立憲非立憲 (講談社学術文庫)

  • 講談社 (2016年6月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784062923668

作品紹介・あらすじ

「憲法学の京都学派」と呼ばれ、美濃部達吉と双璧の存在と目された憲法学の大家が残した偉大なメッセージ。たとえ「合憲」であっても「非立憲」であってはならない。違憲ではないか、という疑念の声が多くあげられた法案が可決され、改憲への動きが現実味を帯びる現在、「合憲か、違憲か」の対だけでは本質をつかむことはできない。本書で提示される「立憲か、非立憲か」という対こそが、日本の未来を左右する最重要の争点になる!


本書の著者である佐々木惣一(1878-1965年)は、京都帝国大学で法学を学び、母校で教授を務めた憲法学・行政学の大家として知られている。
厳密な条文解釈に基づいて独自の学説を展開した佐々木は、弟子の大石義雄(1903-91年)とともに「憲法学の京都学派」と呼ばれ、東京帝大教授を務める美濃部達吉(1873-1948年)に伍す存在として「東の美濃部、西の佐々木」と称された。1933年に滝川事件が起きると、これに抗議して京都帝大を退職したように、常に「学問の自由」を重んじた人でもある。
戦後には、貴族院議員を務めるとともに、近衛文麿(1891-1945年)から依頼されて憲法改正調査にあたり、憲法草案を作成したことでも知られる。この草案は採用されずに終わったが、学問に対する姿勢を変えることのなかった佐々木は、『日本国憲法論』(1949年)、『憲法大義』(1950年)などを物した。
本書は、その佐々木惣一が「大正デモクラシー」華やかなりし1918(大正7)年に出版した著作である。ここで打ち出されている主張は、表題作「立憲非立憲」を見れば一目瞭然と言える。「政治は固より憲法に違反してはならぬ。而も憲法に違反しないのみを以て直に立憲だとは云えない。違憲では無いけれども而も非立憲だとすべき場合がある。立憲的政治家たらんとする者は、実に此の点を注意せねばならぬ」。違憲ではないか、という疑念の声が多くあげられた法案が可決され、改憲への動きが現実味を帯びる現在、「合憲か、違憲か」の対だけでは本質をつかむことはできない。本書で提示される「立憲か、非立憲か」という対こそが、日本の未来を左右する最重要の争点である。
今こそ重要性を増している本書を異彩を放つ憲法学者・石川健治氏による渾身の書き下ろし「解説」とともに送る、待望の文庫化!

みんなの感想まとめ

立憲と非立憲の違いを深く考察する本書は、政治や憲法の本質を問い直す重要なメッセージを伝えています。著者は、違憲か合憲かという単純な対立を超え、立憲的な価値観を重視することの重要性を強調しています。この...

感想・レビュー・書評

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  • 評論集? 
    Ⅰ君権制限機関を如何なる君主の下でも国民の作用(議会制)に依て作成することが立憲主義であって、大臣の輔弼(責任引受)によって君主主義との両立が可能になる。君主主義国に於ける立憲政治とは君民一体の思想であるらしい

    Ⅱ立憲政治の道徳的意味 政治運動は国民道徳と密接であるべきである。国家は国民の正義の理想への最良の手段(プラトン的)で立憲国は(専制国と比べ)道徳的な自由さが促進され真の忠君愛国が育つ。立憲政治には政治参加の教育的効果もあるのだ。

    Ⅲ我が立憲制度の由来 流血騒ぎとなった西洋と違い、日本では国民間での憲法発布運動の高まりから天皇が憲法を制定した。憲法の社会関係への影響を軽視せず認められた自己主張で運用を改善していくことが大事。

    Ⅳ現代の政治と信念 輿論への考え方。テクニカル

    Ⅴ一票の投げどころ 政治家の選び方。テクニカル

    Ⅵ憲法裁判所設置の議 戦後の三権分立につながる考え方。大臣の違憲審査制度を提唱している。

    論文の並べ方がわからない。何か意図がありそうなので聞いてみたい。君主国における立憲主義の感覚は掴めた。立憲君主主義では主権者と国民が違うが、現行憲法では主権者=国民な訳で大臣の責任が議会に向けられているということか。よく独逸憲法と似ているといわれるが、憲政の常道に関する説明などは英国っぽい考え方な気がする。よく天皇が主権者で外見的立憲主義といわれるが、本書を読む限りそこは議論の余地ありでは... まあ佐々木は戦前は自由主義者といって叩かれたらしいし本流とは違ったのかもしれないけど

  • 大日本帝国憲法下、大正時代に書かれたものではあるが、あるべき「立憲主義」の精神や大臣(為政者)・議会・国民がそれぞれ負っている「責任」についての記述は今もなお通じる普遍性を持つ。

    「国民が代議士を選定するのであるから、代議士の腐敗な国民がその選定を誤った結果である。然らば、之に就ては、国民自ら責任を有って居ること、云うまでもない」(本書p.181)。
    今一度、この言葉の意味を噛み締めてみる必要があるだろう。

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著者プロフィール

1878-1965年。憲法学者。京都帝国大学法科大学卒業。京都帝国大学教授、立命館大学学長を歴任し、終戦後は宮内省御用掛として憲法改正調査の大命を受けて憲法草案を作成。主な著書に、『日本憲法要論』(1930年)、『我が国憲法の独自性』(1943年)、『日本国憲法論』(1949年)『憲法大義』(1950年)など。

「2016年 『立憲非立憲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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