京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)

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感想 : 58
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062921671

作品紹介・あらすじ

古い寺社は多いが歴史意識は薄く、技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々には三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり――。〈聖〉〈性〉〈学〉〈遊〉が入れ子となって都市の記憶を溜めこんだ路線、京都市バス206番に乗った哲学者の温かな視線は、生まれ育った街の陰と襞を追い、「平熱の京都」を描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 鷲田センセの学生時代とと自分の学生時代は重なっていないけれども、昔の知らなかったこと沢山教えて貰う。
    その後も住み続けている自分にとって、身近なことを紹介してもらうと嬉しく、戒めとなることも沢山教えて貰う。
    モジカで美品を購入。

  • 京都は興味深く、この街に住むことができてとてもよかったと改めて思う。

    大体行ったことのある場所なので、理解しやすかった。人柄や場所柄の解説も、現実、現物を見ている上でこの本で解説を聞くと、なるほどたしかに、と思った。京都人、やはり怖いなとも思った。

  • 幼児だった私にさえただのヨタ者にしか見えなかったロン毛にベルボトムの団塊世代。しかし今や、大学の総長、学長と呼ばれている方々の殆んどはこの世代に属していると思うと不思議な感じがする。

    京都の中心部育ち、そして大学も京大だった前大阪大学総長の著者が綴る、ちょっとやんちゃ、ちょっとおもろい京都話。

    現役京大生のころの、デモ参加の様子(立命館大生のことは「りっちゃん」と呼んでいたらしい)とか、講堂のステージで自分の属するロックバンドが演奏している最中に、集会を終えた左翼セクターの学生や当時学生部長だった現京大学長が乱入してきて勝手にステージに上がりこみひどい踊りを踊った話とかが、青春を振り返るベタな語り口ではなく、くすっと笑える感じに語られる。

    でもやっぱり、京都で暮らすのって大変そうだなあと思うようなエピソードもいろいろ。

    普通に料理屋に客として食べに行くのにお持たせ必須だったりとか、

    バスの中で著者の知人が聞いた、何かと文句を言ってぐずる弟に向かって小学校中学年くらいのお姉ちゃんが言った、「あんまりほんまのこと言うもんやないえ。」というセリフとか、

    関東におけるもんじゃ焼きに近い食べ物と想像されるベタ焼きの店の従業員とのやりとり(大阪におけるボケとツッコミにさらにもう一捻り加えた感じ)とか。

    なるほど、そういえば時々、京都でその辺の人にわからないことを聞いたり、店の人やマッサージの人に当たり障りのない会話をするつもりで話しかけると、一瞬、妙な間が空いた後、よもやそんな言葉が返ってくるとは思いもよらないような、ネガティヴなニュアンスさえ漂う言葉が返ってくることがある。(いや大概の方々は親切なのですよ念のため言っておくけど。)

    あれは頭の中で、言われた言葉の意味、そしてその裏の裏のそのまた裏の意味を吟味した後、毒や皮肉を込めさらにそれを自分には災いが返ってこない程度にやんわりとした表現にするべく言葉を選んで返す、という高度な処理計算作業(コンピュータではなくそろばんでもなく何故か計算尺のようなイメージがわくのだが)をあの一瞬の「間」のあいだに推し進めているのかなと、数々のエピソードを読んでいくうちに思ってしまった。

  • 京都旅の折に、京都を中心として展開している大垣書店で購入。鷲田清一は哲学者で、さまざまな文章を書いていて、僕にとっての初めての鷲田の文章は高校生の時の現代文の時だったと記憶している。自身が京都で生まれ育ち、京都大学で哲学を専攻していた学生だった。市を走るバスの206号系統の道筋をなぞり筆者独自の京都への眼差しを追体験する。京都にいながら読むことで臨場感や思いを馳せることのできた本。

  • 京都で学生生活を送れて良かったなぁと思う一冊。

    受験期に鷲田清一さんの文章に苦しんだ経験がありましたが、この本は凄く面白く読めました。過去に、受験勉強の中で出会った作品も実は凄く面白いものだったのかも、

  • よく知っている京都の街並みを思い浮かべながら、京都という街の構造についての話を聞いている感じで面白かった。鷲田清一氏の文章は、大学受験の頃よく読まされて苦手意識があったが、今回は思ったより内容がすっと頭に入ってきた。

    奇人の話、歌舞伎における「しるし」の話、服装のリミットの話では、なんとなく実感はしていたものの言及されることで改めて気づいた点も多く、とても興味深かった。それから、おしゃれな猥雑さが京都には似合う、というのには激しく同意。

    私は2013年から京都に住んでいるけれど、ここ2〜3年で京都の街は「観光客が想像する京都」に近づこうとしている気がする。最後の方に書いてあった「京都らしさ」の追求が、こうした違和感のある街づくりに誘っているのかな。

    内容とは関係ないが、自分の好きな店が本で紹介されていたので少し嬉しかった。

  • 私にとっては京都は“ハレ”の場所だけど、この本に描かれているのは旅行では知りえない京都の裏側。あこがれの芸能人の暴露本みたいに読みました。でも、素を知ってますます好きになっちゃった。ここまで奥深い土地って京都しか思い当たりません。いつか住んでみたい、との思いを強くしました。

  • じっくり読みました。
    僧侶と舞妓さん、そして祇園。。

    細い路地を、目的もなくぶらぶらするのは気持ちいい。
    雨が止んだあと、町屋が濡れている景色にはいつも心惹かれる。

    本多さんの「ALONE TOGETHER」の意味を、「うどん」の考察に見つけました。

  • 京都市出身の哲学者が語る普段の京都。
    市バス206系統に沿って都市案内も愉快。著者の年代とは時代が変われども京都のディープな面の観察はおもしろい。
    そう思うとだんだん京都も「おもろない」処になってしまったかもしれんけど。奇人変人もすくのうなったんとちゃうの。

  • 鈴木理策のモノクロ写真がよい。京都の人が大阪のことは良きライバルで時に理解者と思い、兵庫は友だちで東京は反面教師のように思っているのがわかるなか、奈良のことは根っから軽んじているのが文章の端々から窺えるので笑ってしまう。あと意図的に視点を限定しているのだろうけど、本書は「男の都市論」に留まっているとも思う。

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著者プロフィール

1949年 京都府生まれ.
[現職]大阪大学文学部教授.[専門]哲学,倫理学.
『モードの迷宮』ちくま学芸文庫,1996.『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書,1996.『ちぐはぐな身体』ちくまプリマーブックス,1995.『人称と行為』昭和堂,1995.『見られることの権利』メタローグ,1995.『だれのための仕事』岩波書店,1996.

「1997年 『原理論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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