グノーシスの神話 (講談社学術文庫)

  • 講談社 (2014年5月10日発売)
3.62
  • (8)
  • (8)
  • (8)
  • (4)
  • (1)
本棚登録 : 331
感想 : 18
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784062922326

作品紹介・あらすじ

1世紀の地中海世界に誕生し、「古代キリスト教最大の異端思想」ともいわれる「グノーシス主義」が生み出した神話の主要な断章を紹介する。1945年にエジプトで発見されて宗教界にセンセーションを起こしたグノーシス主義の基本文献「ナグ・ハマディ文書」のエッセンスとともに、その影響の強いマンダ教、マニ教の教典の主要部分を抜粋し編成。1999年および2011年に岩波書店より刊行された同名書籍の文庫化。


1世紀から3世紀ころの地中海世界に誕生し、「古代キリスト教最大の異端思想」ともいわれる「グノーシス主義」が生み出した神話の主要なものを編成・紹介する。
グノーシス主義は、古代末期から近代にいたるまで、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教といった世界宗教や、神学、哲学、神秘主義思想、科学史といった領域において、「裏の文化」として連綿と影響を及ぼし続けた。また、近現代の世界文学、深層心理学、現代哲学や表象文化のなかにも、その影響は見て取ることができる。
にもかかわらず、日本では、グノーシス主義が生み出した本文そのものをまとまった形で紹介した書物は少ない。本書は、1945年にエジプトで発見されて宗教界にセンセーションを起こしたグノーシス主義の基本文献「ナグ・ハマディ文書」のエッセンスとともに、その影響の強いマンダ教、マニ教の教典の主要な断章を抜粋し、人間と世界の起源と運命を解き明かそうとする神話的思考の全貌に迫る。
1999年および2011年に岩波書店より刊行された同名書籍の文庫化。

みんなの感想まとめ

古代キリスト教の異端思想であるグノーシス主義を深く探求する本書は、様々な文献を通じてその神話的要素を明らかにします。グノーシス主義は、ユダヤ教やキリスト教、さらには現代の文学や哲学にまで影響を与えてお...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • グノーシスというのは,キリスト教から見れば手強い異端である一方,マンダ教やマニ教など東方宗教においては必須の要素と言える。

    本書はグノーシスを紐解くためにいくつかの文献の訳を行っており,それだけでも随分な仕事だと思う。

  • グノーシスといわれる一連の宗教(主義)を、手に入る数少ない文献を断章の形で並べて、底に共通しているもの(神話)を提示しようという意欲的な著作です。それぞれの断章はやはり難解なところも多く、解説も手を貸していただけているのですが、読みこなすのは大変でした。それでも全体としてのグノーシス主義とは何なのかを読みながら、頭でなく体に覚えさせることが出来ました。それが分かったのは最後の章になって、現代にグノーシスの考え方が残っていること、ただグノーシスらしい考え方ですがそれとは対極にあった考えであること、それをグノーシス(認識)し、本来の場所に導くこと、これらを読んだときでした。この最後を肌感覚で分かるために、グノーシスの感覚を本書の大半を通して読む価値はあったと思います。

  • 最近プレイしたゲーム(複数)の世界設定やキャラクターの思想がグノをモチーフにしていたのでどんなものか掴むために。
    正にキリスト教の裏側に息づいてきたような思想。キリスト教ありきでこれをメタる試みであり、着眼点は鋭いが神話が荒唐無稽に過ぎ完成度もいまいち(もっとも文献が紛失などで完全に出揃っていないが)。
    絶対的存在の神がいるのではなく、人が善なる神を目指すという逆転の出発点で哲学的だが、一方この世界を不完全な拒否すべきものとする考え方はニューエイジに代表されるような内にこもりやすい運動も生んだと言う。

    • アングリマーラさん
      最近プレイしたゲームって原神とかですか!?
      最近プレイしたゲームって原神とかですか!?
      2022/01/17
    • 高野さん
      アングリマーラさん
      原神はやったことないんですよね~。七神の考察を見かけたことはあるのですが…
      最近プレイしたのは真・女神転生Ⅴなどです...
      アングリマーラさん
      原神はやったことないんですよね~。七神の考察を見かけたことはあるのですが…
      最近プレイしたのは真・女神転生Ⅴなどです!
      2022/01/17
    • アングリマーラさん
      なるほど~!
      なるほど~!
      2022/01/18
  • グノーシス主義の考え方を自分のなかで噛み砕くための資料。

