京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 435
レビュー : 47
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062921671

作品紹介・あらすじ

古い寺社は多いが歴史意識は薄く、技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々には三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり――。〈聖〉〈性〉〈学〉〈遊〉が入れ子となって都市の記憶を溜めこんだ路線、京都市バス206番に乗った哲学者の温かな視線は、生まれ育った街の陰と襞を追い、「平熱の京都」を描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 京都は興味深く、この街に住むことができてとてもよかったと改めて思う。

    大体行ったことのある場所なので、理解しやすかった。人柄や場所柄の解説も、現実、現物を見ている上でこの本で解説を聞くと、なるほどたしかに、と思った。京都人、やはり怖いなとも思った。

  • 幼児だった私にさえただのヨタ者にしか見えなかったロン毛にベルボトムの団塊世代。しかし今や、大学の総長、学長と呼ばれている方々の殆んどはこの世代に属していると思うと不思議な感じがする。

    京都の中心部育ち、そして大学も京大だった前大阪大学総長の著者が綴る、ちょっとやんちゃ、ちょっとおもろい京都話。

    現役京大生のころの、デモ参加の様子(立命館大生のことは「りっちゃん」と呼んでいたらしい)とか、講堂のステージで自分の属するロックバンドが演奏している最中に、集会を終えた左翼セクターの学生や当時学生部長だった現京大学長が乱入してきて勝手にステージに上がりこみひどい踊りを踊った話とかが、青春を振り返るベタな語り口ではなく、くすっと笑える感じに語られる。

    でもやっぱり、京都で暮らすのって大変そうだなあと思うようなエピソードもいろいろ。

    普通に料理屋に客として食べに行くのにお持たせ必須だったりとか、

    バスの中で著者の知人が聞いた、何かと文句を言ってぐずる弟に向かって小学校中学年くらいのお姉ちゃんが言った、「あんまりほんまのこと言うもんやないえ。」というセリフとか、

    関東におけるもんじゃ焼きに近い食べ物と想像されるベタ焼きの店の従業員とのやりとり(大阪におけるボケとツッコミにさらにもう一捻り加えた感じ)とか。

    なるほど、そういえば時々、京都でその辺の人にわからないことを聞いたり、店の人やマッサージの人に当たり障りのない会話をするつもりで話しかけると、一瞬、妙な間が空いた後、よもやそんな言葉が返ってくるとは思いもよらないような、ネガティヴなニュアンスさえ漂う言葉が返ってくることがある。(いや大概の方々は親切なのですよ念のため言っておくけど。)

    あれは頭の中で、言われた言葉の意味、そしてその裏の裏のそのまた裏の意味を吟味した後、毒や皮肉を込めさらにそれを自分には災いが返ってこない程度にやんわりとした表現にするべく言葉を選んで返す、という高度な処理計算作業(コンピュータではなくそろばんでもなく何故か計算尺のようなイメージがわくのだが)をあの一瞬の「間」のあいだに推し進めているのかなと、数々のエピソードを読んでいくうちに思ってしまった。

  • よく知っている京都の街並みを思い浮かべながら、京都という街の構造についての話を聞いている感じで面白かった。鷲田清一氏の文章は、大学受験の頃よく読まされて苦手意識があったが、今回は思ったより内容がすっと頭に入ってきた。

    奇人の話、歌舞伎における「しるし」の話、服装のリミットの話では、なんとなく実感はしていたものの言及されることで改めて気づいた点も多く、とても興味深かった。それから、おしゃれな猥雑さが京都には似合う、というのには激しく同意。

    私は2013年から京都に住んでいるけれど、ここ2〜3年で京都の街は「観光客が想像する京都」に近づこうとしている気がする。最後の方に書いてあった「京都らしさ」の追求が、こうした違和感のある街づくりに誘っているのかな。

    内容とは関係ないが、自分の好きな店が本で紹介されていたので少し嬉しかった。

  • 私にとっては京都は“ハレ”の場所だけど、この本に描かれているのは旅行では知りえない京都の裏側。あこがれの芸能人の暴露本みたいに読みました。でも、素を知ってますます好きになっちゃった。ここまで奥深い土地って京都しか思い当たりません。いつか住んでみたい、との思いを強くしました。

  • じっくり読みました。
    僧侶と舞妓さん、そして祇園。。

    細い路地を、目的もなくぶらぶらするのは気持ちいい。
    雨が止んだあと、町屋が濡れている景色にはいつも心惹かれる。

    本多さんの「ALONE TOGETHER」の意味を、「うどん」の考察に見つけました。

  • 京都で学生生活を送ったことのある人なら面白い。「京都」がどういう街であるかを、具体的な街や店の様子を紹介しつつ、自らが暮らしてきた肌感覚に即して語っている。「哲学者の都市案内」というサブタイトルに偽りなし。

  • 鷲田センセの学生時代とと自分の学生時代は重なっていないけれども、昔の知らなかったこと沢山教えて貰う。
    その後も住み続けている自分にとって、身近なことを紹介してもらうと嬉しく、戒めとなることも沢山教えて貰う。
    モジカで美品を購入。

  • 浮ついていない京都案内。
    湖のように涼しく静かな口調で、狂乱の魔都を語る。

    哲学者である著者の目線は独特であり、地べたを這いずり回るような土着性と熱に浮かされたような祝祭性に付きまとわれているようである。
    ちょっと視点の変わった観光ガイドとしても使えて、京都訪問が5回目くらいでぼちぼち飽きてきた人には大変便利だと思う。
    とはいえ京都で生まれ育った著者だから、街の裏側まで見透かし分析を試みる。エッセイとしても秀逸。

  • 京都出身の鷲田センセイが、京都の美味いものや、思い出などを語るエッセイ。

    若干哲学的なカタイ話もなくはないけれど、ほとんどは軽くて読みやすいものだった。旅行ガイドとしてはあまり役に立たないけれど、読み物としてなかなか面白かった。

    以前にテレビで紹介されていたお好み焼き屋の夢屋に何年か前に行ったら、予約がないと入らないと言われ、昨年満を持して予約して行った。確かに美味かった。この店のこともこの本に出て来た。行ったことのない壱銭洋食という店が紹介されていて今度はここに行ってみたいと思った。

  • 東へ
    北へ
    西へ
    南へ
    終着駅へ

    著者:鷲田清一(1949-、京都市、哲学)

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著者プロフィール

1949年京都生まれ。お寺と花街の近くに生まれ、丸刈りの修行僧たちと、艶やかな身なりをした舞妓さんたちとに身近に接し、華麗と質素が反転する様を感じながら育つ。大学に入り、哲学の《二重性》や《両義性》に引き込まれ、哲学の道へ。医療や介護、教育の現場に哲学の思考をつなぐ「臨床哲学」を提唱・探求する、二枚腰で考える哲学者。2007~2011年大阪大学総長。2015~2019年京都市立芸術大学理事長・学長を歴任。せんだいメディアテーク館長、サントリー文化財団副理事長。朝日新聞「折々のことば」執筆者。
おもな著書に、『モードの迷宮』(ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞)、『「聴く」ことの力』(ちくま学芸文庫、桑原武夫学芸賞)、『「ぐずぐず」の理由』(角川選書、読売文学賞)、『くじけそうな時の臨床哲学クリニック』
(ちくま学芸文庫)、『岐路の前にいる君たちに』(朝日出版社)。

「2020年 『二枚腰のすすめ 鷲田清一の人生案内』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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