京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062921671

作品紹介・あらすじ

古い寺社は多いが歴史意識は薄く、技巧・虚構に親しむ。けったいなもんオモロイもんを好み、町々には三奇人がいる。「あっち」の世界への孔がいっぱいの「きょうと」のからくり――。〈聖〉〈性〉〈学〉〈遊〉が入れ子となって都市の記憶を溜めこんだ路線、京都市バス206番に乗った哲学者の温かな視線は、生まれ育った街の陰と襞を追い、「平熱の京都」を描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 読み終えて、とてもびっくりした。

    こんな素人みたいな始まり方で申し訳ないが、この衝撃は、京都について、余所の者とそこに住み続けている者との見方の差異や、京都がこんな街だとは思わなかったとか、そういう事ではなく、あくまでも、街という存在が、目には見えないところで燻っている、底の知れない人と歴史の複雑な積み重ねで、今なお生き続けている、不可思議なものであることを、まざまざと実感させられたからである。

    とは書きつつも、哲学者の「鷲田清一」さんの視線で見た、京都の裏ガイド的意味合いがあるのも確かなので、まずは、親しみやすいところから書いていきます。

    京都は、元祖ヴィジュアル系の「ザ・タイガース」を生んだ街であり、それに抵抗が無いのが太秦の存在だという面白い一面を持ちながら、『個』としての時間をもてる喫茶店という空間が、自然と自立を促すことの出来る、近代都市としての支えになっていた、誰でも受け容れてくれる自由な一面も持ち合わせている。

    また、意外と知られていない京都の凄いところとして、琵琶湖疏水の工事を指揮した23歳の技師は、世界で二番目の水力発電所も建設し、飲み水としてだけでなく発電用水として活用しようとした、その試みは、後の西陣織等の伝統産業の近代化と、わが国初の路面電車の敷設に繫がっている事や、深泥池(みどろがいけ)の水生植物群落は、屋久島の縄文杉の比では無い、ウルム氷期の植物「ミズガシワ」等の氷河期の生き残りであり、その壮大なロマン故に、かつては幽霊が出るとの噂もあった、おまけ付きだ。

    いや、おまけ付きだなんて失礼なことを言ってはいけない。そもそも京都の地には幽霊が見えるといった、嘘のような本当のような話も聞いたことがあるが、それは鷲田さんによると、『弱い者の自衛手段』なのであり、平安末期以来、外部者の権力争いに繰り返し巻き込まれてきた京都人の、それこそ『千二百年も都市であり続けた』故の、無意識に染み込まれていった、自我を持ち続ける為の必死な思いの継承もあったのかもしれず、だから京都人は、『身の丈を超えた京自慢などせずに、それぞれの地域で小さくて濃くて高度な幸福をしずかに堪能している』のではないかと感じさせられる。

    しかし、そんな弱い者の自衛手段を分かっているはずの京都人が、それに相反するような行い─覆いや緩衝を許さない視線の暴力─をしている事も知り、それを『都市はいま空襲を受けている』と表現された鷲田さんには、京都という街に対するただならぬ思いに加え、京都から何か大切なものが消え去ってしまいそうな、大きな危機感も窺えるようで印象的だった。

    例えばそれは、財布が軽くても、それでも「見かけ」に、「装い」にこだわった、戦後市民の心の張りに見られた、『損得を超えた心意気という「芯」』の喪失が、「着倒れ」がまさに倒れかかっている理由であることや(不況のあおりなどではなく)、ファッションについて、ここまでは何をやっても良いといった、リミットの存在に加え、自由と秩序が共にはっきり明確であることを説いているのは、いのちを保ち続ける多面体としての都市のあり方であり、おそらく、そうしたものが失われる事への多大な危機感を抱いたのだろうと私は思う。

    ただ、そんな京都の弱い者の自衛手段を素晴らしい形に転換したと感じられた事の一つに、ファッションを『発姿音』と書かれた、「堀宗凡」さんが主人の、「玄路庵」の喫茶去を称えた、松岡正剛さんの、奇想天外ならぬ『奇想天内』という言葉があり、そこには、単なる奇人の奇想天外なものがあるのではない事に加え、京都でいうところの奇人は、リミットの基準となる程の達観した粋を持つものであり、それを自然に受け容れる度量を持つ京都人は、当然その基準を知っており、外から見えるなんて、そんな品位に反する野暮なことはせずに、その内なる空間でひっそりと華やかに、他では決して見ることの出来ない極上の芸術を披露する。これを粋と言わずに何と言おうか。

