日本その日その日 (講談社学術文庫)

  • 講談社 (2013年6月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (344ページ) / ISBN・EAN: 9784062921787

作品紹介・あらすじ

近代に染まる寸前の日本を科学者の目が見つめていた――

菓子屋の看板、人力車、屋敷の屋根瓦、和服の装い、そして、穏やかに暮らす人々。
大森貝塚の発見で知られるモース、その鋭敏な眼差し惹きつけられたのは、明治最初期日本の何気ない日常の営みだった。
東京大学教授として滞在する2年間にのこした、膨大なスケッチと日記には、卓越した科学者ならではの観察眼と、異文化を楽しむ喜びが満ちている。

彼が日本で出喰わした愉快な経験の数と新奇さは、ジャーナリストも汗をかくほどのものだ。
人通りの町を一列縦隊で勢よく人力車を走らせると、一秒ごとに新しい光景、新しい物音、新しい香り……
明治十年代のまだ近代に出会ったばかりの列島の生活を、モースは驚きと敬意をもって見つめていた。
当時の生活文化を記録した重要資料であり、なおかつ読んで見て楽しめる明治日本見聞記。(解説・牧野陽子)


※本書の原本は1939年に創元社より刊行された抄訳本です。

みんなの感想まとめ

明治維新間もない日本の日常生活を、外国人科学者の視点から描いた作品は、当時の庶民の様子や文化の一端を生き生きと伝えています。著者は、日々の観察を通じて、東京の街並みや人々の営みを詳細に記録しており、そ...

感想・レビュー・書評

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  • 米国生物学者による極めて詳細な明治初期日本記録なんですが、筆者の中に入って(もしくは肩に乗って)当時の日本の姿を場所ではなく時間の隔たりを持った「よそから来た人」として明るく楽しむと同時に、描写される日本側の人達(ある時は人力車夫、ある時は駕籠かき、町人、学者、料理人)と共に日本を形造る一粒として好意的に見られることを、こちらもまた、明るく楽しむ本。

    おそらく読んだ日本人のほぼ全員が「ちょっと褒め過ぎ(ハマり過ぎ)じゃない?」と感じるだろうけどもそこはあまり気にしない方がいいのでは。これ他の国だったら謙遜も恥じらいもなく「我が国の文化はこんなに素晴らしいと外国人学者が書き残してくれてる」とか言って喧伝すると思うし。

    解説にある「19世紀西洋の価値観に囚われることを意識的に避けた」「偏見の煤で汚れた眼鏡より薔薇色の眼鏡の方がマシ」というような筆者考えは勿論そのままとしてもやはりその奥にある「キリスト教との距離感」がその理由でしょうかね。ですが結果的にそれがひん曲がった西洋価値測定の針を真っ直ぐにしてるだけな気もします。

    さて

    ここで取り上げられる「日本」はまぁびっくりの連続。いちいち打ち込んでたら親指もげるっていうかストレートネックで胸鎖乳突筋が死にますが出来る限りの備忘録を。

    歌舞伎の照明。役者の顔近くに長い竿の先にある蝋燭を差し出すと挿絵付き。こういうのも全く初めて知ったけど言われてみればそりゃそう。江戸時代浮世絵や本にも出てこなかったけどこれってずっとこうだったんだろうなぁ。黒子がずっと舞台にいて明らかに目立ち声まで発するのに観客は無として認識するなんてのも、指摘されて初めてそりゃビビるわなと。

    風呂。明治もまだ全然混浴。しかもあけっぴろげ。ここで普通の西洋知識人ならば日本人の「原始人的振る舞い」を蔑み咎め人間として正しい道へ(キリスト教洗脳)とかなりそうなもんですが、筆者は「日本人は風呂以外では肌を見せない。我が国の若い女性が水着を着、ボディライン丸出しの格好するが日本はそんなこと絶対しない」とし、ニュージーランドで米兵が裸で海水浴をしたら原住民に激しく抗議されたことを例にあげている。
    無作法、破廉恥は人間全般にあるものではなく単なる文化的基準であり地域差ありあり、時と場合によってどっちも破廉恥になるのだと。まぁなんと賢いのかしらモース先生。

