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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784062923095
作品紹介・あらすじ
隣の部屋のテーブルは、誰も見ていなくてもあるだろうか。つまり、知覚されていなくても物はあるのだろうか。普通はあると考える。でも、本当にそう言えるだろうか。ここに、哲学の思考が生まれる。全身で自らの思索を刻んでいった稀有な哲学者、大森荘蔵の哲学を、筆者自身の思考も交叉させつつ、鮮やかに浮き彫りにした快著! (講談社学術文庫)
他人にも心があり、その心のありようは、おおむね私と同様である、と常識的には考える。しかし、その考えが正しいと保証してくれる証拠はどこにもない。「他我問題」という、哲学の大テーマである。私に他人の「痛み」がわかるか、他人の痛そうな外見と、私が知っているあの「痛み」の感覚が同じとは限らないではないか。――
大森荘蔵は、このような哲学の大テーマを、独自の思索をかさねて考え続けた。その道筋を、著者は初期の論文から晩年に至るまで、ていねいに追っていく。そこには、哲学することの本質が現れている、という確信がある。
著者は、「はじめに」でこう書く。
「私は、大森荘蔵という一人の哲学者が、その全身で自らの思索を刻んでいく姿を描き出したかった。大森ブランドの哲学製品をショーウインドウの並べ、解説したり値踏みしたりするのではなく、それを作り、壊し、未完成のまま低く呻き声をあげている、その生身の身体を、読者の前に差し出したい。乱暴に言い切ってしまえば、そうして、『哲学ってのはこうやるもんなんだ!』と見得をきりたいのである。」
近代日本の哲学者の思索の本質と魅力を描き出す「再発見 日本の哲学」シリーズ、学術文庫版の第一弾!
みんなの感想まとめ
哲学の本質を探求する本書は、戦後日本を代表する哲学者の思索を前期、中期、後期に分けて丁寧に解説しています。著者は自身の考えを交えながら、大森荘蔵の哲学を生き生きと描き出し、読者に臨場感を与えています。...
感想・レビュー・書評
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戦後日本を代表する哲学者、大森荘蔵さんの哲学を、前期、中期、後期に分け、その著作や考えに触れつつも、著者自身がそれらの考えに立ち向かっている書。
経験、知覚、過去、他者など、日常にごくありふれて存在するはずのものを、どう認識し、感じ、そこにどんな構造が潜んでいるのか。
しかも、それらを難解な専門用語を羅列するのではなく、「あぁ、そんな感覚あるかも」とか、「いやぁ、ちょっとピンとこないかなぁ」など、大森さんと著者が哲学議論をしている現場に立ち会わせていただいているかのような、不思議な臨場感すら感じることのできる書だと思います。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
前期の独我論的現象主義、中期の立ち現れ一元論、後期の言語的・社会的全体論の3段階に区分して解説しているので、大森哲学の概観を押さえる事が可能になっている。が、著者の大森哲学への独自解釈や批判が所々に挿入されていて、多少の読み難さはある。また、解説では著者の先輩である野家啓一先生から、著者の解説への批判が展開されており、批判の応酬となっているのだが、哲学とはこのような対話を通じて真理を探究していくものなので、このような状況はある意味哲学的なのかもしれない(教祖崇拝の宗教では許されないだろう)。個人的には社会的全体論を展開した事により、後期の段階で独我論は脱したのではないか?という印象を持ったが。尚、本書は「思想家研究」ではなく、「思想研究」である事を非常に意識した著作である事に留意すべきである。
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