    そして、更にそれを実感させられた文章を、少し長いが掲載したくて、これは私も目から鱗の思いだった。

    『「ワンポイント・チャーム」という言葉があるが、これは褒める言葉がないときに、無理してなにか褒めるべきところを探したときに出てくるものだ。ほんとうに魅力的な物や人には、そんなチャーム・ポイントは探す必要がない。圧倒的な存在感があるだけだ』

    まさに私は、この圧倒的な存在感を京都という街に感じられた上で、その存在感には、どこか隙があり過ぎるようでもあり、思わず見るに見かねて、つい手を差し伸べたくなるような、放っておくことのできない魅力的な街なんだと思う。

    本書の表紙や本編に収録されているモノクロの写真たちを見ていると、色などには決して惑わされない、『ものの本質』がそこにあるように感じられる。そして、それは普遍的なことだから、きっと言葉も時代性も必要ない。

    学校の歴史の授業で教えてくれるのは、「何かが起こった」という結果のみであり、そこから、未来の人達にどのように影響したのかは、自ら知ろうとしない限り、おそらく一生知らずに生涯を終えてしまうのかもしれない。

    だからこそ、今回本書を読むことで、京都の街の中に潜む、数え切れない歴史と人々の、美しいことも汚いことも派手なこともささやかなことも全て引っくるめた、数え切れない思いが詰まりに詰まった、街自身の、永きに渡るいのちの歩みを知ることが出来て、とても嬉しかった。


    本書は、Macomi55さんのレビューをきっかけに、知ることができました。
    ありがとうございます。

    • たださん
      まこみさん
      今、Amazonで調べたISBN-13の数字入力で検索かけたら、そのまま普通に単行本版出てきました。
      そして、「京都の平熱」でワ...
      まこみさん
      今、Amazonで調べたISBN-13の数字入力で検索かけたら、そのまま普通に単行本版出てきました。
      そして、「京都の平熱」でワード検索かけると、まず文庫版が出て、そこから、すべての本に変えると、電子書籍のみが出てきました。
      ですから、普通にバーコード読めば、単行本版として登録出来ているはずですし、仮にまこみさんが文字入力して検索したとしても、文庫版として間違えるはずなので、これはおかしいですよね。
      僅かな可能性としまして、バーコード読むときに光の加減で、微妙に異なる数字を認識してしまい、それが偶然、電子書籍版の数字(電子書籍に、それがあるのか分かりませんが)と一致したなんて事も思いましたが、いくらなんでも、そんな奇跡的な偶然は起こりませんよね。
      ですから、もし面倒で無ければ、一度ブクログさんに問い合わせしてみるのもいいかもとは思いました。
      あまりお役に立てずに、ごめんなさいね。
      2023/06/07
    • Macomi55さん
      たださん
      「すべての本」にしてたのかもしれないですね。
      そんなに気にしてないからいいですよ。
      まあ、ちゃんと表紙の写真出てきたので。
      たださん
      「すべての本」にしてたのかもしれないですね。
      そんなに気にしてないからいいですよ。
      まあ、ちゃんと表紙の写真出てきたので。
      2023/06/07
    • たださん
      まこみさん
      確かに表紙の写真は同じですものね。
      良かったです(^^)
      まこみさん
      確かに表紙の写真は同じですものね。
      良かったです(^^)
      2023/06/07
  • 鷲田センセの学生時代とと自分の学生時代は重なっていないけれども、昔の知らなかったこと沢山教えて貰う。
    その後も住み続けている自分にとって、身近なことを紹介してもらうと嬉しく、戒めとなることも沢山教えて貰う。
    モジカで美品を購入。

  • 京都は興味深く、この街に住むことができてとてもよかったと改めて思う。

    大体行ったことのある場所なので、理解しやすかった。人柄や場所柄の解説も、現実、現物を見ている上でこの本で解説を聞くと、なるほどたしかに、と思った。京都人、やはり怖いなとも思った。

  • 幼児だった私にさえただのヨタ者にしか見えなかったロン毛にベルボトムの団塊世代。しかし今や、大学の総長、学長と呼ばれている方々の殆んどはこの世代に属していると思うと不思議な感じがする。

    京都の中心部育ち、そして大学も京大だった前大阪大学総長の著者が綴る、ちょっとやんちゃ、ちょっとおもろい京都話。

    現役京大生のころの、デモ参加の様子(立命館大生のことは「りっちゃん」と呼んでいたらしい)とか、講堂のステージで自分の属するロックバンドが演奏している最中に、集会を終えた左翼セクターの学生や当時学生部長だった現京大学長が乱入してきて勝手にステージに上がりこみひどい踊りを踊った話とかが、青春を振り返るベタな語り口ではなく、くすっと笑える感じに語られる。