    日本の最も治安の悪いところは米国の最も治安の良いところよりも安全。そりゃそう。てか多分今もそう。

    日本の虫の音が金属音。へーーーーーーー。これはどうなんでしょう。人間の感覚は互いに干渉し合ってるから気温や湿度、風、体調なんかにも影響してるとは思うけど。

    最下層の人でも礼儀をわきまえている。
    まぁこれもそうかも。今見てても。
    てか欧米のまともな人達ってよく生活出来てますよね、隣人があんなんばっかりで。

    梅や桜が果実目的ではないと。確かにねぇ。あれ観賞用なのよ。
    桃が小さくて緑で固い、まるでオリーブ、人々はこれを好むと。ははぁ。当時の日本の桃は今の韓国桃みたいだったのかもね。これも初めて知った。

    労働階級が真面目、正直、丁寧、清潔、芸術に理解がある、貸本がある。確かに貧乏人がなけなしの金で本を借りて読んでたら(字が読めるだけでも凄いのに)そりゃビビるわな。これは朝鮮通信使も同様にビビってましたね。印刷出版物流も。

    下僕であっても理知的。

    犬猫を虐めない。街に落書きがない。

    サンフランシスコの米国人よりもサンフランシスコの支那人。彼らは静か、平和、親切。
    だがしかし日本から米国行きの船にいる支那人はそれよりもずっと優れている。
    だがしかし日本人に比べれば彼らは不潔で荒々しい。日本人は支那人よりも遥かに優秀。
    てかサンフランシスコの米国人ってどんなんなの。

    枇杷や百合根、抹茶が美味しい。抹茶は米国に輸出すればいいのにとも言ってる。やはりこの時から抹茶は欧米人の舌にもあっていたのだな。

    ちょんまげからざん切りへの逸話。大学生は頭髪をなでつけるということをしないとある。本当?これ。ちょんまげ切ったら友達と決闘になり刀で足を切られてそのまま障害者になった学生と一緒に住んでいたとも。本当?皆んなで外人からかってない?

    都会の子供が田舎の子供よりも美しいのを田舎から美しい娘だけを連れて女中をさせるからだろうと書いてある。まぁ芸能人がそうですからね。芸能人と一般の境目はないし、時代が違っても男が考えることは同じですね。

    年末、寺院がごった返し、瓦を葺き替えられ修繕され繁栄していることを記している。米国からの新聞には来日した宣教師の寄稿文があり日本の寺院は荒廃し信仰は死滅しつつあると読み呆れてしまう。

    三井呉服屋。「極度ののろさと真面目さと鄭重さ」
    この日本人ののろさは他でも度々触れられている。普通だったらイライラするところだがあまりに呑気に気持ちよくのろいのでまぁいいかという気になるそうな。ところが火消しとその火元の告知スピードには驚くとのこと。ここにもやはり日本っぽさがあらわれてますかね。三井ののろさは「丁重」と繋がってるんですよね。

    長崎鹿児島への旅で宣教師と会う。
    来日して19年布教活動している彼に日本のキリスト教信者を聞く。すると「2万人はいる」と。
    「2万?盛ってるから2-3千は引かんといかんやろ。んで日本に3300万人おるけどどんだけ時間かけてやり遂げるつもりやねん?お?せやったら国に帰って母国語で説伏出来る国民の罪人、母親の祈祷を覚えてるかも知れん奴を改宗させた方がええんちゃうんけ?ほんなら日本人の外人に対するイメージもようなるっちゅうもんや」と記してある。(実際はもっと綺麗な言葉ですよ)
    この辺はモロにキリスト教嫌いが出てていいですね。てか人間は宗教から離れられないし宗教やらせとかないともっと酷いことやり始める奴らがいるので必要悪なんだとは思いますが、でもねぇ。
    まず一神教(特に偶像崇拝禁止や音楽禁止)はダメよ。マジで。その時点で他者への寛容とか多様性を否定してるから。もし地球上の動物植物昆虫魚鳥全てが人間が宗教で殺し合いやったり地球すら滅亡させようとしてると知ったらどんな顔するだろうねぇ。このハゲ散らかしたサルの愚かさを。

