生類をめぐる政治――元禄のフォークロア (講談社学術文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062921558

作品紹介・あらすじ

動物の殺生を禁じ、特に犬の愛護を強いて民衆を苦しめたとされる徳川五代将軍・綱吉。しかしそれは本当に将軍個人の思いつき=愚行にすぎなかったのか。「鉄砲改め」や捨子・捨牛馬の禁止などを含み「生類憐み令」と総称される政策が、当時の社会的要請に応えて発せられたことを論じ、「自然と人間の歴史」のなかで「元禄という時代」の意味を捉え直す。

感想・レビュー・書評

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  • 2013年(底本1983年)刊。
    著者は国立民俗歴史博物館名誉教授。

     生類憐みの令でお犬様を極端に保護し、犬公方と呼ばれたのは5代将軍徳川綱吉。また家康~家光期まで続いた武断主義が文治主義に転換したのが元禄・綱吉期とされる。

     かような元禄期周辺の一般的イメージを打破し、その実相を解読する視座を、幾つかの論文を集成して提示しようと図る本書。

     具体的には
    ① 保護すべき生類は御犬様だけとは限ず、むしろ保護対象としての御犬様は極少
     →3章「御犬様始末」。

    ② では保護すべき生類とは何か?
     →牛馬の他、赤子も。4章「捨子・捨牛馬」。

    ③ なぜ、生類を保護すべきとしたか?
     →鉄砲の所持使用の制限、広範な流布の回避。
     下級武士・牢人らの反乱予防(由井正雪の乱やバサラの横行に端を発する。家光期の悪反動への対抗策か)、
    百姓の反抗回避(新田開発増大に伴う農民の全体的な経済力向上とその階層分化に由来。一揆問題は享保期の萌芽か)
    といった治安安定。1章「農具としての鉄砲」と3、4章。

    ④ 鉄砲管理と同一方向での施策は何か?
     →2章「鷹狩と百姓」。

    ⑤ 鉄砲管理などの施策の悪影響と問題点
     →農産物への獣害増。1章。

    ということになりそう。

     そして、これらを基礎づける日本人の「生類」概念の内実を述べるのが、5章「生類概念と鳥獣害」。


     加えて、さらに輻輳する事情も各所で論述する。
     例えば、それは、
    ⑴ 新田開発の亢進に伴う農民の生産力向上と、
    ⑵ 綱吉政権下でさらに進展する中央集権化傾向(一部の法度・条々の大名領国への事実上の適用・貫徹の増加)、
    ⑶ 商業活動・手工業活動(例えば鉄砲製造者の増加と堺・国友以外への地域への浸透)の拡大と地方への拡散、
    ⑷ 政治家綱吉の個性(徳治主義の強調とパターナリズム的施策の増大)
    とも関係し、一面的・単純な解説に止まらない。
     特に⑴は農民における鉄砲の高度の必要性を招来し、それは年貢増徴を目指す綱吉政権の方向性とも合致する。単なる文治主義の貫徹では立ち行かない実情が開陳されるのだ。

     勿論、こういう叙述は、論を判り難くし、それ故、個人的にはそれぞれの記載がどの要素と関係しているかを解読するのに手間取った。

     が、逆に政策解析の論考としては信に足るものとも言え、じっくり読んで損はない。

     そして、そう考える理由の一は、記述に信が置ける点だが、もう一つは、高校レベルの教科書の補完になる点。

     確かに教科書では制度や法令を間違いなく叙述することが求められるが、それは彼の制度の存在理由の叙述を薄くする。
     勿論、記述しない理由が学者間の対立が顕著なため一義的な叙述が困難であるからだが、反面判りにくさにつながる。

     本書はその間隙を埋める書なのだ。

     本書を圧縮した高校生向けの書があれば有用だろう。そう思わせる好著。

     なお、藤木久志氏が、近世の始まりを告げる刀狩(正確に言うと太閤検地だが)は断続的に不奏効であった主旨をいうが、本書にある獣害被害予防のための銃砲の高度の必要性と製造業者の地方拡大という実。この観点を見れば、単純な不奏効ではなく、減らしても減らしても、売り子が増えるので結果的に減らなかったという事態を想起できそうな印象はある。