  • p.124 アダマンティネー、アダマ、アダム
    "アダマンティネ―(ギリシア語で「鋼鉄の」、「不屈な」の意)"
    "彼の名前をアダムと呼んだ。"
    "地(アダマ)"

    p.133 黙示文学
    " 『シェームの釈義』はナグ・ハマディ文書第Ⅳ写本に含まれているグノーシス主義文書である。しかし、その文学的な体裁はいわゆる黙示文学に倣っている。すなわち超越的な世界から出現する啓示者が地上のある人間に神と世界と人間についての隠された奥義を開示(黙示)するのである。"

    p.239 マンダ教の人間の創造
    " マンダ教の人間観は強烈に二元論的である。人間の身体は地上の世界に由来し、魂は光の世界から来る。はじめに人間の身体が創造されるが、闇の世界の存在によって造られた肉体には、まだ魂が入っていないので、起き上がることができない。そこで光の世界からマーナー(魂)を連れてきて、その肉体に入れる。ゆえに、魂は地上の世界では捕らわれの身なのである。"

    p.266 マニ教の神話
    "かの光の本質は闇の本質に直接踵を接していて、両者の間には何の隔壁もない。光は情報と右側と左側に向かっては無窮であるが、その(下方の最も低い)部分では闇に接している。同じように闇も下方と右側と左側に向かっては無限である。"

    p.282 "マニ教徒が「敬虔なる業」によって地上世界で回収した「光」は、彼らの礼拝の場で捧げられる賛美の歌に載せて、月に送られる。月はそれを受けて次第に満ちてゆき、満月(満杯)になると太陽に手渡して、自らは欠けてゆく。"

    p.297 §20 光の回収、世界大火
    " すなわち、太陽は炎熱の悪魔と混じり合ってしまっている光を、月は寒冷の悪魔と混じり合ってしまっている光を、賛美の柱に沿って純粋に抽出し、そのようにして抽出された光が、高らかに飛翔する賛美の歌、讃歌、清らかなことば、そして敬虔なる業と共に、高みへと昇ってゆくためである。月はこれらの光の部分を――とマニは付言する――太陽に手渡し、太陽はそれを自分の上なる賛美の世界の光に手渡す。それからそれらの光の部分は、その(賛美の)世界の中を昇って、ついに至高の純粋なる光に到達する。太陽と月はこのようにすることを止めない。闇と余りにも深く結合してしまったために、もはやぶんりすることができないような部分しか残らなくなるときまでは。"


    ダム過敏症なので、アダムのダムは「血」をあらわすと述べられたとき、不意に安永航一郎が躍り出てきてダメだった。キシリアとシャアによるダム解釈のアレだ。トミノ監督は名づけの元ネタを中東地域から借用することがあり、由来として可能性が皆無ではないからなおさらに。


    読みながら常に脳裏を過ぎり続けたのは、ラヴクラフト、トールキン、聖悠紀である。彼らはグノーシス主義に親しんでいただろうか。

    ラヴクラフトの宇宙観はどこから来たのだろうと折りに触れ考えている。遠くは古代ギリシャの哲学、やや下ってキリスト教の宇宙論かもしれないと思うようになっていたが、否定神学というものの考え方が影響の源としてしっくりくる。

    ミドルアースは宗教色のない世界観だが、その背景となる世界の創造にはトールキンが見知っていたであろう宗教観、神秘観が散見される。カレワラもそのひとつだそうで、読んだときはそうかもしれないとも思えたが、今はそれほどでもないと思える。軸はユダヤ教やキリスト教ではないかと、今は思う。神話を自由に構築して良いという許しは、グノーシス主義から受け取ったのではないかと、今は思う。

    超人ロックには、最大のおきみやげともいえる二元論的宿敵の存在がある。少年キング版では忘れた頃に登場し、終盤はヌームやプリンス・オブ・ファントムとして出現した。公式なものではないと思われるが「ロックの影人」なる呼称があるらしい。掲載誌を変えてからは、キャプテン・ニンバスこそがその正体ではないかという匂わせもあったが、明言されてはいない。
    SF世界の裏側に、あまり表に出ないファンタジックな設定が隠されていたと思え、その背景にあったものはなんだろうかと、ずっと問い続けている。たとえば『超人の死』で語られた「超能力は今、歪んだ形で世界に展開している」という設定もその場限りで特に発展はしていない。それ自体は唐突感のある要素だったが、物語としてはかつてない超人の大ピンチにwktkしたものだった。

    あとヒトガミ。ひょっとしたら着想を得たんじゃないかなとか。たぶん気のせい。


    p.266。陽光がつくった人体の影が世界の姿をあらわしているという設定は個人的に新しい。


    マニ教には原人という概念がある。ジャワ原人とか北京原人が指し示すところの原人ではなく、デュマレスト・サーガでいうところの「オリジナル・ヒューマン」であろう。トールキンふうに表現すれば上古の人間といったところか。神をも使役する力ある存在を示す。やはりトールキンはグノーシス主義ないしはマニ教にも通じていたのではないか。