    長崎の日本人は乱暴ではないが丁寧ではなく「ありがとう」と言わない。
    これなんか分かるわ。長崎がどうこうじゃなく、外国人から見れば「擦れてる」だろうけど、あまりの悪に触れると純粋なままではいられないんだよね。長崎に来た南蛮人たちに原因があるんだと思います。まぁ向こうも向こうで言い分あるでしょうけど。知るってのは汚れることよね。でも綺麗なままだと文字通り殺されちゃうしね。アメリカに住んでいた人達も、オーストラリアに住んでいた人達も、メキシコに住んでいた人達も。

    景色のいい場所や何か興味深い天然物のあるところに神社あるよね。
    分かる。さすが外人。ちゃんと順序が分かってる。私が嫌いなフレーズに「◯◯の神社はパワースポットだから空気が澄んでてそこに入った瞬間気分が」云々ってのがありますが、順番が逆。
    そういう場所だから神社建てたのよっていう。
    モース先生は外国人なので見たまま仰ってて気持ちいい。

    京都の工房。「ヨコハマムケ」
    日本向けには優美で繊細な陶器。横浜向け(欧米輸出用)は赤と金を多用したゴテゴテもの。筆者はすでに日本の静かな美意識に軸が移りつつあるので欧米顧客の趣味を「野蛮」と呆れているのもおもろい。

    学習院に通う華族子女の制服が街の子供たちとほぼ一緒であることに驚いている。「すれ違う貧しい子供たちが自分の身なりを恥ずかしく思わないように」東京大阪で同じ答えを得たらしい。まぁ全く同じな訳じゃないしそもそも人力車や車で通ってるのに街の子供とどうやってすれ違いますのんとは思うけどもでもまぁこれもありますよね。
    あとはさっきの陶器もそうだけど美意識の問題といいますか。皇居見たら分かるでしょ。(でも江戸城は豪華絢爛でしたけどね。大阪城も。元禄文化も。ずっとシックなわけじゃないけんど。)

    日本の子供が米国の子供に比べて数十倍の虫の名前を知っている。あーーーなるほど。こういうところから。あー。うん。そうかも。良くも悪くも日本語(てか漢字)の影響大きそうですね。

    日本人には西洋式に歌うことを教えれば多分いける。でもやるべきかどうかは別。
    モース先生は本当に賢いのよねぇ。ただ表面的にこっちの方が優れている、新しい、効率的として上書きしちゃうと元の文化の健全な成長を阻害するし何なら元からダメにしちゃうよねぇ。
    モース先生、アメリカ人にしとくの勿体ない。

    「平信」私コレ初めてしりました。かっこよ。

    京都のマジの川床。マジじゃん。危ない。

    盆の上に時計やら金やら置いて行ったらそのまんま残ってた。これもねぇ。そりゃ日本好きになるよね。勿論今はこんなことないんだけど、って書きかけたけど、カバンとかPCとかカフェのテーブルに置きっぱの人っていますよね。網棚にカバンで寝ちゃうとか。新聞や雑誌ですら残ったままだったり。白昼目抜き通りで鉄パイプ窓ガラス割宝石泥棒とかとは違いますよね。(でも辻斬りとかあったのよ。江戸時代。勿論日本も性暴力横行してるしね。)でも比較すると。

    朝鮮暴動の際の白い民族衣装に馬の毛の帽子、珍しい靴の在日コリアンへの対応にも驚いている。筆者は南北戦争で北方人が南でどんな扱いを受けたかを思い浮かべ、どちらの国民がより高く文明的かを自問する。そこにいた日本人が朝鮮暴動を知らないわけがない。でも彼らはそれはそれ、これはこれと冷静に対応していたのだ。残念なのはこの逸話を出してもおそらく当該国の人達は信じてくれない(もしくは1万件の中の1つの例外とするか)だろうし、別の国の人に言っても「そんなの殺せばいいじゃん」ってなる。まぁ日本でも同じようなもんかな。この世のルールはずっと変わらない。エディアカラであれデボンであれ白亜であれ30万年前であれなんであれ。いつも「暴力」だけがルールだ。有事に仏心を出した奴は殺されて遺伝子は残らない。ただそれだけ。悲しいね。

