離しました。そして戦時の興奮から覚めた英仏の政治家は(自身でこれらを行っておきながら)これらを不正義な処置であると自認したし、いつか必然的に強大化したドイツがこれを清算しに来るだろうと怯えます(まさにこの「うしろめたさ」と不安を突いたのがヒトラーでした)。

     フランスはチェコと(軍事協力を含む)同盟を結んでいましたが、これはもっぱら自国の安全保障のためで、チェコがドイツの銃剣にさらされても支援するつもりはさらさらありませんでした。そしてその危機が現実となるや否や、同盟から逃げ出すためにあらゆる手段を講じます。
     イギリスはチェコとは同盟を結んではいないものの、フランスと同盟関係にあるという意味で大差はありませんでした。チェコが戦争状態に入り、フランスがこれを支援することになったら必然的にイギリスも戦争に巻き込まれますが、イギリスもチェコのために「たった一人の擲弾兵の命をささげる」価値すら感じていませんでした。

     チェコがドイツに編入されるとイギリスはポーランドに安全保障を約します。しかしイギリスにはポーランドを支援するささやかな軍事資源すら(当時は)持ち合わせておらず、それに地理的にも(ドイツに遮断された一小国に)援軍を送り込むルートはありませんでした。これはつまりフランスによるドイツ背面攻撃を勝手に約束するものであり、イギリスはこれをフランスに断りもせずに行ったのです。

     実際にドイツと国境を接するフランスは自身の保険を東方に求め、ソ連との軍事協定を模索します。イギリスもこれに関与しますが、終始ソ連による東欧侵略の野心を疑います。そして、ドイツを心理的に脅かすための材料としてのみ、ソ連との協議を用いようとします。つまりフランスは協定交渉を進めたがり、イギリスはこれを延期させたがったのです。

     東欧の小国たちは、これら列強たちの気まぐれに振り回されます。
     オーストリアのシューシュニクは、オーストリア・ナチの非合法活動をつまびらかにしたら、西側列強はオーストリアを支援してくれると信じて国民投票という(シューシュニク以外誰も望まない)手段に訴えます。

     チェコのベネシュはズデーテン・ドイツ人の気鋭を削ぐことにいったん成功したにもかかわらず、戦争の影から真っ先に逃げ出そうとしたフランスとイギリスはむしろヒトラーに自信を与えます。
     特定の民族が独立を果たした場合、多民族国家の運命は自明です。他の民族も同様に主張するし、そうして国家はおのずとガラガラと解体してしまいます。

     ミュンヘン会談の偽善とその後チェコのたどった運命を目の当たりにしたポーランドは一歩も妥協しないと決意します。
     ポーランドは、自国の誕生が第一次大戦におけるドイツとロシアの共倒れという奇跡に近い出来事に依拠していること、イギリスの安全保障は霧のように実態がないこと、自国の軍事は旧態依然としてドイツに抗しえないことを忘れたかのように強硬にふるまいます。
     ポーランドをどうしても説得できないイギリスとフランスはついには(ポーランドに断りもせずに)ダンツィヒの平和的解決の見通しと、ドイツ・ポーランド二国間交渉の実施をドイツに働きかけます。ポーランドは当然これを拒否し、すべては時間切れを迎えます。

     テイラーによるこの歴史概観が、どの程度確固とした歴史的事実に裏打ちされているのかはわかりません。
     しかしこれら歴史経過で見られるのは英仏の躊躇と東欧諸国の狷介さであり、ヒトラーの計画的な策動ではありません。
     また英仏の宥和論者たちの一連の行動は、国際協調という点では明らかに不誠実ではあったものの、自国の安全や自国民の希望に耳を傾けるという意味ではこれ以上になく誠実でした(日本において 「中東の破綻国家のために自衛隊員の命を危険にさらす価値がどこにあるのか?」 と内心煩悶する人間は多かったろうと想像できるように、同様に感じた英仏国民は多かったろうと思います)。

