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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784062923699
作品紹介・あらすじ
「啓蒙」の18世紀フランスを代表する思想家が最晩年に残した著作、ついに本邦初訳! イギリスから経験論を導入し、感覚や記号に関する独自の体系を作り上げたコンディヤックが若者たちのために書いた教科書。本書は誰にとっても生きる上で役に立つ「正しく考える方法」を習得するための最良の書である。この本で学べば、「諸学問について適切に論じている本を、遅くはないスピードで読み進めることができる」ようになる!
本書は、18世紀フランスを代表する思想家エティエンヌ・ボノ・ド・コンディヤック(1714-80年)が最晩年に執筆した書物、待望の本邦初訳である。
ヴォルテール、ルソー、ディドロ、ダランベールなど、綺羅星のごとき思想家たちが並び立つ「啓蒙の世紀」のフランスで、彼らと交流をもちながら活動したコンディヤックは、現代の枠組みを用意した立役者の一人だった。にもかかわらず、邦訳の少なさのため、日本ではよく知られることのないまま今日に至っている。みずから影響を受けたデカルト哲学の限界を見極めたコンディヤックは、ジョン・ロック(1632-1704年)やアイザック・ニュートン(1642-1727年)といったイギリスの「経験論」と呼ばれる潮流を積極的に導入し、感覚や記号に関する独自の思想を作り上げた。それは近代科学の成立に少なからぬ寄与をしたことが知られている。
本書は、ポーランド国民教育委員会の要請を受け、論理学の初等教科書として執筆されたものだが、その背景にはコンディヤックが磨き上げた思想体系がはっきり見て取られる。本書は後世にも多大な影響を与え、例えば「近代化学の父」と言われるアントワーヌ・ラヴワジエ(1743-94年)が1789年に出版した『化学原論』は、明らかにこの『論理学』に依拠して書かれている。
本書がていねいに解説する「論理学」は、専門家にしか理解できない難解さとはいっさい無縁である。その目的は実に明快で、「正しく考える方法」を身につけることにほかならない。その方法を習得できたなら、コンディヤック自身が言っているように、「諸学問について適切に論じている本を、遅くはないスピードで読み進めることができる」ようになる。それは誰にとっても生きていく上で何より役に立つだろう。ヨーロッパが生み出した本物の技術が、ここにある。
みんなの感想まとめ
正しく考える方法を身につけるための手引きとして、非常に有益な内容が詰まった一冊です。著者は、考える技術の初歩を解説し、論理的思考の重要性を強調しています。具体的には、分析、比較、判断、想像力、推論とい...
感想・レビュー・書評
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これ1冊でロジカル・シンキングが会得できる!
というオビに惹かれて購入。
「知性は、注意、比較、判断、想像力、推論という機能で構成されている。」
考える技術の初歩、というのが副題なのだけど、考えるということはどういうことなのだろう。
分析という言葉をコンディヤックは何度も使っている。対象を分析すること。
全体を見ること、個物を見ること、比較すること、一般化すること……見えるものから見えないものを想像すること、推論すること。
いつか、頭の中では宇宙をも考えることが出来るという言葉を聞いたことがあった。
人ひとりでは、物質的に扱えないような大きさのものも、私たちは考えることが出来る。
また、考えることと言葉の関係も説いている。
私たちは名付けられた個物について、考える。
しかし、名付けられたからといって中身のない観念には注意を払わねばならない。
言葉も、共有する上では、わかりやすく使いよいものが良い。
名前がその性質を現しているようなもの。
確かに、そうしたものは頭に残りやすくもある。
未知のものを記号に置くこと。
代数学の話は、非常に面白い。
分かるものと、分からないものの条件を整理していくことで、分からないものの解が生まれる。
方程式なんて、なんの気なしに使っていたけれど、分からないものを分析し続ける。
これは、数学の分野に限らない。
考えるというのは、このようなことなのだ。
果たしてコンディヤックの不安が的中していないか心配なレビューなのだけど、感覚的に分かることが何故、そう分かるのか。
自分が知らず出来てきたことを改めて問い直してみようと思えた。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本書は論理学、考えるということについての18世紀の哲学者によって記された本である。
断続的に読んだせいもあり、うまく自分の中で消化できていない。
著者に言わせれば、知っていることからしかしか知らないことを知る方法はないとうことで、改めて本書を再読せよ。
となるのだろうが、再読はなかなか気が進まない…というのが今の気分である。
・考える際には分析から始める。
・何かを学ぶときには知っていることから知らないことへと進む -
■感想
TOPPOINTで読了。 -
人間は知っていることを分析することによって、知らなかったことも知ることが出来るようになる。どんなに愚かでも、地道に考え抜けば知ることの出来ないということはないのである。勉強する上での初心としたい