    日本の米取引とNY、ボストンの穀物取引所。

    日本の火葬システム。
    働く人達も愉快で丁寧気持ちがいい。
    本国の陰気な感じがない。
    「我が国ではこの衛生的な方法を阻止する偏見が」
    いやもうマジでそうよ。
    人は死んだら終わりなのよ。
    土葬に拘る理由なんてゼロ。
    なんなら骨すら大した問題じゃない。(だからといって幼い子供が亡くなったりしたらそりゃ骨を抱き抱えるのは理解します。あとエジプトミイラの文化的価値も当然理解しますし是非後世に残して欲しいです。でも300年前の骨を抱いて泣き叫ぶ人はいないじゃん。だって身内みんな死んでるから。あと1000年経ったら墓地なんて跡形も無くなってるしさ。)
    生きてこそ。さっきの宣教師のくだりじゃないけど死んでからどうこうとかやるくらない生きてる間にやれ。祖父母の葬式に会社休んで飛行機で行くくらいなら生きてるうちに行って顔を見せてやれ。なんなら葬式には行かなくてもいいくらい。
    話戻って。
    私は別に他人の遺体をわざわざ蹴り倒そうとは思いませんが、骨とか土葬とかに必要以上に執念燃やされると「はぁ?」となります。もう死んだんだから。ね。大体こういう人達は生きてる人間を蔑ろにするんですよね。忙しいだの金がないだの。葬式にかける時間と金があったら生きてる間にやれよ。とはいえもう死んだんだからって遺体をイタズラする奴は両手の指を全切断でいいです。

    モース、能の稽古。

    見えないところも見えるところと同じく仕上げてある。荷物の運び出しが貧乏人であっても美しく積み上げられている。


    とまぁバラバラに書き出しましたが。
    300ページ以上ありますが中弛みナシ。
    ずっと明るく楽しく読めるのは、モース先生の頭の良さと観察力によるものなんですが、明るさの粒の正体はモース先生と日本人が互いに表す敬意なのです。原著は明治初期、日本語訳は昭和14年。時折新鮮な空気を入れながらもオリジナルの敬意の粒は香ったまま。

    なんか楽しく楽に読めるけどバカじゃないオススメの本ある?と聞かれたら5冊のうちのひとつとして勧めてみようと思う、楽しい楽しい本でした。

  • 昔の日本を外国人目線で知れた。
    日本人の自分にとっては当たり前のことも、外国人にとってはこんなに異質に感じるのか…
    若干日本贔屓な文章だが、勉強になったし新鮮な気持ちで読めた。

  • 大学を出てきた時、私は人力車夫が四人いるところに歩み寄った。私は、米国の辻馬車屋がするように、彼等もそろって私のところに駆けつけるのかと思っていたが、事実はそれに反し、1人がしゃがんで長さの異なった麦藁を四本拾い、そして籤を引くのであった。運のいい1人が私を乗せて停車場に行くようになっても、他の三人は何らいやな感情を示さなかった。汽車に間に合わせるためには、大きに急がねばならなかったので、途中、私の人力車の車輪が前を行く人力車の轂にぶつかった。車夫たちはお互いに邪魔したことを微笑で詫びあっただけで走り続けた。私は即刻この行為と、我が国でこのような場合に必ず起こる罵詈雑言とを比較した。いく度となく人力車に乗っている間に、私は車夫がいかに注意深く道路にいる猫や犬や鶏を避けるかに気がついた。また今までのところ、動物に対して癇癪を起こしたり、虐待をしたりするのを見たことがない。口小言をいう大人もいない。これは私1人の非常に限られた経験をーもっとも私は常に注意深く観察していたがー基礎として記すのではなく、この国に数年来住んでいる人々の証言に拠っているのである。(29P)