     本書ではこのような当時の状況や、各キャストの思惑を真摯かつ緻密に描き出しており、間違いなく良書です。

     ちなみに翻訳について指弾されている方が多いですが、私はそうは思いません。これは原書の表現がそもそも難解なのだと思います。
     難解である代わりに、知的で香しい表現も数多く盛り込まれています。
     特に冒頭に見られる表現、
    「・・・かえりみると、過誤を犯した者は多いけれども、潔白なものはいない。政治の目的は平和と繁栄をもたらすにあるが、この点では理由は何であれ、あらゆる政治家は失敗したのである。これは英雄なき歴史であり、もしかしたら悪漢すらいない歴史かもしれない。」
     これは知的であると同時に、テイラーの「歴史への誠実さ」をも正しく言い表した良訳ではないでしょうか。

  • 新書文庫

  • 「The Origins of the Second World War」の翻訳(20011/01/12発行)。

    本書の原書は、イギリスを中心にテイラー論争と呼ばれる激しい論争を巻き起こしたことで知られていますが、実際読んでみると何をヒートアップしていたのか判りませんでした。 現在の目で見た場合、第二次世界大戦の原因を全てヒトラーの責任にするのはナンセンスであり、著者であるテイラーの主張は至極もっともだと思いました。

    「研究史に画期をもたらした必読の名著」との宣伝文句に踊らされ期待していましたが、正直それ程ではないと感じました...

  • ヒトラーの外交政策目標の独自性を否定し、第二次大戦の起源はドイツ特有の外交的主張―ヨーロッパ列強としての支配的地位の承認―をヴェルサイユ体制やロカルノ体制、宥和政策が解決し得なかったところにあると結論づける。外交政策の目標の点ではヒトラーを「免罪」した本書は発表当時から論争の的になった。優れた研究書として、あるいは論争を呼ぶ刺激的主張を明快に展開する歴史書として、本書は一読に値する。

  • タイトルどおり第二次世界大戦がなぜ始まったかの理由の本。邪悪なヒトラー(だけ)が原因ではないという主張で、納得した。もっとも日本人にはヒトラーがいかに邪悪かという認識があまりないかも。 

    「ヒトラーを権力につけたのはドイツ人・・・」「ヒトラーはドイツ国民の共鳴板であった」 

    当時の空気を良く伝えていて、各国政府が世論に強く影響されていたのが印象的。あとソ連(共産主義勢力)の存在も相当影響してた。学者の本なので緻密でおもしろいし勉強になった。ルール占領とかロカルノ体制とかストレーザ戦線とかチェコ崩壊とか全然知らなかった・・・。

  • 第2次世界大戦は現在の国際関係の枠組みをつくったと言っても過言ではない。その第2次世界大戦の主役と言えるドイツを中心に書かれた本である。現在の変化の激しい国際情勢をみるうえで、そのもととなる部分に振り返ることが求められているのではないか。

  • 第二次世界大戦の発生を、「ヒトラーの野望」に原因を単に求めることを批判し、当時の外交や政治状況から最終的に戦争になったという論。

    ヨーロッパでの戦争は、主因がヒトラー個人の考えであったというイメージは一般的に強いが、そうした定説に臆せず批判的に論ずる著者の姿勢には感じるものがある。

    日本の状況もそうだったと思うが、戦争への流れというのも、当時の政治状況や国民の感覚を再現できないと、なかなか一面的な否定につながりやすい。現在の固定観念を排して、物事を原点からとらえる訓練にもなった。

  • 内容は、第二次世界大戦の起源を、
    欧州ではヒトラーに過度の責任を押し付ける傾向に
    あったものへの歴史家の反論。

    訳がね…

  • 読んでいると「メンツを守ろうとするイギリス」と「現状維持だけを望み腰抜けなフランス」がWW2の大きな原因だったような気がしてくるが、解説で述べられているとおり、客観的な分析というよりも著者の一意見としてそのような側面が強調されていることを意識して読まないといけない。

    また、外交の動向が中心というか殆どであり内政や軍備の状況はほぼ触れられていないあたりも物足りなさを感じる。外交史の資料としては秀逸かも。

    そのあたり解説できちんと指摘されている点も込みでオマケで☆4つ。

  • なんとか読み進めたが、ちょっと分厚すぎた。近代史、国際政治の流れによっぽど興味を持っていないと、読み通すのはきつい。
    ただ、第二次大戦の開始の責を負うのは、ステロタイプに「ヒトラー」というだけではなく、各国の政治の判断が全体として状況を作り上げていったのだという論旨はわかる。

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