    研究者がいう、グノーシス主義の集大成とされるマニ教は『タイタンの妖女』を思わせる人間機械論的な世界観を有している。光の回収、太陽を熱という悪、光という善に区別し、人間の使命は光を回収することとする。TRPG脳にはそれは、厨二病罹患者の黒歴史的設定集という印象を残した。無駄にカッコいい。
    キリスト教の神学は当事者らによって真剣に語られたのであろうが、その大元のひとつであろうギリシャ哲学はわりと酒飲み話だったのではないかと近頃思うようになった。馬鹿話は盛り上がる。引っ込められない自説も生じてくる。その積み重ねが哲学の走りとなったのではないか。根拠を問われても自分の頭を指差すだけで済んだ学問はきっとそういうことができた。許されたかどうかはわからない。グノーシス主義はその尻尾だと感じられた。


    結び「グノーシス主義と現代」は完全なる蛇足と感じる。ここに書いてあること、本当にそう思ってるの?と著者を問い詰めたい。人文系は自らの研究対象をなんとか実益に結びつけようとする。その口調は非常にナイーブで、自身のイデアから語りかけてるような胡散臭さがある。はっきり言ってしまうと嘘くさい。


    グノーシス主義について、長らく、ちょっとぐぐったくらいではわからない状況が続いていたので、なにか読んでおこうという気になった。
    本書は、序盤でこわくないよ、やさしくするよ、と言ってくれてるのに、すぐに全力疾走をし始めてしまう。突っ走る文章を蹂躙しながら読み進め、時々振り返ると理解が進んでくる。はなから全部わかろうとしないほうがいい。読者がついてきてるか確かめない書きっぷりだから、読み手も受けて立って軽く読む。読み進めて、響くものがあったら遡って読む。そんな読み方でいい。

  • 心身二元論の走りとされるグノーシス神話だが、ナグ・ハマディを通じてマンダ教、マニ教と進むにつれて二元論は陰を潜める。身体は絶対の闇(罪)であり、これを克服して絶対の光(魂)の世界へ向けて日々修行を行うことという明快な方針がある。しかしながら、現実世界の否定では精神の混乱を惹き起こすだけであって、そこにも一定の秩序、たとえば修行などがある。原始キリスト教の影響を受けつつ、東方は中国にまで絶大な影響を与え続けたマニ教ひとつとっても、人が己を克服してより優れた何者かになるという渇望がそのようにさせるのか? キリスト教に帰依したアウグスチヌスもまた敬虔なマニ教徒だったという史実が読後に残った。

  • 第77回OBPビブリオバトル「フリーテーマ」で発表された本です。
    2022.12.28

  • グノーシス主義の入門書として読むのならこの一冊かも知れない。わかりやすく読み易い。

  • キリスト教教父神学を勉強するにあたって予習のつもりで読んだ。マンダ教やマニ教までカバーされていて、ナグ・ハマディ文書など貴重な原典の引用が多く、世界観を包括的に理解できるようによく考えられているなと思った。電子で読んだらマニ教の文献二段組みの部分が全部画像扱いになってるのか、どことどこがつながるのかわかりづらくて困ったけど…。あと最後の援助交際の女子高生だののくだりは、わざわざページを割くべき関連が見いだせるような話か?と思ったけど、そこまでの話のレベルが高かったのでよけい落差を感じてしまった気がする。
    原典の文章に文庫で手軽に触れられるのは嬉しいし、解説がしっかりしているので良かった。

  • とりあえず岩波文庫にあるナグ・ハマディ文書を読まないと始まらんわ。
    グノーシス的世界の概観を一望できる名著。

  • 単行本で読んだけれど、文庫になっていたのでつい購入。

  • ナグ・ハマディ文書やマンダ教、マニ教などの文献の断章を比較しグノーシス主義を紹介する、というもの。
    断章のあつまりで全貌が良くわからない・・・てか神だとか擬人化された単語とか色々出てきて何が何だか・・・
    しかし頑張って読み終えるとグノーシスの考え方に触れることができたことによって若干視野が開けた感じがする。

全12件中 1 - 12件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1945年生まれ。静岡県出身。東京大学大学院人文科学研究科西洋古典学専攻博士課程修了。1979年ミュンヘン大学にてDr. theol. 取得。東京女子大学助教授、東京大学教授を経て、現在東京大学名誉教授。2010-14年自由学園最高学部長。著書に『イエスという経験』(岩波書店、のち岩波現代文庫)、『グノーシスの神話』(岩波書店、のち講談社学術文庫)、『聖書の読み方』(岩波新書)など、訳書にハンス・ヨナス『グノーシスと古代末期の精神』(全2巻、ぷねうま舎)、エイレナイオス『異端反駁』(全5巻のうちⅠ、Ⅱ、Ⅴ巻、教文館)、『ナグ・ハマディ文書』(全4巻、共訳、岩波書店)などがある。

「2019年 『終末論の系譜』 で使われていた紹介文から引用しています。」

大貫隆の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×