    明治になって9年目の横浜や東京に住んだアメリカの生物学者の観察記を読んで、皆さんはどう感じるだろうか。日本人を買い被りすぎると思うだろうか。昔の日本人の高潔さに感心するだろうか。私はそのどちらとも違い、昔の日本人と今の日本人の変わっていないことに先ずは感心したのである。次に日本人と外国人との習性の違いをつくづく感じたのである。モースさんの買いかぶりと思うのは
    、昔も今も「口小言」ぐらいは言っていたのかもしれないと思うぐらい。その他、日本人の平等意識への志向、運転マナー、他人に対する距離の保ち方は変わっていないと思ったのである。そして、そのことにことさら感心するアメリカ人のいかに我々とは違っていることか。

    同時に驚くのは、モースの観察力と(日本に対する好意は隠しようもないにせよ)再検討が可能なように事実のみを記そうとしているその態度である。よって、明治初年の風俗の貴重な資料となり得ており、当時の写真やルポルタージュや社会科学的な論文が不足している中では貴重な記録になっているだろう。

    私は借りて読んでいったのだが、次々と付箋紙を貼ることになった。結果、いつか購入することを心に誓った。

    とりあえず本文引用は字数の関係でここまでにして、あとはいずれまた。
    2014年12月17日読了

  • モースさん、明治維新間もない頃の日本人をだいぶん褒めすぎではないでしょうか。日本にやってきた外国人はたいてい肥溜めの臭いに閉口していますが、そのあたりも少ししか触れられていませんでしたね。よほど日本がお気に召されたようで。でも、もうすぐ日本は日清・日露戦争に突入するのですね。

  •       ―202301.07読了
    イヤ、随分と愉しみつつ読ませて戴いた。

    1877-明治10-年の来日早々、大森貝塚の発見により東京大学教授に招聘され、三度の訪日で通算2年半の日本滞在であったが、その間に、民具や民芸品.陶磁器などの採集を兼ねて、北海道から九州まで日本各地を訪ね歩いている。
    日本人の暮らしぶりにも強い関心を寄せ、彼の描いた沢山のスケッチが本誌に掲載されているのも、眼の保養となる。

    明治の美術界に多大な影響を与えたアーネスト・フェノロサも、モースの推薦で訪日し、東京大学で哲学や政治学を教えるようになったのである。

    さらに、モースの三度目の訪日に同行してきた医師W.S.ピゲローは、短期滞在の観光予定だったが、日本文化や伝統に魅了されて、延べ7年も日本に滞在。
    多くの日本の美術品を収集し,肉筆浮世絵絵画700点を含む絵画4千点、浮世絵版画約3万4千点などを、後にボストン美術館へ寄贈している、という。

  • 大森貝塚発見で有名なモースの日本滞在記。基本日記形式であり、日々の記録ではあるが当時の日本についてのかなりまとまった観察(貝塚発見時のことも含まれる)が書かれている。特に庶民の生活がうかがわれることが特徴か。自身によるイラストも相まって明治初年の日本をするために良い本だと思う。外国人に対し外面をよく見せているだけかもしれないが、今の日本人とはかなり違う面もあるようだ。
    一部訳語に古い言葉が入っていると思ったら翻訳自体が1939年のものとのこと。もう少し注を付けるなどした新訳がほしいところ。
    なお、この本はかなり省略されているようで、原本は東洋文庫で3冊とのこと。そちらはどうなっているのかちょっと見てみたい。

  • 日本の事を好きな人が書いてくれてるから、割り引いて読まなければいけないデスネ。
    良いところも悪いところもあるのが当たり前ですよ。
    良いところだけを強調されると美しい日本といっている誰かに利用されそうで怖いです。