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原書名:La logique
第1部 自然はいかにして我々に分析を教えるか。また、この分析という方法に即して観念と心の諸機能の起源と発生を説明すると、どのようになるか(自然はいかにして考える技術の最初のレッスンを我々に与えるか;知識を獲得する唯一の方法は分析である。いかにして我々は分析という方法を自然そのものから学ぶか;分析は精神を正確なものにする;いかにして自然は我々に感覚的対象を観察させ、さまざまな種類の観念を獲得させるか;感官で捉えられないものごとについての観念;同じ主題のつづき;心の諸機能の分析;同じ主題のつづき;感覚能力と記憶力の原因について)
第2部 分析の手段と効果についての考察、すなわち、よくできた言語に還元された推論の技術(我々が自然から学んだ知識はいかにしてすべてが完全に結びついた体系をなすか。自然の教えを忘れたとき、我々はいかにして道に迷うか;いかにして行動の言語が思考を分析するか;いかにして言語は分析的方法になるか。この方法の不完全性;言語の影響について;抽象的で一般的な観念についての考察。推論の技術はいかにしてよくできた言語に還元されるか;言語の乱用を改善する唯一の手段は定義だと考える人がどれほど間違っているか;言語が単純であれば、推論はどれほど単純になるか;推論の技巧は何に存するか;確かさのさまざまな段階。明証性、推測、類推について) -
<読中P59辺り>
中学生の頃の出来事。友達と自転車で遠く吉祥寺まで遊びにでかけた時のこと。百貨店のエレベーターに乗り込んで上がる途中。保育園児くらいの子とその母親が乗り込んできた。するとその幼子はおもむろに「お父さん」と言いながら自分の足に抱きついてきた。はじめての体験で戸惑う自分。母親も若干気まずそうに「違うわよ」と言いながら我が子を引き剥がす。
母子は先にエレベーターを降り、その後自分は友達からお父さんとからかわれていた。翌日の学校で笑い話のネタくらいにはなったのだろうか。その後のことは、ビートルズの青盤CDを中学生ながらに断腸の思いで購入した事のほうがインパクトが大きくて覚えていない。
あの時の子供は自分の何をもって「お父さん」と認知したのだろうか。顔のようなある程度成長した人が判別するのに用いるパーツではないようだ。小さいあの子の視界で考えてみれば、答えは自分が履いていたパンツにあるのだろう。当時私は子供のくせに大人が履きそうな濃いベージュのチノパンを履いていた。きっとその子の実の父親も普段はそんな恰好だったのではないか。
そうすると、その幼い子供にとって「父親」という観念は、チノパンはいている人全般だったということになる。仕事の忙しいお父さんは、ひょっとするといつも子供がまだ寝ている時に出勤して、眠りについた後に帰宅していたのかもしれない。まともに接することができるのは休日のパパである時だけ。その時の格好が自分に似ていたのだろうか。
だとすればなんて可哀想な出来事。きっとその子が生まれてから、お父さんは自分のことを覚えてもらうためにたくさん抱っこしたことだろう。初めてパパと呼ばれた時は一体どれほどの感動を味わったことだろうか。
しかし、実際にその子がパパと呼ぶ対象は個別のその父親ではなかった。まだまだ彼を唯一のパパと認めるには不足しているものがあったに違いない。
母親は内心ほくそ笑んでいたかもしれない。日頃家事育児を押し付けているからこーゆーことになるんだ、と。
母親の勝利宣言。 母は強しである。 -
本書は18世紀の哲学者コンディヤックが一般向けに論理学の初歩を説いたものである。元は学校の教科書(いまの大学1年相当くらい?)として書かれたものらしい。昔の偉い哲学者の書いたものなんて難しくて読めないのではないか、内容は現代でも通用するのだろうか、という不安があったがその心配は無用であった。個人的には求めていたものと合致度が非常に高くて満足だった。私は物事を考えるのが苦手で、論理的に考えるという行為を原理レベルから説明してくれる本を探していたのだが、これはまさにその要望に応えてくれるような内容だった。考えるという行為を本当にゼロから、つまりその発生から説明してくれていて、論理学の初歩というサブタイトルに偽りのない本だと思う。
「自然は必要なことをすべて教えてくれる。だから自然の教える方法に学ぶべし。その方法とは分析である。分析こそが正しく物事を考える唯一の方法である。だから分析の方法を身につけよ」というのがつまるところ本書の主張である。そして、分析の内容と有用性を例を交えて示していく。難しい論理展開はほとんどないと言っていいと思う。コンディヤックの論理学の原則は「知っていることから知らないことへ」であって、本書の作りも同じようになっているため分かりやすい。例えば、私たちは分析というものをまるっきり知らないわけではなくて、景色を目で見て認識するときに自然と行っているのも分析である。だから、私たちがすべきことはそれを拡張することであり、難しいことではないと述べられている。このように感覚的に誰もが知っていることから論を順次展開していくので初心者でも内容を掴みやすい。
本書の内容は哲学としてはもう古いのかもしれないが、正しく考える方法論として高い普遍性がある。この本で言われる「分析」を本当に身につけられれば、あらゆる問題解決の強力な拠り所になるのではないかと思う。 -
「分析」することの大事さを教えているようだ。だが、現代人には読みにくいなあ。
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