- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062921978
作品紹介・あらすじ
「地獄」と「極楽」を対立するものとする概念は、インド思想や一般仏教にはなく、日本独自のものである。日本人の宗教観の基層ともいえるのその考え方が日本に定着するのには、平安時代中期の僧・源信が著した『往生要集』の影響をぬきに語ることはできない。。
膨大な仏教経典や経文、論書を博捜して極楽往生に関する重要な文章を集成し念仏を勧める『往生要集』が示す浄土思想は、源流のインドの浄土教からどのように発展し、また歪曲されていったのか。
斯界の碩学が、インド仏教の原典と『往生要集』に綴られた源信の思想を徹底的に比較検討、独自の視点から日本浄土教の根源と特質に迫った、日本仏教を考えるうえで必読の一冊。
感想・レビュー・書評
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源信の成れの果て"獄門彊"の封印を解く為に読んだ。芥見先生まじでどんなセンスしてんだ、さいこーかよ。
地獄極楽についての教本だが、源信さんの地獄熱がすごくて極楽全く頭に入ってこない
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同じ講談社学術文庫の現代語訳「往生要集」と一緒に借りました。
現代語訳の方は注が少なく、現代人には意味がわかりませんので。こちらも併せて読まれたほうがわかりやすいと思います。 -
浄土教の重要文献『往生要集』に現れる概念を、サンスクリット、中国の原典と照らして検討することにより、仏教の伝来と変遷を素描する。
仏教についてあまり知識がない故にわからない部分も多かったが、スケールの大きさや変化がわかり、もう少し知識を付けてから再読してみたい。
仏像鑑賞の一助にもなる可能性。 -
『往生要集』をずっと読みたかったのだけれど、年とともに読書体力のようなものが落ちてきたのかさすがに原典読むパワーがないので、分析本で済ますことにしました(こら)。『往生要集』自体は、恵心僧都こと源信が「寛和元年(985年)に、浄土教の観点より、多くの仏教の経典や論書などから、極楽往生に関する重要な文章を集めた仏教書(@Wiki)で、死後の世界(天国と地獄)について詳述されているという点で、西洋のダンテ『神曲』と双璧を成す書。どちらも、おもに「地獄」の描写のほうに力入っちゃってる点がポイント(笑)。
1~2年前に、子供に読ませる「地獄の絵本」が流行ったことがありましたが(悪いことをするとこんな恐ろしい目にあうよと子供を怖がらせると案外効果があるというので話題になってましたよね)、なるほど、これ大人が読んでも結構有効です。地獄はこんなに恐ろしいところだよということを、往生要集では事細かに描写してあるので、死んでからまでこんな恐ろしい目にあうくらいなら、もっと親孝行します!悪いことはしません!と私もかなり反省しました。これ、庶民に信仰広がる理由として、すごくわかりやすい。
「地獄」の庶民に対するもうひとつの効果は、現世で悪事を働いているにも関わらず贅沢三昧やりたい放題な悪人がいて、「因果応報」のはずなのに「応報」を受けてないやつがいた場合、「でもあいつは死んでから地獄に堕ちるもんね、今は不幸でも私は極楽に行くんだもん」と思うことで溜飲を下げられる点。因果は死後まで持ち越しちゃうので、世に憚る憎まれっ子も、あの世で酷い目に合うに決まってるんだからねザマアミロっていう。現代人がいまだに捨て台詞で「お前なんか地獄に堕ちろ!」と言っちゃうのもこの考え方が染み付いてるんだろうなあ。
一方「極楽」のほうですが、この極楽の素敵さ、実は地獄の怖さほど響いてきません(苦笑)。極楽往生したらこんな素敵な10大特典があるよ!っていうことも源信は書いているのですが、この特典がいかんせん「死ぬときに仏様がお迎えに来てくれるよ」「極楽では仏様とずっと一緒にいられるよ」「仏様に質問し放題!」「もっと悟りたければ修行も可」とかそんなのばっかりで(※意訳です)、あんまり魅力的じゃないんですよね(苦笑)。これを魅力的だと思えない時点でもうそのような人間は極楽往生する資格がないとも言えるんですが。個人的には、食べ放題・飲み放題でも太らない、寝転がって漫画読み放題みたいな環境のほうが極楽です(笑)。
あと仏陀の素敵さについても沢山解説してあるんですけど、これ「聖おにいさん」でもネタにされていましたが、手が長くて膝まで届くとか、指の間に水かきがあるとか、人間離れした身体的特徴を列挙されるにつれ、憧れるというよりは、化け物じみてきて、ちっとも素敵に思えない(苦笑)。
なので結果やっぱり、人間の信仰心をあおるには、極楽の素敵さよりも地獄の恐ろしさを強調したほうが効果的だなあとしみじみ思いました。浄土宗は庶民に優しいので、案外簡単に地獄回避して極楽へ行かせてくれるみたいですが、まあせいぜい現世で悪事を働かない努力くらいはしておきたいと思います。