  • 江戸博で「明治のこころ展」を見てきた勢いでこの本を読みました。私は昭和25年生まれですが、「明治のこころ展」に展示してある家財道具や写真にある人々の様子は、私が子供のころ(昭和30年代)にも残っていたもので、なんだかとてもなつかしかったです。高度成長期までは実は江戸~明治が残っていたのですね。
    「日本その日その日」でモースが日本や日本人のことをとてもよく書いてくれていますが、きっとモースその人がとても愛情を持って日本や日本人に接したので、当時の人々もモースに丁寧に接したのではないかと思います。
    モースが日本人の美点として書いてあったもののうち、今では少なくなってしまったもの、なくなってしまったものも多くて、少し悲しかったですが、坂口安吾の「堕落論」で言っていた(うろおぼえですが)、時代や状況がどんなに変わってしまっていても、私達が日本人である限り、日本(のよいところやDNAみたいなもの)を見失うことはない、という言葉を信じたいと思いました。

  • 2013/11/2読了。
    江戸東京博物館で「明治のこころ モースが見た庶民のくらし」展をやっているので、そこへ行く前に予習のつもりで読んでみた。
    好奇心と感受性と観察眼、それに茶目っ気に富んだ一人の教養人が、宝の山に入り込んだ結果こうなったという狂喜乱舞っぷり、上機嫌っぷり、ハマりっぷりが楽しく、読んでいるこちらも笑みを誘われた。研究対象が線路の脇や魚屋の桶の中に転がっていて網を引けば何十匹も採り放題、コレクションアイテム集めに行ったら作家が出てきて挨拶されまくり、見るもの聞くものすべてが興味深い観察対象になる、そんな国に来たらそりゃまあこうなるわな、と微笑ましい。2chのスレタイ風に表すと「モース先生日本を楽しみ過ぎワロタwww」といった感じなのである。
    もちろん当時の帝国大学お雇い外国人としての特権を活用しての活動であり、敢えて書かなかった嫌な体験もあったろうけれど、それでも心の底から異国での生活と研究と収集を楽しんでいる様子が伝わってくる。先生が日本のためにして下さったことを考えると、これくらいは楽しんでいただかないと申し訳ないところだ。
    逝きし世の面影に過ぎない明治の日本の姿よりも、異文化をこれだけ尊重しポジティブに楽しむことのできるモース先生の教養と人柄が、読後の印象に強く残る。

    2013/11/17、「明治のこころ」展に行ってきた。モース先生よくこんなものまで集めたなと感心する充実の展示だった。驚いたのは、職人が実際に使い込んだ道具や、お婆さんが34年間使い込んだ火打石、商店の看板までがコレクションされていたこと。これ、先生にあげた方は次の日から困ったのではないか。そこで思い出したのが、大隈重信に陶器を見せてもらったときのエピソード。陶器を先生に見せているうちに、大隈重信が「なんだか上げなければいけないような気になって」全部先生にあげてしまったという例の話。たぶん職人もお婆さんも商店主も同じような気になってしまったのではないか。やっぱりモース先生いい人だったんだなあ。

  • 正直、清潔、開けっぴろげ、争いを好まないなどなど今と違いは興味深い

  •  大森貝塚の発見で有名な、アメリカの考古学・動物学者のモースの日記風エッセイ。モースは3度日本に来日したが、その間に自分で体験した、当時明治になって間もない日本の自然や街並み、建物、慣習、市井の生活などを自身のスケッチ付きで記している。かなり好意的な日本体験日記。



    ------------------------

     日本人がベタ褒めされていて照れる。

     やっぱり、昔の家は蚤がたくさんいるんだな、嫌だな。

     いまでも名残を残している日本人的気質(綺麗好き、礼儀正しい、勤勉、謙虚、器用、自然を愛でるなど)は昔はかなり顕著だったのだろうなと思う。

     しかし、モースがお上の側にいるから、そういう日本人のいいところだけを味わえたのであって、そうでなかったなら、どんな感想になったのかは気になる。日本列島がすべて当時の下関(モースが外国人だから冷たい態度を取られた)みたいなところじゃなくてよかったな。