    でもやっぱり、京都で暮らすのって大変そうだなあと思うようなエピソードもいろいろ。

    普通に料理屋に客として食べに行くのにお持たせ必須だったりとか、

    バスの中で著者の知人が聞いた、何かと文句を言ってぐずる弟に向かって小学校中学年くらいのお姉ちゃんが言った、「あんまりほんまのこと言うもんやないえ。」というセリフとか、

    関東におけるもんじゃ焼きに近い食べ物と想像されるベタ焼きの店の従業員とのやりとり(大阪におけるボケとツッコミにさらにもう一捻り加えた感じ)とか。

    なるほど、そういえば時々、京都でその辺の人にわからないことを聞いたり、店の人やマッサージの人に当たり障りのない会話をするつもりで話しかけると、一瞬、妙な間が空いた後、よもやそんな言葉が返ってくるとは思いもよらないような、ネガティヴなニュアンスさえ漂う言葉が返ってくることがある。(いや大概の方々は親切なのですよ念のため言っておくけど。)

    あれは頭の中で、言われた言葉の意味、そしてその裏の裏のそのまた裏の意味を吟味した後、毒や皮肉を込めさらにそれを自分には災いが返ってこない程度にやんわりとした表現にするべく言葉を選んで返す、という高度な処理計算作業(コンピュータではなくそろばんでもなく何故か計算尺のようなイメージがわくのだが)をあの一瞬の「間」のあいだに推し進めているのかなと、数々のエピソードを読んでいくうちに思ってしまった。

  • 京都市出身の哲学者が語る普段の京都。
    市バス206系統に沿って都市案内も愉快。著者の年代とは時代が変われども京都のディープな面の観察はおもしろい。
    そう思うとだんだん京都も「おもろない」処になってしまったかもしれんけど。奇人変人もすくのうなったんとちゃうの。

  • 京都旅の折に、京都を中心として展開している大垣書店で購入。鷲田清一は哲学者で、さまざまな文章を書いていて、僕にとっての初めての鷲田の文章は高校生の時の現代文の時だったと記憶している。自身が京都で生まれ育ち、京都大学で哲学を専攻していた学生だった。市を走るバスの206号系統の道筋をなぞり筆者独自の京都への眼差しを追体験する。京都にいながら読むことで臨場感や思いを馳せることのできた本。

  • 京都で学生生活を送れて良かったなぁと思う一冊。

    受験期に鷲田清一さんの文章に苦しんだ経験がありましたが、この本は凄く面白く読めました。過去に、受験勉強の中で出会った作品も実は凄く面白いものだったのかも、

  • よく知っている京都の街並みを思い浮かべながら、京都という街の構造についての話を聞いている感じで面白かった。鷲田清一氏の文章は、大学受験の頃よく読まされて苦手意識があったが、今回は思ったより内容がすっと頭に入ってきた。

    奇人の話、歌舞伎における「しるし」の話、服装のリミットの話では、なんとなく実感はしていたものの言及されることで改めて気づいた点も多く、とても興味深かった。それから、おしゃれな猥雑さが京都には似合う、というのには激しく同意。

    私は2013年から京都に住んでいるけれど、ここ2〜3年で京都の街は「観光客が想像する京都」に近づこうとしている気がする。最後の方に書いてあった「京都らしさ」の追求が、こうした違和感のある街づくりに誘っているのかな。

    内容とは関係ないが、自分の好きな店が本で紹介されていたので少し嬉しかった。

  • 私にとっては京都は“ハレ”の場所だけど、この本に描かれているのは旅行では知りえない京都の裏側。あこがれの芸能人の暴露本みたいに読みました。でも、素を知ってますます好きになっちゃった。ここまで奥深い土地って京都しか思い当たりません。いつか住んでみたい、との思いを強くしました。

  • じっくり読みました。
    僧侶と舞妓さん、そして祇園。。

    細い路地を、目的もなくぶらぶらするのは気持ちいい。
    雨が止んだあと、町屋が濡れている景色にはいつも心惹かれる。

    本多さんの「ALONE TOGETHER」の意味を、「うどん」の考察に見つけました。

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著者プロフィール

鷲田清一(わしだ・きよかず) 1949年生まれ。哲学者。

「2020年 『ポストコロナ期を生きるきみたちへ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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