     補足。
     庶民の犬に対する忌避が、埋葬死体を野犬(あるいは村飼いの犬。そもそも費用負担に耐えられる家族が少なく、個人の飼犬は少数)が食することに由来する点。

     また、参考文献で柳田國男や宮本常一ら民俗学から影響を受けた主旨を著者はいう。
     確かに、本書は法令関係など文献に依拠する文献史学の書であるが、学際的交流の意味を感得できるという点でも一読の価値を持つ著作だろう。

  • 塚本学先生による近世における「生類」観を明らかにする一冊です。

    塚本氏によれば、「生類」とは野生動物のみならず人間にまで視野を広げた近代化以前の日本の生命観の一つであるとします。そして江戸時代の社会構造の変化や人間と生類の関わり方の変化を明らかにすることで、徳川綱吉の治世に施行された「生類憐れみの令」について当時の社会情勢の中で熟慮の上で立案された政策なのではないかという観点で再検討を行なっていきます。

    本書では生類憐れみの令について「鉄砲の所持規制」「鷹狩の抑制」などの個別の政策に分けて考察を加えます。注目されるのは生類と社会-特に農村-の関係、そして山野・人間社会を含めた生類をめぐる空間を支配する権力のありようです。

    生類憐れみの令が発布された江戸前期においては戦国の遺風がかすかに残る中で、兵農分離にともなってそれまでの社会集団が解体されていく過程にありました。この本ではそうした社会構造の変化にあわせて鳥獣と人間の関係性にも現れた様々な変化が顕現したものが「生類憐れみの令」であるとしています。「鉄砲の所持規制」は兵農分離によって減少していた農民の士人的要素をさらに推し進め、銃を扱う農民の存在を特殊化する方向へ決定づけました。「捨て子や捨て牛馬の禁止や保護」は江戸時代以前まで存在していた被官を中心とした集団的営農が解体され世帯が小規模化することで弱者を養育する余裕がなくなったことで増加した捨て子・捨て牛馬に対して、幕府が先導して管理・保護を行うことで解体された社会を中央集権的に再編成する意図があったのではないかと著者は推測しています。更に悪名高い「犬愛護令」についても治安対策的な側面に光を当てています。

    このように生類憐れみの令を「綱吉の個人的な殺生忌避から発布された法令」や「幕府が武断的な社会に慈悲の心を植えつけようとした」といった道徳的な見方から解き放ち一つの社会政策として捉え直すことで、太平の世となった江戸時代における農村におこった変化の一端を明らかにすることに成功しています。更に近世における人間と生類の関係に対する幕府や藩の働きかけが明らかになることによって、人間社会の周縁に対して当時の支配層がどのように管理を強化することによって権力を及ぼそうとしていたことがわかります。

    本書を読んで特に認識が深まったのは鷹狩をめぐる諸事象です。
    山野への支配の象徴として機能していた鷹狩は、領主層にとって重要なイベントであり、そのために鷹場の周辺では鳥獣が保護されており、農村においては鳥獣害が大きな負担になっていたことが指摘されています。また、鷹狩に用いる鷹の餌として犬が必要とされていて、農村において犬の飼育が義務化されておりこのことも農村の負担としてのしかかっていた事も明らかにされており、鷹狩は単なる領主の道楽として存在していただけでなく、制度的に整備された社会的意義のある行為であることが示されています。

    一方、本書は主題からして「生類憐れみの令」を綱吉の殺生忌避を外して検討してみるということで、全体を束ねる軸がいまいちはっきりしていないように感じます。そのため当時の社会情勢というものをなんとなく理解するというところで、私の理解はとどまっています。それぞれ個別の政策について再評価を行なっていますが、やはり綱吉のパーソナリティを抜きにこれらの諸法を語ることは難しいように思われました。

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