     モースが3度目に日本に来た時の馴染みの日本人たちとの再会がなんか泣ける。人力車のタツが娘連れて挨拶にきた、とか。

     解説によれば、モースがこんなに日本と接近できたのはモース自身がキリスト教に反発があったからかも、とのこと。

     解説の「善良な古き良き時代のアメリカ人」という表現しっくりくる。

  • 明治初期の外国人からみた日本の記録。記録というか日記。随所に筆者本人が描いたという挿絵があって、それもまたおもしろい。明治初期ってまだそんな時代なの?!ってところもあれば、それは今も名残あるなぁってところもあったり、そんなことある??ってことも。読み応えがある。日本人なのに知らない日本の姿。
    昔のほうが治安が良かったんじゃないかと思ってしまうんだけどどうなんですかね。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/740893

  • モースは、明治10年、39歳の時に、腕足類の標本採集のために来日した。江ノ島に実験所を設けて主にシャミセンガイを採集したが、その数日後に東京帝国大学で講義することを招聘された。初代動物学・生理学教授に就任し、ダーウィンの進化論を紹介した。

    大森貝塚については、横浜に上陸して数日後、初めて東京に行った時に汽車の窓から発見したという。

    モースは、東京の死亡率がボストンよりも低いことを知って、日本の衛生状態について考察している。赤痢や小児霍乱( コレラ )は全く無く、マラリヤによる熱病は多くはない。排水や便所に起因する病気の種類はないか、非常にまれ。すべての排出物質は都市から人の手によって運び出され、農園や水田に肥料として利用される。土壌を富ますためには、他に函館から多くの魚肥が持ってこられる。

  •  大森貝塚のモース博士の日本滞在日誌。一部削除されたが、80年前の翻訳本の再発刊本とのことで、偶然入手した本ながら一気読み。明治期の日本の様子、しかも一般庶民の様子がつぶさに記されていて面白い。当時の日本人全般がいかに礼節を持ち、諍いをさける集団であったかに、筆者が驚くさまがしばし出てくる。中々ない記録。現今の技術的にグローバルになった世界ではもはや体験不能な状況を、克明に記してくれいているのは凄い、とかいうありきたりな感想を持つ。

  • ゆるい絵が素敵。
    一冊にするためにか、大分削られてしまっているので、
    ゆるい絵日記を楽しみたいときは東洋文庫がおすすめ。

  •  本書は、日本をたびたび訪れ数年にわたって滞在したエドワード・モースの記録です。モースといえば大森貝塚を発見した人物として記憶されていると思いますが、その彼が日本全国を飛び回り、そこでみた風景から人間の営みまでを深く描き出しています。礼儀正しい車夫、障子の破損を桜型の紙片で直す美意識。魚を売り歩く力強い老婆。盗みのない正直者の国。自然や人物に対するモースの感動が伝わってきます。
     同じような経緯によって書かれた本はいくつかあると思いますが、人びとや文化や自然に目を向ける観察眼の鋭さと、そこに文化的な優劣をつけない慎重さを備えているという点で、本書は興味深い記録です。もちろん、貝塚の発見をはじめ日本の学界に多大な功績をのこしたモースに関心を持つ方にも、よい本だと思います(そういう方はまっさきにお読みになっていると思いますが)。
     また、東洋文庫版のほうは3巻からなり、スケッチや文章が省略されていないと言うことなので、機会があればこちらも読んでみたいと思います。

  • 150516 中央図書館
    モースは客観的観察を旨とする科学者であったから、多少の日本びいきはあったとしても、変な文明論的な思い込みはなく、平明に明治の日本の風景を捉えているであろう。
    明治の日本人は紅毛碧眼の人に対して、斯くもジェントル、温良、オネストであったのだ、社会もこれだけ落ち着いた状況であったのだ、とホッとする。

  • モースさんのどこまでも優しい視点。しかし、ここに描かれているのは本当に日本なのだろうか?
    国民全員が穏やかで開放的で礼儀正しく正直で清潔、好奇心に未知、親切。この200年で我々は何かを失ったのかもしれない。

  • 大森貝塚を発見したモースは明治の初めに来日。
    新鮮な驚きを持って、この民族と文化を賞賛してやまない。
    現代の暮らしとは大きく違う当時の庶民の暮らしぶりがうかがえる。

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